こんな世界があってもいいのかもしれない
これはまだニュイが白亜の館に来たばかりの頃のお話。
真夜中の森をこうこうと照らすお月様のなかにくっきりと浮かび上がるいくつかのシルエットがありました。それはばさばさと羽根を広げて夜闇を舞う魔物たちでしたが、彼らはかぼちゃで作ったランタンがオレンジ色の明かりをぽうっと灯すこの時期になると、よりいっそう活発になるのです。白亜の館のバトラーたちもお嬢様を守るために眠れぬ夜を過ごしました。ですが、今回の敵はそんないたずら好きな魔物たちが震えて森に逃げ出すほど恐ろしいものなのです。まぁ、例の吸血コウモリは相も変わらずひょうひょうとしていますが。
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その日、昼食をとったバトラーたちは各々自由に行動していました。昨夜の吸血コウモリとの奮闘に疲れているのでしょうか、窓の外で落ち葉を鳴らして遊んでいるニュイと、見張り番のミディの他はみな暖炉の前でからだを丸めて午後の微睡みを楽しんでいました。まだ暖炉に火をくべるにはすこし早いですが、気をきかせたお嬢様が部屋をあたためてくれていました。
そうしていると、見張りをしていたミディがなんだか慌てた様子で窓をコンコンとくちばしで叩きました。もう交代の時間が来たのかと、マタンはのそりとからだを起こし器用に窓を開けました。
「大変です!鬼が現れました」
その言葉にマタンの毛がぶわりと逆立ちます。夢の世界にいたはずのオーロージュとソワレも同時に飛び起きました。
先生、ようこそおいでくださいました。
お嬢様が家のなかに誰かを招き入れる声が聞こえます。そして複数の足音がこちらに近づいてくる気配に、オーロージュたちはどこかに隠れなければと部屋のなかをどたばたと駆け回りながらそれぞれの恐ろしい体験を語ります。
「我は以前、あの鬼にベタベタする気持ち悪いものを塗られた」
それは怪我をしてあかく擦りむいた傷に塗るための軟膏でした。
「私は口の中に無理やりピンセットを入れられました。おかげでセクシーな歌が歌えなくなるところでした」
喉に木の実が引っかかっていたのでしょうか。喉のいがいがが治ったことにミディは気づいていません。
「おれなんか自慢の歯をペンチで切られたんだぞ」
オーロージュが震えた声で庇うように口を覆います。おそらく前歯が伸びていたのでしょう。
マタンはと言うと、大暴れをして網に入れられたあげく、武器である大事な爪を切られたことがあまりにも屈辱だったのか思い出したくもないようです。
しかし隠れるにしても時間がありません。がちゃりとドアが開き、オーロージュとマタンはベッドの下へと勢いよく滑りこみました。少しからだの大きなソワレはお嬢様のコレクションであるぬいぐるみのなかに紛れてぬいぐるみのフリをすることにしました。ミディはというと、どこにも姿が見あたりません。いつの間にか窓から姿を消していたようです。ですがバトラーたちの必死のかくれんぼも虚しく、お嬢様のお付きの大時計のようなスリムな青年にすぐに見つかってしまいました。
「あら、ニュイはどこ?」
「いつものお散歩でしょう。もうすぐ帰って来ますよ」
「では先生。こちらでお茶をどうぞ」
「おぅ」
姿は見えませんが鬼の低い声にみんなびくりと震えます。バトラーたちはドアが閉まると、目的がニュイであることにほっと息を吐きました。ニュイには可哀想ですが、これは館に来た新人が受ける、言わば洗礼のようなものなのです。
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「今年の落ち葉は多いなぁ。いくら集めても全然キリがない」
竹箒を握ったひとりの青年が、ひらひらと風に舞う夕焼け色を眺めながらぽつりとぼやきました。青年と言っても見た目は少女のように歳若く可憐な姿をしていますが、実はとても偉いのです。
