君とつくる物語り
何を言ってるのか自分でも全然分からないんだけど朝、目が覚めたら何故かゆうくんの眼鏡になっていた。
これは…アレだねぇ。きっと常日頃ゆうくんと一体化したいと健気に願ってる俺の姿を見ていた神様からのご褒美で…
ってはぁぁぁああ?何これ?!ぜんっっぜん意味わかんないっ!!ちょ~うざいっ!!
なんでよりによってこのダサい眼鏡なわけぇ?かけたらせっかくのゆうくんの姿が見れなくなっちゃうでしょ!あ~あどうせならゆうくんの制服とか歯ブラシになりたかったぁ。
クソっ!せっかくだからゆうくんの寝顔を覗こうと思ったら、ここ(机の上)からじゃ遠くて全然見えないし。あぁ、でもすぅすぅ聞こえる寝息もかわいい…。今度はお兄ちゃんの耳元で直に聞かせてぇえ♡
元の姿に戻ったらゆうくんに添い寝して腕枕をしてあげようとなどと考えていたら、ゆうくんの愛らしい顔に似合わないゴツめのカバーのスマホから大音量のアラームが鳴った。
「…うぅん…」
もそもそと動いたゆうくんがゆっくりと起きはじめる。
これは…良い。寝起きのゆうくんが想像以上に色っぽい。ちょっと跳ねた寝癖とちらっと見える肩がまたあざとい。もしかしてお兄ちゃんを誘ってるの…?
ふふっいちいち俺のツボを突いてくるだなんて、本当にいけない子だねぇゆうくんは。
猫のように大きく伸びをしたゆうくんがベッドから降りて来た。
いよいよ、ゆうくんが俺の元へ…!
普段寄ってくることがあまりないゆうくんが自分から俺の傍に…!(まぁいつもは照れてるだけだから仕方ないけどぉ)
興奮しているせいか眼鏡のレンズが曇って何だか視界が悪い。でもそんなの気にしてられない。だって、ゆうくんの顔が至近距離にいるんだからっ!
はぁぁああ!!ゆうくんの細い指が俺の体に触れて。綺麗な顔がだんだん近付いて……
あっっ…!!あああああああ…!!
あぁあぁあああああ♡♡♡♡♡あぁあああああぁああああ♡♡♡♡♡♡♡♡
俺は今、夢にまで見たゆうくんと一体化しているっ!!
もしかしたら夢かもしれないけどゆうくんの体の一部になってるぅう!!!
ゆうくんの睫毛が!かわいいお目目が!!至近距離でっ!!えっ何これ天国?はぁ~~幸せぇ♡最高~~!!…って痛ぁ!!?
「えっ!?…なに?なんかゾクッて…?」
それはこっちのセリフだよぉ!!お兄ちゃんをいきなり投げ飛ばすなんてモデルの顔に傷でも付いたらどうしてくれるの!責任とって結婚して貰うからねぇ!まぁでも責任取らなくてもゆうくんは俺とお結婚するけどぉ。
「…気のせいだよね?」
何かを感じ取ったのか、ゆうくんに疑うような視線を向けられてひとまず俺は大人しくただの眼鏡のフリをした。びっくりして折られでもしたら大変だ。
ゆうくんはしばらく考えた後、カチャリと音を立てて綺麗な顔に再び眼鏡(俺)をかけ直した。
「ウッキ~おはよー!」
「おはよう明星くん。今日も元気だね」
はぁ、相変わらず五月蝿いクラス。ゆうくんも大変だねぇ。朝からこんなテンションじゃ疲れるでしょ。
「あれれ?どうしたのウッキ~?なんだか元気がないぞ?」
「ん~何だか朝からへんな感じがして…」
「ふ~ん…隙あり!!」
あっ、なにするんだこのサルっ!俺からゆうくんを引き離そうったってそうはいかないよぉ…!!
