克巳夢
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夏の思い出
デートの帰り、駅から家まで送ってもらう道中のことだった。
夜の住宅街の中を微かに和太鼓の音が響いている。
何事かと訝しんだが、今日は町内会の盆踊り大会があることを思い出した。この少し先の小さな公園が会場で、中学生などは前の道でたむろしているのだった。
公園の前を通る時にさすがに克巳も気づいたようで、「お、お祭りじゃん。ちょっと見ていこうぜ」と手を引いて喧騒の中を入っていく。
公園の中央に組まれたやぐらの上にいる数人と、その周りを囲む人たちが音楽に合わせて踊っているが、大抵の参加者は出店で買ったものを食べながらおしゃべりに興じている。
小学生の頃は、テレビはお終まいにしてお風呂に入っているような時間に遊べる数少ない機会で、毎年楽しみにしていたっけ。
帰りが遅くなるから一応は親が付き添っていたけど、ずっと友達たちと買い食いしたりおしゃべりしていたり……。
高校生ともなれば他の友達付き合いなどに忙しく、元同級生と思しき顔ぶれはいないようだ。しかし近所の見知った人達に彼氏と手を繋いでいる現場を見られるかもしれないと思うと気恥ずかしく、何となく落ち着かなかった。
「焼きそば大、2つください」
つい1時間前にたらふく食べたくせにしっかりと焼きそばの出店の前に並んでいて、当然のように「ほい」と1パックを渡される。
「お腹いっぱいなんだけど……」
などと言いながらも、こういう時に食べるものは別腹というのか意外と箸が進む。が、食欲旺盛な10代男子はあっという間に自分の分を平らげ物欲しそうな目でこちらを見ている。
「食べる?」
「いいの?」
「うん」
(いつものことだしね……)と呆れながらも、おいしそうにもりもり食べている姿を見たくてついつい与えてしまうのであった。
「来てるの、子供とその親ばっかりだな」
「そうだね。私も中2くらいまでは毎年行ってたけど、その後は……」
額や首筋に流れる汗をハンカチで拭う。ここ数日は酷暑が続き、夜になってもなかなか気温が下がらない。
涼を取ろうと冷たいラムネを飲み込むたびに汗に濡れた喉仏が上下に動いているのを、なぜかじっと見つめてしまう。
「あ、おもちゃも売ってるんだ」
スイッチを入れると色とりどりに光るおもちゃが並んでいるのも、昔から変わらない。女の子たちは大抵ペンダントやカチューシャなどを買うのだが、自分はというと剣のおもちゃや空気で膨らますバットで弟たちをしばきあげていたような……。
「これ、ください」
またもや思い出に浸っている間に克巳が買い物を済ませていた。何を買ったのかと手元を覗き込もうとしたが、すぐにポケットにしまわれてしまった。
「何買ったの?」
「……そろそろ行こっか」
促されて腕時計を見ると、20時40分。門限の時間が近づいていた。
公園から歩いて数分の距離まで離れると、盆踊りの音楽も和太鼓の音も聞こえてこない。
いつものように人気のない住宅街を手をつないで歩いている時。
「あのさあ」
「何?」
「俺、今は空手のことしか考えられないけど」
立ち止まってこちらに向き直る。その瞳はいつになく真剣な眼差しをたたえ、思わずどきりとしてしまう。
「……うん」
「大人になって、……いろんなことがもっとうまくいくようになったら……」
大人になったら?
空手以外のことも考えられるようになったら?
