刃牙その他
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昨日と同じ今日
朝、昨日と同じ時刻に目を覚ます。
普段どおりに服を着替え、昨日と同じ食事を摂って、昨日と同じトレーニングをこなしてから仕事に出る。
昨日と同じ日常の続き。
だが今日は、昨日と違うことが一つだけある。
ゆうえんちに行く。柳龍光と闘うために。
生きて帰ってくるつもりだが、無傷ではいられないだろう。
柳龍光に勝っても、負傷して全力が出せない状態で別の誰かに襲われるかもしれない。そのせいで治療が遅れてしまったら、松本太山のように命を落としかねない。
いや、死ぬことを想定したら、その時点で負けだ。もし相手と互角だったとして、最後の最後で勝敗を分けるのは『勝ちたい』『死にたくない』という思いの強さなのだから。
そうだとしても。
今日が『最後の日』だとしたら、思い残すことはないだろうか……。
自分でも気づかないほどほんのわずかに、無門の表情に翳りがさした。
「不審者?」
昨日と同じように学校を終えて電車に揺られ神心会本部会館に着いた克巳を迎えたのは、いつもと違う物々しい雰囲気だった。入り口の辺りで事務員と話していた、見知った顔の女子部員に尋ねてみたところ、本部会館前に不審者が出没したという。
神心会は実践空手の武闘派集団とはいえ、女性や未成年の門下生も多い。ストーカーの類いでは、と克巳は眉をひそめた。
不審者の出没時にその場に居合わせたという女子部員は話し始めた。
「私が本部会館 に来た時に、入り口の近くに立ってたの。こう……帽子を目深にかぶって、チラチラ中を覗いたりして、何か怪しいなーと思ったんだよね。受付の子に聞いたら一時間くらい前からずっといるって……」
「それ、絶対怪しい奴じゃないスか?」
「うん、私もそう思ったから保安室に連絡しなよって言って、やっと保安室に電話して、安村さんが来てくれたの」
安村は警察OBで保安室の責任者として防犯・防災管理を担っている。もちろん神心会の門下生だ。背丈はそれほどでもないが体格はよく、チンピラ程度なら対峙しただけで退散させるくらいの迫力がある。
「安村さんが話しかけたら帽子取ったのね。その時初めて顔が見えたんだけど……、それが……」
意味ありげに声を潜めた。克巳は思わず息を止めて次の言葉を待つ。
「すっっっっっごい……、美人だったの!」
「……美人?」
「そう!」
「そいつ、男でしょ?」
「男の人だけど、あれは女でも十分通じるよ! あんな綺麗な子、芸能人でもそうそういないって!」
興奮気味にまくし立てるのだから、相当の美貌の持ち主のようだ。
「何歳くらい?」
克巳も好奇心に負けてつい質問してしまう。
「二十歳くらい……、もうちょっと下かな?」
「謎の美青年か……。ミステリー小説みたいですね」
「でしょ!? しかも本部会館 に来た理由が、『古い知り合いに会うため』だって! 絶対訳アリだよね!」
「うーん……。確かに、普通、二十歳くらいで『古い知り合い』なんて言わないかなァ……」
「でしょ!? そんなの、生き別れの兄弟くらいじゃない!?」
一瞬、克巳の瞳の奥が揺らいだ。
が、すぐにいつもの調子で、
「……ミステリー小説だと、この後殺人事件が起こるパターンじゃないスか?」
冗談めかして応えた。
『生き別れの兄弟くらいじゃない!?』
(まさか)
二十歳より少し下の、女みたいな綺麗な顔の男。
思い当たる人物は一人だけいたが。
(まさか、ね)
すぐに打ち消して、それから昨日と同じように更衣室に向かった。
会うことはかなわなかった。
神心会本部会館に行けば会えるかもしれないと思い、しばらく待ち伏せのようなことをしていた。流石に怪しいと思われたのか、保安員と思しき初老の男に声をかけられた。大事にしたくなかったので『古い知り合いに会いに来たんですが、今日はやめておきます』とだけ言い残して引き下がってきたのだ。
それに、会ったところでどうなったというのだ。
理由はどうあれ、家族を捨てたことに変わりないのだ。
十年近くもほったらかしにしておいて、何を今更、と思われただろう。
今日は無門にとって『最後の日』であっても、克巳にとっては『昨日と同じ日』なのだから。
だからもし、次に克巳に会いに行くことがあるとしたらその時は、『昨日と同じ今日』の日にしよう。
昨日と同じ時刻に目覚めて、昨日と同じ朝食を摂り、いつも通りのトレーニングをこなし、日々の糧を得るための労働を終えたら、本部会館に向かう。今度はビルの正面口から堂々と入る。
