刃牙その他
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天才の領分
「克巳ィッ! やめだやめだァッ!」
独歩の怒声が道場に響く。額から首筋から汗を流し、克巳は形の動きを止めて姿勢を正した。黙って独歩を見つめている。
「何だァ今のは!? お前、全然集中できてねェじゃねえか! うまく誤魔化してるつもりだろうが俺の目は騙されねェぞ!」
そう言われて思い当たる節があるのか、静かに目を伏せる。
師の怒りを買ってもたじろぎもしないところが、わが子ながらまったくかわいげがない。そして火に油を注ぐ結果になることをわかっていながらもそういう態度を取る息子の性格を独歩はとうに理解しているが、頭に血が昇ったせいか、つい厳しい言葉が口をついて出てしまう。
「まともな稽古できねェんなら帰れ!」
普通の人間ならそこで気を引き締めて仕切り直そうとするだろう。しかし十四歳にして天才の誉れ高い少年は、顔色も変えず『失礼します』と一礼し、躊躇うことなく稽古場を後にした。
独歩は唖然として息子の後ろ姿を見送り、一人残されてからポツリと呟いた。
「……反抗期、ってやつかなァ……」
本部会館はとかく人が多い。
今は誰とも顔をあわせたくない。
克巳は更衣室には向かわず、屋上に続く階段を昇った。
突き当たりの扉は施錠されていない。ノブを回し重たい扉を開くと、曇りがかった空が出迎えてくれた。夏の暑さが抜けきらない生ぬるい風が頬を軽く打つ。
隅に置かれたベンチに腰掛け、背もたれに寄りかかる。
魂が抜けたような表情で、どこを見るでもなくフェンスの向こうを眺める。こんな腑抜けた様子は家でも学校でも、ましてや道場でも決して見せたことはない。
稽古中に雑念がよぎることは、まああることだ。たいていの場合、次の瞬間には頭を切り替えて再び稽古に没入するが、今日は違った。
ふっと兄の顔が頭の中に浮かんだのだ。
どうしてその時兄のことを思い出したのかはわからない。
しかし、いったん思い出してしまうと芋づるのように様々な想いが湧き出てきたのだ。
(兄貴)
(何でも完璧にできて)
(俺もあんな風になりたいって思ってた)
(兄貴も俺を大事に思っていてくれたはずなのに)
(それなのに)
(それなのにどうして)
(何も言わずにいなくなってしまったの)
(どうして)
(どうして俺を)
(おいて行ってしまったの)
ぞわりと胸の内が震えた。
その直後、胸の内を看過されたように独歩に怒鳴られたのだ。さすがに兄のことを考えていたことまでは思い至っていないだろうが。
わだかまりを吐き出すように、長いため息をついた。
周りは天才だ何だと褒めそやすが、本当の天才とは兄のことを言うのだ。それは克巳自身が一番よくわかっている。
だからこそ、恵まれた体格と身体能力に甘んずることなく誰よりも努力してきた。
強くなるために。
(そうだ、強くなるんだ)
(強くなるために神心会 に来たんだ)
誰よりも強くなる。
師の愚地独歩よりも。
地上最強の生物と呼ばれる範馬勇次郎よりも。
世界中の誰よりも。
(誰よりも強くなったら、俺は兄貴に追いつける)
(追いついてみせる)
ゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。
(もう大丈夫)
(いつもの俺に戻った)
しかし独歩に帰れと言われてしまったから、稽古場に戻るのも気が引ける。
かといってこのまま真っ直ぐ家に帰るのも……。
「そうだ。甘いもん食って帰るかな」
いつもの調子のいい笑みを浮かべ、何を食べようかと思いめぐらせながら克巳は足取りも軽く歩き出した。
「克巳ィッ! やめだやめだァッ!」
独歩の怒声が道場に響く。額から首筋から汗を流し、克巳は形の動きを止めて姿勢を正した。黙って独歩を見つめている。
「何だァ今のは!? お前、全然集中できてねェじゃねえか! うまく誤魔化してるつもりだろうが俺の目は騙されねェぞ!」
そう言われて思い当たる節があるのか、静かに目を伏せる。
師の怒りを買ってもたじろぎもしないところが、わが子ながらまったくかわいげがない。そして火に油を注ぐ結果になることをわかっていながらもそういう態度を取る息子の性格を独歩はとうに理解しているが、頭に血が昇ったせいか、つい厳しい言葉が口をついて出てしまう。
「まともな稽古できねェんなら帰れ!」
普通の人間ならそこで気を引き締めて仕切り直そうとするだろう。しかし十四歳にして天才の誉れ高い少年は、顔色も変えず『失礼します』と一礼し、躊躇うことなく稽古場を後にした。
独歩は唖然として息子の後ろ姿を見送り、一人残されてからポツリと呟いた。
「……反抗期、ってやつかなァ……」
本部会館はとかく人が多い。
今は誰とも顔をあわせたくない。
克巳は更衣室には向かわず、屋上に続く階段を昇った。
突き当たりの扉は施錠されていない。ノブを回し重たい扉を開くと、曇りがかった空が出迎えてくれた。夏の暑さが抜けきらない生ぬるい風が頬を軽く打つ。
隅に置かれたベンチに腰掛け、背もたれに寄りかかる。
魂が抜けたような表情で、どこを見るでもなくフェンスの向こうを眺める。こんな腑抜けた様子は家でも学校でも、ましてや道場でも決して見せたことはない。
稽古中に雑念がよぎることは、まああることだ。たいていの場合、次の瞬間には頭を切り替えて再び稽古に没入するが、今日は違った。
ふっと兄の顔が頭の中に浮かんだのだ。
どうしてその時兄のことを思い出したのかはわからない。
しかし、いったん思い出してしまうと芋づるのように様々な想いが湧き出てきたのだ。
(兄貴)
(何でも完璧にできて)
(俺もあんな風になりたいって思ってた)
(兄貴も俺を大事に思っていてくれたはずなのに)
(それなのに)
(それなのにどうして)
(何も言わずにいなくなってしまったの)
(どうして)
(どうして俺を)
(おいて行ってしまったの)
ぞわりと胸の内が震えた。
その直後、胸の内を看過されたように独歩に怒鳴られたのだ。さすがに兄のことを考えていたことまでは思い至っていないだろうが。
わだかまりを吐き出すように、長いため息をついた。
周りは天才だ何だと褒めそやすが、本当の天才とは兄のことを言うのだ。それは克巳自身が一番よくわかっている。
だからこそ、恵まれた体格と身体能力に甘んずることなく誰よりも努力してきた。
強くなるために。
(そうだ、強くなるんだ)
(強くなるために
誰よりも強くなる。
師の愚地独歩よりも。
地上最強の生物と呼ばれる範馬勇次郎よりも。
世界中の誰よりも。
(誰よりも強くなったら、俺は兄貴に追いつける)
(追いついてみせる)
ゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。
(もう大丈夫)
(いつもの俺に戻った)
しかし独歩に帰れと言われてしまったから、稽古場に戻るのも気が引ける。
かといってこのまま真っ直ぐ家に帰るのも……。
「そうだ。甘いもん食って帰るかな」
いつもの調子のいい笑みを浮かべ、何を食べようかと思いめぐらせながら克巳は足取りも軽く歩き出した。
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