スヴニールな時間を貴方に


僕は眼鏡《リュネット》のレンズ越しに人を覗いて、その人がどう行動するのかを予測するのが得意だ。

だけど、僕にはひとりだけ読めない特別な人がいる。



「ふぁあぁ」

おっといけない。
幾ら寝不足だからと言って仕事中なのに、ちいさな指が弾く可愛らしい音につられてつい欠伸が。こんなところをあの人に見られたでもしたらどんな小言を言われるか。

「欠伸するなんて気が抜けてるんじゃないの。お嬢さまの身になにかが起こったらどう責任とるつもり?"作戦担当"」
「マタン?!居たんですか」
「お嬢さまが向こうの部屋でレッスンしてる間にもう一度確認しておこうと思ってね。…それより"作戦担当"。執事としての自覚が少し足りないんじゃないの?俺達はいつ、いかなる時でも神経を研ぎ澄ませておくのが、この屋敷内でのルールの筈でしょ」
「…マタンは眠くないんですか?」
「当然」

悔しいけど彼は本当に一瞬の隙も見せない、いつもの涼し気な顔をしていて。僕は溶け合ったばかりの君の熱がまだ躰から抜けきれていないのに。それも気配に全然気付けないくらい。
名前もまた"作戦担当"に戻ってるし。昨日の夜は久しぶりにニュイって呼んでくれたのになぁ。



白亜の屋敷が寝静まった夜更けに、ただ作戦の相談に乗ってもらおうと蝋燭の灯りを連れて彼の部屋を訪れた。
本当にそれだけのはずだったのに。気付いたら僕は彼の腕のなかにいて、夜の魔物に取り憑かれたようにひたすら互いの熱を貪り求めあっていた。
僕が"作戦担当"に就任してから何だか素っ気ないのが寂しくて。名前で呼んで欲しいと、体温を欲しがる子供の頃のように躯を擦り寄せて、その唇にキスを強請った。久しぶりに手を伸ばして触れた彼の顔が、こんなにも綺麗で美しいものだったのかと思うと僕はドキドキして眠れなかったのに、彼は違うのだろうか。


今夜の作戦が無事に成功したら、また僕のことをニュイって名前で呼んでくれるかな。

白亜の館が寝静まった秘密の時間に、また彼の部屋を訪れてみよう。今度は眼鏡を外して、自分の瞳で彼の見えない気持ちが覗けるように。


その前に気を引き締めてこの愛らしいピアノの音を守らないとね。


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