君の世界、僕の世界
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「ねえ、待って」
緑のネクタイを身につけた黒髪の男子生徒の後ろから、彼を追うように赤いネクタイの赤毛の女子生徒がホグワーツ城の玄関ホールに入ってきた。天井の高いホールに彼女の声と二人分の足音が響く。
「お願い待って、セブルス」
地下に通じる階段の方へずんずん歩いていた男子生徒――セブルス・スネイプは諦めたように足を止めた。軽く息を吐いて振り返った彼は、疲れた表情をしていた。唇の端が切れているようで血が滲んでいる。髪の毛には葉が絡み、ローブは土で汚れていた。
「ごめんなさい、私――」
「なぜ君が謝るんだ? 君は何もしていないだろう」
「ええ、何もしていないわ。だから問題なのよ。あの人たちを止められなかったもの……やっぱりエレナじゃなきゃだめなんだわ」
その名前を聞いたスネイプは足元に視線を落とした。
「あの人たち、あなたには構わないでって何度言っても一度だって聞いてくれた試しがなかったわ。さっきだって、セブルスがやり返さないからって一方的に、あんな、あんな事までするなんて!」
赤毛の女子生徒、リリー・エヴァンズは肩を震わせた。先ほどまで中庭にいたスネイプは、グリフィンドールの四人組に――正確には二人に――絡まれ怪我を負い、さらに大衆の面前で恥をかかされた。その屈辱を思い出してスネイプは眉間に皺を寄せたが、すぐに記憶から消すように頭を振り払った。
「その上『辞めてほしいならデートしろ』だなんて、意味が分からないわ。ごめんなさい、セブルス。私が断っていなければ……ああ、でもやっぱりあんな人とデートなんて耐えられないわ!」
リリーは眼鏡の男子生徒の、入学当初からこれまでの言動を思い出し身震いした。スネイプは同情の眼差しを彼女へ向けた。
「……いいんだ、リリー。さっきも言ったように君が謝ることではないし、君が気にすることじゃない。僕のことは放っておいてくれ」
スネイプの言葉にリリーは傷ついた顔をした。
「どうして……私はあなたの力に――」
「わかっている。だが、それではだめなんだ。何も変わらない」
「どういうこと? 今日みたいなことがあっても黙って見てろって言うの?」
「ああ。それで全てうまくいくから。僕があいつらにやり返さないのもそのためだ」
「そんなの……」
「エレナと約束したんだ。それでいいんだ」
スネイプはエレナという人物に全幅の信頼を寄せていた。それはリリーも同じだった。納得のいかない顔をしながらも、その名を聞くとそれ以上食い下がることはなかった。
「それに僕はあいつらを相手にしている場合じゃない。やらなきゃいけないことが山ほどあるんだ」
「……それは、この前話していたことと関係あるの? あれって本気なの?」
「僕は本気だ」
スネイプは強い意志を持った顔で頷いた。
「そう……よっぽど大切なのね、あの人のこと」
彼女の言葉にスネイプは目を丸くしたが、すぐにふっと笑みを零した。唇の端が痛んだが気にならなかった。
「ああ、そうだな。もう二度と手放したくないほどには」
見たことがないほど穏やかな表情を浮かべるスネイプにリリーは驚いた。それほどスネイプにとって彼女の存在は大きかったのだと改めて感じた。
「それで、何から始めるの?」
「手を貸してくれるのか?」
「当たり前でしょう。あなたを支えてくれてた人のためなんだもの」
リリーは柔らかく微笑んだ。
「……礼を言う。まずは図書室の禁書の棚から調べたい」
「わかったわ。ああ、でもその前に、マダム・ポンフリーに傷の手当てをしてもらいましょう。もちろんシャワーもね。図書室はそれからよ」
グリフィンドール寮生のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックとは、初めから反りが合わなかった。それは彼らのローブとネクタイが黒い時からだ。ホグワーツ特急で同じコンパートメントになり一悶着あってから、二人は執拗にスネイプに絡むようになった。
頻繁に喧嘩をけしかけられ、その度にスネイプは体のどこかに傷を作っていた。スネイプが彼女に出会ったのは、組み分けの儀式から一ヶ月ほど経った頃、いつものように怪我をして自寮に戻ろうとしていた時のことだった。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
