いろいろ
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かわいそうだたあほれたってことよ
「梶尾の兄弟」
後ろから陽気な声で呼びかけられた。やや躊躇った後、梶尾は振り向いて弟分に返事する。
「よお、鳶田」
「仕事中っすか?」
「これから集金だよ」
「俺もついていっていいっすか?」
またも一瞬躊躇ったが、『いいけど』と返す。目的地のアパートまで目と鼻の先だ。追い払うのも面倒くさい。
「俺、金融屋の仕事ってどんなのか見てみたかったんすよね」
「社会見学じゃねーんだぞ」
梶尾は苦笑した。
顔はお世辞にも美男子とは言えず、似合わない長髪と白ジャージがトレードマークの鳶田が、彼女(しかも5人いる)から貢がれているだなんて、不思議で仕方がない。それだけシャブのもたらす快楽は凄まじいのだろうか。そしてそう思うたびに、『シャブだけは絶対に手を出すまい』と固く心に誓うまでがワンセットになっている。
(滑皮の兄貴はわかるんだけど。カッコいいから)
滑皮は昔から女にモテる。しかし、どんな美人を連れていてもあまり楽しくなさそうで、女と接する態度もどこか素っ気ない。
(兄貴って女にあんまり興味がないのかな)
「それ、夕飯っすか?」
鳶田は、梶尾が右手から下げているビニール袋を指差す。中身はコンビニで買った唐揚げ弁当三食分。
「そんなに食うから太るんですよ」
「うるせーよ。見学者は黙ってついてこい」
債務者の住むアパートの前まで来た。外階段を登り、突き当たりの203号室の呼び鈴を鳴らす。
バタバタと足音が聞こえたかと思うとドアが開き、少女が顔を覗かせた。
「梶尾さん?」
債務者である母親からは中学2年生だと聞いていた。背はすらりと高く165センチはありそうだ。Tシャツと短パンから伸びた手足は細く筋肉質で、身体つきはまだ二次性徴が現れきっていない。ショートカットと相まって、中性的な雰囲気を湛えている。
ガキだな、と梶尾は心の中で呟く。借金取りが来たのに無防備にドアを開けるな。
「お母さん、まだ仕事ですけど……?」
知ってますよね?と言いたげな口調だった。切れ長の瞳がじっとこちらを見ている。この少女に見つめられると、何だか居心地が悪い。
「そうだったな。他の債務者と間違えちまったわ」
我ながら白々しい嘘だった。少女の眼差しに疑いの色が混ざる。
扉の向こうから、『お姉ちゃーん』『お客さん、だれー?』と幼い声が聞こえる。少女は振り返り『ちょっと待って』とたしなめ、再び梶尾の方に向き直る。
「これ」
梶尾は右手に持っていたコンビニの袋を差し出した。
「急に唐揚げ弁当食いたくなったから買ったけど、気分変わったから、重てーし、置いてくわ」
少女は梶尾の真意を図りかねてきょとんとしている。梶尾は無理矢理少女にコンビニの袋を持たせ、『明日出直す』と言い残して足早にその場を去る。鳶田も黙って従った。
「やさしいんですね、梶尾さん」
鳶田は茶化すような笑みを浮かべたかと思うと、すっと真顔になった。
「あんまり情をかけない方がいいんじゃないですか」
「素人がわかったような口聞くな」
痛いところを突かれ、思わず口調が荒れてしまう。
「最悪、あの子から剥がすことになるかもしれないんでしょ? だったらドライに行かないと」
「だってよオ」
淡々と説く鳶田を遮って、言い訳がましく呟く。
「滑皮の兄貴に似てっからさあ……、かわいそうに思えて」
少女に初めて会った時、目元に滑皮の面影を見出した。それは、彼女の境遇が過去の自分のそれと似ていること以上に、梶尾の心を強く捉えた。
働き詰めの母親と、まだ小学校にも上がっていない幼い弟妹。父親が残した借金。雑草だらけのボロアパート。金の心配。飯の心配。彼女を取り巻くものと、これからの人生に待ち受けるものを想像すると居た堪れなくなる。
「あの子を落としても、滑皮の兄貴は兄弟のものにはならないっすよ」
「だから、そんなんじゃねえって」
「同じ人間と思っちゃダメっすよ」
梶尾に構うことなく、鳶田は釘を刺す。
「そいつにどんな過去があるとか、どんな未来が待ってるとか、そういうことは考えちゃダメです。こっちの身が持たなくなりますから」
「わかってるよ」
「ホントですかあ?」
あの母親がパンクするのは時間の問題であることは目に見えている。そうなれば彼女に払わせるしかなく、風俗店に手引きするのは間違いなく自分だろう。
これは仕事だ、彼女は滑皮ではないと自分に言い聞かせる。
堕ちてしまったら、それまでのことだ。
それでも、例え泥水をすする生活に堕ちても、あの瞳はいつまでも濁らないでいてほしいと、至極自分勝手な願い事を心の中で唱えた。
