君とつくる物語り

6月のジューンブライドとは誰が言ったものなのか。

雨の降りしきる季節に発売される雑誌の撮影で、今はまだ春なのに奇しくも紫陽花の似合う時期に合わせたように今日は朝から雨がしとしとと降っている。梅雨なんて蒸し暑くて空気もどんよりして、そんな季節にわざわざ結婚式を挙げようとする大人の気持ちは俺には分からない。
それでも隣に並ぶドレスを着た女の子が泉くんとジューンブライドの撮影が出来るなんて夢みたいと馬鹿みたいにはしゃいでいた。同じ事務所の子だから一応仲良くしてあげてるけど、正直媚びた態度が目障りで嫌いだった。こんな子より純白のドレスはゆうくんの方が絶対似合うと思う。先に撮影の終わったゆうくんはパイプ椅子の上で足をぱたぱたさせながら俺の撮影が終わるのを待っている。初めて着るタキシードは窮屈で仕方なかったけど、「おにいちゃんかっこいい!」とゆうくんに褒めて貰えたのでいつもよりも気合いが入る。結婚式の主役はあくまで花嫁の方らしいけど俺はゆうくんの前では脇役にはなりたくない。そんな事を考えながら、きらきらと輝く指輪を相手の女の子の指に嵌めた。

「すいません。この指輪欲しいので買い取って良いですか?」

撮影終わりにいつも可愛がってくれる衣装の人に声をかける。好きな子にあげたいからと伝えるとおもちゃのイミテーションだからあげるよと笑って指輪をくれた。ありがとうとお礼を言うと、相手役の女の子が頬を赤く染めて俺を見つめている。俺は笑って、わざとその子の前を通り過ぎて真っ直ぐパイプ椅子へと向かった。

「はい。ゆうくんにあげる」

「ぼく男の子なのにもらっていいの…?」

ゆうくんが動かしていた足をぴたりと止めて、大きな目をぱちぱちと瞬きさせる。

今度子供用のフォーマルに合わせて結婚式風に撮影をするとゆうくんに伝えたら、結婚式のお写真見たことないから泉さんの撮影が見たいとお願いされた。お母さんには聞けないからと少し寂しそうな顔をして。前にゆうくんの家にお邪魔した時、飾られているのはゆうくんのモデルの写真だけで家族の写真が一枚もなかったことを思い出す。泉くん、いつも真の面倒を見てくれてありがとうと微笑むゆうくんのお母さんの左手に指輪は無かった。

「俺がゆうくんにあげたいからいいの」

絵本でみた王子様のように膝まづいて、小さな手をそっと握った。
呆然と俺とゆうくんの様子を見ていた女の子に「ごめん、その持ってるブーケ貸してくれる?」と、とびきりの笑顔でお願いする。指輪に夢中なゆうくんは気付いていない。

「おにいちゃんありがとう。僕これ宝物にするね!」

乱暴にブーケを投げつけ顔をくしゃくしゃに歪めて立ち去る女の子とは対照的に、どんな花よりも愛らしい顔でゆうくんは嬉しそうに笑った。




「はい。これ泉さんに貸してあげる」

フィレンツェへ旅立つ前にどうしても会いたくてゆうくんの家に寄ると、ころんと無造作に見覚えのある玩具の指輪を渡された。あの頃は本物に見えたのに、今見るとガラス玉の、ところどころメッキの剥がれたちゃちな安物にしか見えなかった。

「ゆうくんっ…これ」

「僕の大切なお守り失くしたら許さないからね。向こうへ行っても頑張ってよ…お兄ちゃん」

少し照れくさそうにゆうくんが微笑む。誰よりも愛おしく守りたかった顔は、すっかり大人の表情になっていた。子供の頃にした恥ずかしいプロポーズを思い出す。あの頃はただ漠然とゆうくんの家族になりたかった。
でも、今は。

「帰って来たら…本物にして返すから」

しばらく会えなくなるかもしれない自分よりも少しばかり高くなった背中を、強く抱き締める。誰かに見られたらどうするのと怒られてしまったが、その後ゆうくんに手を引かれ玄関の中へと導かれた。その手は優しく、どこか熱っぽかった。

久しぶりに上がったゆうくんの部屋は殺風景だったあの頃と違い、ゲームが散乱したりと少しごちゃごちゃしている。その中で一つの写真立てを見つけた。自分の部屋にも同じ物が飾られているのですぐに気付いて思わず微笑む。

それはあの後特別に撮って貰った白のタキシードを着た幼い自分と、指輪を嵌めて嬉しそうに笑うゆうくんの幸せそうな二人の写真だった。

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