スネイプが俯きがちに廊下を進んでいると、突然前方に影ができた。進路を塞がれたスネイプは不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら顔を上げる。
肩ほどまでのダークブラウンヘアの女子生徒が、腰を屈めてスネイプを見下ろしていた。垂れてくる横髪を耳にかけながら、心配そうにスネイプを見ている。彼女は青色のローブとネクタイをしていた。ローブの胸元には監督生のバッジが付いている。レイブンクローの上級生のようだ。
「やっぱり、血が出てるわ……」
そう言うと、彼女は肩に下げた小さなバッグから白い布を取り出して、スネイプの額にそっと押し当てた。
「これはまだ使ってないものだから安心して」
突然のことに硬直していたスネイプは、ハッとして咄嗟に彼女の腕を振り払った。布を持った片手を不恰好に上げたまま、彼女は目をパチクリさせた。スネイプは一瞬ばつの悪そうな顔をするも、そのまま何も言わずに立ち去ろうとする。
「待って」
スネイプは彼女に手首を掴まれた。
「無遠慮にごめんなさい。でも、そのままにしておくのは良くないわ。医務室に行きましょう?」
「……必要ない」
彼女の顔を見ずにスネイプは低い声でぶっきらぼうにそう告げる。彼女は「んー」と困ったように小さく唸った。
「じゃあ、ちょっとこっちに座ってくれる?」
彼女はスネイプの手を引いて、校内に設けられた長椅子に促した。スネイプは訝しげに彼女の背を見ながら、手を引かれるがまま言われるがままに長椅子に腰を下ろす。隣に座った彼女はバッグから茶色の小瓶と丸い形をしたブリキの缶を取り出し、白い布の綺麗なところに茶色の小瓶を傾けて透明な液体を染み込ませた。
「それは何だ? 何をするつもりだ?」
「もちろん治療よ。これは消毒液。それとこっちは傷薬よ」
スネイプは『学生の君が?』と言わんばかりの視線を彼女に向けた。
「……医務室から盗んだのか?」
「まさか」
彼女はカラカラと笑った。
「そんなことするわけないでしょう。マダムはすべての薬を把握してるんだから、不自然になくなってたりしてたら気づくわ。これは私が調合したものよ」
スネイプは目を丸くし、あからさまに彼女から距離を取った。
「いい」
「何が?」
「治療はしなくていい」
上級生で監督生とはいえ、教師や校医でない他人からの治療に抵抗を感じたのだ。彼女はくすくすと笑った。何がおかしいのかさっぱりだ。
「みんな初めはそんな反応するのよね。安心して。これでも私、成績はいいのよ? 特に魔法薬学が得意なの」
ふふんと自信ありげに笑みを浮かべた彼女に、スネイプはさらに眉間の皺を深くさせた。
「その目は信じてないわね」
彼女は目を細め、唇を尖らせた。ころころと表情が変わる。
「しょうがないわね」
ため息をついてそう呟くと、彼女はバッグから小さなナイフを取り出して親指に刃先をスッと滑らせた。
「痛っ」
「おい!」
思わずスネイプは声をあげた。彼女の左の親指からはツッと赤い血が滲み出てきた。彼女は消毒液を染み込ませた布を傷口に当てがい、ブリキの缶から白っぽいクリームを少量指ですくって塗り込んでいく。すると、先ほどの切り傷はスーッと消えていった。
「ほらね?」
親指を見せながら笑う彼女と対照的に、スネイプは顔を顰めていた。
「もう少し自分を大事にしたらどうだ」
「あら、心配してくれるの? 優しいのね」
彼女の返答にスネイプはさらにムスッとした顔になった。これで薬の効果は証明されたでしょ、と言って、彼女はスネイプの顔にできた傷の治療を始めた。スネイプは未だ半信半疑だったが。
「あなた、お名前は?」
傷口を消毒しながら彼女は質問した。消毒液が沁みてスネイプは唇を噛み締めた。返事がないのを『答えたくないから』だと勘違いした彼女は苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、私からね。エレナ・アーヴィン、レイブンクローの五年生よ」
次はあなたの番、と言われ、ようやく痛みがましになったスネイプは口を開いた。
「セブルス・スネイプ……スリザリン。一年」
「新入生だったのね! どうりで見たことがないと思ったわ」
彼女は手を止め納得したような声を出した。名前を聞けたことが嬉しかったのか、消毒を続ける彼女の唇は弧を描いていた。
