一時間の君との距離


本日は一日中雨が続き、午後には激しい雷雨となる見込みです。
続いて占いです。━━残念ながら最下位は牡牛座のあなた。忘れ物をしないように注意をして下さい。ラッキーアイテムは折り畳みの傘です。

では、今日も一日、元気にいってらっしゃい。




「あっ」

靴箱に手を掛けて、思わず声が漏れた。

「どうしたのウッキ~?」
「ごめん明星くん。お昼の放送の原稿、今日中にまとめないといけないから先に帰っててくれないかな?」

水臭いなぁ、俺も一緒に残るよウッキ~!と騒ぐ明星くんを宥めて玄関先で手を振り、教室へと戻る。

机に原稿用紙を広げて、さぁさぁと水の音のする窓の外へと視線を流せば、いつもなら聴こえる賑やかな声の代わりに校庭に大きな水溜りが出来ていた。
今日は天気が崩れるので、用事の無い生徒は出来るだけ早く下校するように。朝の教師の言葉を思い出す。

今、残っているのって僕くらいじゃないかな。

体に纏わりつく湿った空気のせいなのか。なんだか自分が世界と遮断されているような不思議な感覚がして。
あ、光った。ほんの一瞬、淀んだ雲が明るくなって、ワンテンポ遅れて近くで雷鳴の音がする。
雨、酷くなってきたなぁ。頬杖をついて、徐々に激しくなる雨を眺めていると、突然開いたドアに閉鎖空間が壊された。僕の世界に入ってくる人なんてひとりしか思い付かない。

「ゆうくん、まだ残ってるの」

ほら、やっぱり。想像通りの人物は僕の真っ白な用紙を見てから、ここ座ってもいい、なんてわざとらしく聞いて前の席の椅子を引き寄せる。ダメって言ってもどうせ聞かない癖に。逃げ場も無いので邪魔しないならどうぞ、としか言いようがない。そんな僕を見て、この人はどこか安心したように微笑むのだ。

パラパラと、窓ガラスを叩きつける横殴りの雨の音がしんとした教室に響いている。注がれる視線にどうにも集中出来なくて、言葉どおりに大人しくしている彼をちらりと盗み見た。

「…泉さんはなんで残ってたの?」
「ん~ちょっと用事があったから。もしかしたらまだゆうくん残ってるかなぁと思ってここに寄ってみたんだけど。やっぱり俺たち、運命の赤い糸で結ばれてるんだね」

なんて伏せ目がちに、口元は笑っているけれどさ。嘘つき。本当は傘が無くて帰れなかった癖に。



テレビで、ラッキーアイテムは折り畳みの傘だと言っていたから。

お姉さんのアドバイス通りに今朝は仕上がった大事な原稿を忘れていないか念入りに確認をして、折り畳みの傘を掴んで家を出た。
なのにもうすぐ学校に着くというところで、僕の横を強い風が吹き抜けた。元々強度のない傘は簡単にひっくり返って僕のこころとともにぽっきり折れてしまい、しばらくびちゃびちゃと跳ねる足元を呆然と見つめていた。
どうせなら、1位の時の占いが当たれば良いのに。そんな虚しい気持ちを振り払うように、使い物にならない傘をゴミ箱に捨てたのだ。

いつから見てたのかな。

僕の靴箱に折り畳みの傘入れたの、泉さんでしょ。

この人は、直接誘えば断られると思っているのか僕の机のなかにこっそりゲーセンの割引券を入れたりと、時々こういうことをするのだ。
変だよね。今だってきっと2年の靴箱を覗いて、僕がまだ帰ってないのを心配して探しに来た癖に嘘までついてさ。

雨が降ると。

今は太陽のしたをみんなと並んで歩いているけれど、僕はなんだか後ろが気になってしまい、振り向いた瞬間に足が泥濘に嵌って動けなくなって、気付いたらひとりに戻っていることが時々ある。

そんな冷たい雨にひとり蹲る僕に。優しく傘を差し出してくれるのは、いつだってひとりしかいないから。

「ねぇ、泉さんの好きな歌を聞かせてよ」

今度の放送はリクエストをかけよう。

僕からのあなたへの、少しばかりの感謝の気持ち。曲名が思い出せないからと口ずさむ優しい歌と、水拍子が奏でるメロディー。たまにはこんな雨宿りの時間をゆったりと過ごすのも良いかもしれない。

そんな、午後の雨の日。



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