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眠れぬ龍の夜の飯

龍王は本音が聞きたい



「何も無い」

大倶利伽羅は業務用の大型冷蔵庫の前でがくりとヘタり込んだ。

明日の朝餉の下拵え以外にある物は三葉が一株、それも使い掛けで所々が短くなっている。

それ以外には本当に何も無い。
すっからかんとはこのことだろう。

夕餉はカレーではなかったから何かはあると思っていたが、もしや既に誰かに食べられたのか…

こんな事なら、鶴丸の酒になど付き合うんじゃなかった。

今、手元にあるのは酒を呑んでる間に自室で炊いて置いた白米で握った飯が四つ。

さすがに塩を降っただけで食べるのは味気ない。

大倶利伽羅は仕方なく冷蔵庫の三葉を手に取りゴソゴソと戸棚を漁り出した。



とつとつと夜中の廊下を歩く。

長谷部も近侍室から下がり、今夜に限っては煩い酒呑み連中もちびちびやっているのだろう。

庭の灯篭のあかりだけが薄ぼんやりと先を照らしている。



今日この本丸では久しぶりに重傷者が出た。


短刀の小夜左文字だ。


上田城での交戦中、粟田口の短刀を庇っての負傷だった。

一期一振とその短刀は泣きながら左文字の二振りに謝罪に来たが、彼も刀。
どちらも覚悟は出来ているので頭を下げるなとやんわりと断っていた。



重傷前撤退が常態化しているここにおいて、手伝い札などあり余る程持ってはいるが、ゆっくり寝かせてやすませたいとの主の言で札無しで手入れ部屋に入っている。

短刀故に時間はさほど掛からないが、傷が深い為ぐっすり眠っていた。


目覚めるのはもうすぐ。
夕餉の時間も寝ていたからお腹が空いているだろうと、宗三左文字は兄の江雪左文字を手入れ部屋に残し、一振厨に来たのだった。


ほんのりと灯りが点っている。誰か居るらしい。

宗三はからりと厨の戸を開ける。
暖簾を右手で上げながら少し屈んで中に入ると奥で何かを焼いている大倶利伽羅と目が合った。

「いい匂いがしますね」

大倶利伽羅のそばに寄りながらその手元を覗き込む。

手燭の小さな灯りと焜炉の炎に浮き上がる様に見えるのは金網に乗せられたおにぎりだった。

大振りな握り飯が四つ、遠火でじりじりぱちりぱちりと網で焼かれている。

「……あの、これ。何を塗っているんですか?」

宗三は焼きおにぎりを指差して大倶利伽羅に聞く。
液体では無く固体が塗られていたからだ。

焼きおにぎりとは基本、表面に醤油を塗って焼くモノだが、大倶利伽羅が今作っているモノからは醤油の焦げたあの香ばしい匂いではなく、もっと重く塩っぱそうだが甘い匂いが混じる。
だが、とても食の進みそうな、ぶっちゃけこの匂いで飯が食えそうな、そんな感覚。

「…あんた、武田に居た時みなかったか?」
「これを、ですか?いえ」
「…そうか」
「長く居た訳ではなかったので。それが何か?」
「東…特に寒い場所は味噌は調味料ではなく米と共に食べる」
「味噌、ですか」

成程。見た事ないはずだ。

今で言う関ヶ原を越えて東に居た事などほとんどないので知らなかった。
だが、これはコレで中々美味しそうだ。

菜箸でころりころりと反してゆく。
少しだけ焦げたところが香(こう)ばしいを通り越してとても芳(かんば)しい。


「…小夜か」

あまりにも刀を惹きつける匂いに、思わずじぃっと見詰めていた自分にはと気付く。

「えぇ…もうすぐ目が覚めるので、何か食事をと…」
「これで良ければ持っていけ」
「いいのですか?」
「……あんた、何を作るつもりだったんだ」
「…まぁ、お粥、ですかね」
「どうやって」
「米を研いでレンジでチン…で、出来ませんか?」
「………持 っ て い け」

大倶利伽羅は力強く言った。

宗三…と言うより、左文字兄弟の上二振りの料理の腕は壊滅的だ(小夜は出来る短刀)

切る、剥くという最初の段階は全く問題ないのだが、その後が何故こうなったかよく分からないシロモノが出来あがる。
例え見た目が良くとも口に入れてはいけないとさえ言われている。

ひとつ
江雪左文字の熔岩(の様な)ピザトースト

ふたつ
宗三左文字の虹色の泡が吹きこぼれた炊飯器

上記二つは当本丸の伝説になっている。

さすがにこの腕前の料理を傷の癒えた短刀に食べさせるのはどうかと思う。
例え上手く出来たとしても。

しかも今、大倶利伽羅は自分の飯を調理中だ。
宗三でなくとも分けるのは普通だが、左文字だからこそ分けるのは絶対だ。


「大きな土瓶を用意してくれ」
「わかりました」

焼き上がったおにぎりを深皿に入れ、その上に冷蔵庫で寝ていた三葉を乗せる。

鍋に水を入れ沸騰したら火を弱め、そこに『魔法の粉』和風だしの素と塩を少々入れて掻き混ぜる。
顆粒が溶けたら火から下ろし宗三が用意していた土瓶に流し込む。

盆に深皿三つ、箸三膳、土瓶を乗せて宗三の前に押し出す。

「そのままでも食えるし、出汁を注げば味噌汁風にもなる」
「ひと粒で二度美味しい、ですね」
「そんなところだ」
「ところで、この出汁ですが」

やはり宗三もアレに興味を惹かれたらしい。

「なんだ」
「その出汁。随分とお手軽なのですね」

大倶利伽羅のぱんぱんに膨らんだ巾着袋をじっと見詰めている。

「…魔法の粉だ。万屋で見付けた」
「成程。便利です」
「歌仙と光忠には言うな」
「わかりました」


宗三は心得たとばかりに即座に返答をかえし、差し出された盆をそっと持ち上げる。

「これ、ありがとうございます。兄弟達と美味しく頂かせていただきます」

軽く頭を下げ静々と厨を出て行った。

その後姿を見送り、なんとなくほっとした気持ちになる。これで小夜もレンチンで作った(ちゃんと出来たかはわからない)粥ではなく、一応、ちゃんとした食べ物を口に入れる事が出来て良かった。


ほわほわと白い湯気が今だ揺れている味噌焼きおにぎりの前に座り手を合わせる。

「いただきます」


遠くで笑い声が聞こえた気がした。




~本日の夜食~

☆ 味噌焼きおにぎりに出汁を添えて



でした。




************


後日、小夜左文字から

「あなたのおかげで助かりました」

と、ハムやソーセージ、ベーコンにチーズ等大倶利伽羅にとっては大助かりの品物が届いたので、有難く受け取った。


だが、小夜の『助かった』のは、作らずに済んだ宗三の事だったのか、それとも宗三の作ったモノを食べずに済んだ小夜だったのか……


聞きたいが聞けないのだった。


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