君の世界、僕の世界
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「何か進展はあったか?」
「なーんにも」
長い黒髪を一つに結った、背の高い男性がコーヒーカップを持って散らかった部屋に入ってきた。眼鏡をかけたくしゃくしゃの黒髪の男性が彼の質問に答える。床には古い書物や研究資料、色あせた羊皮紙の束などが所狭しと広げられている。テーブルの上やソファーにも、色も厚みも様々な本が積み上げられていた。
「これだけの本があって一つも参考になるものがないとはな……」
「俺の家の書庫から持ってきた本だとわかって言ってるのかスニベルス」
全身真っ黒な服を着た男性がため息をついたのを見咎めて、長髪の男性が食ってかかった。
「し、シリウス落ち着いて」
くすんだ茶色の髪をした小柄な男性が慌てて彼を宥めた。
「そうだよ。セブルスは長い間ずっと探し続けてるんだ。君の家みたいに古くから存在する家系にならあると思ったのに、それでも見つからない。落胆するのも無理ないよ」
「おいムーニー、いつからこんな奴の肩を持つようになったんだよ」
少々疲れた表情の、明るい茶色の髪をした物腰の柔らかい男性の言葉に、長髪の彼はさらに不機嫌な顔になった。
「はいはい、口ばっかり動かしてないで、君も調べるんだよパッドフット!」
ここは、ジェームズとリリーが暮らす家の一室。家主であるジェームズ・ポッターと、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー、そして、セブルス・スネイプがこの部屋にはいた。ジェームズによって召集されたのだ。
あの日スネイプがリリーと二人で調べ始めてから、随分と年月が経っていた。あれからいたるところを探しても、何一つ手がかりは見つからなかった。
「ったく、なんで俺たちがこんな奴のこと手伝わなくちゃいけないんだよ」
「仕方がないだろう、僕の奥さんの頼みだ。最初に話しただろう」
ジェームズが六年生になった時、ついにリリーが彼のデートを受けた。ただし条件付きで。スネイプに今後一切手を出さないこと。呪文を見せびらかすためにやたらめったら生徒に呪いをかけないこと。彼の家にある書物――どんなに古いものでも全て――を貸すこと。そして学校の皆の記憶から消えていくエレナを探す手伝いをすること。
提示された多くの条件にも二つ返事で了承したジェームズのことを、リリーはあまり信用していなかった。ところが二人でホグズミードに行った次の日から、約束通りスネイプとは距離をおき、リリーたちに本を提供し始めた。あまりにも言う通りにするものだから、何か裏があるのではとスネイプは警戒していた。
「僕たちも、いや、これだと嘘になる。リーマスが、ずっと気にしていたんだ。どうしてアーヴィンのことを覚えていない人がいるんだろうって。真実を知りたい親友がいる。だから僕たちも手伝うよ」
ジェームズからそんな話をされるとは思ってもおらず、スネイプたちは困惑したが、協力者は多いに越したことはない。そう考え素直に彼らを受け入れることにした。
やがて七年生になるとジェームズの傲慢な性格も改善され、精神的にも成長した彼は、リリーからようやく認められることとなった。ジェームズとリリーが卒業後に式を挙げた後は、こうして彼らの家に皆で集まり調査を続けていた。
「わかってる。お前はリリーのために、リリーはアーヴィンのためだってことは……それを言い出したのがあいつだっていうのが気にくわないだけだ」
シリウスはため息をつき、手近にあった本を引っ張ってパラパラとめくった。ジェームズの家にあった本は片っ端から読みあさったが有力な情報は得られず、現在は先にも言った通りブラック家に眠る書物から手がかりを探しているのだ。
「みんなお疲れ様。サンドイッチ作ったのだけど、食べたい人いるかしら?」
ドアのノックとともに、赤毛をゆるく三つ編みにした女性が大きなお皿を持って部屋に入ってきた。
