君とつくる物語り

「ゆうくん俺達そろそろ結婚しようか」

「はひぇ?」

思わず口の中に入ったパスタを喉に流し込みそうになるのを耐えて変な声をあげた。昼時のカフェは混んでいて変わらずザワついている。
「泉さんはお昼食べないの?」と聞けば、「後から機内食が出るから調整しないとね」なんて、いつも通り珈琲を飲んでいたと思ったらこれだ。

「もちろん海外で挙式でも良いし、同性婚が難しかったら養子縁組でも…」

「ちょ、ちょっと待って!」

勝手に話を進められては困るので慌てて止める。ただでさえ目立つのに、ここを何処だと思ってるの。空港の中だよ?誰が何を聞いてるか分からないのに。それに…

「普通こんなところで言う?」

「ゆうくんの顔眺めてたら離れたくないなぁと思って」

なんて頬杖をつきながら見つめてくるけど、そもそも僕達は付き合ってもいない。互いに卒業してから泉さんが帰国した時に会って話す程度の関係だ。





一度だけ僕の方から会いに行ったことがある。

仕事のロケでイタリアに行った際に一日だけ自由を貰って彼の元を訪れた。赤いレンガの屋根に囲まれた優雅な街並みは今思い起こしても夢のようで。そんな現実離れした歴史の足跡を二人でゆっくりと辿って歩いた。有名な観光地は人の流れがはやくて、思わず足が止まりそうになる僕に、前を歩いていた彼が振り返り手を差し伸べる。

「迷子になるといけないから手でも繋ごうか」

もちろんゆうくんが良ければ。なんて逃げ道まで作って。

「子供じゃないんだから手は繋がないよ」

「そっかぁ。残念」

あまりにもあっさりと引き下がる手に少し拍子抜けしてしまう。昔の強引さは何処へ行ってしまったんだろう。こんなスマートで紳士的な彼を僕はしらない。見知らぬ世界の先に進む彼を少しでも引き止めたくて、気付いたら服の袖を指先で摘んでいた。

「ゆうくん?」

「…やっぱりはぐれるの嫌だから」

「じゃあ離さないようにしっかり掴んでてね」

たまには振り返って僕の姿を確認して欲しい、なんて口が裂けても言えない。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、目の前の彼が微笑むと大聖堂の広場に鐘楼の音が鳴り響いた。今は秋で、それはまだ記憶に新しい春の出来事だった。



「馬鹿なこと言ってないで。そろそろ時間だよ」

「おっと」

ため息混じりに指摘する。さっきまで美味しく口に入れていたはずのパスタは、何だか喉を通らなくなって少し残してしまった。向かいの席からは優雅に飲み干したカップの降ろす音が聞こえる。人の気持ちも知らないで。本当、何考えてるんだろうこの人。そのまま立ち上がって伝票を掴む背中をじっと見つめても答えはなかなか出なかった。


「このままゆうくんを連れて帰ろうかなぁ」

「もう、まだ言ってるの」

次はいつ会えるのか分からないと嘆く彼をゲートの入り口まで連れて行く。泉さんが変な話をしたせいで結構ギリギリの時間になっていた。

「また、会えるから泉さんも頑張ってね」

じゃあね、と笑顔で手を振りかざすとそのまま体ごと引き寄せられた。呆気に取られているといつの間に嵌められたのか、チェスターコートのポケットから取り出した細いシルバーのプラチナが左手の薬指で光っている。

「ちょっと…!」

「次俺が帰ってくるまで預かっててよ。」

一方的に告げると早足にゲートをくぐって行ってしまった。

どうりで変だと思ったんだ。

だって珍しく珈琲に角砂糖なんか落として「たまには気分転換に甘い珈琲も飲みたいから」なんていつものストイックな彼が言うはずないんだから。

「ずるいよ…勝手に期限まで決めてさ。」

少しだけ震えていた指を思い出して、今頃同じように顔を赤らめているはずの見えない姿に空港にひとり取り残された僕はぽつりと呟いた。


3/12ページ
スキ