君とつくる物語り
春
人気のない屋上で君の写真を見つめた。何度も、何度も、眺めたそれは、すっかり手に馴染んではいるのに、写真の笑顔は一向に自分に向けられる事はなかった。
あの子が小さな頃から見守ってきたのは俺なのに。泣き虫なあの子を笑顔にするのは俺の役目だったのに。少し離れた間にあの子との絆が、知らない誰かにこうもあっさりと奪われてしまうのかと、可笑しくて笑った。どうして笑っているのか自分でも分からない。
「死ねば良いのに」
笑顔とは裏腹な、言葉を呟く。
俺とゆうくん以外の世界なんてみんな死ねば良いのに。ゆうくんが俺に笑顔を見せてくれないのはあの憎たらしい世界のせいだ。
それでも俺は今日も、桜の花びらと笑顔に囲まれたあの子の姿を屋上から見つめる事しか出来ない。もうすぐ、その笑顔すら自分の手で潰そうとしている事も知らずに。
ふわり、と漂う春の風だけが、冬に取り残された冷たい心に寄り添ってくれた。
夏
砂浜の熱に浮かされた体がしんどい。鼻から流れる血が疎ましい。なにより服が血で染まってしまった君に謝りたくて、泣きたくなった。
「ごめんね、ゆうくんのシャツ…」
「いいから喋らないで!まだ血止まってないんだからっ」
何だか体が熱くて、おかしいと思っていたら、ぽたぽたと赤い何かが砂に落ちた。隣にいた君は一瞬、驚いた顔をしたけどすぐ自分のシャツを脱いで俺の鼻に押し当てる。
ふらふらとたどり着いた屋内はさっきまで歩いた外よりは幾分涼しいけど、君の匂いと肌が余計に体を熱くさせ、頭がくらくらする。
「僕何か冷たい物でも買ってくるよ」
だから泉さんはここに座っていて、と去ろうとする君を不意に抱き締めて、「ここにいてよ」と掠れた声で引き止めた。
「…仕方ないなぁ」
ゆうくん愛してる、とうわ言のように呟く俺の頭を撫でてくれる。
夏の君はとびきり優しくて、その気持ちがどこかもどかしくて、切ない。
秋
「だから見ていてよ泉さん。」
しっぽを揺らしながら楽しそうに笑う君に、
あの頃の小さな姿を重ねてみる。なんだか自分の知っている君じゃないみたいで、ずいぶん大人っぽくなったなと思った。彼の目には自分はどう映っているのか。もしかしたら、小さな子どもの姿が見えているのかもしれない。
そう思ったらなんだか少し悔しくて、俯いた顔で表情を隠しながら言った。
「ここまで大口叩いたんだからさぁ。途中で立ち止まったら絶対に許さないよ。」
緑の瞳が笑う。
「もし立ち止まったらその時は叱ってくれるんでしょ?おにいちゃん。」
ひょいひょいと歩きながら、途中で振り返る秋の色を添えた黒猫を、距離を詰めないように追い掛けた。
大人になってしまう君が何だかさみしくて、まだまだ可愛い弟のままでいて欲しいと願いながら。
冬
イタリア・フィレンツェの朝は寒い。
それでも、普段には無いぬくもりを肌に感じながら、君と同じベットで目を覚ました。
閉じた長い睫毛を見つめる。夢ではない。昨日抱いたぬくもりは夢ではなかった。
昔の自分だったら声を大にして悦びを叫んでいたと思う。その衝動を抑えられるくらいには大人になった。
眠る彼を起こさないようにベットを抜け出ようとするが、不自然な寝息に気付いてやめる。とん、と肌蹴た背中を肩で押して、甘くとろける声でこう言った。
「…どうして仕事だなんて、嘘を吐いたの?」
「だって…サプライズの方が泉さん喜ぶかと思って」
恥ずしそうに背を向けたままの、仄かに赤い形の良い耳に口付け、会えなかった時間を埋めるように抱き締めた。
ふたりで久しぶりに冬のクリスマスを楽しもう。
人目も、誰も気にしないこの世界で手を繋ぎながら一緒に歩こう。