「梶尾の兄弟」
後ろから陽気な声で呼びかけられた。やや躊躇った後、梶尾は振り向いて弟分に返事する。
「よお、鳶田」
「仕事中っすか?」
「これから集金だよ」
「俺もついていっていいっすか?」
またも一瞬躊躇ったが、『いいけど』と返す。目的地のアパートまで目と鼻の先だ。追い払うのも面倒くさい。
「俺、金融屋の仕事ってどんなのか見てみたかったんすよね」
「社会見学じゃねーんだぞ」
梶尾は苦笑した。
顔はお世辞にも美男子とは言えず、似合わない長髪と白ジャージがトレードマークの鳶田が、彼女(しかも5人いる)から貢がれているだなんて、不思議で仕方がない。それだけシャブのもたらす快楽は凄まじいのだろうか。そしてそう思うたびに、『シャブだけは絶対に手を出すまい』と固く心に誓うまでがワンセットになっている。
(滑皮の兄貴はわかるんだけど。カッコいいから)
滑皮は昔から女にモテる。しかし、どんな美人を連れていてもあまり楽しくなさそうで、女と接する態度もどこか素っ気ない。
(兄貴って女にあんまり興味がないのかな)
「それ、夕飯っすか?」
鳶田は、梶尾が右手から下げているビニール袋を指差す。中身はコンビニで買った唐揚げ弁当三食分。
「そんなに食うから太るんですよ」
「うるせーよ。見学者は黙ってついてこい」
債務者の住むアパートの前まで来た。外階段を登り、突き当たりの203号室の呼び鈴を鳴らす。
バタバタと足音が聞こえたかと思うとドアが開き、少女が顔を覗かせた。
「梶尾さん?」
債務者である母親からは中学2年生だと聞いていた。背はすらりと高く165センチはありそうだ。Tシャツと短パンから伸びた手足は細く筋肉質で、身体つきはまだ二次性徴が現れきっていない。ショートカットと相まって、中性的な雰囲気を湛えている。
ガキだな、と梶尾は心の中で呟く。借金取りが来たのに無防備にドアを開けるな。
「お母さん、まだ仕事ですけど……?」
知ってますよね?と言いたげな口調だった。切れ長の瞳がじっとこちらを見ている。この少女に見つめられると、何だか居心地が悪い。
「そうだったな。他の債務者と間違えちまったわ」
我ながら白々しい嘘だった。少女の眼差しに疑いの色が混ざる。
扉の向こうから、『お姉ちゃーん』『お客さん、だれー?』と幼い声が聞こえる。少女は振り返り『ちょっと待って』とたしなめ、再び梶尾の方に向き直る。
「これ」
梶尾は右手に持っていたコンビニの袋を差し出した。
「急に唐揚げ弁当食いたくなったから買ったけど、気分変わったから、重てーし、置いてくわ」
少女は梶尾の真意を図りかねてきょとんとしている。梶尾は無理矢理少女にコンビニの袋を持たせ、『明日出直す』と言い残して足早にその場を去る。鳶田も黙って従った。
「やさしいんですね、梶尾さん」
鳶田は茶化すような笑みを浮かべたかと思うと、すっと真顔になった。
「あんまり情をかけない方がいいんじゃないですか」
「素人がわかったような口聞くな」
痛いところを突かれ、思わず口調が荒れてしまう。
「最悪、あの子から剥がすことになるかもしれないんでしょ? だったらドライに行かないと」
「だってよオ」
淡々と説く鳶田を遮って、言い訳がましく呟く。
「滑皮の兄貴に似てっからさあ……、かわいそうに思えて」
少女に初めて会った時、目元に滑皮の面影を見出した。それは、彼女の境遇が過去の自分のそれと似ていること以上に、梶尾の心を強く捉えた。
働き詰めの母親と、まだ小学校にも上がっていない幼い弟妹。父親が残した借金。雑草だらけのボロアパート。金の心配。飯の心配。彼女を取り巻くものと、これからの人生に待ち受けるものを想像すると居た堪れなくなる。
「あの子を落としても、滑皮の兄貴は兄弟のものにはならないっすよ」
「だから、そんなんじゃねえって」
「同じ人間と思っちゃダメっすよ」
梶尾に構うことなく、鳶田は釘を刺す。
「そいつにどんな過去があるとか、どんな未来が待ってるとか、そういうことは考えちゃダメです。こっちの身が持たなくなりますから」
「わかってるよ」
「ホントですかあ?」
あの母親がパンクするのは時間の問題であることは目に見えている。そうなれば彼女に払わせるしかなく、風俗店に手引きするのは間違いなく自分だろう。
これは仕事だ、彼女は滑皮ではないと自分に言い聞かせる。
堕ちてしまったら、それまでのことだ。
それでも、例え泥水をすする生活に堕ちても、あの瞳はいつまでも濁らないでいてほしいと、至極自分勝手な願い事を心の中で唱えた。
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