こんな世界があってもいいのかもしれない
さぁ、雪がとけて眠っていた草花たちがいっせいに目を覚ましますよ。おや、虫たちも一緒に起きたみたいですね。雪でしんと静まりかえっていたバラの庭園も色とりどりでいっきににぎやかになりました。久方ぶりのあたたかい陽気にみんな大はしゃぎ。西の方角の空からなにやら一羽の青い鳥がこちらに向かって来ています。青い鳥は窓べにたどり着くとくわえていた薬草袋を傍らに降ろし、ふぅとひと息ついてからコンコンとくちばしで窓をノックしました。合図に気付いたオーロージュが窓に駆け寄ります。どうやら白亜の館の執事たちのお客さんのようです。
「怪物?」
「はい。俺も旅の途中に鳥たちから聞いただけなんですが、どうやらその怪物がこの森に向かっているみたいで……でもまぁ、あくまでただの噂なので不安にさせたらすみません」
「いや、報告をありがとう……ってもう行くのか!?」
「あまり彼を待たせてはいけませんから。ああ見えて意外とさみしがり屋さんなんですよ。ふふっそれでは」
青い鳥は一緒に暮らしている魔法使いに頼まれた薬草を探しては国じゅうを飛び回り、時おりこの白亜の館を訪ねては羽根を休める代わりにと旅で集めた情報を提供してくれました。オーロージュは働きすぎだと彼を心配しました。青い鳥はみんなを幸せにするためのお手伝いが出来るなら自分も幸せだと言ってほほ笑むと、再びふらふらと翼を動かし元来た西の空へと旅立ってしまいました。
残されたオーロージュは先ほど青い鳥から聞いた噂の怪物の姿を想像して頭に思い浮かべます。なにせ2メートルほどもあるからだに、するどい角の生えた毛むくじゃらの顔。おおきな遠吠えは森じゅうに響き渡り、口からは吐き出したマグマの炎がごうごうと草花を焼き払うという、見たことも聞いたこともないおそろしい怪物なのです。ですが、そんな怪物いるはずがありません。もし本当におおきな怪物がいたとしたら、人間たちが黙っているはずがありません。すぐさま銃やたいまつを持って退治に行くはずです。きっと北風に飛ばされた旅人のコートやなにかと見間違えて話がおおきくなったのでしょう。噂というものは勝手にひとり歩きするものですからね。さて、どうしたものかとオーロージュがあぐねいていると、窓から一匹の犬が花とたわむれて遊んでる姿が目にはいりました。
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「めずらしいですね。マタンが外の見回りにいっしょに来るなんて」
「たまには、ね」
冬毛が抜け落ち、少しすっきりとした顔のニュイがしっぽを振りながらマタンに話しかけます。前まではマタンの背中にすっぽりと隠れていたちいさなからだも、今ではもう同じくらいになっていました。仔犬の成長ははやいですからね。ですが、中身はまだまだ子どものままです。マタンはオーロージュに頼まれて森の偵察に来たのですが、本当はニュイのことが心配なのでした。なにも知らないニュイがのんきに落とし穴を掘っていると、マタンは道の先に不自然な穴を見つけました。はじめはニュイが掘ったものかと思いましたが、ぼこぼことした穴はまるで象の行進のように森の奥へと続いています。マタンはぎらぎらと瞳を光らせ、ぐるりと辺りを見渡しました。
もし、このおおきな穴がなにかの足跡ならば、噂の怪物に違いありません。
ああ!おそろしい!でもそれはおかしな話なのです。森の入り口によそ者がいっぽ足を踏み入れると、人間たちの用意した鐘がいっせいに鳴り出すことをマタンは知っているからです。小動物ならまだしも、そんなにおおきな怪物が通り抜けられるはずがありません。それに、鼻のいいニュイが侵入者の匂いに気づかないわけがないのです。マタンは後ろを振り向き、穴掘りに集中しているニュイに声を掛けます。
「ニュイ、ちょっと」
「なんですか?マタ…きゃんっ!?」
ニュイはかん高い声をあげると、びょんとマタンの顔に飛びついてしまいました。突然、目の前が真っ暗になったマタンは慌ててニュイを引きはがそうとしますが、よほどこわいものを見たのかぶるぶるとしがみついてなかなか離れようとしません。まずはパニックになったニュイを落ち着かせようとしたその時です。
