リクエスト小説
ゆうくんは例えるならそう、朝顔みたいな女の子だ。
ちいさい頃からなにかあるとすぐにしゅんと項垂れて顔を隠してしまう。まぁそのおかげで学校ではあまり目立たない、どちらかと言えば地味な方だからと安心していたんだけれど。最近その美しさがあの野暮ったい眼鏡だけでは隠せなくなってきた。太陽の下で顔を上げて汗に濡れる姿は、まるで朝露に煌めく花ようで。思わずほうっと溜め息が出る程だ。そんなゆうくんに気付いたのか、最近何だかゆうくんに纒わり付こうとする目障りな存在が増えてきた。今まではゆうくんの美しさを世界中に自慢したいと思っていたけど、自分以外の男がゆうくんを汚らわしい視線で見るのは別だ。ゆうくんは俺の世界一綺麗な花だ。誰にも触れられないようにと、俺があの手この手で必死に守ってきたのだから。
だからゆうくんを蝕もうとする悪い虫は赦さない。絶対に。
「ゆうく~ん、一緒に帰ろう」
「い、泉さん」
ざわつく教室内の視線が一気に集中するのが分かる。まぁ、なかには俺と目を合わせない様に何人か顔を伏せている奴もいるけど。あぁ、あいつは確か先週ゆうくんと放課後の教室で楽しそうにお喋りしてた奴だ。困るんだよねぇ。俺のいない間にゆうくんと二人っきりになろうとするなんてさぁ。このクラスにいる俺の雇ったゆうくん包囲網の奴がそれとなく邪魔をしてくれたみたいだから良かったけど、後はちょっと呼び出して丁寧に警告してやれば俺の顔を見る度に逃げ出す奴が殆どだ。立ち向かう覚悟もない、そんな奴らなんかゆうくんを守る騎士に相応しくない。
「もうっ、いい加減教室にまで来るのやめてよ!」
「どうして?」
教室から逃げ出すように俺の手を引いていたゆうくんが頬を赤らめて振り向く。繋いでいた手の存在に気付いたのか、柔らかい手が呆気なく離されてしまった。
「明星くん達に過保護だってまた揶揄われちゃう」
過保護。過保護ねぇ。あのクソ生意気なサルにそう言われるのはムカつくけどあながち間違いではないし、そう思われていた方が何かと都合が良いからそういう事にしておこうか。
「泉さん、それよりちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なぁに?愛の告白なら大歓迎だよ」
「違くて!…クラスの人達に何かしてない?」
そう思った矢先の言葉だった。意外と鋭い眼鏡の奥の眼差しに肩が竦みそうになるのを抑えて、してないよと笑顔で答える。ゆうくんの前では俺はいつでも昔みたいに綺麗で完璧な憧れの兄で在りたい。少しばかり裏で汚い行動をしていることはゆうくんはなにも知らなくて良い。そんなことよりゆうくんにチクった奴を後で見付けて締め上げないと。
「何だか最近仲良かった人達が急によそよそしくなって…」
「なぁんだそんな事か。そんな奴らなんか気にしないでさぁ、綺麗でかっこよくて聡明で優しくて完璧なおにいちゃんとデートしようよ」
「普通自分で言う…?それにデートは泉さんのファンの人達が怖いからイヤ」
「それは大丈夫だよ。ファンの子達にはゆうくんは俺の大事な妹だって言ってあるから」
「妹……」
気質なのだろうか。確かにファンの子の中には結構過激な子もいて、だからこそゆうくんに変なことをしないようにと踏み込めないように予防線を張っている。ゆうくんを守る為の行動なのに、どうしてゆうくんはそんなに傷付いた顔をするんだろう。ちいさい頃はそれこそ向日葵のような笑顔でよくおにいちゃんのお嫁さんになるって抱き着いて甘えてくれたのに。この学院でゆうくんと再会してから、また昔みたいな仲の良い兄妹のような関係に戻れると思っていた。でもゆうくんは照れているのか、俺に対してだけなぜか他人行儀でちょっと余所余所しい。まぁ少しの間離れていたし、もしかしたら素直に甘えられない年頃なのかもしれない。それでもゆうくんが俺の可愛い大切な妹なことには変わらないんだけど。ファンの子達もそうだけど、お姫様の感情とやらはちょっと男の自分には気難しいところがある。
「泉さんって昔からそうだよね、どうせ僕のことなんて……もういいっ!ひとりで帰る!」
なにかに耐えかねたように突然駆け出したゆうくんの手を掴まえて引き止める。揉めているとは思われたくないので、ちょうど木陰がカモフラージュとなってくれているのが有難い。
「ゆうくん待って。危ないからおにいちゃんがお家まで送ってあげるから。ね?」
「離してよっ!それに泉さんはおにいちゃんじゃな……」
興奮気味なゆうくんが拒絶するように俺の手を振り解いた、その時だった。
ぽとり。
一瞬のことで何が起きたのかよく理解出来なかった。手がぶつかった衝撃で、電柱のような幹から変色した葉が舞い落ちたのかと思ったのだ。ゆうくんもどうやら同じようで、大きな瞳でぱちぱちと瞬きを繰り返している。
「ゆ、ゆうくん…」
固まるゆうくんに恐る恐る手を伸ばす。ベストを着込んだ状態からでも分かる膨らんだ胸元に落ちた、その…口に出すのもおぞましい毛の生えた物体が上の方へとよじ登っていく光景に、背中にひやりとした汗が流れる。はやくなんとかしてあげないと。でも、出来れば触りたくない。
「ひっ……!」