「リリー! ありがたいけど何してるのさ、それは僕がやるから」
ジェームズはさっと立ち上がって、彼女が抱えていた大きなお皿を代わりに持ち、ジェームズは本をどかして近くのソファーにリリーを座らせた。
「あまり動いちゃダメだよ。もう君だけの体じゃないんだから」
テーブルの上の本を横にずらして皿を置き、ジェームズはリリーのお腹にそっと触れた。彼女のお腹は少し膨らんでいた。
「まだ平気よ。それに、セブルスとエレナのために尽力してくれてるみんなに少しでもお礼がしたいのよ」
リリーの言葉にジェームズたちは照れ臭そうに微笑んだ。シリウスは未だに納得のいってないような顔をしていたが。
「それじゃあ、ひとまず休憩としよう。二十分後に再開するよ!」
部屋に集まりすぎた資料の整理を頼まれたピーターは、何冊もの本や筒状に丸められた羊皮紙などを両手に抱えてリビングへ運んだ。そこには今まで読んできた本が返却先に分けて積み重ねられている。その中には魔法大図書館より借りてこられた本もある。こちらは返却期限がせまっていた。ピーターは『ジェームズ』と貼紙のされたエリアに荷物を下ろした。ジェームズたちのいる部屋へ戻ろうとしたその時、ピーターの腕が積まれた本に当たった。
「しまった!」
ゆっくりと傾いていく本の山に手を伸ばすも止めることができず、雪崩が起きた。せっかくの貼紙ももう意味がない。
「うわーやっちゃった……」
これはあとでシリウスたちに怒られる。ピーターはぐちゃぐちゃになった本たちを前にうなだれた。ため息をついて散らばった本を拾い始めた彼は、離れたところに開かれた状態で落ちている本を見つけた。その本を拾い上げ、開かれたページになんとなく目を通したピーターは動きを止めた。
「これって……!」
悲惨なリビングをそのままに、ピーターはその本を持ってジェームズたちのいる部屋に走った。
「ねえみんな、これを見て!」
ピーターの大きな声に、シリウスたちは一瞬顔をしかめたが、彼の持ってきた本を覗き込むと顔色を変えた。その本には異なる世界が交わる場所の存在を明らかにした研究がまとめられていた。冒険家である著者自身の経験を元に、検証を重ねた結果が書かれている。本当にそんな場所が存在するというのか。スネイプは彼らが読み上げる内容を聞いて次第に表情を険しくした。だがこれが唯一の手がかりだ。ようやく手に入れた情報を無下にはできない。
「でかしたぞピーター!」
シリウスが彼の髪の毛をわしゃわしゃと掻き回した。さっきまで乗り気でない様子を見せていた彼だが、本当はそうでもなかったのかもしれない。
「だけどこの本、どこで見つけたんだ?」
「リビングの本の山の中から!」
ピーターが持ってきた本は古めかしく、表紙もボロボロでおそらくタイトルであろう文字も箔が剥がれ読めなくなっている。
「こんな本あったか……?」
「大量の本に埋もれて見逃してたのかもね」
シリウスは記憶にないようで、本を眺めながら訝しんでいた。
読み進めるうちに、奇妙な数字の羅列や古代ルーン文字で書かれた謎の文章が立ちはだかった。しかし、今まで散々読んできた本やルーン文字をホグワーツで選択していたリリーとリーマスを頼りに大まかな場所が割り出された。
「リリー。ロンドンのマグルの地図なんて持っていないよな?」
「いいえ、あるわよ。ちょっと待ってて」
スネイプの控えめな頼みを引き受けたリリーは、持ってきた地図をみんなの前に広げた。
「あー……こことここ、それからここと、こっちをまっすぐに結んで交わる点だから……ここだ」
シリウスはブツブツと呟きながら、地図に線を引き、最後にある一点を丸で囲んだ。
「え、そこって、今度取り壊すって言ってなかった?」
「なんだと……それは本当か!?」