人気のない屋上で君の写真を見つめた。何度も、何度も、眺めたそれは、すっかり手に馴染んではいるのに、写真の笑顔は一向に自分に向けられる事はなかった。
あの子が小さな頃から見守ってきたのは俺なのに。泣き虫なあの子を笑顔にするのは俺の役目だったのに。少し離れた間にあの子との絆が、知らない誰かにこうもあっさりと奪われてしまうのかと、可笑しくて笑った。どうして笑っているのか自分でも分からない。
「死ねば良いのに」
笑顔とは裏腹な、言葉を呟く。
俺とゆうくん以外の世界なんてみんな死ねば良いのに。ゆうくんが俺に笑顔を見せてくれないのはあの憎たらしい世界のせいだ。
それでも俺は今日も、桜の花びらと笑顔に囲まれたあの子の姿を屋上から見つめる事しか出来ない。もうすぐ、その笑顔すら自分の手で潰そうとしている事も知らずに。
ふわり、と漂う春の風だけが、冬に取り残された冷たい心に寄り添ってくれた。
夏
砂浜の熱に浮かされた体がしんどい。鼻から流れる血が疎ましい。なにより服が血で染まってしまった君に謝りたくて、泣きたくなった。
「ごめんね、ゆうくんのシャツ…」
「いいから喋らないで!まだ血止まってないんだからっ」
何だか体が熱くて、おかしいと思っていたら、ぽたぽたと赤い何かが砂に落ちた。隣にいた君は一瞬、驚いた顔をしたけどすぐ自分のシャツを脱いで俺の鼻に押し当てる。
ふらふらとたどり着いた屋内はさっきまで歩いた外よりは幾分涼しいけど、君の匂いと肌が余計に体を熱くさせ、頭がくらくらする。
「僕何か冷たい物でも買ってくるよ」
だから泉さんはここに座っていて、と去ろうとする君を不意に抱き締めて、「ここにいてよ」と掠れた声で引き止めた。
「…仕方ないなぁ」
ゆうくん愛してる、とうわ言のように呟く俺の頭を撫でてくれる。
夏の君はとびきり優しくて、その気持ちがどこかもどかしくて、切ない。
秋
「だから見ていてよ泉さん。」
しっぽを揺らしながら楽しそうに笑う君に、
あの頃の小さな姿を重ねてみる。なんだか自分の知っている君じゃないみたいで、ずいぶん大人っぽくなったなと思った。彼の目には自分はどう映っているのか。もしかしたら、小さな子どもの姿が見えているのかもしれない。
そう思ったらなんだか少し悔しくて、俯いた顔で表情を隠しながら言った。
「ここまで大口叩いたんだからさぁ。途中で立ち止まったら絶対に許さないよ。」
緑の瞳が笑う。
「もし立ち止まったらその時は叱ってくれるんでしょ?おにいちゃん。」
ひょいひょいと歩きながら、途中で振り返る秋の色を添えた黒猫を、距離を詰めないように追い掛けた。
大人になってしまう君が何だかさみしくて、まだまだ可愛い弟のままでいて欲しいと願いながら。
冬
イタリア・フィレンツェの朝は寒い。
それでも、普段には無いぬくもりを肌に感じながら、君と同じベットで目を覚ました。
閉じた長い睫毛を見つめる。夢ではない。昨日抱いたぬくもりは夢ではなかった。
昔の自分だったら声を大にして悦びを叫んでいたと思う。その衝動を抑えられるくらいには大人になった。
眠る彼を起こさないようにベットを抜け出ようとするが、不自然な寝息に気付いてやめる。とん、と肌蹴た背中を肩で押して、甘くとろける声でこう言った。
「…どうして仕事だなんて、嘘を吐いたの?」
「だって…サプライズの方が泉さん喜ぶかと思って」
恥ずしそうに背を向けたままの、仄かに赤い形の良い耳に口付け、会えなかった時間を埋めるように抱き締めた。
ふたりで久しぶりに冬のクリスマスを楽しもう。
人目も、誰も気にしないこの世界で手を繋ぎながら一緒に歩こう。