それでいい。
兄が弟に会いに行くのだ。
特別なことは何もない。
『克巳』
『元気でやってるか?』
想像の中の無門は屈託なく弟に笑いかけた。
九年前と同じように、まるでつい昨日も会ったばかりのように。
朝、昨日と同じ時刻に目を覚ます。
普段どおりに服を着替え、昨日と同じ食事を摂って、昨日と同じトレーニングをこなしてから仕事に出る。
昨日と同じ日常の続き。
だが今日は、昨日と違うことが一つだけある。
ゆうえんちに行く。柳龍光と闘うために。
生きて帰ってくるつもりだが、無傷ではいられないだろう。
柳龍光に勝っても、負傷して全力が出せない状態で別の誰かに襲われるかもしれない。そのせいで治療が遅れてしまったら、松本太山のように命を落としかねない。
いや、死ぬことを想定したら、その時点で負けだ。もし相手と互角だったとして、最後の最後で勝敗を分けるのは『勝ちたい』『死にたくない』という思いの強さなのだから。
そうだとしても。
今日が『最後の日』だとしたら、思い残すことはないだろうか……。
自分でも気づかないほどほんのわずかに、無門の表情に翳りがさした。
「不審者?」
昨日と同じように学校を終えて電車に揺られ神心会本部会館に着いた克巳を迎えたのは、いつもと違う物々しい雰囲気だった。入り口の辺りで事務員と話していた、見知った顔の女子部員に尋ねてみたところ、本部会館前に不審者が出没したという。
神心会は実践空手の武闘派集団とはいえ、女性や未成年の門下生も多い。ストーカーの類いでは、と克巳は眉をひそめた。
不審者の出没時にその場に居合わせたという女子部員は話し始めた。
「私が
「それ、絶対怪しい奴じゃないスか?」
「うん、私もそう思ったから保安室に連絡しなよって言って、やっと保安室に電話して、安村さんが来てくれたの」
安村は警察OBで保安室の責任者として防犯・防災管理を担っている。もちろん神心会の門下生だ。背丈はそれほどでもないが体格はよく、チンピラ程度なら対峙しただけで退散させるくらいの迫力がある。
「安村さんが話しかけたら帽子取ったのね。その時初めて顔が見えたんだけど……、それが……」
意味ありげに声を潜めた。克巳は思わず息を止めて次の言葉を待つ。
「すっっっっっごい……、美人だったの!」
「……美人?」
「そう!」
「そいつ、男でしょ?」
「男の人だけど、あれは女でも十分通じるよ! あんな綺麗な子、芸能人でもそうそういないって!」
興奮気味にまくし立てるのだから、相当の美貌の持ち主のようだ。
「何歳くらい?」
克巳も好奇心に負けてつい質問してしまう。
「二十歳くらい……、もうちょっと下かな?」
「謎の美青年か……。ミステリー小説みたいですね」
「でしょ!? しかも
「うーん……。確かに、普通、二十歳くらいで『古い知り合い』なんて言わないかなァ……」
「でしょ!? そんなの、生き別れの兄弟くらいじゃない!?」
一瞬、克巳の瞳の奥が揺らいだ。
が、すぐにいつもの調子で、
「……ミステリー小説だと、この後殺人事件が起こるパターンじゃないスか?」
冗談めかして応えた。
『生き別れの兄弟くらいじゃない!?』
(まさか)
二十歳より少し下の、女みたいな綺麗な顔の男。
思い当たる人物は一人だけいたが。
(まさか、ね)
すぐに打ち消して、それから昨日と同じように更衣室に向かった。
会うことはかなわなかった。
神心会本部会館に行けば会えるかもしれないと思い、しばらく待ち伏せのようなことをしていた。流石に怪しいと思われたのか、保安員と思しき初老の男に声をかけられた。大事にしたくなかったので『古い知り合いに会いに来たんですが、今日はやめておきます』とだけ言い残して引き下がってきたのだ。
それに、会ったところでどうなったというのだ。
理由はどうあれ、家族を捨てたことに変わりないのだ。
十年近くもほったらかしにしておいて、何を今更、と思われただろう。
今日は無門にとって『最後の日』であっても、克巳にとっては『昨日と同じ日』なのだから。
だからもし、次に克巳に会いに行くことがあるとしたらその時は、『昨日と同じ今日』の日にしよう。
昨日と同じ時刻に目覚めて、昨日と同じ朝食を摂り、いつも通りのトレーニングをこなし、日々の糧を得るための労働を終えたら、本部会館に向かう。今度はビルの正面口から堂々と入る。
それでいい。
兄が弟に会いに行くのだ。
特別なことは何もない。
『克巳』
『元気でやってるか?』
想像の中の無門は屈託なく弟に笑いかけた。
九年前と同じように、まるでつい昨日も会ったばかりのように。