ジェームズの発言に、いつなんだ、それはどこで知ったんだとスネイプが詰め寄った。「落ち着いて、今持ってくるから!」と言って、ジェームズはリビングへ飛んで行った。その際「うわ!」という悲鳴が聞こえた。リビングの惨状を目の当たりにしたのだろう。ピーターの肩がピクリと動いた。しばらくして、ジェームズは新聞をひっつかんで戻ってきた。ピーターに向かって恐ろしく完璧な笑顔を送ったのは言うまでもない。
彼が持ってきた新聞は数ヶ月前の日付のものだった。荒々しくめくって、該当の記事を指で示した。
「ほら、ここだよ」
『――当局は、長年放置されていた当該建物において老朽化による倒壊の恐れがあるとして、本日午前十時四十分頃、建物登録簿へ記載されていた所有者へこの建物の撤去を要請した――なお、この建物は今年の九月二十七日より解体工事が行われることとなっている。これに関して――』
「待って、今日って何日?」
「えっと、九月、二十四日!?」
部屋にかけてあったカレンダーを確認して、ピーターは悲鳴にも似た声を上げた。
「ってことは明々後日!? 嘘だろ!?」
「時間がない」
スネイプはすぐさま立ち上がった。
「これ、貰っていくぞ。いいか?」
「あ、うん。構わないよ」
スネイプは本や資料に埋もれたバッグを引っ張り出すと、先ほどまで読んでいた新聞と古びた本を家主に断りを入れてバッグに入れていく。
「今から行くつもりか?」
「ああ、そうだ」
シリウスの問いにスネイプは愚問だと言わんばかりの口調で答えた。場所が分かったのだ。それならあとはそこへ向かうだけ。スネイプは一分一秒でも無駄にしたくなかった。もしも本当に別の世界へ行けたとしても、そこに彼女がいなければ意味がない。タイムリミットは三日。残された時間はあとわずか。それまでに彼女を見つけられなければ、スネイプはこちらの世界に戻ることもできなくなってしまう。
「セブルス。これ、持って行って」
そう言ってリリーは瓶に入れた紅茶と、日持ちのするクッキーやバケットを一緒にスカーフで包んで渡した。スネイプは手を止め包みを受け取ると、目を細めた。
「ありがとう、リリー……皆にも、礼を言う」
スネイプは包みを抱えたままジェームズたちに頭を下げた。シリウスたちは目と耳を疑った。あのスネイプが自分たちに礼を言っている?今までの彼からは想像できない行動に、ジェームズとシリウスは明らかに戸惑っていた。ピーターは驚くも嬉しそうに笑みを浮かべている。
「よかった……これがうまくいけば、彼女に……アーヴィンに会えるんだね」
穏やかな声でそう言ったリーマスは目尻に涙を浮かべていた。他の五人はぎょっとして彼を凝視した。
「お、おい、リーマスどうした? 泣くほど嬉しいのか? まさかお前、あいつのこと――」
「本気か?」
シリウスの発言に、スネイプは鋭い眼差しをリーマスへ向け、彼へ詰め寄った。
「ちょっとセブルス!」
リリーが彼の腕を掴んで制止した。
「ち、違うんだ! そうじゃない。わたしはずっと、謝りたかったんだ。君にも、彼女にも」
リーマスはそう言うと静かに涙をこぼした。スネイプはゆっくりとリーマスから離れた。
リーマスはこれまで抱えていた想いを吐き出した。彼らがスネイプへ執拗に絡んで怪我を負わせていたこと、子供だったとはいえ悪戯と呼ぶには酷い悪質な嫌がらせを行う彼らのことをただ見ていることしかできなかったこと。リーマスは学生時代ずっと、本当にこれで良いのかと考えていた。しかし彼は自分のことを受け入れてくれた唯一の友人たちへ、とうとう言い出すことはできなかった。保身に走ってしまったのだ。そのことをずっと悔いていた。話を聞き終えると、スネイプはリーマスに顔を上げさせた。
「わたしが必ず連れて帰る。そうしたら、思う存分謝ってもらうからな」
スネイプは力強く言った。スネイプが初めて彼らに笑みを見せた瞬間だった。
日が沈みかけ、風が少し肌寒く感じられる頃、肩に小さなフクロウを乗せたスネイプがフェンスの外から年季の入った建物を見上げていた。スネイプは辺りを見回しマグルがいないことを確認してその場でくるっと回転する。バチっという破裂音とともにスネイプの姿は消え、もう一度破裂音がした時にはフェンスの内側へ移動していた。