一通り消毒を終えたようで、彼女はブリキからクリームを取った。傷薬がついた彼女の指が触れると、ひんやりとした感覚と共にスッと痛みが引いていくのを感じた。
治療のためとはいえ、至近距離に女子の顔があるというのはなんとも気恥ずかしいものだ。スネイプはなんとなく、ちらりと彼女を盗み見た。さっきまでの少しおちゃらけた態度と違って、真剣な表情で薬を塗り込んでいる。彼女の長いまつげをしげしげと見つめていたスネイプはハッとして視線を正面に戻した。
こんなところを彼らに見られたら、また面倒なことになるだろうかと内心穏やかでなかったが、それは杞憂に終わった。
「はい、これでおしまい」
彼女の合図にスネイプはそっと息を吐いた。
「私の親指みたいにはすぐには治らないかもしれないけど、遅くとも明日の朝にはよくなっているはずよ」
彼女は片付けながらそう言って、しまい終えるとバッグを肩にかけ長椅子から立ち上がった。
「それじゃあまたね、セブルス」
にこりと微笑んだ少々お節介なレイブンクローの監督生はくるりと背を向けて廊下を歩いて行った。残されたスネイプは彼女が廊下の角を曲がるまでぼーっと見送るとおもむろに席を立ち、彼女とは反対方向に歩き出した。寮までの帰り道、彼の足取りは先よりもほんのわずかに軽くなっていた。
その日の夜、怪我の跡が綺麗さっぱり無くなった顔を鏡で見たスネイプは彼女の魔法薬学の腕に嘆息した。
翌日から、エレナはスネイプを見つけるたびに声をかけるようになった。一方的に話しかけてきて、終わったら去っていくというあっさりしたものだったが。初めこそスネイプは戸惑っていたが、ある日興味深い薬学の話を彼女から聞いてからは、彼の方から声をかけることも徐々に増えていった。
「アーヴィン! 先週話していた混乱薬のことだが、わからないところがある。教えてくれないか」
スネイプが勢いよくエレナに駆け寄って息を切らしながら詰め寄るたびに、彼女の友人たちは何事かと目を丸くした。
「あら、それはまだ一年生では習わないはずよね……? まあいいわ。行きましょうか」
そうしてエレナが友人に断りを入れてから、図書館に二人で向かうのが恒例となった。
緑のネクタイを身につけた黒髪の男子生徒の後ろから、彼を追うように赤いネクタイの赤毛の女子生徒がホグワーツ城の玄関ホールに入ってきた。天井の高いホールに彼女の声と二人分の足音が響く。
「お願い待って、セブルス」
地下に通じる階段の方へずんずん歩いていた男子生徒――セブルス・スネイプは諦めたように足を止めた。軽く息を吐いて振り返った彼は、疲れた表情をしていた。唇の端が切れているようで血が滲んでいる。髪の毛には葉が絡み、ローブは土で汚れていた。
「ごめんなさい、私――」
「なぜ君が謝るんだ? 君は何もしていないだろう」
「ええ、何もしていないわ。だから問題なのよ。あの人たちを止められなかったもの……やっぱりエレナじゃなきゃだめなんだわ」
その名前を聞いたスネイプは足元に視線を落とした。
「あの人たち、あなたには構わないでって何度言っても一度だって聞いてくれた試しがなかったわ。さっきだって、セブルスがやり返さないからって一方的に、あんな、あんな事までするなんて!」
赤毛の女子生徒、リリー・エヴァンズは肩を震わせた。先ほどまで中庭にいたスネイプは、グリフィンドールの四人組に――正確には二人に――絡まれ怪我を負い、さらに大衆の面前で恥をかかされた。その屈辱を思い出してスネイプは眉間に皺を寄せたが、すぐに記憶から消すように頭を振り払った。
「その上『辞めてほしいならデートしろ』だなんて、意味が分からないわ。ごめんなさい、セブルス。私が断っていなければ……ああ、でもやっぱりあんな人とデートなんて耐えられないわ!」
リリーは眼鏡の男子生徒の、入学当初からこれまでの言動を思い出し身震いした。スネイプは同情の眼差しを彼女へ向けた。
「……いいんだ、リリー。さっきも言ったように君が謝ることではないし、君が気にすることじゃない。僕のことは放っておいてくれ」
スネイプの言葉にリリーは傷ついた顔をした。
「どうして……私はあなたの力に――」
「わかっている。だが、それではだめなんだ。何も変わらない」
「どういうこと? 今日みたいなことがあっても黙って見てろって言うの?」
「ああ。それで全てうまくいくから。僕があいつらにやり返さないのもそのためだ」
