君とつくる物語り

頭の上で雨が弾ける。最初は緩やかだったその音が、やがて激しいものに変わるとアスファルトが濡れて湿ったような独特な匂いが立ち込めた。水で出来たカーテンの中を小さな傘をさしながら君と並んで歩く。

突然の空の気まぐれに困り果てたゆうくんの姿を見つけて、強引に傘の中に招き入れた。送ってあげると微笑む俺の顔と外をしばらく見比べて、渋々と言った表情でお願いしますと小さな声が呟く。まぁ、もし断られてもゆうくんを離す気は元々ないけど。

「…今日の予報で雨なんか言ってなかったのに。どうして泉さんは傘持ってるの?」

少し戸惑いがちにゆうくんが聞いてきた。確かに今日は一日快晴の予定で、こんな日に傘なんか持ってきてるのは、俺かなるくんぐらいだと思う。

「これ?この傘はねぇ、日傘も兼用してるの。だから急に陽射しの強くなった時の為に俺は普段から持ち歩いてるってわけ。」

「泉さん昔から暑いの苦手だもんね。」

「それもあるけどモデルとして日焼け対策も当然しないとね。ゆうくんもアイドルなら持ってた方が良いよ。なんならお兄ちゃんが買ってあげようか?」

お揃いの。と言うとゆうくんは「いい!いらないっ!」と慌てて手を振る。素直に受け取るとは最初から思ってないから、こっそり鞄の中にでも今度入れておこうか。でもそうすると今日みたいに並んで一緒に帰るチャンスまで無くなってしまうのが惜しい。
いつも俺の姿を見ると駆け出すゆうくんの少し汚れたスニーカーを、今日はたまたまぬかるんだ雨が引き止めてくれただけだ。こんな日は滅多にない。

男物だけど本来はただの簡易型でしかない折り畳みの傘は子どもならまだしも、男子高校生が二人で入るには小さい。それでも少しでもゆうくんが濡れないようにと距離を縮めた。こんなにゆうくんが近いのはいつぶりだろうか。擦り寄せた肩がぶつかり、ほんの少しゆうくんの頬が紅く染るのを俺は見逃さなかった。可愛い。いつまでも初心で汚れのない俺のゆうくん。ああ、雨に感謝しないと。

(あれ…?)

ふと、記憶の中との視線の違和感に気付く。それはゆうくんも同じだったみたいで、不思議そうに俺の方を見つめていたかと思うと傘の持ち手を突然奪われた。

「僕の方が背が高いから僕が持つよ。」

「はぁ?そんなのちょっとしか変わんないでしょ。」

「いつも数字に拘ってるのは泉さんでしょ?家まで送って貰ってるんだからせめて傘くらい持たせてよ。ね?お兄ちゃん。」

ぐっと言葉に詰まる。そんなふうに可愛く得意気に微笑まれては傘を取り戻すことが出来ない。

1学年の年齢差と1センチの身長の差。

ほんの少しの差だけど子どもの頃はそれが結構大きな差だったりする。小さかったはずのゆうくんはいつの間にか俺より大きくなってしまったけど、それでも中身はまだまだ可愛いゆうくんのままだ。俺はゆうくんのお兄ちゃんで、それだけはずっと変わらないで欲しい。

そんなことを考えていたら気付くとゆうくんの家の前に着いた。久しぶりにゆうくんとゆっくり話せた気がする。幸せな時間が終わるのはいつも呆気なくて、少し物足りない。見送る際にゆうくん、と声をかけて自分の頬を軽くとんとんと叩く。

「お礼はここで良いよぉ。」

冗談めかして笑うとゆうくんは一瞬不機嫌な顔をして、ああそんな顔も可愛いなぁなんて眺めてたら家に入ろうとしたゆうくんが戻って来た。その距離が少しずつ縮み、1センチからゼロへと変わる。周りに人なんか居なかったけど傘に隠れて良かったと思う。きっと俺は人に見せられない顔をしていただろうから。

「遠回りなのに送ってくれてありがとう。泉さんも風邪ひかないうちに帰ってね!」

嬉しそうに笑いながらゆうくんは家の中へと帰って行く。まるで雨の日の魔法が溶けたように、頬に残る柔らかい感触にしばらく俺は動けなくて外に立ち尽くしていた。


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