建物の扉に掛けられた鍵を呪文で解錠し、建物内へ侵入したスネイプは、本に書かれていた部屋を探した。壁には亀裂が入り、歩くたびに床はミシミシと音を上げ、木の柱は腐敗が進んでいる。取壊しも納得なほどの傷みようだった。スネイプは底が抜けないようそっと階段を登った。
全ての部屋を調べ終えたが外れ続きだった。残りの部屋はあと一つ。
「頼む……」
スネイプは一縷の望みをかけて、この建物内で最も古くて立て付けの悪い扉を開けた。そこはこれまでの部屋のように家具はなく、壁面に絵画がずらりと並んで掛けてあるギャラリーのような場所だった。部屋は古いのにも関わらず、額縁に入った絵達の保存状態は良いものだった。
スネイプは部屋を見回すと、ひとつの絵画に近づいた。それだけ他と違い随分と低い位置に飾ってあった。その絵画には綺麗に剪定された垣根や薔薇の花に囲まれた小さな噴水、そしてガラス造りのハウスのようなものが描かれている。スネイプはおもむろに額縁を両手で掴みゆっくりと持ち上げた。すると、隠れていた小さな扉が姿を現した。絵画をそっと床に下ろし、スネイプはその小さな扉へ恐る恐る手を伸ばす。
ガチャリと開いた扉から強い光が漏れ目が眩んだ。連れていたフクロウも抗議するように鳴き、スネイプを突っついた。スネイプは膝をつき這って扉をくぐり抜けた。瞬きを数度繰り返し、ようやく眩しさが薄れ明るさに目が慣れてきた。どうやらこの扉を境に、スネイプが先ほどまでいた場所は夜でこちら側は昼間になっているようだ。
辺りを見ると、先ほど絵画で見たのと似たような噴水があり、すぐ近くにはガラスハウスがあった。ここは、絵画に描かれていた薔薇園のようだ。スネイプはついに自分の知らない世界に足を踏み入れてしまったらしい。
スネイプは懐から一通の封筒を取り出した。表には黒いインクで彼女の名が綴られている。
「エレナ・アーヴィンのいるところへ。道案内も頼んだぞ」
スネイプがそう言うと、茶色く小さなコキンメフクロウは「ホー」とひと鳴きして、手紙を嘴に挟み空高く羽ばたいた。
「なーんにも」
長い黒髪を一つに結った、背の高い男性がコーヒーカップを持って散らかった部屋に入ってきた。眼鏡をかけたくしゃくしゃの黒髪の男性が彼の質問に答える。床には古い書物や研究資料、色あせた羊皮紙の束などが所狭しと広げられている。テーブルの上やソファーにも、色も厚みも様々な本が積み上げられていた。
「これだけの本があって一つも参考になるものがないとはな……」
「俺の家の書庫から持ってきた本だとわかって言ってるのかスニベルス」
全身真っ黒な服を着た男性がため息をついたのを見咎めて、長髪の男性が食ってかかった。
「し、シリウス落ち着いて」
くすんだ茶色の髪をした小柄な男性が慌てて彼を宥めた。
「そうだよ。セブルスは長い間ずっと探し続けてるんだ。君の家みたいに古くから存在する家系にならあると思ったのに、それでも見つからない。落胆するのも無理ないよ」
「おいムーニー、いつからこんな奴の肩を持つようになったんだよ」
少々疲れた表情の、明るい茶色の髪をした物腰の柔らかい男性の言葉に、長髪の彼はさらに不機嫌な顔になった。
「はいはい、口ばっかり動かしてないで、君も調べるんだよパッドフット!」
ここは、ジェームズとリリーが暮らす家の一室。家主であるジェームズ・ポッターと、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー、そして、セブルス・スネイプがこの部屋にはいた。ジェームズによって召集されたのだ。
あの日スネイプがリリーと二人で調べ始めてから、随分と年月が経っていた。あれからいたるところを探しても、何一つ手がかりは見つからなかった。
「ったく、なんで俺たちがこんな奴のこと手伝わなくちゃいけないんだよ」
「仕方がないだろう、僕の奥さんの頼みだ。最初に話しただろう」
