こんな世界があってもいいのかもしれない

「うわぁ…すっごい美形な子」

ショーケースのなかですやすやと眠るぬいぐるみを眺めていると後ろから声を掛けられた。

「お兄さんお目が高いねぇ。今人気のKnightsシリーズの新作だよ。でもちょっと訳ありでねぇ…」

奥から出てきた店主がトントンと指で叩いた先には新作とは思えない破格の値段ともうひとつ。

「不良品…」
「お姫さまを守る騎士がモチーフなのになぜだかこの子は口が悪くてね。せっかく苦労して入荷したのにみんないらないって返してくるんだ。ほら、何人も手にとったのにタグはまだ新品だろう?」
「本当だ」



工場で生まれたぬいぐるみは最後にいのちを吹き込まれて出荷される。小さな町工場でうまれたような子や、特別な機能がついたこの子みたいに有名なブランドがついた子など様々だ。
今話題のぬいぐるみは子どもの遊び相手として、または家族のいない人向けの話相手として人気だった。ここではあまり見かけないが、なかでは主人の代わりに働く子もいると聞く。
正直、僕はそんなに興味がなかった。
ひとりでもゲームをしていれば寂しくなかったから。


「このままだとこの子は返品かなぁ。うちも売れない子をいつまでも置いておく訳にはいかないし」
「返品後はどうなるんですか?」
「工場で検品して異常があれば最悪処分されるんじゃないかな」
「え…」
「持ち主の登録がされている子は運が良ければぬいぐるみの施設に保護して貰えるけど」

この子はきっとダメだろうねぇと呟く店主の声が遠くなる。

新作のゲームを買いにたまたま訪れた店で、何故だかこのぬいぐるみから目が離せなくなった僕は、気がついたらお金を払って不良品の壊れたぬいぐるみを家に持って帰ってきた。

「どうしよう…」

思わず衝動的に連れ帰ってきちゃったけど、もしかしたらあの店主にいい鴨が来たと一杯食わされたのかもしれない。
動物すら飼ったことがないのに、僕はこの子と一緒に暮らすことが出来るのだろうか。

しかも性格に難あり。

「…今更考えても仕方ないよね」

今は大人しく眠らせているぬいぐるみを、とりあえず店主に教えて貰ったとおりにタグをぐいっと引っ張って起こしてみる。
人間に危害まではくわえないというけれど、いきなり起きて噛まれたりでもしたらどうしよう。
でも、この子がどんな子なのか楽しみだなぁ。
ドキドキと期待と不安に胸をふくらませて目覚めるのを待っていると、ふっとぬいぐるみが覚醒した。
青い、空のような色だった。

「お、おはよう」

きょろきょろと辺りを不審そうに見渡すぬいぐるみに恐る恐る声をかけてみる。やっぱりブランドメーカーなだけあってキレイな顔をしてるなぁ。

「…ちょ~~ウザい」
「え”」
「なにそのだっさいメガネ。あんたがおれの新しい持ち主?お姫さまを守るのがおれのモチーフじゃなかったっけ?」

予想外の低い声に思わず固まってしまう。

「まぁうるさくてすぐ泣く子どもを相手にするよりかはマシだけどぉ。なぁにこの狭い部屋ぁ。もしかしてあんたおれの持ち主なのに貧乏なの?うわっさいあくぅ」

…なるほど。確かにこれは子どもが泣いて返品されかもしれない。

でも僕はこの手のタイプには慣れているのだ。

「狭い部屋でごめんね。寝ている君を店で見て、どうしても君と一緒に話をしてみたくて店主さんに無理を言ってお願いしたんだ。どうか寂しい僕の話し相手になって欲しいな」

にっこりとしたたかに笑みを作ってぬいぐるみにそっと手を差し出す。

ぬいぐるみはすぐに捨てるくせになれなれしくしないでよぉとぷいっとそっぽを向いてしまった。やっぱり一筋縄ではいかないらしい。

「あはは…」

僕は頬を掻きながら考えた。

名前、どうしようかな。



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数日経ってみて分かったことがある。


ぬいぐるみは個体によって性格が違うと聞く。いずぬさんは口は悪いけれど、素直じゃないだけでそんなに悪い子じゃない。

いずぬさんはとても頭の良い子だった。きっとこのままだと自分がどうなる運命なのか分かっているはずなのに、それでもプライドの高いこの子は自分を偽るのが嫌で憎まれ口を叩くのがやめられないのだ。自分の威厳を守るために。

