このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

眠れぬ龍の夜の飯


向日葵は黒出汁が好き


――トン トン トン トン トン――

ふと、微かに耳に届いたなんだか聞き覚えのある子気味良い音に厠帰りの和泉守兼定は足を止めた。

今は子の刻。
本丸のほぼ全ての機能が眠りについている時刻の筈だが。

一体何処からこの音が?
ちょっとした好奇心と見回りもかね(…まあ、大分好奇心の方が上回っているが)部屋とは逆、今来た廊下をもう一度戻ってみる事にした。



◇◇◇◇◇


ぐいぐいと麺棒にて生地を伸ばし、打ち粉を振って三つに折り畳む。
それを大体1cm程の太さに切っている俺は今夜も腹が減って倒れそうな大倶利伽羅だ。

切り分けた物にもう一度打ち粉をし両手でザカザカと全体に塗せば俺特製うどんの出来上がりだ。


──『夕餉はカレーだよ♪』と朝から光忠に聞いていた為、昼過ぎの誰もいない時間を見計らい厨に侵入。
棚奥から以前主が使っていたホームベーカリーを取り出し、小麦粉と強力粉を4:6、塩とぬるま湯を釜に投入。大き目のビニール袋に少量の小麦粉を入れ共に自室へ。

コンセントを差し込み通常のパン生地コースに設定、スイッチオン。
一次発酵前辺りで生地を取り出し、持って来たビニール袋に入れ上下に振り全体に小麦粉を塗したらマイ冷蔵庫にて出番まで寝かせてやる。
これでうどん生地の出来上がりだ。

なんて簡単。

夜も更けて人気も無くなる頃、生地を取り出し厨へ移動。

鍋にたっぷりの水をいれ火にかけてから伸ばして切る工程をすればちょうど良い具合で湯が沸き麺を投入。

バカリ、と両手で勢い良く大型冷蔵庫を開けると中央にデンと陣取る大小青い蓋のタッパーの数々。
これは明日の朝餉用に準備してある食材達で今夜はこれ以外はスッカラカンだ。勿論想定内だがな。