ジェームズが六年生になった時、ついにリリーが彼のデートを受けた。ただし条件付きで。スネイプに今後一切手を出さないこと。呪文を見せびらかすためにやたらめったら生徒に呪いをかけないこと。彼の家にある書物――どんなに古いものでも全て――を貸すこと。そして学校の皆の記憶から消えていくエレナを探す手伝いをすること。
提示された多くの条件にも二つ返事で了承したジェームズのことを、リリーはあまり信用していなかった。ところが二人でホグズミードに行った次の日から、約束通りスネイプとは距離をおき、リリーたちに本を提供し始めた。あまりにも言う通りにするものだから、何か裏があるのではとスネイプは警戒していた。
「僕たちも、いや、これだと嘘になる。リーマスが、ずっと気にしていたんだ。どうしてアーヴィンのことを覚えていない人がいるんだろうって。真実を知りたい親友がいる。だから僕たちも手伝うよ」
ジェームズからそんな話をされるとは思ってもおらず、スネイプたちは困惑したが、協力者は多いに越したことはない。そう考え素直に彼らを受け入れることにした。
やがて七年生になるとジェームズの傲慢な性格も改善され、精神的にも成長した彼は、リリーからようやく認められることとなった。ジェームズとリリーが卒業後に式を挙げた後は、こうして彼らの家に皆で集まり調査を続けていた。
「わかってる。お前はリリーのために、リリーはアーヴィンのためだってことは……それを言い出したのがあいつだっていうのが気にくわないだけだ」
シリウスはため息をつき、手近にあった本を引っ張ってパラパラとめくった。ジェームズの家にあった本は片っ端から読みあさったが有力な情報は得られず、現在は先にも言った通りブラック家に眠る書物から手がかりを探しているのだ。
「みんなお疲れ様。サンドイッチ作ったのだけど、食べたい人いるかしら?」
ドアのノックとともに、赤毛をゆるく三つ編みにした女性が大きなお皿を持って部屋に入ってきた。
「リリー! ありがたいけど何してるのさ、それは僕がやるから」
ジェームズはさっと立ち上がって、彼女が抱えていた大きなお皿を代わりに持ち、ジェームズは本をどかして近くのソファーにリリーを座らせた。
「あまり動いちゃダメだよ。もう君だけの体じゃないんだから」
テーブルの上の本を横にずらして皿を置き、ジェームズはリリーのお腹にそっと触れた。彼女のお腹は少し膨らんでいた。
「まだ平気よ。それに、セブルスとエレナのために尽力してくれてるみんなに少しでもお礼がしたいのよ」
リリーの言葉にジェームズたちは照れ臭そうに微笑んだ。シリウスは未だに納得のいってないような顔をしていたが。
「それじゃあ、ひとまず休憩としよう。二十分後に再開するよ!」
部屋に集まりすぎた資料の整理を頼まれたピーターは、何冊もの本や筒状に丸められた羊皮紙などを両手に抱えてリビングへ運んだ。そこには今まで読んできた本が返却先に分けて積み重ねられている。その中には魔法大図書館より借りてこられた本もある。こちらは返却期限がせまっていた。ピーターは『ジェームズ』と貼紙のされたエリアに荷物を下ろした。ジェームズたちのいる部屋へ戻ろうとしたその時、ピーターの腕が積まれた本に当たった。
「しまった!」
ゆっくりと傾いていく本の山に手を伸ばすも止めることができず、雪崩が起きた。せっかくの貼紙ももう意味がない。
「うわーやっちゃった……」
これはあとでシリウスたちに怒られる。ピーターはぐちゃぐちゃになった本たちを前にうなだれた。ため息をついて散らばった本を拾い始めた彼は、離れたところに開かれた状態で落ちている本を見つけた。その本を拾い上げ、開かれたページになんとなく目を通したピーターは動きを止めた。
「これって……!」
悲惨なリビングをそのままに、ピーターはその本を持ってジェームズたちのいる部屋に走った。
「ねえみんな、これを見て!」
