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サロルンリムセ


「さて、歓迎する前にだ」

腕を組んで、私の頭のてっぺんから爪先までを見下ろした鶴丸国永が言った。

「流石にその格好じゃあ、いくら久々の客とはいえ通したくは無いんだが」

その言葉にはっとして今の自分の姿形(なり)を思い出す。

改めて見なくても分かる程、ばっちい。

だって、ぶっ壊した門の山を乗り越えてここに来たのだ。(自分のせい)
しかも名乗りを上げる前に埃や汚れを払おうと叩いたら、その手が汚かった為に余計に塗ったくった形になった。しかも私が着ている狩衣は上下共に白。
神様じゃなくてもそんなの家に上げたくないわ。

「そうですよねぇ。あの着替…」

「とにかく!風呂入ってくれ。話しはそれからだな」

私の言葉をぶった切り、くるりと後ろを向くとついてこいと言う様に肩越しに視線を向けられた。

「お手数お掛けします」

一礼してから大人しく後に続く。

マジか。めっちゃラッキー♪
どのみち水被って流すつもりだったし、風呂と言う事は勿論、温かい湯を使えるのだろうからこんなに嬉しい事は無い。

玄関を素通りし棟伝いにそのままぐるりと本丸の周囲を回る様に歩いて行く。多分ここからだと屋敷の奥の方にあるのだろう。

歩いて行く途中辺りを見回してみれば、通常運営されている本丸とさして変わり無い様に見える。
景観を考え植えられた花木に大きな池。建造物も年月が経っているわりに傷みがない。
だが良く見れば、松の木には咲くはずの無い紫と白の不思議な形の花が咲き乱れ、池で跳ねた魚はまるで骨格標本。見上げた軒下に巣を張ってる女郎蜘蛛はその名の如く女の顔をしていた。

この地を浄化し霊力高い審神者が根を張ってくれれば素晴らしく美しい景色になりそうだが…ここの刀剣達はそんな事望んではいないのだろう。

使えそうな本丸を封印してしまうと言うのは政府側の人間からするととてつもなく勿体無い。
昔は刀だけを封印と言う案もあったそうだが、今目の前を歩いているこの鶴丸国永が、後続でやって来た審神者及び政府の人間を何人もこの本丸の礎としてしまっている為、本丸自体が呪物と化し全てを封印するしか無くなってしまったのだ。

この本丸を解呪すると言う方法もなくはないが、なにせ古刀鶴丸国永の神気を含んだ呪が掛かっているので難しい事この上ない。
要するにこの本丸、それ自体が鶴丸国永の神域と同レベルなのだ。

何人もの関係無い人間を悪意を込めて取り込んだ『穢れた神域』と言う非常に厄介なシロモノ。

とにかくこの本丸はどうしようもない所なのだ。
まぁ、だからこそ私が送られて来た訳だが。

「あれが風呂場だ」

指差す先には昔の銭湯の様な唐破風がある宮造りの建物が見える。かなり立派で思わず立ち止まりその全体図を呆けっと眺めてしまった。

「そこに入浴中の看板があるからそれを立て掛けて入ってくれ」

「…わかりました」

呼びかけにはっと気が付き言われたその立て看板とやらを確認してからそっと引戸に手を掛けた。

「使い終わったら俺を呼んでくれ。すぐ来る」

今来た道をさっさと戻って行く鶴丸国永にありがとうございますと謝辞をのべ、いそいそと風呂場に入った。

鍵を閉め、汚れた足袋を脱ぎ脱衣場に上がる。
板張りで真ん中には籐の長椅子が四つ並べられ、右の壁一面には棚と脱衣籠が置かれている。左側には横長の継ぎ目の無い大きな鏡と籐の丸椅子、ドレッサーまで備わっている。

外見と言い随分と風呂場に金掛けてたなここ。
まぁ、全部薄汚れてるけどね!


背負っていたリュックバッグを降ろし埃を払って中を開けて見る。
良かった、ここまでは汚れていなくて安心した。

タオルと石鹸を取り出し洗面台に向かい蛇口を捻る。
変なモノが出てくるかと一応覚悟はしてみたものの、使っていなかった為濁った水が最初に出た後は普通に綺麗な水が流れ出た。

こんな場所にも関わらずおどろとしたものが出て来ないなんて逆に驚きだ。鶴丸国永じゃないけど。

とりあえず手を綺麗に洗い流してみる。
私を守る結界もさして反応しないし、水はそのまま飲まなければ平気そうだ。マジか。

よし、これならお風呂にも入れそう。
念の為入口に簡易結構を張り、汚れた狩衣を脱ぎ捨ていざ風呂場へ!

ガラリと開けた磨りガラス戸のその向こうにはすっからかんの大きな浴槽が二つ。

…今からこれ溜めろってか?
辺りを見回しても湯を出す蛇口もないのに?

もうひとつ奥に引戸を発見。多分露天になっていると予測。
内風呂がコレなら外もこうですよね。
でも一応確認してみたいじゃない?

そろそろとスライドして顔だけ出してみれば、そこは落葉のお風呂になってた。

やっぱりね!!!

もう湯船に浸かる事は諦めシャワーさえ浴びられればいいかと戸を閉め洗い場に戻りシャワーの蛇口を捻って少し待つ。

ざあざあと流れ落ちる水。
穢れた場所に似合わぬとても綺麗なその水は、無情な事に待っても待っても温かくなる事はなかったのだった。
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