「あ!明星くん~!僕の眼鏡返し、て…」
フワッ。
「……」
「……」
「ねぇねぇ、今この眼鏡、一瞬宙に浮かなかった?」
「き、気のせいだよ」
「そんで持ってウッキ~のところに戻っていなかった?」
「気のせいだよ明星くんっっっ!!!ほら、先生来たよ!」
ゆうくんが慌てた様子で朝のホームルームを促しながら自分の席に戻る。
危なかった。
この体(?) 念じれば少し動くことも出来るみたい。でも気を付けないと。さっきみたいにゆうくん以外の奴に触られたくないしねぇ。
つまらないけどこの姿じゃ何もすることが出来ないし、ゆうくんと一緒に授業でも受けようか。
窓側に近い席に太陽の光が射し込む。静かな教室に教師の声とチョークの音が響く。
一年前にも同じ説明聞いたなぁ。他にもっとバリエーション他にないのぉ。何だか眠くなってうとうとしていたら、外から聞き慣れた奴らの騒がしい声が聞こえて目が覚めた。
そう言えばうちのクラス、今は体育の時間だっけ…。こんな暑い日に外で走るとか最悪。うわ、守沢なんかもう汗だくだし。色々と不便だけど逆に眼鏡の姿で良かったかも、なんて呑気に考えてたら教師のゆうくんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…き。遊木」
ゆうくんは全然気付かないでぼぉ~っと頬杖を付きながら外を眺めている。
ゆうくん呼ばれてるよぉ~。
ゆうく~~ん。あぁっもぅ焦れったい!ぼけっとしてるゆうくんの代わりに俺が答えてあげたい。ゆうくん、ゆうくん。体(?)を捩って眼鏡のツルを必死に動かす。
「ん…?」
「お~い遊木」
「ふぁっ?!ひゃい!」
ガタンと勢いよくゆうくんが椅子から立ち上がる。
「外に気になる奴でもいるのか?いくら俺の授業がつまらないからって余所見しないでくれよ」
「ち、違います!すみませんっ」
クラスの奴らの笑い声がドッと湧き上がる。ゆうくんは照れた顔を隠すように両手で眼鏡を覆いながら椅子に座り直した。どうにも集中力がないのかゆうくんはその後もまた注意された。
勉強が苦手なのは知っていたけどまさかここまで酷いだなんて……元に戻ったら時間を作ってお兄ちゃんがゆうくんの家庭教師をしてあげないと。
「うぉいひぃ~」
お昼のカフェテラスでハンバーグを頬張ったゆうくんが至福の声を上げる。こんな食堂の安っぽい飯なんかより、俺の愛情がたっぷり詰まったお弁当の方が絶対に美味しいのに!
どうしてゆうくんは食べてくれないのかな。そりゃあ、あの時(監禁)は少しやり過ぎたなって反省はしているけど。昔は俺があげたお菓子でもなんでもおにいちゃんありがとうって笑って喜んでくれたでしょう。
俺はもう一度あの笑顔が見たいだけなのに…。
「おっ、真、美味そうなの食ってるな」
「衣更くんお疲れ様」
ゆうくんのユニットの最後の一人が合流する。何だっけコイツ…確かくまくんの。あぁ、そうだ衣更真緒だ。なんかコイツ年下のくせして俺に楯突いて来るし、ゆうくんに馴れ馴れしいし、正直ムカつくんだよねぇ。
「衣更くんひと口食べてみる?はい、あ~ん」
パクッ
あ"あ"ぁ"あ"あ"ーーーーー!!?
ちょっと待って!!ゆうくんもしかして今俺の目の前でコイツにあ~んした?嘘でしょぉゆうくん!浮気は絶対に許さないよぉ!!
「ん。美味い」
「でしょう~」
「よし!俺も今日はハンバーグ定食にするか」
思わず沸いた殺意に眼鏡のレンズがみしみしと割れそうになるのをぐっと堪える。
前から思ってたけどコイツら距離近過ぎじゃない?普通わざわざユニットで集まってお昼なんか食べないでしょ。俺には普段素っ気ない癖にコイツらの前だとゆうくんずっと笑顔だし。まぁ、それは照れ隠しだって分かってるけどさぁ…。ゆうくん、お口にソース垂れてるよ。お兄ちゃんが拭いてあげ…ああ、そう言えば今、眼鏡だったんだっけ。
はぁと溜め息をつくと、お昼を食べ終えたゆうくんがガタッと椅子から立ち上がって何処かへ行こうとする。
「どこへ行くんだ遊木?」
「えへへ。ちょっとおトイレ」
…ん?