ピーターの大きな声に、シリウスたちは一瞬顔をしかめたが、彼の持ってきた本を覗き込むと顔色を変えた。その本には異なる世界が交わる場所の存在を明らかにした研究がまとめられていた。冒険家である著者自身の経験を元に、検証を重ねた結果が書かれている。本当にそんな場所が存在するというのか。スネイプは彼らが読み上げる内容を聞いて次第に表情を険しくした。だがこれが唯一の手がかりだ。ようやく手に入れた情報を無下にはできない。
「でかしたぞピーター!」
シリウスが彼の髪の毛をわしゃわしゃと掻き回した。さっきまで乗り気でない様子を見せていた彼だが、本当はそうでもなかったのかもしれない。
「だけどこの本、どこで見つけたんだ?」
「リビングの本の山の中から!」
ピーターが持ってきた本は古めかしく、表紙もボロボロでおそらくタイトルであろう文字も箔が剥がれ読めなくなっている。
「こんな本あったか……?」
「大量の本に埋もれて見逃してたのかもね」
シリウスは記憶にないようで、本を眺めながら訝しんでいた。
読み進めるうちに、奇妙な数字の羅列や古代ルーン文字で書かれた謎の文章が立ちはだかった。しかし、今まで散々読んできた本やルーン文字をホグワーツで選択していたリリーとリーマスを頼りに大まかな場所が割り出された。
「リリー。ロンドンのマグルの地図なんて持っていないよな?」
「いいえ、あるわよ。ちょっと待ってて」
スネイプの控えめな頼みを引き受けたリリーは、持ってきた地図をみんなの前に広げた。
「あー……こことここ、それからここと、こっちをまっすぐに結んで交わる点だから……ここだ」
シリウスはブツブツと呟きながら、地図に線を引き、最後にある一点を丸で囲んだ。
「え、そこって、今度取り壊すって言ってなかった?」
「なんだと……それは本当か!?」
ジェームズの発言に、いつなんだ、それはどこで知ったんだとスネイプが詰め寄った。「落ち着いて、今持ってくるから!」と言って、ジェームズはリビングへ飛んで行った。その際「うわ!」という悲鳴が聞こえた。リビングの惨状を目の当たりにしたのだろう。ピーターの肩がピクリと動いた。しばらくして、ジェームズは新聞をひっつかんで戻ってきた。ピーターに向かって恐ろしく完璧な笑顔を送ったのは言うまでもない。
彼が持ってきた新聞は数ヶ月前の日付のものだった。荒々しくめくって、該当の記事を指で示した。
「ほら、ここだよ」
『――当局は、長年放置されていた当該建物において老朽化による倒壊の恐れがあるとして、本日午前十時四十分頃、建物登録簿へ記載されていた所有者へこの建物の撤去を要請した――なお、この建物は今年の九月二十七日より解体工事が行われることとなっている。これに関して――』
「待って、今日って何日?」
「えっと、九月、二十四日!?」
部屋にかけてあったカレンダーを確認して、ピーターは悲鳴にも似た声を上げた。
「ってことは明々後日!? 嘘だろ!?」
「時間がない」
スネイプはすぐさま立ち上がった。
「これ、貰っていくぞ。いいか?」
「あ、うん。構わないよ」
スネイプは本や資料に埋もれたバッグを引っ張り出すと、先ほどまで読んでいた新聞と古びた本を家主に断りを入れてバッグに入れていく。
「今から行くつもりか?」
「ああ、そうだ」
シリウスの問いにスネイプは愚問だと言わんばかりの口調で答えた。場所が分かったのだ。それならあとはそこへ向かうだけ。スネイプは一分一秒でも無駄にしたくなかった。もしも本当に別の世界へ行けたとしても、そこに彼女がいなければ意味がない。タイムリミットは三日。残された時間はあとわずか。それまでに彼女を見つけられなければ、スネイプはこちらの世界に戻ることもできなくなってしまう。
「セブルス。これ、持って行って」
そう言ってリリーは瓶に入れた紅茶と、日持ちのするクッキーやバケットを一緒にスカーフで包んで渡した。スネイプは手を止め包みを受け取ると、目を細めた。
「ありがとう、リリー……皆にも、礼を言う」
