一時間の君との距離
隙があった。
雷のようにチカチカと激しく点滅する画面を、目と指先で追う作業に没頭するあまり不覚にもそれに気付くことが出来なかった。
元より鍵は掛けていなかったけれど、互いに部屋に入る前はノックをすることがルールと決めていたから。
だから音もなく侵入してきたその人が、ベッドに寝転んでいる僕の背中にわざと体重を伸し掛てくるまで気付かなかったのだ。思惑通りに僕は驚いてタップしていた指をスマホから離してしまった。せっかく良いところまでいったのに。
昔からさ、そうだよね。僕の貴重な時間なんかなんかお構い無しでさ。日本を離れてから少しは変わったのかと思っていたけれど。構って欲しい、自分を見て欲しいと、少しでも放っておくと言葉にする前に嫉妬の手を伸ばすその癖。
重いからどいてよと、顔を上げて睨み付けると呆れてしまう程に笑顔を浮かべていて。
「まだ充電が終わってないから。もうちょっと…」
そんなことを言いながら少し湿り気の残った髪に顔を埋めて鼻先を擽って遊んでいる。まぁ久しぶりだし、もうお風呂に入った後だから少しくらいなら自由に触らせてあげようと。僕も大概甘いのでしばらく気の済むように好きにさせていたら、唇が耳を掠めて、ふっと耳の裏に軽く息を吹きかけられた。
「あっ…」
「ふふっ」
そのまま耳の輪を薄い唇に含みながらやわやわと味わって。窪みに舌を捩じ込んでぴちゃりとわざとらしく音をたてて。ゆうくん、おいしいなんて呟いて。
びくびくと身体を震わせる僕の反応を愉んでいる。これじゃまるでセックスの前戯だ。
「擽ったいからやめて」
「ゆうくん耳弱いもんねぇ。おにいちゃんはゆうくんのことならなんでも知ってるよ。…声、我慢しないで」
なにそれ。
全然分かってない。勝手に決めてさ。泉さんは全然分かってないよ。
僕が、本当に弱いのは。
くるりと仰向けにひっくり返されて、服のなかに侵入してくる指先を慌てて止める。ここは寮で。時計を見ればもうそろそろ同室の人達が帰って来る頃合で。幾ら何でもこれ以上は危険だ。
「待って…!もうすぐ帰って来ちゃうから」
「ああ、同室の奴らならしばらく戻って来ないよ」
「へ?」
「ここに来る途中偶然会ってさ。久しぶりにゆうくんとふたりでゆっくり話したいって言ったら二つ返事で了承してくれた」
気の利く奴らだよねぇ。そう言ってあくまで偶然を強調してるけど本当かどうかは疑わしい。
「そんな顔しないで。もっとかわいいお顔を俺に見せてよ」
眉間に寄った皺をほぐすようなキスを額に落とされる。
ずるい。ずるい。そんなこと言われたら、受け入れるしかない。
気持ちの篭もった手紙やメッセージはもちろん嬉しいけれど、泉さんは知らない。
耳元から鼓膜を震わせて直に伝わるその声に。
とろける甘さを含んだその響きに。僕がどれだけ弱いかってことを。
自分が選んで離れた癖にさ、泉さんは僕が足りないって言うけれど。僕だって同じ。
いや、それ以上に不便で仕方ない。不安で仕方ないんだよ。
時々、満たされないからっぽの身体のなかに冷たい風が吹き抜けることがあるけれど。それでも居場所になることを選んだのは自分だから。
自分勝手な恋人に振り落とされないように首に縋りついて。
渇いた喉を潤すように、溢れた吐息を洩らさぬように。
それでも満ち足りないと息継ぎをしながら、僕はキスの海に溺れていく。
雷のようにチカチカと激しく点滅する画面を、目と指先で追う作業に没頭するあまり不覚にもそれに気付くことが出来なかった。
元より鍵は掛けていなかったけれど、互いに部屋に入る前はノックをすることがルールと決めていたから。
だから音もなく侵入してきたその人が、ベッドに寝転んでいる僕の背中にわざと体重を伸し掛てくるまで気付かなかったのだ。思惑通りに僕は驚いてタップしていた指をスマホから離してしまった。せっかく良いところまでいったのに。
昔からさ、そうだよね。僕の貴重な時間なんかなんかお構い無しでさ。日本を離れてから少しは変わったのかと思っていたけれど。構って欲しい、自分を見て欲しいと、少しでも放っておくと言葉にする前に嫉妬の手を伸ばすその癖。
重いからどいてよと、顔を上げて睨み付けると呆れてしまう程に笑顔を浮かべていて。
「まだ充電が終わってないから。もうちょっと…」
そんなことを言いながら少し湿り気の残った髪に顔を埋めて鼻先を擽って遊んでいる。まぁ久しぶりだし、もうお風呂に入った後だから少しくらいなら自由に触らせてあげようと。僕も大概甘いのでしばらく気の済むように好きにさせていたら、唇が耳を掠めて、ふっと耳の裏に軽く息を吹きかけられた。
「あっ…」
「ふふっ」
そのまま耳の輪を薄い唇に含みながらやわやわと味わって。窪みに舌を捩じ込んでぴちゃりとわざとらしく音をたてて。ゆうくん、おいしいなんて呟いて。
びくびくと身体を震わせる僕の反応を愉んでいる。これじゃまるでセックスの前戯だ。
「擽ったいからやめて」
「ゆうくん耳弱いもんねぇ。おにいちゃんはゆうくんのことならなんでも知ってるよ。…声、我慢しないで」
なにそれ。
全然分かってない。勝手に決めてさ。泉さんは全然分かってないよ。
僕が、本当に弱いのは。
くるりと仰向けにひっくり返されて、服のなかに侵入してくる指先を慌てて止める。ここは寮で。時計を見ればもうそろそろ同室の人達が帰って来る頃合で。幾ら何でもこれ以上は危険だ。
「待って…!もうすぐ帰って来ちゃうから」
「ああ、同室の奴らならしばらく戻って来ないよ」
「へ?」
「ここに来る途中偶然会ってさ。久しぶりにゆうくんとふたりでゆっくり話したいって言ったら二つ返事で了承してくれた」
気の利く奴らだよねぇ。そう言ってあくまで偶然を強調してるけど本当かどうかは疑わしい。
「そんな顔しないで。もっとかわいいお顔を俺に見せてよ」
眉間に寄った皺をほぐすようなキスを額に落とされる。
ずるい。ずるい。そんなこと言われたら、受け入れるしかない。
気持ちの篭もった手紙やメッセージはもちろん嬉しいけれど、泉さんは知らない。
耳元から鼓膜を震わせて直に伝わるその声に。
とろける甘さを含んだその響きに。僕がどれだけ弱いかってことを。
自分が選んで離れた癖にさ、泉さんは僕が足りないって言うけれど。僕だって同じ。
いや、それ以上に不便で仕方ない。不安で仕方ないんだよ。
時々、満たされないからっぽの身体のなかに冷たい風が吹き抜けることがあるけれど。それでも居場所になることを選んだのは自分だから。
自分勝手な恋人に振り落とされないように首に縋りついて。
渇いた喉を潤すように、溢れた吐息を洩らさぬように。
それでも満ち足りないと息継ぎをしながら、僕はキスの海に溺れていく。
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