リクエスト小説

眩しい。眩しいけれど目を瞑っては絶対に駄目。僕はプロなんだから。

それに、あの子が僕の姿を見ている。

パシャリ、とシャッターを切る音が白いスタジオに鳴り響く。フラッシュの焚かれる光をものともせずに、真は揚々と表情を切り替えた。普段の臆病さをおくびも出さずにカメラマンの望む、撮りたいと思わせる表情を瞬時に創り出す。頭の良し悪しではない。才能なのだ。元からの相性もあるが、このカメラマンは子供相手だからと言って決して手を抜くことはしない。どちらも譲ることのない、モデルとカメラとの駆け引きの空間だった。
ふっと、一瞬だけ真の瞳が瞬くのをカメラマンは見逃さなかった。緑の煌めきが現れると同時に、真くん良い表情だよと興奮の声を上げ無我夢中でシャッターを切った。


「おにいちゃん、お疲れさま」
「泉くん撮影終わるの待っててくれたの?ありがとう」
ふわふわと柔らかい猫の毛みたいな頭を撫でてやると、せっかくセットして貰った髪が崩れるからやめてと体を捩って逃げられてしまった。自分よりも小さなプロにごめんね、と微笑んで謝る。本当は撫でて貰うのを、忠実な飼い犬のように椅子に座って待ち侘びていたのを知っている。

泉は真よりひとつ歳下のモデルだ。自分と違い、最初から垢抜けて洗練された容姿に真だけでなく事務所のスタッフまでもが驚いた。頭も良く、大人に対する度胸もある。ただ、カメラの前に立つとどうしてもぎこち無さが目立った。誰だってはじめの頃はあの張り詰めた空気に飲まれ萎縮するものだ。泣いて動けなくなる子だって少なくはない。逃げ出さずに立っているだけでも凄い。
泉くん、ちょっと見ていてと緊張で竦んでいる肩に触れて微笑みかける。撮影時間が押していただけで、自分ではお手本のつもりでも何でもなかったけれどその日からおにいちゃんきれい、すごい、と泉はすっかり真に懐いて、後ろを付いて回るようになった。




「おにいちゃんは将来の夢とかある?」

透き通った大きな水色の目がまっすぐに真を射貫く。特に明確なビジョンが思い浮かばず、真はう~んとしばらく唸りながら考えた。普通の子供と違い、ここにいる誰もがモデルとしての成功を願うのが当たり前の世界だけれど真にはその考えは無かった。むしろ思わないようにしていた。
「…特にないかなぁ。急にどうしたの?もしかして学校の宿題?」
「違うよ、そうじゃなくって」
どこか焦れったそうに呟くと泉は真の手を掴み両手で包み込んだ。赤らめた頬に、もしかして熱があるのではないかと心配する真をよそに、泉は予想に反したとんでもないことを口走った。
「真おにいちゃん、大きくなったら俺と結婚してよ」
「はい?」
思わず目をまるくする。
「今日さ、クラスのやつらと好きな子の話になったんだ。それで誰と結婚したいかって聞かれて、真っ先に思い浮かんだのが真おにいちゃんの顔だった。だから、もしまだ将来の夢が決まってないなら俺のお嫁さんなって」
「えぇ…と」
冗談だよねと言いたかったが、ぎゅっと握られた小さな手のひらが熱くて、真は言えなかった。

ていうか、僕の方がお嫁さんなんだ。

まさか泉が自分に向けてそういった感情を抱いているとは思わず、普段からきれいと褒められていたのはこういう意味があったのかと、真のなかでストンと落ちた。

「まだ大人になってからのことは分からないからお返事出来ないけど、もし大人になっても泉くんが僕の事を好きでいてくれたら、その時もう一度プロポーズしてくれたら嬉しいな」
「プロポーズ…うん、分かった。俺、はやく大人になってもう一度おにいちゃんにプロポーズする!」
「うん、楽しみにしてるね」

にこりと笑顔を作る。断られると思っていたのだろうか、期待にこころが満ちた泉は真に抱き着いた。普段は甘え下手な彼の、少し照れくさそうな姿がかわいい。

だけど、それと同じくらい自分に向けられる真っ直ぐな眼差しが、重かった。


数日後、真はモデルを辞め泉の前から黙って姿を消した。





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「ゆうくん、何見てるの」

ぱらり、とページを捲っていると帰宅した泉が後ろから覗き込む。いつの間にそんなに時間が経っていたのか、夢中なあまり真は気付かなかった。
「おかえりなさい。懐かしいでしょ?これ。泉くん、まだこの雑誌持ってたんだ」
「ゆうくんとの大事な思い出なんだから当たり前でしょ。ていうか、人の荷物勝手に開けないでよねぇ」
間違えて開けちゃったと言うと、ゆうくんのドジと叱咤が飛んだ。


泉とは高校で偶然再会した。
記憶とは程遠く、成長した男らしい姿に最初は誰か分からない程だった。変わったのは容姿だけではない。自分に向けられる眼差しに、強い憎しみが込められているのが分かった。無理もない。だって自分は彼の前から逃げ出したのだから。

「この頃さ、ゆうくんにプロポーズしてはぐらかされたのにも気付かないで、大人になったらゆうくんにもう一度プロポーズするんだって馬鹿みたいにはしゃいでたんだよね。騙されていたとも知らずにさ」
「騙すとか人聞きの悪いこと言わないでよ」
「騙したでしょ。俺の純粋な子ども心を」
「ゔっ…」
泉に対して負い目があることを自覚している真は、そう言われてしまうと何も言えなかった。再会した時からおにいちゃんと呼ばれることはなく、今は泉特有の愛称で呼ばれる関係になっていた。
逆に頼りさなの残る真の肩を泉は後ろから抱き締める。
「まぁいいけどさ。俺はどんなに酷いことをされてもやっぱりゆうくんが好きだし、もし違う世界で生きていたとしても、絶対にゆうくんを見つけて好きになる自信はあるよ」
「すっごい口説き文句…」
「冗談で男にプロポーズしたり抱いたりしないよ」
ぎしりと、二人分の重みにソファーが揺れる。

「もし、違う世界で生まれ変わるなら今度はゆうくんより歳上が良いなぁ。俺から逃げ出さないようにうんっと可愛がってあげるの」

今でも歳下のくせに僕のこと充分可愛がってるでしょうと、真は言いたかったが唇を塞がれたので言葉を飲み込んだ。
違う世界の僕も、きっと泉さんからは逃げられなくて大変だろうなぁ。

どこか他人事のように思いながら、真は押し倒されたソファーの上からいつまで経っても片付く気配のない引越しの段ボールを眺めた。
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