朝からバタバタしててそういえばトイレ行くの忘れてたんだよね~なんて少し恥ずしそうな顔をしたゆうくんは俺を連れて(掛けて)そのままトイレへと姿を消した。
「ふぅ~すっきりしたぁ」
「あ、ウッキ~おかえ…り……」
「ん?どうしたのみんな?なにをそんなに驚いた顔してるの?」
「こっちがどうしたのか聞きたいよ!! 血が…ウッキ~の目から血が出てるぅ!!!」
「えっ…?うわぁぁぁなにこれぇええ!!気持ち悪いっ~~~!!」
ゆうくんが凄い勢いで血まみれの眼鏡(俺)を放り投げる。カシャンと音がして全身を強く打った気がしたが頭の中の残像でそれどころではない。
ふぅ…。ごめんゆうくん、見ちゃった。
ゆうくんの……刺激が強すぎて鼻血が…。
救急車~!!とギャーギャー騒ぐ奴らの声が煩い。ゆうくんは持っていたハンカチで顔を拭くと、恐る恐るといった様子で眼鏡のつるを持ち上げた。うっうっ…ゆうくんの綺麗な顔を血で汚すだなんてお兄ちゃん失格だよぉ。
「大丈夫か真?具合が悪いなら一緒に保健室行くか?」
衣更真緒が心配そうにゆうくんの腕を掴む。ちょっとぉ!俺のゆうくんに気安く触らないでよねぇ。こうなったら眼鏡で体当りをして…!
「ありがとう衣更くん。ちょっと朝からぼぅっとしてて、もしかしたら自分でも気付かないうちにどこかにぶつかってたのかも。
一応念の為に保健室に行ってみるね」
ひとりでも大丈夫だよと、ゆうくんが未だに騒いでいる奴らを安心させるように微笑む。さり気なく眼鏡を見られないように後ろに隠した気がした。
「失礼します」
扉を開くと鼻をつく消毒液の匂いがする。
どうやらだらしない保健医はいつものごとく不在のようだ。飲みかけのアルコールの缶としばらく戻らないと書かれたメモだけが残っている。利用者名簿をじっと見つめてからゆうくんは名前を書き込んだ。
空いている端のベッドに潜り込んでカーテンを閉める。他に寝ている奴らもいないみたいだし、今は静かな保健室にゆうくんとふたりっきりだ。
本来なら大変喜ばしいシチュエーションだけど、悲しいことに俺は今ゆうくんの眼鏡なので添い寝してあげることも出来ない。
昔みたいにゆうくんとお昼寝したいなぁ。トントンしてあげたらゆうくんすぐ寝ちゃって、寝顔も天使みたいに可愛くて。
懐かしい想い出に浸っていたら、ふいに眼鏡を外されゆうくんの感触が遠のいていく。
「おやすみなさい」
ここに来る前に水で洗った綺麗な顔にじっと見つめられたかと思うと、そのまま枕に俺を置いてゆうくんは俺の方を向いて寝てしまった。
もしかして…俺、今ゆうくんと同じ枕で一緒に寝てる?
そう気付いた瞬間、心臓がドキドキして体がぐにゃぐにゃに溶けてしまうかと思った。さすがに柔らかい眼鏡だと幾らおバカなゆうくんでも気付いちゃうよね。そう思いながらも、俺はふにゃふにゃと体を動かして寝ているゆうくんにバレないようにそっと寄り添う。
今も天使みたいなゆうくんの寝顔をレンズ越しにじっと眺め続けた。
結局夜になっても元の姿に戻ることは出来なかった。
そりゃあ最初はゆうくんと一体化~♡なんて喜んでたし、ゆうくんの傍にずっといられるのは嬉しいけど、やっぱり人間に戻りたい。第一俺みたいな完璧な男が眼鏡として生きるなんてありえないでしょう。
ねぇ、聞いてるのぉ!?よく分かんない神様ぁ。
それにしてもさぁ…。
ゆうくん俺が居なくて、泉さん今日お休みなの?僕寂しいって泣いちゃうんじゃないかと思って心配してたけど、全然そんな素振りないし。ていうか今日一回も俺の名前呼んでないし。
せっかく一体化したのにゆうくんの視界に映るのは俺じゃなくてTrickstarの奴らだ。
俺だってユニットの奴らはそれなりに大事だし、分かってはいたけど、少し、ほんの少しだけ寂しい。今までゆうくんの手を引っ張って来たのは自分だと思ってたけど、今は違うのかな。
ねぇ、ゆうくん。ゆうくんは俺が居なくても生きていける?ゆうくんのなかに俺はちゃんと居る?