「そんなの……」
「エレナと約束したんだ。それでいいんだ」
スネイプはエレナという人物に全幅の信頼を寄せていた。それはリリーも同じだった。納得のいかない顔をしながらも、その名を聞くとそれ以上食い下がることはなかった。
「それに僕はあいつらを相手にしている場合じゃない。やらなきゃいけないことが山ほどあるんだ」
「……それは、この前話していたことと関係あるの? あれって本気なの?」
「僕は本気だ」
スネイプは強い意志を持った顔で頷いた。
「そう……よっぽど大切なのね、あの人のこと」
彼女の言葉にスネイプは目を丸くしたが、すぐにふっと笑みを零した。唇の端が痛んだが気にならなかった。
「ああ、そうだな。もう二度と手放したくないほどには」
見たことがないほど穏やかな表情を浮かべるスネイプにリリーは驚いた。それほどスネイプにとって彼女の存在は大きかったのだと改めて感じた。
「それで、何から始めるの?」
「手を貸してくれるのか?」
「当たり前でしょう。あなたを支えてくれてた人のためなんだもの」
リリーは柔らかく微笑んだ。
「……礼を言う。まずは図書室の禁書の棚から調べたい」
「わかったわ。ああ、でもその前に、マダム・ポンフリーに傷の手当てをしてもらいましょう。もちろんシャワーもね。図書室はそれからよ」
グリフィンドール寮生のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックとは、初めから反りが合わなかった。それは彼らのローブとネクタイが黒い時からだ。ホグワーツ特急で同じコンパートメントになり一悶着あってから、二人は執拗にスネイプに絡むようになった。
頻繁に喧嘩をけしかけられ、その度にスネイプは体のどこかに傷を作っていた。スネイプが彼女に出会ったのは、組み分けの儀式から一ヶ月ほど経った頃、いつものように怪我をして自寮に戻ろうとしていた時のことだった。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
スネイプが俯きがちに廊下を進んでいると、突然前方に影ができた。進路を塞がれたスネイプは不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら顔を上げる。
肩ほどまでのダークブラウンヘアの女子生徒が、腰を屈めてスネイプを見下ろしていた。垂れてくる横髪を耳にかけながら、心配そうにスネイプを見ている。彼女は青色のローブとネクタイをしていた。ローブの胸元には監督生のバッジが付いている。レイブンクローの上級生のようだ。
「やっぱり、血が出てるわ……」
そう言うと、彼女は肩に下げた小さなバッグから白い布を取り出して、スネイプの額にそっと押し当てた。
「これはまだ使ってないものだから安心して」
突然のことに硬直していたスネイプは、ハッとして咄嗟に彼女の腕を振り払った。布を持った片手を不恰好に上げたまま、彼女は目をパチクリさせた。スネイプは一瞬ばつの悪そうな顔をするも、そのまま何も言わずに立ち去ろうとする。
「待って」
スネイプは彼女に手首を掴まれた。
「無遠慮にごめんなさい。でも、そのままにしておくのは良くないわ。医務室に行きましょう?」
「……必要ない」
彼女の顔を見ずにスネイプは低い声でぶっきらぼうにそう告げる。彼女は「んー」と困ったように小さく唸った。
「じゃあ、ちょっとこっちに座ってくれる?」
彼女はスネイプの手を引いて、校内に設けられた長椅子に促した。スネイプは訝しげに彼女の背を見ながら、手を引かれるがまま言われるがままに長椅子に腰を下ろす。隣に座った彼女はバッグから茶色の小瓶と丸い形をしたブリキの缶を取り出し、白い布の綺麗なところに茶色の小瓶を傾けて透明な液体を染み込ませた。
「それは何だ? 何をするつもりだ?」
「もちろん治療よ。これは消毒液。それとこっちは傷薬よ」
スネイプは『学生の君が?』と言わんばかりの視線を彼女に向けた。
「……医務室から盗んだのか?」
「まさか」
彼女はカラカラと笑った。
「そんなことするわけないでしょう。マダムはすべての薬を把握してるんだから、不自然になくなってたりしてたら気づくわ。これは私が調合したものよ」
スネイプは目を丸くし、あからさまに彼女から距離を取った。
「いい」
「何が?」