「お、帰って来たな」
カサカサと木の葉を鳴らすリズミカルな足音が時間どおりに門をくぐる様子を、青年は笑って見届けます。どうやらニュイが外の見回りから戻ってきたようです。
「おかえりなさい。ニュイにお客様がみえてるわよ」
「僕にお客様?誰でしょう。もしかしてリスの方でしょうか?」
帰宅するなりお嬢様に笑顔で出迎えられたニュイは首を傾げました。ニュイを訪ねてくる客と言えば、見回り中に仲良くなったクルミをボールがわりにして器用に遊んでいるリスぐらいしか思い浮かばないからです。
「おぅ。お前が新入りか」
ところが応接間にいたのはちいさなリスなどではなく、燃えさかる山のような髪をした大きな人間でした。お嬢様の隣に立つ青い髪の青年も確かに大きいですが、なにせ厚みが違います。腕や胸は太い幹のようにごつごつとしており、纏っている白衣からはつんと鼻につく消毒液の嫌な匂いがしました。右目は黒い眼帯で隠れていますが、足元で震えるニュイを見下ろす目つきは、まるでこれからどう料理するかを品定めをしているようでした。ニュイはたまらずきゅうんと鼻を鳴らしお嬢様に向かって助けを求めます。
「大丈夫よ。先生はこう見えてとっても優しいの」
「嬢ちゃんは外に出てな」
きゃん!突然首根っこをつかまれたニュイはなんと別室へ連れて行かれてしまいました。
「じゃあねニュイ。先生の言うことをしっかり聞くのよ。頑張って」
「あ、お嬢様!?どこに行ってしまうんですか?お嬢様!!」
ニュイの必死の呼び声も虚しく、ドアの閉まる音だけが部屋に響きます。
「前にここで大暴れした奴がいてな。嬢ちゃんが心配するからこういうのは見せない方がいいんだ。あの時は毛が抜けて片付けるのが大変だったんだぜ」
毛が抜けるとはいったいここで何が起き……えっ?もしかしてぼくはこの方に食べられてしまうのでしょうか。
白衣の下で磨かれたメスがきらりと反射し、ニュイは青ざめます。これから調理されるのでしょうか。バトラーとして未熟なぼくは役に立たないからもういらないんだ。ニュイはぽろぽろと涙をこぼしました。気分はすっかりまな板に乗せられた食材のようでした。相変わらず思い込みが激しいですね。
「さて、やるか」
黒い革の手袋をぎゅっと嵌めた男がニュイに手を伸ばします。
「や、やっぱり食べられるのは嫌です!離してください!」
「おっ、なかなか立派な腹してるじゃねぇか」
抵抗するニュイを軽くあしらう様に、紅い髪の男はぽっこりしたニュイのお腹を太鼓のようにぽんと叩きました。それから耳をくるくるとひっくり返したり、口のなかをこじ開けて光をあてて見たりとニュイは訳が分からずされるがままでした。いったいどうしたのでしょう。大きな手が触れるたびにニュイの跳ねていた心臓は不思議とすっかり落ち着いていたようでした。言葉使いは乱暴ですが、なんだか生きていた頃のお母さんのような安らぎを感じたからです。お嬢様の言うとおり優しい人だなぁと、ニュイはしっぽを振りました。
「よぉし、良い子だ。もう終わるから後ろを向いてな」
ニュイは言われたとおりくるりと後ろを向こうとしてぎょっと目を見開きました。黒い手袋が、なにやら先端に蜂の毒針のようなものが付いているガラスの筒を隠し持っているのが一瞬見えたからです。
恐怖のあまりニュイはぶるりと震えておしっこを漏らすと、寝かされていた台からすかさず飛び降りました。後でお嬢様のお付きの者が、またひとつ犠牲になった高級家具を見て悲鳴をあげることでしょう。
「チッ、気づかれたか。オラッどこにも逃げ場はねぇぞ。観念しな」
「あぁ……信じていたのにそんな」
じりじりと窓際に追い詰められたニュイはどうにかこの場を逃げ切る方法はないか必死に考えました。窓からは今の心情を現すかのように、冷たいすき間風がぴゅうぴゅうとニュイの背中を吹き付けます。きっとこの人の正体は鬼だったんだ。ぼくとお嬢様は騙されてたんだ。お嬢様にはやくこのことを知らせないと。