眼鏡を外して寝る準備をしているゆうくんの背中に話し掛けてみる。聞こえるわけないのに、馬鹿みたいだよねぇ。本当。
そう思っていたら、ゆうくんが振り向いてこっちを見た気がする。そのまま近付いて机の上から置いてた眼鏡を持ち上げた。レンズ越しの緑の瞳と目が合う。
「…普段はあんなにしつこくて僕に絡んでくる癖に、居なきゃ居ないで気になるし。なんなの、もう」
レンズを指でつんつんと突きながら、口を尖らせて文句を言ってはいるけど、その瞳はとびきり優しくて。
「こら、聞いてるの?眼鏡のふりしてないではやく元に戻ってよね」
まるで姿を変えられた王子様の呪いをとくお姫様のように眼鏡にちゅっと口付けたゆうくんは、なぁんて、そんなわけないよね~とひときしり笑った後に布団に潜って照れた顔を隠してしまった。
「ゆうくん」
「うわぁああ!?い、泉さん…!!」
家を出てからきょろきょろと辺りを見渡すゆうくんの背後から声を掛ける。いつもの驚いた顔をしているゆうくんの姿がなんだか愛おしい。
「昨日はごめんねぇ寂しい思いさせて」
「なんのこと言ってるの?それより、は、離れてよ~~!」
朝、目が覚めると人間の姿に戻っていた。
顔を洗って気合いをいれていつものように待ち伏せをしてゆうくんを捕まえる。離して~と必死に抵抗するゆうくんの手を引いて歩き出す。
「仲良く手繋いで登校してさ、俺たちの仲を見せつけてやろうよ。衣更真緒に」
「なんで!?」
「ゆうくんの愛はお前らには簡単に渡さないって教えてあげるよぉ…衣更真緒!」
「だからなんで衣更くん!?」
意味が分からないと言いながらも困ったように笑うゆうくんの手を強く握る。
本当は手なんか繋がなくったってゆうくんの気持ちは分かってる。それでも。やっぱり俺はゆうくんにとっての一番でありたい。
いつまでも、ゆうくんの瞳のレンズに映るように俺は今日も前を向いて歩くのだった。
これは…アレだねぇ。きっと常日頃ゆうくんと一体化したいと健気に願ってる俺の姿を見ていた神様からのご褒美で…
ってはぁぁぁああ?何これ?!ぜんっっぜん意味わかんないっ!!ちょ~うざいっ!!
なんでよりによってこのダサい眼鏡なわけぇ?かけたらせっかくのゆうくんの姿が見れなくなっちゃうでしょ!あ~あどうせならゆうくんの制服とか歯ブラシになりたかったぁ。
クソっ!せっかくだからゆうくんの寝顔を覗こうと思ったら、ここ(机の上)からじゃ遠くて全然見えないし。あぁ、でもすぅすぅ聞こえる寝息もかわいい…。今度はお兄ちゃんの耳元で直に聞かせてぇえ♡
元の姿に戻ったらゆうくんに添い寝して腕枕をしてあげようとなどと考えていたら、ゆうくんの愛らしい顔に似合わないゴツめのカバーのスマホから大音量のアラームが鳴った。
「…うぅん…」
もそもそと動いたゆうくんがゆっくりと起きはじめる。
これは…良い。寝起きのゆうくんが想像以上に色っぽい。ちょっと跳ねた寝癖とちらっと見える肩がまたあざとい。もしかしてお兄ちゃんを誘ってるの…?
ふふっいちいち俺のツボを突いてくるだなんて、本当にいけない子だねぇゆうくんは。
猫のように大きく伸びをしたゆうくんがベッドから降りて来た。
いよいよ、ゆうくんが俺の元へ…!
普段寄ってくることがあまりないゆうくんが自分から俺の傍に…!(まぁいつもは照れてるだけだから仕方ないけどぉ)
興奮しているせいか眼鏡のレンズが曇って何だか視界が悪い。でもそんなの気にしてられない。だって、ゆうくんの顔が至近距離にいるんだからっ!
はぁぁああ!!ゆうくんの細い指が俺の体に触れて。綺麗な顔がだんだん近付いて……
あっっ…!!あああああああ…!!