青い空に突き抜けるほどの悲鳴が上がる。そのけたたましい音に驚いたのか、毛の生えた例のあれがもぞもぞと動くと、そのまま隠れるようにゆうくんのシャツの隙間の中へと消えてしまった。
「いっ…いやぁぁあああああ!!!」
「ゆ、ゆうくん落ち着いて。今取ってあげるからっ」
パニック状態になったゆうくんがシャツを捲りあげるのを慌ててとめる。今は自分達以外の姿は見えないが、いつ何処で誰が通るかも分からないこんな場所でゆうくんの肌を人目に晒すわけにはいかない。もし偶然にでもその白いやわ肌を見よう者がいるならば地の果てまで追いかけて、絶対に殺す。
「いやぁ…泉さんはやく取ってぇ!」
「うん。ちょっと触るよ、ごめんね」
「きゃあっ!?」
出来るだけ見ないようにするからと、後ろからシャツの中に手を差し込んで指先で探るように動かす。素手で潰すのはもちろん抵抗感もあるし、もし下手に刺激してゆうくんが刺されでもしたら大変だ。ただ、軽く払うにしてもこう手探り状態だとなかなか難しい。
「今どの辺りにいるか分かる?」
「んっ……多分ブラの辺り」
場所が場所だけに彷徨う手をとめて戸惑っていると、焦れたゆうくんに触っても良いからはやくと促される。モデルの仕事上、下着姿なんか見慣れてるし、女の肌に触れることだってしょっちゅうある。でもどうしてだか、ゆうくんに触れることにはなぜか自分のなかで躊躇いがあった。普段からゆうくんに対する愛情表現として抱き締めたりしているのに、それとはまた違う感覚に自分でも分からないまま妙に意識してしまう。さっきシャツを捲った時に不覚にもちらりと見えてしまった、脳裏に焼き付いた水色の弾力のある膨らみにそっと指を這わせると、ぴくりとゆうくんの躰がむず痒そうに震えるのが分かった。成長したとは思っていたけれど、実際触ってみるとその丸みを帯びた大きさに驚く。記憶のなかのちいさなゆうくんとは違う、自分の知らないやわらかい匂いのする女の躰だ。
もしこんなところを誰かに見られでもしたら。きっと二人揃って生徒会室に呼び出されて君達、公共の場で不純な行為は困るねと冷笑を浮かべる天祥院に面白可笑しく見せしめにされるに違いない。そんな恥ずかしい思いをゆうくんにさせるわけにはいかないし、自分の精神的にもいろいろと限界なので、はやくこの状況から抜け出さなければと指で追うがどうやら相手も逃げるのに必死なようでなかなか捕まえることが出来ない。
「あっ、やだぁ…ブラのなかに入って」
ゆうくんの声が不快に涙ぐむ。虫の分際で禁断の領域に逃げ込もうとするなんて。そうはさせまいと谷間に手を差し込む。指先になにか突起のようなものが掠めて触れた。逃がさまいと潰さないように指の腹で摘みあげる。
「捕まえた!」
「きゃぁあああ!!?やめて泉さんそんなところ触らないでぇ…!」
なぜかゆうくんが真っ赤な顔をして叫びだす。想像していた嫌な感触となにか違うなとは思ってはいたけれど、まさか俺が今捉えているのは虫じゃなくてゆうくんの……。
「いやぁっ!いやぁあ!!」
「うわっ」
突然暴れだしたゆうくんの躰を支えきれずに、ふたり縺れた状態で草地へと倒れ込む。青空がぐるりと暗転し、目をひらくとそこに飛び込むのは左右の白い肌の間に映える、目に焼き付いているものと同じ、水色の。
「はっ…」
今までどこに隠れていたのか。にょきっと現れたおぞましいあれが水色のやわ布に埋まった状態の俺の鼻の上を歩きだすのと同時に、俺とゆうくんは悲鳴をあげた。
「ゆうくぅん…ごめんね。本当にごめん」
「··········」
無言で歩くゆうくんの背中をひたすら謝りながら追い掛ける。あの後ゆうくんは口を聞いてくれないし、目も合わせてくれない。当たり前だ。スカートの中の、それも大事な部分に顔を埋められて怒らない女の子なんていない。
最低だ。なにがゆうくんを守る騎士で、完璧なおにいちゃんだ。あれじゃ他のいやらしい男共と変わらないじゃないか。いや、それよりも酷い。自分だけは違う思っていたのに。あの時、確かに自分は綺麗な花を食い荒らそうとする害虫になっていた。普段妹だと可愛がっている女の子に、正直欲情したのだ。
「なんでも言うこと聞くから嫌わないでぇ」
あんなことを仕出かしておいて許して欲しいなんて虫が良すぎる話なのは分かっている。それでも情けない声で縋っていると、ゆうくんが足を止めてくるりと後ろを振り向いた。
「…本当になんでも言うこと聞いてくれる?」
「う、うん。二度と近寄らないでとか言われたら死んじゃうかもしれないからそれは無理だけど」
「じゃあ…」
綺麗な顔が、歩を詰めてだんだんと近づいてくる。
「責任とって僕のこと、泉さんのお…お嫁さんにしてっ!!」
ゆうくんはそう言って、やわらかい感触を押し付けると駆けだして行ってしまった。長い黄金色の髪が、目の前でさらりと帯をひくように流れていく。
ゆうくんが髪を伸ばし始めたのはいつ頃だったろうか。
いま思えば雑誌のインタビューで理想の女性像を聞かれた時に、髪の綺麗な女の子と答えた時期と重なるかもしれないと。
女心に露ほども気付かなかった馬鹿な俺は、唇に残ったやわらかい感触を指でおさえながらその場に蹲ることしか出来なかった。
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