お誘い

閉店時間を過ぎた頃、私は誰もいない店内で一人頭を抱えていた。
というのも明日は毎年恒例の花火大会。
いつもなら仕事でお祭りに行けなかったけど今年は運良くお休みになっていた。
だから今年は頑張ってサトウさんを誘って一緒に花火を見に行きたいと思っていたのに。

「うう……恥ずかしくて何も言えなかったぁ……」

サトウさんが仕事の日はししゃもを預かって私が代わりに面倒を見ている。
だからサトウさんとはほぼ毎日顔を合わせていたのにも拘らず、誘う勇気が出ないまま今日まで来てしまった。

「私のバカ……」

意気地なしな自分に呆れて思わずレジカウンターに頭を伏せる。
その様子をずっと見ていたししゃもが心配してくれたのか私の傍に近づいてくる。

「うにゃあ?」
「……ごめんねししゃも。大丈夫よ」

ししゃもの頭を撫でながら言葉をかけたけど、本当は誘えなかった焦りでいっぱいいっぱいだった。
もし今日誘う事が出来なければ折角のチャンスを棒に振る事になる。
そうなれば次のチャンスは来年、いやもしかしたらそれ以上先になってしまうかもしれない。
かと言って前日の夜に誘うのも流石に気が引ける。
仮に誘えたとしても相手の予定はそもそも大丈夫なのだろうか。
仕事が入っているかもしれない。もしかしたら既に一緒に見て回る相手がいるかもしれない。
そうじゃなくても私と一緒には出かけてくれないかもしれない。

「……今日誘ったって困らせちゃうだけだよね」

どう頑張ってもネガティブな事ばかり考えてしまう。
そんな自分に嫌気がさしはじめた時だった。
傍にいたししゃもが急に起き上がりお店のドアに駆け寄っていった。

「もしかして」

私はハッとして壁にかかった時計を見る。

「もうこんな時間!?」
「うにゃあ!」
「待ってて、すぐ開けるから」

開けろ開けろと催促するししゃもの為に私は急いでドアを開ける。
すると、待ってましたと言わんばかりにししゃもが飛び出した。

「うわっ、ししゃも!」
「みゃー!」

ししゃもが飛び出した先には仕事を終え、ししゃもを迎えに来たサトウさんが立っていた。

「お疲れ様ですサトウさん」
「そちらこそお疲れ様です」
「にゃあ!」

嬉しそうに喉を鳴らすししゃもを抱えたサトウさんはししゃもと同じくらい嬉しそうに見えた。

「ししゃも、今日も良い子にしてましたか?」
「もちろんですよ。ね、ししゃも?」
「にゃ~」
「それなら良かった」

嬉しそうな二人の様子を見て私も顔がほころぶ。
と、同時に今日が最後のチャンスと言う事実が頭をよぎる。
もしここで私が何も言わなかったら私はきっと今日という日をずっと後悔する事になる。
でも仮に誘えたとしても断られたらもっと後悔してしまいそうで。
言うか言わないか、その二択が頭の中でグルグルと回る。

「さて、と。じゃあそろそろ帰ろっかししゃも」

ハッ、とサトウさんの声で我に返る。
私は本当にこのまま見送っていいのか。
確かに彼に断られるのは怖い。
でも、何も言わないまま後悔する方がもっと辛い。
そう思った瞬間自然と声が出ていた。

「それじゃあ僕たちはこれで」
「あ、あの!」

私は帰ろうとするサトウさんを呼び止める。

「え?」
「あ、明日はお休みですか?」
「僕? だったら休みだけど……」
「じゃあサトウさんが良ければ……その……」



「わ、私と花火を見に行きませんか!!」



サトウさんの顔色を窺う。
その表情は誰が見ても分かるほど戸惑っていた。
言葉が出ない、そんな風にも見えるその表情が私の心に罪悪感を植え付ける。

「やっぱご迷惑でしたよね……」

半ば無意識で言った言葉に我ながら悲しくなる。
こんな事を言ってしまったら余計彼に迷惑をかけるだけなのに。
私は自身に対する苛立ちと彼を振り回してしまった事実から逃げ出したくなってしまった。

「……はなちゃん」

しばらくして、サトウさんが口を開く。

「は、はいっ」
「実は……僕も誘おうか悩んでたんです」
「……え?」
「でも僕なんかに誘われたら迷惑かなって。だからずっと黙ってたんです」
「そんな事無いです! 迷惑なんかじゃないです!」

私は我慢できずにサトウさんにこれまでの事を伝える。
ずっと前から誘うか悩んでいた事。
誘ったら迷惑になりそうで不安だった事。
でもそれ以上に一緒に出かけたかった事。
今まで私が考えていた事全てを話すと、サトウさんはホッとしたような顔で

「僕たち、同じ事を考えていたんですね」

と優しく言ってくれたのだった。


――――――――――――


「それじゃあまた明日」
「はい!また明日!」
「にゃー!」

ししゃもとサトウさんを見送った後、店内でつい先ほどのやり取りを思い出す。

「えへへ……また明日、かぁ」

今まで何度も誰かに対して言ってきた言葉だったけど、今日ほどその言葉を伝えられた事が嬉しいと感じた事は無かった。
好きな人に言えた、この事実が私の気持ちを浮つかせる。

「……って、こんな事考えてる場合じゃないよね」

ぺちぺち、と自身の頬を軽く叩いて気を引き締める。

「明日の事を考えなくちゃ」

私は自分に言い聞かせるように呟くと、急いで家に帰る支度をするのであった。
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