あぁあぁあああああ♡♡♡♡♡あぁあああああぁああああ♡♡♡♡♡♡♡♡
俺は今、夢にまで見たゆうくんと一体化しているっ!!
もしかしたら夢かもしれないけどゆうくんの体の一部になってるぅう!!!
ゆうくんの睫毛が!かわいいお目目が!!至近距離でっ!!えっ何これ天国?はぁ~~幸せぇ♡最高~~!!…って痛ぁ!!?
「えっ!?…なに?なんかゾクッて…?」
それはこっちのセリフだよぉ!!お兄ちゃんをいきなり投げ飛ばすなんてモデルの顔に傷でも付いたらどうしてくれるの!責任とって結婚して貰うからねぇ!まぁでも責任取らなくてもゆうくんは俺とお結婚するけどぉ。
「…気のせいだよね?」
何かを感じ取ったのか、ゆうくんに疑うような視線を向けられてひとまず俺は大人しくただの眼鏡のフリをした。びっくりして折られでもしたら大変だ。
ゆうくんはしばらく考えた後、カチャリと音を立てて綺麗な顔に再び眼鏡(俺)をかけ直した。
「ウッキ~おはよー!」
「おはよう明星くん。今日も元気だね」
はぁ、相変わらず五月蝿いクラス。ゆうくんも大変だねぇ。朝からこんなテンションじゃ疲れるでしょ。
「あれれ?どうしたのウッキ~?なんだか元気がないぞ?」
「ん~何だか朝からへんな感じがして…」
「ふ~ん…隙あり!!」
あっ、なにするんだこのサルっ!俺からゆうくんを引き離そうったってそうはいかないよぉ…!!
「あ!明星くん~!僕の眼鏡返し、て…」
フワッ。
「……」
「……」
「ねぇねぇ、今この眼鏡、一瞬宙に浮かなかった?」
「き、気のせいだよ」
「そんで持ってウッキ~のところに戻っていなかった?」
「気のせいだよ明星くんっっっ!!!ほら、先生来たよ!」
ゆうくんが慌てた様子で朝のホームルームを促しながら自分の席に戻る。
危なかった。
この体(?) 念じれば少し動くことも出来るみたい。でも気を付けないと。さっきみたいにゆうくん以外の奴に触られたくないしねぇ。
つまらないけどこの姿じゃ何もすることが出来ないし、ゆうくんと一緒に授業でも受けようか。
窓側に近い席に太陽の光が射し込む。静かな教室に教師の声とチョークの音が響く。
一年前にも同じ説明聞いたなぁ。他にもっとバリエーション他にないのぉ。何だか眠くなってうとうとしていたら、外から聞き慣れた奴らの騒がしい声が聞こえて目が覚めた。
そう言えばうちのクラス、今は体育の時間だっけ…。こんな暑い日に外で走るとか最悪。うわ、守沢なんかもう汗だくだし。色々と不便だけど逆に眼鏡の姿で良かったかも、なんて呑気に考えてたら教師のゆうくんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…き。遊木」
ゆうくんは全然気付かないでぼぉ~っと頬杖を付きながら外を眺めている。
ゆうくん呼ばれてるよぉ~。
ゆうく~~ん。あぁっもぅ焦れったい!ぼけっとしてるゆうくんの代わりに俺が答えてあげたい。ゆうくん、ゆうくん。体(?)を捩って眼鏡のツルを必死に動かす。
「ん…?」
「お~い遊木」
「ふぁっ?!ひゃい!」
ガタンと勢いよくゆうくんが椅子から立ち上がる。
「外に気になる奴でもいるのか?いくら俺の授業がつまらないからって余所見しないでくれよ」
「ち、違います!すみませんっ」
クラスの奴らの笑い声がドッと湧き上がる。ゆうくんは照れた顔を隠すように両手で眼鏡を覆いながら椅子に座り直した。どうにも集中力がないのかゆうくんはその後もまた注意された。
勉強が苦手なのは知っていたけどまさかここまで酷いだなんて……元に戻ったら時間を作ってお兄ちゃんがゆうくんの家庭教師をしてあげないと。
「うぉいひぃ~」
お昼のカフェテラスでハンバーグを頬張ったゆうくんが至福の声を上げる。こんな食堂の安っぽい飯なんかより、俺の愛情がたっぷり詰まったお弁当の方が絶対に美味しいのに!
