こんな世界があってもいいのかもしれない


お砂糖ひとつ ふたつ みっつ

今日くらいカロリーは忘れてたくさん入れましょう

おいしくなぁれと気持ちを込めて混ぜましょう








「あ~~~!!ゆうくんまたこんな時間にお菓子たべてるぅ。太るからダメだよぉ」

仕事の締め切りに追われて休憩がてらチョコレートを食べようとしたら、てっきり寝ているとばかり思っていたぬいぐるみに見つかってしまった。

「ありゃ見られちゃった。いずぬさんまだ起きてたの?」

「ゆうくん寝ようって迎えにきたんだけど…お仕事のじゃまになるから戻るねぇ」

あまり甘いもの食べ過ぎないでねと、寂しそうに寝室に戻っていくいずぬさんに心のなかで構ってあげられなくてごめんねと謝る。

最近仕事の忙しさにかまけて不規則な生活を送りがちな僕を心配して、いずぬさんがこうして時おり様子を見に来てくれていることを知っている。いずぬさんの言う通り甘いものの摂りすぎはいけないとは分かっているけど、どうしてもずっとパソコンに向き合っていると脳が糖分を欲しがるのだ。
チョコレートをひとつ摘んで口にいれる。そろそろ飽きたから次はクッキーでも買おうかな。ふだんあまり甘いものを食べないいずぬさんでも、クッキーなら一緒に食べてくれるかも。僕のいない時に、いずぬさんがこっそりパソコンを弄ってお高そうなクッキーの写真やレシピを覗いていることに気付いていた。
少し落ち着いたら隣の街まで一緒に有名な美味しい焼き菓子の店まで出掛けよう。
そうと決まればと、僕は充分すぎる程見慣れたパソコンの画面に再び向き直ることにした。



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「本当に一緒に行かないの?」

「もぅ何度も言ってるでしょ。それよりゆうくん。おれの頼んだもの忘れないでよねぇ」

「はいはい。じゃあ行ってきます」

久しぶりの休日に出掛けようといずぬさんを誘ったら、人混みはきらいだからゆうくんひとりで行っておいでと断られてしまった。ついでに隣の街まで行くなら図書館で本を借りてきてとお使いリストまで渡されて。

ちょっと寂しいなぁと思いながらも出来るだけはやく帰って来ようと、どこか嬉しそうに手を振るいずぬさんの姿に複雑な気持ちを抱きながら僕は外の世界に出て久しぶりに太陽の下を歩いた。


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いずぬさんに頼まれた本を探してたらすっかり遅くなっちゃったな。重くなったリュックを背負いながら少し駆け足で家へと向かう。

「ただいま。遅くなってごめんね!あれ、いずぬさん?」

おかしいな。電気もつけないで真っ暗だ。いつもなら真っ先にお出迎えしてくれるのに。

それに何だか家のなかが焦げくさい。静まりかえった空気に一気に不安になった僕は、急いで靴を脱いで邪魔なリュックをほおり投げた。中に入ったお土産の紙袋が本の重みで潰れる音がしたが、それを気にする余裕は無かった。


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「いずぬさん。ただいま」

部屋の明かりを点け、ベッドのうえで見つけたちいさな毛布の固まりの隣にそっと腰を下ろす。

「…クッキーなら簡単にできると思った」

「うん」

「でも失敗しちゃったぁ」


震えるちいさな固まりが愛おしくて毛布ごと抱き締める。

焦げた臭いがする台所で見付けたのは、真っ黒でいびつな形をしたクッキーだった。

「でも僕のために作ってくれたんでしょう?ありがとういずぬさん」

カードも嬉しかったよと伝えると、どうしてぇと毛布から出てきた切れ長の濡れたおおきな瞳と目が合った。粉まみれの姿にさらにぎゅっと力を込めるとゆうくんくるしいよぅと、声があがるが構わず抱き締める。



僕のために貯めていた大事なお小遣いまで使ってひとりで材料買いに行ったの?

えらいねいずぬさん。お片付けも出来て本当にえらいね。

ごみ箱のなかのクッキーはさすがに食べることは出来なかったけれど、その下に隠されていた、ゆうくんいつもありがとうと書かれたメッセージカードだけは回収することが出来たのだ。



「ねぇいずぬさん。僕にもクッキーの作り方教えてくれる?」

「ゆうくんとおれじゃあきっとまた失敗するよぉ…」

「あはは僕も料理下手だからね。良いよ失敗しても。ふたりで成功するまで作ろうよ。今までもそうやってふたりで乗り越えて来たでしょう?」

お仕事落ち着いたから時間はたっぷりあるよと微笑むと腕のなかのいずぬさんがクスッと笑った。

「良いよぉ。じゃあたくさん練習して上手に出来るようになったら、アイツのところにも持っていってあげようよ」

「そうだね。僕も同じ事考えてた。ぬうくん喜ぶよきっと」

クッキーを喜んで口いっぱいに頬張る食いしん坊なあの子を想像してふたりでひとしきり笑う。

「それよりゆうくん。たのんでた本はぁ?」

「あ」

もうくるしいからはなしてぇと照れながら腕のなかから抜け出してしまったいずぬさんに言われるまで、僕は今頃リュックのなかで粉々のクッキーまみれになっているであろう本の存在をすっかり忘れていたのだった。




まっ黒焦げのクッキーはきっと苦くて食べることは出来なかったけれど。

きみの気持ちのこもったメッセージが何よりもおいしい幸せの味。
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