血のつながらない姉が二次元に夢中で俺の気持ちに全く気づいてくれません!(番外編)
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数か月前。
姉の好きなマンガがアニメ化されることをネットニュースで知り、これは喜んでいるにちがいないと想像しながら道場から帰宅した。しかし姉は明らかに顔色が悪い。
「どした? 嬉しくないのか?」
「……嬉しいよ」
「全然そんなふうには見えないぞ」
「……………………死ぬの」
「え?」
「推しが…………、死ぬのよ…………!」
それっきり、みすずからその話をすることはなかったので、克巳もしばらく忘れていた。
そしてアニメ第1話の放送日。
「そういえば何だっけ、あのアニメ今日からだろ?」
「一応録画してる……」
いつぞやと同じく悲痛な表情を浮かべる。
不思議に思う克巳の内心を知ってか、
「推しが、私の推しが生きて動いて喋る姿を見ることができるのはすごく嬉しいの。でも……」
「でも?」
「第1話を見た瞬間から死へのカウントダウンが始まってしまうのかと思うと……」
ウッと言葉を詰まらせる。
「見る勇気が、覚悟ができなくて…………!」
「覚悟って……。マンガ読んでて展開わかってるからいいじゃん」
「だからなのよ!」
克巳を睨みつけるその目尻には涙が光っている。
「推しが苦しみの果てに死ぬ姿が、アニメになって繰り広げられるのかと思うと……!」
そこから、ストーリーの序盤から推しが死に至るまでの話を延々と聞かされる羽目になった。
「『わが人生に一点の悔いなし!』みたいな死に方ならまだいいよ……。すごく悩んで苦しんで、良心の呵責に耐えられず自殺しようとするんだけど、残された家族のことを思うとそれもできなくて、結局不正の責任を全部なすりつけられて、最期は……」
「確かにそれは重いな……」
説明しているだけですでに半泣きになっている。そんな姉の姿が痛々しく、克巳もそれ以上何も言えないのだった。
そんな会話から数週間経ったある夜。克巳は夜中に目が覚め、喉が渇いていたので一階に降りた。何となく右手の居間に気配を感じたので覗き込むと。
みすずがいた。
真っ暗な部屋の中、ヘッドフォンをつけ、テレビに向かって体育座りしている。
その姿に気づいた時はぎょっとしてしまったが……。
例のアニメを見ている。
ぐず、と鼻をすする音が聞こえなくても。
(泣いてる…………?)
見なかった振りをして寝室に戻ろうかと思ったが、ふと古い記憶が甦った。
愚地家に引き取られて間もない頃。
夜中に目が覚め、両親のことを思い出し布団の上で膝を抱え静かに涙を流していた時。
「……克巳? どうしたの?」
隣りで寝ていると思っていた姉が、心配そうにこちらを見ているではないか。
泣いているところを見られてしまった。動揺しながらも『な、何でもないよ』と慌てて涙を引っ込める。
みすずは困ったような悲しそうな顔をしていたが、やがてこちらににじり寄る。
自分より一回り小さい手が、ふわりと前髪に触れた。手はそのまま額の上の辺りに置かれ、左右にやさしく撫でられる。もう片方の手は克巳の右手を握りしめる。その顔は、無理やり泣くのをやめた弟より泣き出しそうだ。
慰められるというより一緒に悲しんでくれているように思えた。それだけで抑えていた涙が再び溢れ出し、右手が少しだけ強く握られた。
階段に腰を下ろし、どれくらい待っただろうか。居間にいるみすずが動き出す気配を感じ、おもむろに立ち上がりそちらに向かう。
みすずはぐずぐずと泣きながら歩いているものだから、前から歩いてくる克巳に気づかず、見事にぼふっと胸にぶつかった。
「えっ……」
まさか弟が起きているとも思ってもみなかったので、泣いていることも忘れて弟の顔を見上げる。
目があった時には肩を引き寄せて抱きしめていた。
みすずは戸惑ったように少し身体を強ばらせていたが、やがて弟の腕の中に身を預けた。
「……苦しい」
消え入りそうな声が聞こえる。
「力入れすぎ」
そう言われて初めて、力いっぱい抱きしめていたことに気づき、慌てて腕を離す。
解放されたみすずは恥ずかしそうに俯いている。いくら家族とはいえ、さすがにこれはやり過ぎなのでは……?
克巳の方も何と言っていいかわからず、気まずい空気が流れる。
沈黙を破ったのはみすずの方だった。
「……ありがとう」
「……」
「心配してくれたんでしょ」
「うん……」
「もう平気だから」
顔を上げて少し微笑んだが、泣きはらした目は真っ赤になっている。
その様子に、泣いているとわかった時とはまた違った痛みが胸に走る。
「……変なこと聞くけど」
「何?」
「もし俺が死んだら、……今みたいに泣いてくれるか?」
「…………」
「……近々死ぬ予定でもあるの?」
「いや……、ない、けど……」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって明らかに怪訝な目つきをされ、調子が狂ってしまう。
「ほ、ほら、他流試合とか異種格闘技戦に出たりしたら、万が一というか……」
「試合って……、アンタ一回も出たことないじゃない」
「そ、それは俺が強すぎて他の参加者がヤル気なくすからって親父が……」
「何言い出すかと思ったら……。他流試合で死ぬなんてマンガの読みすぎじゃない!?」
「なッ……、お前に言われたくねえよッ!」
居間の前で騒いでいると、奥の寝室から『二人とも、夜中に喧嘩するんじゃねエッ!』と父親の怒声が飛んできた。
仕方なく、足音を忍ばせて二階に上がる。
「……さっきの話だけど」
「え?」
「お父さんより強くなるんだから、誰かと闘って死ぬってことはないんじゃない?」
「……」
「おやすみ」
部屋に入る前にこちらを振り向いた時は、いつもの姉の顔に戻っていた。
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