どうしてゆうくんは食べてくれないのかな。そりゃあ、あの時(監禁)は少しやり過ぎたなって反省はしているけど。昔は俺があげたお菓子でもなんでもおにいちゃんありがとうって笑って喜んでくれたでしょう。
俺はもう一度あの笑顔が見たいだけなのに…。
「おっ、真、美味そうなの食ってるな」
「衣更くんお疲れ様」
ゆうくんのユニットの最後の一人が合流する。何だっけコイツ…確かくまくんの。あぁ、そうだ衣更真緒だ。なんかコイツ年下のくせして俺に楯突いて来るし、ゆうくんに馴れ馴れしいし、正直ムカつくんだよねぇ。
「衣更くんひと口食べてみる?はい、あ~ん」
パクッ
あ"あ"ぁ"あ"あ"ーーーーー!!?
ちょっと待って!!ゆうくんもしかして今俺の目の前でコイツにあ~んした?嘘でしょぉゆうくん!浮気は絶対に許さないよぉ!!
「ん。美味い」
「でしょう~」
「よし!俺も今日はハンバーグ定食にするか」
思わず沸いた殺意に眼鏡のレンズがみしみしと割れそうになるのをぐっと堪える。
前から思ってたけどコイツら距離近過ぎじゃない?普通わざわざユニットで集まってお昼なんか食べないでしょ。俺には普段素っ気ない癖にコイツらの前だとゆうくんずっと笑顔だし。まぁ、それは照れ隠しだって分かってるけどさぁ…。ゆうくん、お口にソース垂れてるよ。お兄ちゃんが拭いてあげ…ああ、そう言えば今、眼鏡だったんだっけ。
はぁと溜め息をつくと、お昼を食べ終えたゆうくんがガタッと椅子から立ち上がって何処かへ行こうとする。
「どこへ行くんだ遊木?」
「えへへ。ちょっとおトイレ」
…ん?
朝からバタバタしててそういえばトイレ行くの忘れてたんだよね~なんて少し恥ずしそうな顔をしたゆうくんは俺を連れて(掛けて)そのままトイレへと姿を消した。
「ふぅ~すっきりしたぁ」
「あ、ウッキ~おかえ…り……」
「ん?どうしたのみんな?なにをそんなに驚いた顔してるの?」
「こっちがどうしたのか聞きたいよ!! 血が…ウッキ~の目から血が出てるぅ!!!」
「えっ…?うわぁぁぁなにこれぇええ!!気持ち悪いっ~~~!!」
ゆうくんが凄い勢いで血まみれの眼鏡(俺)を放り投げる。カシャンと音がして全身を強く打った気がしたが頭の中の残像でそれどころではない。
ふぅ…。ごめんゆうくん、見ちゃった。
ゆうくんの……刺激が強すぎて鼻血が…。
救急車~!!とギャーギャー騒ぐ奴らの声が煩い。ゆうくんは持っていたハンカチで顔を拭くと、恐る恐るといった様子で眼鏡のつるを持ち上げた。うっうっ…ゆうくんの綺麗な顔を血で汚すだなんてお兄ちゃん失格だよぉ。
「大丈夫か真?具合が悪いなら一緒に保健室行くか?」
衣更真緒が心配そうにゆうくんの腕を掴む。ちょっとぉ!俺のゆうくんに気安く触らないでよねぇ。こうなったら眼鏡で体当りをして…!
「ありがとう衣更くん。ちょっと朝からぼぅっとしてて、もしかしたら自分でも気付かないうちにどこかにぶつかってたのかも。
一応念の為に保健室に行ってみるね」
ひとりでも大丈夫だよと、ゆうくんが未だに騒いでいる奴らを安心させるように微笑む。さり気なく眼鏡を見られないように後ろに隠した気がした。
「失礼します」
扉を開くと鼻をつく消毒液の匂いがする。
どうやらだらしない保健医はいつものごとく不在のようだ。飲みかけのアルコールの缶としばらく戻らないと書かれたメモだけが残っている。利用者名簿をじっと見つめてからゆうくんは名前を書き込んだ。
空いている端のベッドに潜り込んでカーテンを閉める。他に寝ている奴らもいないみたいだし、今は静かな保健室にゆうくんとふたりっきりだ。
本来なら大変喜ばしいシチュエーションだけど、悲しいことに俺は今ゆうくんの眼鏡なので添い寝してあげることも出来ない。
昔みたいにゆうくんとお昼寝したいなぁ。トントンしてあげたらゆうくんすぐ寝ちゃって、寝顔も天使みたいに可愛くて。
懐かしい想い出に浸っていたら、ふいに眼鏡を外されゆうくんの感触が遠のいていく。
「おやすみなさい」
ここに来る前に水で洗った綺麗な顔にじっと見つめられたかと思うと、そのまま枕に俺を置いてゆうくんは俺の方を向いて寝てしまった。
もしかして…俺、今ゆうくんと同じ枕で一緒に寝てる?