「ぼくは……ぼくはここで死ぬわけにはいかないんです!」
お嬢様の笑顔を思い浮かべたニュイは、覚悟を決めて勢いよく窓から飛び降りました。
-----------------------------
「ふぅ、やっと片付いたな」
その下では先程の青年が落ち葉を集め終え、汗を拭っているところでした。少し休憩を取ろうと館の中へ戻ろうとしたその時です。
「な、なんだ?」
窓から何かが飛び降り、落ち葉の山が一斉に飛び散りました。せっかく掃除をしたのにこれでは台無しです。まさか落ちたのがお嬢様ではないかと青年は一瞬ひやっとしましたが、ガサガサと中から出てきたのは先程散歩から帰って来たはずの犬の姿でした。
「コラっ、窓から飛び降りるなんて危ないだろ」
「どうか助けてください!鬼に追われているんです!」
「待ちな」
青年に助けて貰おうと吠えていたニュイの動きがぴたりと止まります。ぶるぶると振り向くと、そこにはおそろしい形相をした鬼が立っているではありませんか。もちろんその手にはあの鋭い毒針が握られています。
「すまねぇ。俺としたことが逃がしちまった。ちょうどいい、そのまま押えてろよ」
「分かった。いいか、大人しくしろよ」
頭に葉屑を乗せた青年がニュイのからだを押さえつけます。見た目は非力に見えますがなかなか力強く、ニュイが暴れてもびくともしません。その間も気迫を帯びた鬼がニュイの散らかした葉をぐしゃりと踏み締めながら近づいて来ます。
「ま、待ってください!代わりにぼくの集めた大事な木の実を差し上げますから。だからどうか見逃しっ……ああ~~~!!」
ニュイの悲鳴が白亜の館を囲む森一帯にこだまし、鳥たちがいっせいに空に逃げ出しました。残っていたバトラーたちもぎゅっと耳をふさぎます。ついでに他の奴らも診ておくかと、鬼が気絶したニュイを優しく抱えて館に向かっていることはもちろん知る由もありません。
鬼は銀髪の青年がスプーンでくり抜いて作った魔除けのかぼちゃを、邪魔だなと長い足でひょいと簡単に飛び越えるのでした。
真夜中の森をこうこうと照らすお月様のなかにくっきりと浮かび上がるいくつかのシルエットがありました。それはばさばさと羽根を広げて夜闇を舞う魔物たちでしたが、彼らはかぼちゃで作ったランタンがオレンジ色の明かりをぽうっと灯すこの時期になると、よりいっそう活発になるのです。白亜の館のバトラーたちもお嬢様を守るために眠れぬ夜を過ごしました。ですが、今回の敵はそんないたずら好きな魔物たちが震えて森に逃げ出すほど恐ろしいものなのです。まぁ、例の吸血コウモリは相も変わらずひょうひょうとしていますが。
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その日、昼食をとったバトラーたちは各々自由に行動していました。昨夜の吸血コウモリとの奮闘に疲れているのでしょうか、窓の外で落ち葉を鳴らして遊んでいるニュイと、見張り番のミディの他はみな暖炉の前でからだを丸めて午後の微睡みを楽しんでいました。まだ暖炉に火をくべるにはすこし早いですが、気をきかせたお嬢様が部屋をあたためてくれていました。
そうしていると、見張りをしていたミディがなんだか慌てた様子で窓をコンコンとくちばしで叩きました。もう交代の時間が来たのかと、マタンはのそりとからだを起こし器用に窓を開けました。
「大変です!鬼が現れました」
その言葉にマタンの毛がぶわりと逆立ちます。夢の世界にいたはずのオーロージュとソワレも同時に飛び起きました。
先生、ようこそおいでくださいました。
お嬢様が家のなかに誰かを招き入れる声が聞こえます。そして複数の足音がこちらに近づいてくる気配に、オーロージュたちはどこかに隠れなければと部屋のなかをどたばたと駆け回りながらそれぞれの恐ろしい体験を語ります。
「我は以前、あの鬼にベタベタする気持ち悪いものを塗られた」