光忠カレーは冷蔵庫内のちょっとずつの余り物と畑の間引き菜等を使う、所謂食材&庫内一掃メニューで、その夜にはこの様に本当に何も無い状態に陥る。

その為、わざわざホームベーカリーなど持ち出し簡単かつ少ない具材で食べれる物を日中から仕込んでおいた訳だ。


庫内から小さ目のタッパーと卵を取り出し調理台へ。
朝餉用の小口に切った葱なら、少し位手を出しても解りはしないだろう。


そうこうしているうちに麺が茹で上がった。
流しに置いた笊に向かって湯を捨てる。

と。


ガラリと派手な音で戸が開き勢い良く暖簾が二つに割れ、ぐるりと厨内を見回して来たのは和泉守兼定だ。

「なんだ大倶利伽羅か」

入って早々俺の顔見てそれか。

……俺で悪かったな。
と言うか、早くその戸を閉めろ。
出来るだけ静かにな。

「こんな時刻に何してんだ?」

パン、とこれまた結構な音を立て戸を閉めた和泉守は、いつもと変わらぬ足音を立て隣に来て手元を覗き込んだ。

「おっ、うどんじゃねぇか!」

水で締めていたそれを見て、一瞬できらきらと瞳が輝いた。

此奴も腹が減っていたのか?
あまり大食いのイメージはなかったが…夕餉はカレーだったからか?
カレーは飲み物だものな。


「…食うか」

「いいのか!?」

頼むからデカい声を出すな。
料理が(かなり)出来る刀とバレたら当番が増える。
朝はギリギリまで寝ていたいんだ。

「食いたければ静かにしろ」

そう言うと和泉守は口を手で隠し高速で頭を上下に降った。

よし。これでひっそりと夜食が食える。

「丼を二つくれ」

和泉守に言えば、すすすと静かに動き食器棚からラーメンの丼を出して来た。

……着物や小物、色味のセンス等はやはり兼定だな、と思う事は良くあるが、歌仙に口喧しく言われているのは多分、こういう所なんだな、とたった今理解した。

まあ、俺は構わんが。

「卵がいるなら冷蔵庫から出して割っておけ」

笊を流しに置き、次は麺つゆ作りだ。
多めに湯を沸かして置いて良かった。
 
いつもの巾着袋から鰹と昆布の出汁の元を取り出す。
鰹出汁を多めに、感覚で鍋の中に振り入れる。

掻き混ぜると甘くて香ばしい出汁の香りが厨に漂う。次に醤油と酒を少々。
お玉から直飲みで(当番の時は流石にやらんが)味見をすればいつも通りの俺好みだ。

鍋を降ろし調理台へ。
二つの丼に交互につゆを注ぎ入れれば、生の玉子がうっすらと白い化粧をする。

ヤバい。マジ美味そう。

タッパーを開け小口の葱を上から掛ければ完成だ。

「食え」

丼を和泉守に押出してやれば、これぞ『屈託の無い笑顔』というのを浮かべ

「いただきます!」

と頭をさげた。

ずぞぞ、と結構多めの一啜りが口中に消え、むぐむぐとしっかり噛んで飲み込んでいる。
ここら辺、堀川に躾られたんだろうな。

「…美っ味ぇ、やっぱうどんは黒いやつだよな」

「…黒いやつ…?」

何だそのGみたいなやつは。

「これだよ、醤油の出汁だ!」

醤油の出汁…めっちゃにこにこしているから嬉しいんだろうが、普通だろ。

「国広に作って貰えばこれが出るんだけどな」

ほう、堀川と俺は好みが一緒なのか?

「之定に作って貰うと出汁が澄んでんだよなあ。あれはアレで美味いけど」

……理解した。
東西出汁戦争の話だな。

「俺は東北の刀だからな。うどんの出汁は濃い目の醤油だ」

和泉守は、そっか、やっぱこっちのが食べた気がするよな、と言いながら凄い勢いで啜っている。


「なあ、このうどんは自分で買って来た奴か?こんなもちもちしたのは食った事ねぇねんだけど」

驚いた。食感など気にしなければ分からないものなのに。
やはり日頃から歌仙や堀川に仕込まれているからなのか。

「…これは、俺が好きな粉配合だ」

「は…?こなはいごう…?え…これ、あんたが一から作ったのか、凄ぇな!伊達の刀は皆何でも出来るんだな!」

…褒め言葉ありがとう。
確かに一から作ったが俺は粉とぬるま湯と塩の配合をしただけで、あとはホームベーカリーがやってくれたんだがな。

後、伊達の刀で何でも出来るのは三振りだ。白いのも真面目にやれば出来るが、基本が斜め上だから出来高は20%未満だ。

まあ、それも含めて言うまい。


「は〜、美味かった!」

ごっそさんでした、とまた丁寧に頭を下げた和泉守。
後の片付けは俺がやる、と言ったのでその言葉に甘えよう。

出汁が入った巾着袋を持ち、厨を出ようとした時

「なあ」

声が掛かった。

「このうどん、作り方教えてくれねぇか?」

出汁も簡単だったし国広に作って貰うからさ、と来た。

うどんはいいが出汁は駄目だ。
堀川にバレれば絶対に光忠と歌仙に話が行き没収される。

『添加物入りを使わなくてもお出汁は冷蔵庫に置いてあるでしょ?』
『そんな物を使うなんて、全く雅じゃないね』

『没収だね』
『没収だよ』

嗚呼、こんなにも簡単に先が読めてしまう。
簡単なのは料理だけで十分だ。


俺は静かに和泉守の前に戻る。

「うどんの粉配合なら教えてやる」

「だが、出汁の話は絶っ対駄目だ」

一瞬きょとんとしていたが、俺の必死さがじわじわ伝わったらしく時間を掛けて少し引かれた。

「…お、おぅ…」

一歩下がった和泉守、俺は一歩詰める。

「いいか。この出汁は魔法の粉だ。厨の番刀ばんにんにバレれば取り上げられる」

「そ、そうなのか……」

「そうだ。だから堀川に言うならうどんの粉配合は小麦粉四の強力粉が六」

「こ、小麦粉、が四で強力粉が六」

「そうだ。そして出汁は冷蔵庫にストックされた鰹と昆布出汁だ」

「…う、うん」

「いいか?出汁は冷蔵庫にストックされた鰹と昆布出汁。だ。分かったな」

「分かった…出汁はストックを使った」

「結構」

俺は踵を返し今度こそ厨を出ようと暖簾に手を差し込んだ。

「大倶利伽羅」

また呼ばれ、振り返れば

「ありがとな!」

和泉守特製『向日葵笑顔』が咲いていた。






☆本日の夜食は

大倶利伽羅特製うどん〜生地はホームベーカリーで♪


でした。





※※※※※※※※※※


「ねぇ、伽羅ちゃん」

「なんだ」

「伽羅ちゃん、おうどん作れるんだね」

「…あんたが作ってるのを手伝っただろ」

「でも僕、小麦粉と強力粉は半々だよ?」

 「……当番の時に手が滑って強力粉が多く入ったんだ」

「うんうん」

「失敗したと思ったから、避けて後で俺が食べた」

「そしたら、そっちのが伽羅ちゃんは好みだったと」

「そうだ」

「和泉守君と一緒に」

「そうだ」

「もちもちしてて美味しいんだって?今度僕も作ってみようかな、四六の割合で」

「…好きにしろ」


5/5ページ
スキ♥