スヴニールな時間を貴方に

甘い物は好きじゃない。

凡そ子供らしくない台詞を言いながら、彼は傍らで待っていた僕の口の中に艶々とコーティングされた固形物を放り込む。口いっぱいに広がる上質な甘さは、厳しい仕事を耐え抜いた執事見習いの僕らにとっては至福なひと時だ。
まぁ、僕にとってはそれだけがご褒美じゃないんだけどね。




今夜は特に冷え込んで眠れない夜になりそうだとは思っていたけれど。
まさか夜更けのキッチンに侵入者が居るとは作戦担当の僕でもさすがに予測出来ない。それも、三人も。

「…こんな時間に皆で何をしてるんですか?」
「あら、ニュイ。あなたも寒くて眠れないの?一緒に飲む?」

ソワレが眠れない私のために作ってくれたの。ほんのり頬をバラ色に染めた天使から差し出されたのは、カップに入ったビターチョコとアマレットがふわりと香るショコラ・ショー。
いえ、僕は遠慮しておきますと断りを入れながらキッチンから聞こえた物音の正体にほっと緊張の息を吐く。慌てて寝間着のまま飛び出して来たんだけど、どうやらその心配は無駄だったみたい。それは、きっとお嬢様の後ろで不機嫌そうに腕を組んでる彼も同じく。

「お嬢様、あまり夜更かしはいけません。身体が温まっているうちに寝室に戻りましょう」
「まだ眠くないわ、マタン」
「では夜更かしをさせてしまった我が責任を持ってお嬢様が眠くなるまで本を読むとしよう」

さぁ、こちらへ。本来ならば深夜の担当をしている筈のソワレがエプロンを脱いで、こっくりとカップの中身を素直に飲み干したお嬢様を扉の外へと誘導する。きっと天使の寝息を確認してからそのまま見回り中のミディと合流する気だと思うけれど。
残された悲惨なキッチン周りの状況にふたりで視線を見合わせる。

「…アイツ、散らかしておいて人に片付けさせるつもり?」
「あっ、待って下さい!」

そう文句を言いながらも鋳鉄の鍋に伸ばす生真面目な手を慌てて呼び止める。返って来るのは勿論、苛立ちに満ちた激しい瞳。こういう時の彼には近寄らない方が良いのはよく分かっている。でも、甘いショコラの匂いが充満した部屋に侵入した僕も今夜はもう眠れないわけで。

「何?」
「僕も少し甘い物が欲しいなと思って」
「じゃあ好きにすれば。俺は部屋に戻るから」
「いえ、マタンの指に付いたそれで充分です」
「指?……いいよ。口開けな」

僕の指先に注ぐ視線の意図を感じ取ったのか、マタンの長い指が縁に付着したミルク混じりのチョコの泡をくるりと掻き集める。そして、そのまま餌を強請る雛鳥のように待っていた僕の口元へ。

「んっ……」

待っていましたと指先に舌を這わせてぴちゃりと舐め取る。チョコレートは貧しかった僕にとっては憧れの物で、そのとろける様な至福の甘さにすぐに虜になった。でもなぜかひとりで食べるチョコレートはそんなに美味しく感じられなくって。僕はずっと不思議だったんだ。きっと彼の指から与えられる物だからあんなに美味しく感じたのだと思う。彼のあたたかい手が大好きだから。

チョコレートには媚薬のような興奮作用があるという。その証拠に彼も匂いに充てられたのか、指を引き抜くと代わりに唇を押し当てられた。甘い、と眉間に皺を寄せる彼にちょっぴり意地悪がしたくて、僕は思いっきり舌を捻じ込んでやった。



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「お嬢様を寝かしつけた後に急いでキッチンに戻ったのだが、二人で後始末をしてくれたのだな。かたじけない」
「いえ、気にしないで下さい。そちらには他に仕事があったのですから」

翌朝。交代時間とともに、束ねられた髪が綺麗な角度で床に垂れ下がるのを見てむしろこっちが頭を下げたいくらいだ。だっていくら眠れないとはいえ、君がお嬢様の為に作った飲み物で僕はあの場所で、あんなことを…

「ニュイ?顔が赤いぞ。もしや熱があるのでは」
「だ、大丈夫です。ちょっと昨日味見したチョコレートが抜けきれていないみたいで。ほら、チョコレートには興奮作用があるって言うから」
「欲張って口に入れようとするからでしょ」
「マタンっ!!」

よく分からない僕らの会話に、そうであったかと純粋に頷く彼を見て余計に申し訳ない気持ちなる。隣に並ぶ一緒にチョコを味わった筈の共犯者は、いつもと同じくビターチョコみたいなクールな素知らぬ顔。
ずるいんだ。僕なんかひとくち味わうだけで頭がぼうっとして、息が出来ないくらい心臓がどきどきして、身体の芯まで熱くなるのに。

就寝前のチョコレートにはリラックス効果があるというけれど、彼が僕に与えるチョコレートにはきっと毒が混じってるに違いない。リキュールたっぷりのショコラ・ショーは、飲み過ぎ注意のちょっぴり甘く、危険な大人味。

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