これもひとつの愛のカタチ
夢の中でも君に会えますように。
今日見に行ったTrickstarの夏のライブは最高のものだった。しかも、わざわざ隠し撮りをしなくても、本人から新しい写真を手に入れることまで出来たのだ。
泉は眺めていた写真の中からひときわ笑顔の溢れる真の写真を一枚だけ選ぶと、そっと枕の下に忍ばせた。写真が欲しいと強請った時真に説明したように、朝起きたらいの一番におはようと挨拶をする為だ。そして、夢でも会えたらと少しの欲を含んで。
見慣れた屋上で寄り添って覗き込んだ端末。潮風の匂い。追い掛けて踏み締めた灼熱の砂浜。カラフルなビーチのパラソル。そして青空の下で向日葵のように弾ける真の笑顔。
連日の愉しかった想い出に浸りながら泉は眠りに落ちた。
「え、嘘。本当に会えた」
写真の中で微笑んでいた真が自分の目の前にいる。夢か、現実か、ぼんやりとした頭で考えみて、これは夢だと確信した。でないと辺り一面向日葵畑なこの異様な空間に真と二人きりなはずがない。しかもなぜか向日葵の群れに映えた白の柔らかそうなベッドまで置いてある。これには自分でもそんなに欲求不満なのかと思わず苦笑してしまった。自覚はある。
「これは神様からのご褒美かな?俺のゆうくんへの愛を空からしっかり見ていてくれたんだねぇ」
普段は神への信仰心など無くどちらかと云えば否定的な方だが、こと真に関する事であれば、人には言えない様なまじないだろうがなりふり構わず何だってするつもりはある。
誰が見ても分かるほど真に異様な執着心を抱いているように見える泉だが、本人に至っては純粋な愛情表現のつもりだ。
(かわいい…)
普段の自分に向ける眉間に皺を寄せている表情と違い、にこにこと笑う真の顔をいつまでも眺めていたいと思ったが、夢にはタイムリミットがある。泉は恐る恐るそっと歩幅を詰めてみた。
「嘘っ…逃げない。傍に寄ってもゆうくんが逃げない」
最近は気配を察知されて逃げられてしまう事まであるのに。手を伸ばすと充分に触れられそうな範囲まで近付ける事に感動した泉だが、ハッとある事に気付いた。
「ああっもう!こんなゆうくんが笑ってるシャッターチャンスなんて滅多に無いのに、なんで俺はカメラを持って寝なかったの」
今度は寝る時もカメラを用意しないと。真面目な顔をして現実離れしたことを考えながら、ちらりと視線を流し正面の真を盗み見る。
(それにしても… えっちな衣装だよねぇ)
夢の中の真は記憶に新しいサンフラワーライブと同じ衣装を着ていた。所々に向日葵をあしらった柄の豪華な着物調のデザインで、特徴はなんと言っても開いた胸元と袴にかけての大胆な横スリットだ。動く度に真の眩しい肌が覗き、泉の目を誘った。
転校生の奴、こんな露出度の高い服をゆうくんに着せるなんてどういうつもり。他人にゆうくんの肌を見せるのはあまり関心しないと心の中で見知った顔を罵るが、気持ちは素直なもので。正直、どきどきして目のやり場に困る。
「泉さん」
「えっ、喋った。可愛い…じゃなくて、ど、どうしたのゆうくん?」
動揺する泉の気持ちを知ってか知らずか、今まで黙って微笑んでいた真が突如くちを開いた。ただでさえ笑顔の可愛い真が泉の名を呼んだのだ。それだけで舞い上がりそうな泉に真がそっと腕を伸ばす。手首に巻かれた金の装飾が音を立てて揺れるを呆然と眺めていた泉の手を徐ろに掴むと、真はその手を自らの胸元に招き入れた。
「ちょっ…!ゆうくん何してるのっ」
「だって泉さん、触りたそうに見てたから」
先までじっとりと欲の視線で眺めていた布で覆われた胸元から、小さな突起の感触が直に伝わってくる。あまりのことに言葉を失った泉の様子を愉しんでいるかのように真が嗤う。
「触りたかったんでしょう?」
「そ…れは」
「触っていいよ…お兄ちゃん」
いやらしく紡ぐ言葉が泉を誘う。夢のなかの真の口から覗く舌の扇情的な赤さに、泉はごくりと息を呑み込んだ。
「もっとキスして…」
誘われるままに唇を重ね舌を絡める。貪るように角度を変え口腔内を弄ると、口の端からどちらともない唾液が溢れた。勿体ないと舌で顎を舐め上げる。甘く、脳がとろけるような感覚をまるで麻薬のようだと思いながらも、真の唇の柔らかさに泉は夢中になった。
もしかしてこの淫らな真は神話に出てくる夢魔ではないのか。あまりにもいつもとかけ離れた姿に泉は一瞬躊躇するが、これは普段から彼に対する自分の欲望の現れだとどこか納得していた。だってこれは自分の夢だ。夢の中なら彼に触れても罪にはならないのだ。だったら自分に都合の良い夢を見ても良いのではないか。
「あっ…んんっ」
紐で装飾が施された細い首筋に吸い付き、脇腹の隙間から手を差し入れ胸の突起を指で摘みあげる。きゅっと少し力を入れると真が甘い声で更に鳴いた。
着ている衣服はぐしゃにぐしゃに拠れてしまい、露出した肌からはところどころ泉の吸い付いた赤い痕が見える。
逸るように袴のスリットから手を差し込む。少し汗ばんだ肌のしっとりと掌に吸い付く感触に、泉は一瞬動きを止めた。
「あれ…もしかしてこの衣装、下着履いてないの?」
「さぁ…どうだったかな。確かめてみたらいいよ」