いずぬさんは不良品なんかじゃない。しっかりとした感情を持ったぬいぐるみだ。


「…ゆうくんまだ寝ないのぉ?」

最近やっと名前を呼んでくれるようになったいずぬさんが、また目が悪くなるよぉと暗闇のなか目を擦りながら近付いてきた。

「ごめんね起こしちゃった?もう寝るね」

捜し物を調べるのをやめてノートパソコンをぱたんと閉じる。

「いずぬさん?どうしたの?」

なかなか自分の寝床に戻ろうとしないぬいぐるみに首を傾げていると、いずぬさんがよいしょと僕のベットまでよじ登ってきた。

「さみしがり屋のゆうくんが可哀想だからいっしょに寝てあげる」
「ふふっありがとう。うわぁいずぬさんふわふわで気持ち良いね」
「ふんっ」

顔を見られるのが嫌なのか、照れて背中を向けたままのぬいぐるみをそっと抱きしめてその日は眠った。





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今日は天気も良いので公園まで散歩をすることにした。
外は日差しが強いから帰ろうとぬいぐるみらしくないことをいう可愛らしいいずぬさんを宥めて太陽のしたを一緒に歩く。

するとどこから飛んできたのか、ふいに頭にボールが激しく当たってメガネがかしゃっと音を立てて地面に落ちた。慌てて拾い上げる。良かった、レンズは割れてないみたい。
遠くからすいませ~んとちいさなぬいぐるみの子がとてとてと走ってくる。この子も誰かと一緒に来たのかな。
ボールを返してあげようと思ったら、肩に乗っていたいずぬさんがぴょんと降りて、僕より先にボールを拾い上げた。

ぬいぐるみの子がありがとうと手を伸ばす。

微笑ましい光景ににこにこと見守っていたら、いずぬさんがわざとボールを落とした。そして呆然とするぬいぐるみの子を蹴飛ばした。
ぬいぐるみの子のうわぁあんと大きな泣き声が響く。

「いずぬさんっ!」
「ゆうくんにケガさせたら許さないからっ!」

どうやらいずぬさんのなかに組み込まれている騎士プログラムが暴走しているらしかった。
声を聞きつけた持ち主が現れて、僕は頭を下げてひたすら謝った。




「ゆうくんおれやっぱり店にもどる」
「え…」
「こんな《欠陥品》といっしょにいたらゆうくんがこまるでしょぉ」

タグ切る前で良かったねと寂しく笑うぬいぐるみに声が出なかった。

「みじかい間だったけどありがとぉ」

いずぬさんは公園に咲いていたシロツメクサの花を詰んで手渡してきた。さながらそれは小さなブーケのようで、僕はそれを受け取れなかった。

「…僕の傍にいてよいずぬさん」


ぬいぐるみは、人のこころにそっと寄り添ってくれるふわふわとした優しい生き物だ。
人間の勝手な思いで作られた存在かもしれないけれど、少なくともこの子たちは生きている。生きているんだ。


だって、この小さな手は、こんなにもあたたかい。



「寂しがり屋の僕にはいずぬさんが必要なんだ」

この世界には運命の出逢いがたくさんある。

その中でも僕の運命のぬいぐるみはいずぬさん、君しかいないんだ。


「…そんなこと言ったらゆうくんこれから苦労するよぉ。遠慮しないでたくさん甘えるから覚悟してよねぇ」

いずぬさんが笑った。それははじめて見せてくれた笑顔だった。




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後日タグを切る手続きをしてからいずぬさんがまたあの公園に行きたいと言うのでふたりで訪れた。

どちらが先に四葉のクローバーを見付けられるかシロツメクサの草を掻き分けていると、いずぬさんが嬉しそうに声をあげた。どうやら勝負は僕の負けらしい。

「はい、ゆうくんにこれあげる」

小さな手から幸せを受け取る。

懐かしいなぁ。昔もここでふたりで四葉のクローバーを探して遊んだっけ。

「ありがとう《泉さん》」

微笑んでお礼を言うといずぬさんは一瞬動きをとめたが、僕の手にクローバーを押し付けると、もっとゆうくんにしあわせをあげる!とふたたびシロツメクサの群れのなかに消えてしまった。


僕は立ち上がって小さなぬいぐるみの背中を追いかける。

あの人も、もしかしたらこの青空のしたでぬいぐるみと一緒に暮らしているのかもしれない。僕と同じ寂しがり屋さんだからね。
何処にいるのか分からないけれど、もし会えたらいずぬさんを紹介してあげたいな。

ふたりがケンカする姿を想像して僕はくすりと笑うのだった。

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