「いやあ、驚かせたようですまないすまない☆」
「っ!!」
いつの間に現れたのでしょうか。のっしのっし。近づいてくる明るい声の主に、マタンはニュイを背負ったまましっぽを太く逆立て臨戦態勢にはいります。
日に焼けた茶色の毛並みのおおきなからだに、2本のするどい角。背中のこぶはでこぼこと火山のように盛り上がっており、体温が高いのかしゅうしゅうと湯気がのぼり、まるで今にも噴火しそうです。こんなにおおくて変わった生き物は見たことがありません。のっしのっし。怪物が歩くたびに体が跳ね上がり、ぴんと尖ったマタンの耳もとできゅうきゅうとニュイが鼻を鳴らします。穴だらけの道もきっとこの怪物が歩いた跡でしょう。それにしても不思議です。ふだんはねずみのしっぽの先すら見逃さないマタンが、こんなにおおきな気配に気づくことが出来ないなんてとても珍しいことなのです。でもいまはそんなことを言っている場合ではありません。マタンは白亜の館の勇敢なバトラーなのです。自分よりもおおきな、例え相手が恐ろしい怪物であろうとも、逃げずに立ち向かわなければいけないのです。
「……あんたが噂の怪物?」
「怪物う?ははは!それはひどいなあ。俺はただの迷子のバイソンだぞお」
「バイソン?」
「そう!荒野の地からはるばる世界中を渡り歩くお祭り好きのバイソンとは俺のことだ!」
なんと、怪物の正体はテンガロンハットをかぶったカウボーイのいる国に生息する、いわゆるバイソンという生き物でした。皆さんも一度は図鑑で見たことがあるでしょう。ですがマタンは遠い国の生き物などもちろん知るよしもありません。ますます警戒心を強めるばかりです。だけど言葉が通じるなら話は別です。マタンだって無駄な争いはしたくありません。それになぜだか分かりませんが、マタンにはこのバイソンが噂のような悪さをするようにはとても見えなかったのです。
「バイソンだかなんだか知らないけど、ここは俺たちの縄張りだよ。用がないなら出口まで案内してあげるからさっさとここから出て行きな」
マタンが提案します。バイソンは困ったなあと可笑しそうに笑うと、背中からぽっぽっと煙を吐き出しました。
「実はこの近くで連れとはぐれてしまってだなあ。それでこの森に迷いこんでしまったんだが、すまないがしばらくここに居候先させて欲しい。見つけるまで俺は動かないぞお」
どすん。そう言うとバイソンは銅像のように座りこんでしまいました。こうなってしまっては梃子でも動きそうにありません。あらあら、困ったことになりましたね。ここはもうすぐ午後の紅茶を飲み終えたお嬢様が外の空気を吸いに通りかかる道なのです。がさがさと草むらからいきなりおおきなバイソンが現れては、きゃあと悲鳴をあげて後ろにひっくり返ってしまうかもしれません。いえ、それだけならまだしも動物が大好きなお嬢様のことですから、この珍しい生き物を気に入って館に連れて帰ると言いだしたらそれこそ一大事です。自分たちの部屋どころか家中の床が抜け落ち、自慢の白亜の館が穴だらけの酷い有り様になる姿を想像したマタンはぶわっと毛を逆立てました。
「風の向くまま~~気のまま~~知らない土地で迷子のまま~~♪」
バイソンがのんきに歌を口ずさみ始めます。全く困っているようには見えません。さて、どうにかして追い出せないものかとマタンが様子を伺っていると、後ろで怯えていたニュイがマタンの耳もとでこっそりと囁きます。
「マタン。マタン。どうでしょう、見た目は怖いけれどどうやら危害を加えるつもりもないようですし、ぼくらで探すのを手伝ってみては?」
ニュイの提案に仕方ないとマタンも同意します。要は一緒に行動をして、お嬢様が来る前にさりげなくこの場から誘導して遠ざければいいのです。
「おおっありがとう!これもきっと何かの巡り合わせ!今日から君たちを心の友と呼ぼう。俺のことはママと呼んでいいぞお☆」
「はぁ?こんなにデカいママがいるはずないでしょ。ほら、さっさと行くよ」
ずしん。ずしん。バイソンがひとたび歩くと、木に隠れていたリスが落っこちたり、鳥たちがばさばさと飛び回ったりと森はちょっとした大騒ぎです。