スネイプは包みを抱えたままジェームズたちに頭を下げた。シリウスたちは目と耳を疑った。あのスネイプが自分たちに礼を言っている?今までの彼からは想像できない行動に、ジェームズとシリウスは明らかに戸惑っていた。ピーターは驚くも嬉しそうに笑みを浮かべている。
「よかった……これがうまくいけば、彼女に……アーヴィンに会えるんだね」
穏やかな声でそう言ったリーマスは目尻に涙を浮かべていた。他の五人はぎょっとして彼を凝視した。
「お、おい、リーマスどうした? 泣くほど嬉しいのか? まさかお前、あいつのこと――」
「本気か?」
シリウスの発言に、スネイプは鋭い眼差しをリーマスへ向け、彼へ詰め寄った。
「ちょっとセブルス!」
リリーが彼の腕を掴んで制止した。
「ち、違うんだ! そうじゃない。わたしはずっと、謝りたかったんだ。君にも、彼女にも」
リーマスはそう言うと静かに涙をこぼした。スネイプはゆっくりとリーマスから離れた。
リーマスはこれまで抱えていた想いを吐き出した。彼らがスネイプへ執拗に絡んで怪我を負わせていたこと、子供だったとはいえ悪戯と呼ぶには酷い悪質な嫌がらせを行う彼らのことをただ見ていることしかできなかったこと。リーマスは学生時代ずっと、本当にこれで良いのかと考えていた。しかし彼は自分のことを受け入れてくれた唯一の友人たちへ、とうとう言い出すことはできなかった。保身に走ってしまったのだ。そのことをずっと悔いていた。話を聞き終えると、スネイプはリーマスに顔を上げさせた。
「わたしが必ず連れて帰る。そうしたら、思う存分謝ってもらうからな」
スネイプは力強く言った。スネイプが初めて彼らに笑みを見せた瞬間だった。
日が沈みかけ、風が少し肌寒く感じられる頃、肩に小さなフクロウを乗せたスネイプがフェンスの外から年季の入った建物を見上げていた。スネイプは辺りを見回しマグルがいないことを確認してその場でくるっと回転する。バチっという破裂音とともにスネイプの姿は消え、もう一度破裂音がした時にはフェンスの内側へ移動していた。
建物の扉に掛けられた鍵を呪文で解錠し、建物内へ侵入したスネイプは、本に書かれていた部屋を探した。壁には亀裂が入り、歩くたびに床はミシミシと音を上げ、木の柱は腐敗が進んでいる。取壊しも納得なほどの傷みようだった。スネイプは底が抜けないようそっと階段を登った。
全ての部屋を調べ終えたが外れ続きだった。残りの部屋はあと一つ。
「頼む……」
スネイプは一縷の望みをかけて、この建物内で最も古くて立て付けの悪い扉を開けた。そこはこれまでの部屋のように家具はなく、壁面に絵画がずらりと並んで掛けてあるギャラリーのような場所だった。部屋は古いのにも関わらず、額縁に入った絵達の保存状態は良いものだった。
スネイプは部屋を見回すと、ひとつの絵画に近づいた。それだけ他と違い随分と低い位置に飾ってあった。その絵画には綺麗に剪定された垣根や薔薇の花に囲まれた小さな噴水、そしてガラス造りのハウスのようなものが描かれている。スネイプはおもむろに額縁を両手で掴みゆっくりと持ち上げた。すると、隠れていた小さな扉が姿を現した。絵画をそっと床に下ろし、スネイプはその小さな扉へ恐る恐る手を伸ばす。
ガチャリと開いた扉から強い光が漏れ目が眩んだ。連れていたフクロウも抗議するように鳴き、スネイプを突っついた。スネイプは膝をつき這って扉をくぐり抜けた。瞬きを数度繰り返し、ようやく眩しさが薄れ明るさに目が慣れてきた。どうやらこの扉を境に、スネイプが先ほどまでいた場所は夜でこちら側は昼間になっているようだ。
辺りを見ると、先ほど絵画で見たのと似たような噴水があり、すぐ近くにはガラスハウスがあった。ここは、絵画に描かれていた薔薇園のようだ。スネイプはついに自分の知らない世界に足を踏み入れてしまったらしい。
スネイプは懐から一通の封筒を取り出した。表には黒いインクで彼女の名が綴られている。
「エレナ・アーヴィンのいるところへ。道案内も頼んだぞ」
スネイプがそう言うと、茶色く小さなコキンメフクロウは「ホー」とひと鳴きして、手紙を嘴に挟み空高く羽ばたいた。