「治療はしなくていい」
上級生で監督生とはいえ、教師や校医でない他人からの治療に抵抗を感じたのだ。彼女はくすくすと笑った。何がおかしいのかさっぱりだ。
「みんな初めはそんな反応するのよね。安心して。これでも私、成績はいいのよ? 特に魔法薬学が得意なの」
ふふんと自信ありげに笑みを浮かべた彼女に、スネイプはさらに眉間の皺を深くさせた。
「その目は信じてないわね」
彼女は目を細め、唇を尖らせた。ころころと表情が変わる。
「しょうがないわね」
ため息をついてそう呟くと、彼女はバッグから小さなナイフを取り出して親指に刃先をスッと滑らせた。
「痛っ」
「おい!」
思わずスネイプは声をあげた。彼女の左の親指からはツッと赤い血が滲み出てきた。彼女は消毒液を染み込ませた布を傷口に当てがい、ブリキの缶から白っぽいクリームを少量指ですくって塗り込んでいく。すると、先ほどの切り傷はスーッと消えていった。
「ほらね?」
親指を見せながら笑う彼女と対照的に、スネイプは顔を顰めていた。
「もう少し自分を大事にしたらどうだ」
「あら、心配してくれるの? 優しいのね」
彼女の返答にスネイプはさらにムスッとした顔になった。これで薬の効果は証明されたでしょ、と言って、彼女はスネイプの顔にできた傷の治療を始めた。スネイプは未だ半信半疑だったが。
「あなた、お名前は?」
傷口を消毒しながら彼女は質問した。消毒液が沁みてスネイプは唇を噛み締めた。返事がないのを『答えたくないから』だと勘違いした彼女は苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、私からね。エレナ・アーヴィン、レイブンクローの五年生よ」
次はあなたの番、と言われ、ようやく痛みがましになったスネイプは口を開いた。
「セブルス・スネイプ……スリザリン。一年」
「新入生だったのね! どうりで見たことがないと思ったわ」
彼女は手を止め納得したような声を出した。名前を聞けたことが嬉しかったのか、消毒を続ける彼女の唇は弧を描いていた。
一通り消毒を終えたようで、彼女はブリキからクリームを取った。傷薬がついた彼女の指が触れると、ひんやりとした感覚と共にスッと痛みが引いていくのを感じた。
治療のためとはいえ、至近距離に女子の顔があるというのはなんとも気恥ずかしいものだ。スネイプはなんとなく、ちらりと彼女を盗み見た。さっきまでの少しおちゃらけた態度と違って、真剣な表情で薬を塗り込んでいる。彼女の長いまつげをしげしげと見つめていたスネイプはハッとして視線を正面に戻した。
こんなところを彼らに見られたら、また面倒なことになるだろうかと内心穏やかでなかったが、それは杞憂に終わった。
「はい、これでおしまい」
彼女の合図にスネイプはそっと息を吐いた。
「私の親指みたいにはすぐには治らないかもしれないけど、遅くとも明日の朝にはよくなっているはずよ」
彼女は片付けながらそう言って、しまい終えるとバッグを肩にかけ長椅子から立ち上がった。
「それじゃあまたね、セブルス」
にこりと微笑んだ少々お節介なレイブンクローの監督生はくるりと背を向けて廊下を歩いて行った。残されたスネイプは彼女が廊下の角を曲がるまでぼーっと見送るとおもむろに席を立ち、彼女とは反対方向に歩き出した。寮までの帰り道、彼の足取りは先よりもほんのわずかに軽くなっていた。
その日の夜、怪我の跡が綺麗さっぱり無くなった顔を鏡で見たスネイプは彼女の魔法薬学の腕に嘆息した。
翌日から、エレナはスネイプを見つけるたびに声をかけるようになった。一方的に話しかけてきて、終わったら去っていくというあっさりしたものだったが。初めこそスネイプは戸惑っていたが、ある日興味深い薬学の話を彼女から聞いてからは、彼の方から声をかけることも徐々に増えていった。
「アーヴィン! 先週話していた混乱薬のことだが、わからないところがある。教えてくれないか」
スネイプが勢いよくエレナに駆け寄って息を切らしながら詰め寄るたびに、彼女の友人たちは何事かと目を丸くした。
「あら、それはまだ一年生では習わないはずよね……? まあいいわ。行きましょうか」
そうしてエレナが友人に断りを入れてから、図書館に二人で向かうのが恒例となった。
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