それは怪我をしてあかく擦りむいた傷に塗るための軟膏でした。
「私は口の中に無理やりピンセットを入れられました。おかげでセクシーな歌が歌えなくなるところでした」
喉に木の実が引っかかっていたのでしょうか。喉のいがいがが治ったことにミディは気づいていません。
「おれなんか自慢の歯をペンチで切られたんだぞ」
オーロージュが震えた声で庇うように口を覆います。おそらく前歯が伸びていたのでしょう。
マタンはと言うと、大暴れをして網に入れられたあげく、武器である大事な爪を切られたことがあまりにも屈辱だったのか思い出したくもないようです。
しかし隠れるにしても時間がありません。がちゃりとドアが開き、オーロージュとマタンはベッドの下へと勢いよく滑りこみました。少しからだの大きなソワレはお嬢様のコレクションであるぬいぐるみのなかに紛れてぬいぐるみのフリをすることにしました。ミディはというと、どこにも姿が見あたりません。いつの間にか窓から姿を消していたようです。ですがバトラーたちの必死のかくれんぼも虚しく、お嬢様のお付きの大時計のようなスリムな青年にすぐに見つかってしまいました。
「あら、ニュイはどこ?」
「いつものお散歩でしょう。もうすぐ帰って来ますよ」
「では先生。こちらでお茶をどうぞ」
「おぅ」
姿は見えませんが鬼の低い声にみんなびくりと震えます。バトラーたちはドアが閉まると、目的がニュイであることにほっと息を吐きました。ニュイには可哀想ですが、これは館に来た新人が受ける、言わば洗礼のようなものなのです。
-----------------------------
「今年の落ち葉は多いなぁ。いくら集めても全然キリがない」
竹箒を握ったひとりの青年が、ひらひらと風に舞う夕焼け色を眺めながらぽつりとぼやきました。青年と言っても見た目は少女のように歳若く可憐な姿をしていますが、実はとても偉いのです。
「お、帰って来たな」
カサカサと木の葉を鳴らすリズミカルな足音が時間どおりに門をくぐる様子を、青年は笑って見届けます。どうやらニュイが外の見回りから戻ってきたようです。
「おかえりなさい。ニュイにお客様がみえてるわよ」
「僕にお客様?誰でしょう。もしかしてリスの方でしょうか?」
帰宅するなりお嬢様に笑顔で出迎えられたニュイは首を傾げました。ニュイを訪ねてくる客と言えば、見回り中に仲良くなったクルミをボールがわりにして器用に遊んでいるリスぐらいしか思い浮かばないからです。
「おぅ。お前が新入りか」
ところが応接間にいたのはちいさなリスなどではなく、燃えさかる山のような髪をした大きな人間でした。お嬢様の隣に立つ青い髪の青年も確かに大きいですが、なにせ厚みが違います。腕や胸は太い幹のようにごつごつとしており、纏っている白衣からはつんと鼻につく消毒液の嫌な匂いがしました。右目は黒い眼帯で隠れていますが、足元で震えるニュイを見下ろす目つきは、まるでこれからどう料理するかを品定めをしているようでした。ニュイはたまらずきゅうんと鼻を鳴らしお嬢様に向かって助けを求めます。
「大丈夫よ。先生はこう見えてとっても優しいの」
「嬢ちゃんは外に出てな」
きゃん!突然首根っこをつかまれたニュイはなんと別室へ連れて行かれてしまいました。
「じゃあねニュイ。先生の言うことをしっかり聞くのよ。頑張って」
「あ、お嬢様!?どこに行ってしまうんですか?お嬢様!!」
ニュイの必死の呼び声も虚しく、ドアの閉まる音だけが部屋に響きます。
「前にここで大暴れした奴がいてな。嬢ちゃんが心配するからこういうのは見せない方がいいんだ。あの時は毛が抜けて片付けるのが大変だったんだぜ」
毛が抜けるとはいったいここで何が起き……えっ?もしかしてぼくはこの方に食べられてしまうのでしょうか。
白衣の下で磨かれたメスがきらりと反射し、ニュイは青ざめます。これから調理されるのでしょうか。バトラーとして未熟なぼくは役に立たないからもういらないんだ。ニュイはぽろぽろと涙をこぼしました。気分はすっかりまな板に乗せられた食材のようでした。相変わらず思い込みが激しいですね。