「あの、探している方はどんな姿をしているんですか?」
すこし慣れたのかニュイがバイソンに向かっておそるおそる話しかけます。まずは相手の特徴を知らないと探すものも探せませんからね。
「すまないなあ、俺もよく分からないんだ」
「はっ?」
「彼はとある国で知り合った桜の精霊なんだが、普段は人間たちに見つからないように姿かたちを変えて行動をしているから、いまはどんな姿なのか俺にもさっぱり分からない。いやあ、痛快愉快☆」
「全然愉快じゃないし、むしろ不快なんだけど」
「ははは☆それは失敬」
普段は冷静なマタンが爪を光らせながらバイソンを追いかけ回します。
「よおし鬼ごっこだな!」
バイソンも笑いながら負けじと走ります。なんだか楽しそうですが、これではいつまで経っても探しものにたどり着けません。ニュイがおろおろと見守っているとひらひらと何かが鼻のてっぺんに止まりました。
「はい!」
ニュイが手をあげると、ぐるぐると走り回っていた二匹がぴたりと動きを止めました。ニュイの鼻にはなぜか白いリボンのようなものが付いています。
「花の妖精なら、まずはこの菜の花畑を探してみてはどうでしょうか?」
まぁ、うつくしい。ニュイの後ろでまるで大海原のような黄色が風にそよいでいます。それはそれは見事な菜の花畑でした。あまい蜜に誘われて来たのでしょうか。ちょうちょたちも楽しそうにおしゃべりをしていますね。
「なるほど、まずは情報収集ってわけね」
「ぼくが行きます。任せてください!」
ふんふん。ニュイが自信有りげに鼻を鳴らすと白いちょうちょが飛び立ちます。それを追いかけるようにニュイもあっという間に菜の花畑のなかに消えてしまいました。マタンはすこし心配でしたが、ニュイは先ほど怖がってばかりでなにも出来なかった自分を情けないと思い、その分役に立とうと考えているようでした。ニュイだって白亜の館の立派なバトラーなのです。そうしてしばらくの間マタンとバイソンがニュイの帰りを待っていると、がさがさと花の群れからニュイが勢いよく飛び出してきました。おや?なにか焦っているのでしょうか。どこか様子がおかしいですね。
「うわぁんマタンたすけてください~~!!」
「きゃはは☆俺っちのシマに入り込むなんざなかなか面白いわんちゃんじゃねェか。逃げてないでもっと遊ぼうぜ♪」
なんということでしょう。ニュイが連れて来たのは桜の精霊などではなくガラの悪い蜜蜂でした。するどい針に刺されてはひとたまりもありません。
「ニュイっ!!」
「これは大変だ。ひとまず退散しよう!」
バイソンは背中にマタンとニュイをひょいと放り込むと、蒸気機関車のように煙をあげながら嵐のように森を駆け抜けました。
「結局もとの場所に戻ってきちゃいましたね」
しゅんと項垂れたニュイが茂みのなかから遠くの菜の花畑を見つめます。上空には蜜蜂の群れがぶんぶんと飛び回っており、あれではとても近付けそうにありません。
疲れてくったりしたマタンとニュイの隣で、バイソンが思いついたようにひょうひょうとした声を上げます。
「おおっ、そうだ!確かあの子は人間が食べるような甘い菓子が好きだったなあ。それさえ手に入れれば向こうから来てくれるかもしれないなあ」
「……それをはやく言いなよねぇ」
「いやあうっかりさんで申し訳ない☆お詫びに高い高いをしてあげよう!ほら高い高い~~!」
バイソンはそう言うとマタンを空に向かって放り投げます。2秒後に着地した、するどい爪が顔に食い込むとも知らずに、まったく春のそよ風のように陽気で不思議なバイソンですね。
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「後はこれを冷まして、と。よし、ミッディ・ティーブレイクには充分間に合うな」
ここはキッチンでしょうか。エプロンを着けた銀髪の青年が窓を開きますと、オーブンからバターの焼けた良い匂いがふわりと風に乗って外へと流れ出します。
「……今日の調理担当はあいつか」