そう気付いた瞬間、心臓がドキドキして体がぐにゃぐにゃに溶けてしまうかと思った。さすがに柔らかい眼鏡だと幾らおバカなゆうくんでも気付いちゃうよね。そう思いながらも、俺はふにゃふにゃと体を動かして寝ているゆうくんにバレないようにそっと寄り添う。
今も天使みたいなゆうくんの寝顔をレンズ越しにじっと眺め続けた。
結局夜になっても元の姿に戻ることは出来なかった。
そりゃあ最初はゆうくんと一体化~♡なんて喜んでたし、ゆうくんの傍にずっといられるのは嬉しいけど、やっぱり人間に戻りたい。第一俺みたいな完璧な男が眼鏡として生きるなんてありえないでしょう。
ねぇ、聞いてるのぉ!?よく分かんない神様ぁ。
それにしてもさぁ…。
ゆうくん俺が居なくて、泉さん今日お休みなの?僕寂しいって泣いちゃうんじゃないかと思って心配してたけど、全然そんな素振りないし。ていうか今日一回も俺の名前呼んでないし。
せっかく一体化したのにゆうくんの視界に映るのは俺じゃなくてTrickstarの奴らだ。
俺だってユニットの奴らはそれなりに大事だし、分かってはいたけど、少し、ほんの少しだけ寂しい。今までゆうくんの手を引っ張って来たのは自分だと思ってたけど、今は違うのかな。
ねぇ、ゆうくん。ゆうくんは俺が居なくても生きていける?ゆうくんのなかに俺はちゃんと居る?
眼鏡を外して寝る準備をしているゆうくんの背中に話し掛けてみる。聞こえるわけないのに、馬鹿みたいだよねぇ。本当。
そう思っていたら、ゆうくんが振り向いてこっちを見た気がする。そのまま近付いて机の上から置いてた眼鏡を持ち上げた。レンズ越しの緑の瞳と目が合う。
「…普段はあんなにしつこくて僕に絡んでくる癖に、居なきゃ居ないで気になるし。なんなの、もう」
レンズを指でつんつんと突きながら、口を尖らせて文句を言ってはいるけど、その瞳はとびきり優しくて。
「こら、聞いてるの?眼鏡のふりしてないではやく元に戻ってよね」
まるで姿を変えられた王子様の呪いをとくお姫様のように眼鏡にちゅっと口付けたゆうくんは、なぁんて、そんなわけないよね~とひときしり笑った後に布団に潜って照れた顔を隠してしまった。
「ゆうくん」
「うわぁああ!?い、泉さん…!!」
家を出てからきょろきょろと辺りを見渡すゆうくんの背後から声を掛ける。いつもの驚いた顔をしているゆうくんの姿がなんだか愛おしい。
「昨日はごめんねぇ寂しい思いさせて」
「なんのこと言ってるの?それより、は、離れてよ~~!」
朝、目が覚めると人間の姿に戻っていた。
顔を洗って気合いをいれていつものように待ち伏せをしてゆうくんを捕まえる。離して~と必死に抵抗するゆうくんの手を引いて歩き出す。
「仲良く手繋いで登校してさ、俺たちの仲を見せつけてやろうよ。衣更真緒に」
「なんで!?」
「ゆうくんの愛はお前らには簡単に渡さないって教えてあげるよぉ…衣更真緒!」
「だからなんで衣更くん!?」
意味が分からないと言いながらも困ったように笑うゆうくんの手を強く握る。
本当は手なんか繋がなくったってゆうくんの気持ちは分かってる。それでも。やっぱり俺はゆうくんにとっての一番でありたい。
いつまでも、ゆうくんの瞳のレンズに映るように俺は今日も前を向いて歩くのだった。