「さて、やるか」
黒い革の手袋をぎゅっと嵌めた男がニュイに手を伸ばします。
「や、やっぱり食べられるのは嫌です!離してください!」
「おっ、なかなか立派な腹してるじゃねぇか」
抵抗するニュイを軽くあしらう様に、紅い髪の男はぽっこりしたニュイのお腹を太鼓のようにぽんと叩きました。それから耳をくるくるとひっくり返したり、口のなかをこじ開けて光をあてて見たりとニュイは訳が分からずされるがままでした。いったいどうしたのでしょう。大きな手が触れるたびにニュイの跳ねていた心臓は不思議とすっかり落ち着いていたようでした。言葉使いは乱暴ですが、なんだか生きていた頃のお母さんのような安らぎを感じたからです。お嬢様の言うとおり優しい人だなぁと、ニュイはしっぽを振りました。
「よぉし、良い子だ。もう終わるから後ろを向いてな」
ニュイは言われたとおりくるりと後ろを向こうとしてぎょっと目を見開きました。黒い手袋が、なにやら先端に蜂の毒針のようなものが付いているガラスの筒を隠し持っているのが一瞬見えたからです。
恐怖のあまりニュイはぶるりと震えておしっこを漏らすと、寝かされていた台からすかさず飛び降りました。後でお嬢様のお付きの者が、またひとつ犠牲になった高級家具を見て悲鳴をあげることでしょう。
「チッ、気づかれたか。オラッどこにも逃げ場はねぇぞ。観念しな」
「あぁ……信じていたのにそんな」
じりじりと窓際に追い詰められたニュイはどうにかこの場を逃げ切る方法はないか必死に考えました。窓からは今の心情を現すかのように、冷たいすき間風がぴゅうぴゅうとニュイの背中を吹き付けます。きっとこの人の正体は鬼だったんだ。ぼくとお嬢様は騙されてたんだ。お嬢様にはやくこのことを知らせないと。
「ぼくは……ぼくはここで死ぬわけにはいかないんです!」
お嬢様の笑顔を思い浮かべたニュイは、覚悟を決めて勢いよく窓から飛び降りました。
-----------------------------
「ふぅ、やっと片付いたな」
その下では先程の青年が落ち葉を集め終え、汗を拭っているところでした。少し休憩を取ろうと館の中へ戻ろうとしたその時です。
「な、なんだ?」
窓から何かが飛び降り、落ち葉の山が一斉に飛び散りました。せっかく掃除をしたのにこれでは台無しです。まさか落ちたのがお嬢様ではないかと青年は一瞬ひやっとしましたが、ガサガサと中から出てきたのは先程散歩から帰って来たはずの犬の姿でした。
「コラっ、窓から飛び降りるなんて危ないだろ」
「どうか助けてください!鬼に追われているんです!」
「待ちな」
青年に助けて貰おうと吠えていたニュイの動きがぴたりと止まります。ぶるぶると振り向くと、そこにはおそろしい形相をした鬼が立っているではありませんか。もちろんその手にはあの鋭い毒針が握られています。
「すまねぇ。俺としたことが逃がしちまった。ちょうどいい、そのまま押えてろよ」
「分かった。いいか、大人しくしろよ」
頭に葉屑を乗せた青年がニュイのからだを押さえつけます。見た目は非力に見えますがなかなか力強く、ニュイが暴れてもびくともしません。その間も気迫を帯びた鬼がニュイの散らかした葉をぐしゃりと踏み締めながら近づいて来ます。
「ま、待ってください!代わりにぼくの集めた大事な木の実を差し上げますから。だからどうか見逃しっ……ああ~~~!!」
ニュイの悲鳴が白亜の館を囲む森一帯にこだまし、鳥たちがいっせいに空に逃げ出しました。残っていたバトラーたちもぎゅっと耳をふさぎます。ついでに他の奴らも診ておくかと、鬼が気絶したニュイを優しく抱えて館に向かっていることはもちろん知る由もありません。
鬼は銀髪の青年がスプーンでくり抜いて作った魔除けのかぼちゃを、邪魔だなと長い足でひょいと簡単に飛び越えるのでした。