おや。木の茂みから誰かが目を光らせて中を覗いているようですね。マタンです。ふだんは厳重に閉じている窓もいまは開いているので、木から飛び移れば中に侵入することは容易いのですが、相手はあの鉄のような銀髪の青年です。一筋縄ではいきません。
「マタンどうですか?」
下で待機していたニュイが木を見上げます。
「厄介だな、見張りがいる。どうする?作戦担当」
「ぼくが正面から陽動して見張りの気を引きます。その隙にマタンは窓から侵入して獲物を捕獲してください。大丈夫、今度はうまくいきますよ。ぼくはマタンのバディですから」
そうしてニュイは元気に吠えると、白亜の館に向かって走り出すのでした。
キィ。
「ん?」
扉の軋む音に気づいた青年がクリームを絞っていた手を止め、じいっとこちらを見つめます。さながらその瞳は見るものすべてを氷漬けにするように冷ややかなものでした。
「ほらほら、こっちですよ。ぼくを見てください♪」
ニュイは青年の冷たい視線に負けじと懸命に踊ります。ですが、青年からすればただニュイが手足をばたばたと動かしているようにしか見えません。怪訝な顔のまま青年がニュイに近づき手を差し出します。
「お手」
「きゃん!」
「おすわり」
「きゃん!」
「伏せ」
「きゃん!」
「よし」
お腹を空かせていると勘違いしたのか、青年はニュイに薄く切った干し肉を与えました。突然のご馳走にニュイもしっぽを振って大喜び。ぐるぐると青年の足元を駆け回っていると、旗めくカーテンの裏からさっと現れた影にハッと手を上げます。
(マタン!いまです!)
ニュイの合図に、窓側で冷ましていたカップケーキにマタンが近づいたその時です。
「待ちな」
ひゅんッ!!青年の投げつけた卵の殻が壁に勢いよく跳ね返りぽとりと落ちます。
「お嬢様のお菓子に手を出そうだなんて許さないよ」
「くっ……!」
瞬時に攻撃を避けたマタンですが、じりじりと距離をはかるうちに壁側に追い詰められてしまいました。何か突破口はないかと探りますが恐ろしいほど隙が見えません。青年がマタンの首根っこを捕まえようと手を伸ばした時です。
「ニュイっ!!」
「マタン!ぼくに構わず獲物を捕まえて逃げてください!!」
これ以上先には行かせません!ニュイは青年の裾をくわえ、振り払われないよう必死にしがみつきます。少し迷いましたがマタンもそんな状態のニュイをとても置いてはいけません。ニュイを助けようとしたマタンが喉を低く鳴らしながら近づくと、青年は諦めたように、ふぅとため息を吐き、マタンの口元にカップケーキをひとつだけ置きました。
「今回だけだからね。ほら、さっさと出ていきな」
こうしてカップケーキを手に入れたマタンとニュイは再び森の方角へと戻って行きました。キッチンにひとり残った青年は、よだれでべとべとになった裾を拭き取りながら穴の空いた箇所を見つけ、もう一度深く息を吐くのでした。
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「ありがとう!お礼にぎゅっと抱き締めてあげよう」
顔にあかいひっかき傷の残ったバイソンが手を広げて二匹を出迎えます。この目立つ姿ではとても連れては行けませんからね。
「苦労して手に入れてたんだからふざけてないでちゃんと有効に使ってよね」
ぽとり。マタンがくわえていたカップケーキをバイソンの前に落とします。
「大丈夫。ここからは俺に任せてくれ」
どこにそんなものを隠し持っていたのでしょうか。バイソンは骨董品の古めかしい壺を取り出すと、中にカップケーキを入れてしまいました。
「これは特殊な壺でな。精霊がひとたびこの壺にはいると、真実の姿を取り戻す魔法が仕掛けられているんだ。あるいは呪いか……さあ、これでよし!しばらく姿を隠して待ってみよう」
マタンは一瞬バイソンの背中から黒い煙がぽうっとそらに向かってのぼっているのが見えましたが、気づかないふりをして茂みに潜るバイソンの後を追います。誰にだって知られたくない秘密のひとつやふたつはあるものです。おっと、マタンがへびが苦手なことはニュイには内緒ですよ。怒ったマタンに顔をひっかかれてしまいますからね。