ふふっといやらしく挑発する真の言葉に、泉は勢いよく踝を掴みあげると、袴を捲り真のふくらはぎを舌で執拗に舐め上げた。持ち上げられた踵が揺れ動く度にサンダルが片方ずつ脱げ落ちる。興奮した泉の下半身が衣服の上からでも分かるくらい膨らんでいるのに気付いた真は瞳で笑うと、押し倒された体制から起き上がり、白いベッドがギシリと音を立てた。
「泉さんの辛そうだから今度は僕が気持ち良くしてあげるね」
「ゆうく……はっ」
なんの躊躇も無く泉の性器を外気に晒すと、真はその上に唾液をたらりと垂らし、くちゅくちゅと柔らかい手を滑らせた。膨張した先端を泉の好きな形の良い唇で包み込み、器用に淫らな音を立てながら上下に動かす。時折覗かせる舌と口の中の熱さに泉はぐっと耐えていたが、我慢しないでと、その舌がぬるりと刺激を与えると呆気なく果ててしまった。
どろりと手に付着した精液を真は嬉しそうに眺めると、履いていた袴をするりと下に降ろした。何も身に付けていない初めて見る、炎天夏のライブで少し日に焼けた真の姿を、泉はとても綺麗だと思った。
膝を折り曲げる形で座り、泉によく見える様に真は自分の穴に泉の出したものを絡め、指を挿入し動かし始める。
「んっ…」
ぐちゅりと音が鳴り、抜き差しされた穴から泡立った白い精液が溢れている。拡げたそこはまるで性器の様にいやらしく、呼吸が荒くなるのが自分でも分かった。
「泉さん」
真は充分にほぐれたそこに泉を誘い出した。荒い息を吐きながら自身の先端を宛てがうが、泉は何処か違和感を拭い切れなく、それ以上先に進むことが出来なかった。
ずっと繋がりたかった筈なのに。
例え夢でも嬉しい筈なのに。泉の夢なのだから真の身体を思いのままにして良い筈なのに、この虚しさは何故なのか。今更、罪悪感でも抱いているのだろうか。
ふと集中力が途切れた瞬間、夢の中の淫らで美しい真と目が合う。彼は優しく微笑むと《違和感の正体》を泉に教えてくれた気がした。
「大好きだよ。泉さん」
「ゆうくんっ…!!」
声を上げ、目を醒ますとそこは普段どおりの自分の部屋だった。起き上がり恐る恐る濡れた感覚を確かめ深い溜め息を付く。両親を起こさないように処理しないと。まだ心臓がばくばくと動いている。ついでに冷たい汗も熱いシャワーで流したい。
窓の外は薄暗く日が昇るにはまだ早い時間だ。泉は枕の下から写真を取り出すと、写真の中で笑う真の姿をじっと眺めた。
「おはようゆうくん。良い朝だねぇ」
「げっ、泉さん…!」
いつの間に近くにいたのだろうか。気配を消して後ろから掛けられた声に真は苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。いつもならつれないなぁと言いながらしつこく真に纏わりついてくるのに、何か考え事をしながら人の顔をじっくりと見つめる泉の様子に真は首を傾げる。
「泉さん…?」
「夢の中のゆうくんも可愛いけど、やっぱりゆうくんは現実の方が良いね」
「え?…やだやだ何の夢見たの?怖い」
「夢でも嬉しかったけど、いつか本物のゆうくんに言わせてみせるから」
「夢の僕に何を言わせたの?怖いっ!」
ねぇ、と真剣な顔で詰め寄られるが、さすがに夢の内容は本人には言えるはずもなく、必死な真の表情に泉は目を細めた。
どんなに租雑に扱われたとしても、泉は本物の真が好きだ。
夢の中の真は泉が作り上げた偽物で、そんなまがい物では満たされない。やっぱりこの素直じゃない、意地っ張りで愛おしい彼じゃないと駄目なのだ。
どんなに時間がかかろうとも。
いつかは、幻想ではない彼を、自分自身のこの手で。
にぃっと不敵な笑みを浮かべる、普段と少し様子の違う泉に底の冷えるような何か感じたのか、やっぱり教えなくていいと真は泉から離れて歩き始めた。その後を泉は一枚の写真を手には旗めかせながら真を追う。
「可愛いゆうくんに俺から良い物をあげる。夢の中で俺に会いたくなったらこれを枕の下に入れて寝てね。本物の俺が何時でも夢の中まで会いに行くから」
「そんなの絶対にいらないし使わないから!だから夢の中まで追い掛けるのはやめてぇ~!!」
やっぱりこうなるのかと、全力で追いかけっこをするいつもの光景を見慣れた周りから、二人とも朝から元気だなと冷やかしの声が飛んだ。
「あれ…?ここどこ?」
真は辺りを見渡した。確かに自分の部屋に居たはずなのに、向日葵の群れの中に気が付いたらぽつんと立っていた。しかも何故か先日のステージ衣装を着ている。
確か、寝る前に。そうだ、泉さんから無理矢理手渡された写真を興味本位で枕の下にいれて…
ということはここはやはり夢の中なのだろうか。
就寝前の記憶を遡っていた真を、パシャリと眩しいフラッシュの光が襲う。
「なに…?」
恐る恐る真がその光の方向に振り向くと、何故そんな場所にあるのか、白い柔らかそうなベッドの上にカメラを構えて微笑む人物と目が合った。泉の口元が歪む。
「夢の世界へようこそゆうくん」
はやく、はやくこの悪夢から目を覚まさなければと、真は震える足で向日葵の群れのなかを駆け抜けながら神に縋り付く想いで必死に願った。