スヴニールな時間を貴方に

この屋敷には僕の背よりもうんと大きな柱時計が置いてあって、ゆらゆら振り子を動かしながら歴代の主の成長する姿を見守ってるんだって。



「遅いっ!時間厳守だって何度言ったら分かるの」
「ご、こめんなさい…」
「フンっ」

苛立った声の主の手にそのまま引きずられていく。《教育》の為だと、ここに来てからは慣れないことばかりで正直息が詰まる。これならまだ煙突の煤を払っていた方が楽かもしれない。文字すら読めない僕には勉学の授業なんかさっぱり分からないし、体術の授業なんか痛いし怖いしで全然着いていけない。昨日なんか髪の長い子に本気で殺されるかと思った。おまけに教育担当は僕のことが嫌いなのか、つんとした氷みたいに冷たいし。そうだよね、誰も怒られてばかりで役立たずの僕の世話なんかしたくないよね。

身寄りのない僕は生まれてからずっと自分の生きる意味と居場所を探してきた。でも、そんな場所なんて本当にあるのかな。

「はぁ…」
「何をため息なんかついているのですか?ニュイ」
「うわぁ!?」
「ふふっそんなにゴーストを見たみたいに驚かないで下さい」
「ご、ごめんね。えぇ…と、ミディくんだっけ?」

はい、と微笑む顔は同じ歳の筈なのに何だか妙に大人っぽい。比較的この館の中では話しやすい子だけど、時々幽霊みたいに気配を消して僕を驚かそうとしてくる変な子だ。それにニュイって名前にもまだ慣れない。だって僕には今までろくな名前なんて無かったから。

「あぁ、そうだ。ゴーストといえば知っていますかニュイ?この館にはこんな噂が……」





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「それで、怖くて眠れないからって俺のところへ来たってわけ?」

人の睡眠妨害までして。
こくこくと頷いて震える僕に、冷たい視線が投げつけられるのが被った毛布のうえからでもなんとなく分かる。それでも僕は今はこの人に頼るしかなくて必死に泣きついた。

「今日だけでいいから一緒に寝て」
「はぁ…」

そんな僕の姿に呆れたのかちょっとおいでと、強い力で冷えた廊下に連れ出される。

「やだやだぁ!おばけこわいっ」
「うるさいっ。黙って着いてきな」




ゆらゆら揺れる金の振り子に自分の姿が映っている。
必死の抵抗も虚しく、てっきり自分の部屋に連れ戻されるのかと思っていた僕の視界に佇むのは、長い刻を経た古びた姿の柱時計だった。昼間は気付かなかったけれど、カチリカチリと時を刻む音が静かな夜に響いてその存在感を主張している。
えっと、確か零時を過ぎてるから今は25時だっけ。自分の背よりもうんと高い針盤を見上げていると、同じように顔を上げていたマタンがちいさな声で呟いた。

「…はっきり言うけど幽霊は居るよ」
「ひぃいっ!?」

見回りに見つかったら叱られるから大きな声出さない。怒られて急いで口を塞ぐと、マタンはそんな僕をちらりと横目で見て言葉を続けた。

「でもこの屋敷に出る幽霊は怖いものじゃない。だって俺たちはこの家の家族だから」
「家族…?」
「うん。俺たちが生まれるずっとずっと前からこの家は存在してきて、皆でこの家と主を守ってきたんだって。この時計はその光景を見守ってきた唯一の生き証人だってこの館に 来たばかりの頃、同じように眠れない俺に今の主が教えてくれた。だからニュイ《零時》。これから生まれてくる俺たちの《主》を守るために、幽霊なんか怖がらないでもっと強くなって欲しい。ううん、強くなれ、ニュイ」

ぎゅっと。繋がれた手からマタンのこの家に対する強い想いが伝わってきて、僕はその気持ちに応えたくて手を握り返した。

僕も君みたいに強くなれるかな。

ここを僕の居場所だと思ってもいいのかな。

マタンが僕の方を振り向いて微笑む。それが初めて見た彼の笑顔だった。

「まぁ、あんたは結構感もいいし、鈍臭いから戦うのは俺に任せて作戦担当を目指すのもいいかもね」





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「その後マタンは今日だけは特別に一緒に寝てあげるって、手を繋いで寝てくれたんだよね。僕はそれがすごく嬉しくて…」
「はぁ?なに勝手に綺麗な想い出にして片付けようとしてるの」
「え?」
「人のベッドでおねしょしておいてさぁ。あの後俺が粗相したと思われて大変だったんだけど」
「えっ…いや、あの…」
「まさか忘れたとは言わないよねぇ」

背ばっかり大きくなって本当、生意気。

シンと冷えた瞳に、寒さに震える小動物のように怯えながらベッドに押し倒される。そうだ、思い出したけどこの人は幽霊より怖いんだっけ。

翌朝、擦れ違いざまに「お嬢さまが起きてはいけないのでセクシーな声を出すのも程々にお願いします」と、ミディに耳打ちされることも知らずに僕は今宵もこの人の腕のなかで泣かされるのだった。






わたしのところの木の身のなる木

銀のナツメグと金の梨が実ります

スペインの王女が訪ねてきたのも

木の実がなる木がお目当てなの

水の上を跳ね 海の上で踊るわたしは

どんな鳥でさえ 捕まえられない



くるくると、レースを翻しながら陽気に踊る天使の歌声に執事たちは耳を傾けながら微笑む。

このちいさな手のひらが、バラに捕らわれて掻き傷を負わないように。少女が大人になるまでそれを守るのが自分たちがここに存在する意味だと。ただ、そのしあわせを願って。


この館に住まうものをすべてを愛しながら、グランパクロック《柱時計》は今日も穏やかに時を刻み続ける。
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