そうしてマタンたちが待ち伏せていると、焼きたて美味しそうな匂いにつられて来たのか、すぐさま一匹のちいさなみつばちが現れました。
「コッコッコッ。やっぱりわしは花の蜜よりもカップケーキやな」
みつばちは少し風変わりな笑い声をあげながら壺の中へと入っていきます。するとどうでしょう。まるで花火のように壺が弾け、きらきらと桜の花の精霊が現れたではありませんか。でも、おかしいですね。ニュイたちの知っている妖精の姿とはどこか違っています。ふつう妖精というものは無色透明の羽根をしているのに、この精霊の羽根は黒みがかった深い緑色をしていました。どうやら妖精と精霊はすこしちがうようです。片手でカップケーキを齧りながら桜の精霊がちらりとこちらを見ます。
「そこにおるんやろ。でかい図体がさっきから見えとるで。さっさと出てきぃ」
「おやあ、バレていたか」
がさがさと茂みの中から葉くずまみれのバイソンが現れます。
「おまけになんじゃその姿は。それじゃまるで怪物や。どうぜぬしはんのことやから派手な生きもんに化けて遊んどったんやろ」
「御明答!バイソンとは仮の姿!お祭り好きの精霊とは俺のことだ!わっしょいわっしょい!!」
バイソンが元気に掛け声をあげながら光につつまれていきます。あまりのまぶしさに目をつむっていたマタンとニュイの目の前に現れたのは、桜の精霊と同じ羽根の精霊でした。実はバイソンの正体は祭りの精霊だったのです。ニュイは驚いてぐるぐると走り回りますが、マタンは納得していました。彼が精霊ならばマタンとニュイが匂いや気配に気づけないのも当然です。
「いやあ、それにしても会えてよかった。彼らにも協力してもらってすっごく探したんだぞお」
「なに言うとんねん。ぬしはんが祭りの途中で勝手にいなくなったんやないか。苦労したのはこっちじゃ。まぁ、ぬしはんも同じもんが気になってここに来たんやろうけど」
桜の精霊が言葉をとめて、白亜の館の方角をちらりと見ます。
「ちぃと、きな臭いにおいがしとるが、どうやらちいさなお姫様には立派な執事がついとるようやし、わしらが無理に手助けしなくても大丈夫そうやね」
「なんの話だか分からないけど当然でしょう。お嬢様には俺たちが傍にいるんだから」
誇らしげなマタンに祭りの精霊が楽しそうにほほ笑みます。そして世話になった礼を言うと、祭りの精霊たちは次の旅に出なければならないと二匹に別れを告げました。
「カップケーキうまかったで。ごちそうさん。……まぁ精霊の世界にはいろいろとややかしい事情があってな。わしらのことは秘密にしてくれるとたすかるわ。ほな」
「よおし、ダブルフェアリーズ出勤!!」
「わしらは妖精とちゃうやろ。それにそんなごつい妖精がいてたまるか。どアホ」
「ははは☆相変わらず手きびしいなあ。では心の友よ。ママはいつでも君たちのことを応援しているぞ。困ったことがあればいつでも呼んでくれ。すぐに駆けつけるぞお。またどこかで会おう!!」
そうして精霊たちは、黒い羽根を広げて太陽のしめす方角へと飛び去ってしまいました。
残されたニュイとマタンはしばらく夢を見ていたように立ちつくした後、元きた道を歩き出しました。
「行っちゃいましたね」
「ああ」
「オーロージュへの報告はどうしましょうか?」
「でかい迷子を見つけて森の外まで送ってあげたとでも言っておうか。嘘じゃないけど〈秘密〉、だからね」
「ふふっ〈秘密〉ですもんね。ねぇ、マタン。ぼくらの呼び名もダブルバトラーズなんてどうですか?」
「ださい。却下」
ひみつ ひみつ あの子のひみつを ぼくは知っている
ひみつ ひみつ ぼくのひみつを あの子は知っている
でもいえない でもいわない
ひみつはだいじなやくそくだから
また こんどあうときまで こっそりひみつを隠しておこう
ひらひら舞う桜の花びらと祭りばやしの音色が、春のやわらかい風とともに森の中をさっそうと吹きぬけます。おや、なにやら菜の花畑がにぎわっていますね。どうやら、祭りばやしの音につられたみつばちたちが歌を歌い出し、今度はその歌につられたちょうちょたちが踊りだしたみたいです。黄色のあざやかな絨毯にはたくさんの笑顔の花が咲き、その宴は森のふくろうが起きる時間まで続くのでした。