こめかみから流れる一筋の汗を目で追いながら次に続く言葉を固唾を飲んで待つ。
「結婚しようよ」
この後、出店で買ったおもちゃの指輪を左手の薬指にはめようとしてくれたが、ハイティーンの指には細すぎて、第二関節の手前辺りで骨と肉が食い込んでしまいその先へは進まなかった。
あの時なぜ「結婚しよう」と言ったのかはわからないし、尋ねても頑として教えてくれなかった。
しかし数年経っても、あの時もらった指輪を大切にしまっていることを知った時、「まだ持ってたのかよ」と苦々しく言うものだから、
「これは大事な思い出だもん」
と返してやると、まんざらではなさそうな顔をしていたので、今も同じように思っていてくれているに違いない。
デートの帰り、駅から家まで送ってもらう道中のことだった。
夜の住宅街の中を微かに和太鼓の音が響いている。
何事かと訝しんだが、今日は町内会の盆踊り大会があることを思い出した。この少し先の小さな公園が会場で、中学生などは前の道でたむろしているのだった。
公園の前を通る時にさすがに克巳も気づいたようで、「お、お祭りじゃん。ちょっと見ていこうぜ」と手を引いて喧騒の中を入っていく。
公園の中央に組まれたやぐらの上にいる数人と、その周りを囲む人たちが音楽に合わせて踊っているが、大抵の参加者は出店で買ったものを食べながらおしゃべりに興じている。
小学生の頃は、テレビはお終まいにしてお風呂に入っているような時間に遊べる数少ない機会で、毎年楽しみにしていたっけ。
帰りが遅くなるから一応は親が付き添っていたけど、ずっと友達たちと買い食いしたりおしゃべりしていたり……。
高校生ともなれば他の友達付き合いなどに忙しく、元同級生と思しき顔ぶれはいないようだ。しかし近所の見知った人達に彼氏と手を繋いでいる現場を見られるかもしれないと思うと気恥ずかしく、何となく落ち着かなかった。
「焼きそば大、2つください」
つい1時間前にたらふく食べたくせにしっかりと焼きそばの出店の前に並んでいて、当然のように「ほい」と1パックを渡される。
「お腹いっぱいなんだけど……」
などと言いながらも、こういう時に食べるものは別腹というのか意外と箸が進む。が、食欲旺盛な10代男子はあっという間に自分の分を平らげ物欲しそうな目でこちらを見ている。
「食べる?」
「いいの?」
「うん」
(いつものことだしね……)と呆れながらも、おいしそうにもりもり食べている姿を見たくてついつい与えてしまうのであった。
「来てるの、子供とその親ばっかりだな」
「そうだね。私も中2くらいまでは毎年行ってたけど、その後は……」
額や首筋に流れる汗をハンカチで拭う。ここ数日は酷暑が続き、夜になってもなかなか気温が下がらない。
涼を取ろうと冷たいラムネを飲み込むたびに汗に濡れた喉仏が上下に動いているのを、なぜかじっと見つめてしまう。
「あ、おもちゃも売ってるんだ」
スイッチを入れると色とりどりに光るおもちゃが並んでいるのも、昔から変わらない。女の子たちは大抵ペンダントやカチューシャなどを買うのだが、自分はというと剣のおもちゃや空気で膨らますバットで弟たちをしばきあげていたような……。
「これ、ください」
またもや思い出に浸っている間に克巳が買い物を済ませていた。何を買ったのかと手元を覗き込もうとしたが、すぐにポケットにしまわれてしまった。
「何買ったの?」
「……そろそろ行こっか」
促されて腕時計を見ると、20時40分。門限の時間が近づいていた。
公園から歩いて数分の距離まで離れると、盆踊りの音楽も和太鼓の音も聞こえてこない。
いつものように人気のない住宅街を手をつないで歩いている時。
「あのさあ」
「何?」
「俺、今は空手のことしか考えられないけど」
立ち止まってこちらに向き直る。その瞳はいつになく真剣な眼差しをたたえ、思わずどきりとしてしまう。
「……うん」
「大人になって、……いろんなことがもっとうまくいくようになったら……」
大人になったら?
空手以外のことも考えられるようになったら?
こめかみから流れる一筋の汗を目で追いながら次に続く言葉を固唾を飲んで待つ。
「結婚しようよ」
この後、出店で買ったおもちゃの指輪を左手の薬指にはめようとしてくれたが、ハイティーンの指には細すぎて、第二関節の手前辺りで骨と肉が食い込んでしまいその先へは進まなかった。
あの時なぜ「結婚しよう」と言ったのかはわからないし、尋ねても頑として教えてくれなかった。
しかし数年経っても、あの時もらった指輪を大切にしまっていることを知った時、「まだ持ってたのかよ」と苦々しく言うものだから、
「これは大事な思い出だもん」
と返してやると、まんざらではなさそうな顔をしていたので、今も同じように思っていてくれているに違いない。