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ユイ?あなた、どうしたの……?」


大広間のテーブルに突っ伏して何かブツブツ呟いているユイの周りは、彼女を避けるように空席ができていた。

勇敢なハーマイオニーが彼女に近づき声をかけた。

「ハーミニー……」

「……言えてないわよ」

ハーマイオニーは苦笑した。ユイはムクッと上体を起こし、虚ろな目でハーマイオニーを見据えた。

「先生が……足りないの……」

それだけ呟くとまた机に伏してしまった。ああ、そういうこと、と察しのいいハーマイオニーは合点がいったように頷いた。

「3週間くらいになるのかしら?」

ハーマイオニーは隣に座って、シェパーズパイを自分の皿によそいながら言った。

ユイとスネイプの関係を唯一知る彼女。イースター休暇中、課題の参考文献を読むために通った図書室で、毎日のようにユイと顔を合わせていたが、大量に出された課題のせいで会えないと度々嘆いていたのを思い出した。

最初こそは余裕があるように見えていたが、休みの内に会うことは叶わず、日に日に彼女の表情は沈んでいった。

休暇が明けてからは大広間で遠目から見ることはできたし、授業でも質問をすれば話はできた。しかしすぐそばにいるのにその手を伸ばして触れられないもどかしさに、ついに耐えきれなくなってしまったようだ。


「そうだよ……信じられない……」

ぐすっと鼻を啜らせながら、ユイは姿勢を変えた。その時、ほのかに甘い香りがハーマイオニーの鼻をかすめた。まだデザートの時間ではない。

「あら?あなたって香水とかつけてたかしら?」

「……え?ああ、まだ匂いとれてなかったんだ……」

ユイは緩慢な動作でローブを鼻先に近づけ、スンスンと匂いを嗅いだ。

午前の教室移動の最中に、ボーッと廊下を歩いていたユイは、よそ見しながらものすごい勢いで走ってきた双子を避けられず、盛大にぶつかってしまった。その拍子に彼らの持っていた新商品の試作品用の材料とやらを頭から被ってしまったのだ。

今回は悪戯グッズというより、何か女生徒向けの香りものを作ろうとしているらしい。

『女の子から甘い香りがするのって、やっぱりいいよな』

フレッドがそう言っていた。女の子のためというより、自分たちのためのものだったようだが。

思わぬ実験台となってしまったお詫びに、試作途中の小さくて丸い香り玉——【パンッと弾けて、甘い香りのミストを降らせます。気になる彼も振り向くかも!?】——をもらったが、それはまだ使う気になれなかった。

ローブには微かにバニラや砂糖菓子のような甘ったるい香りが残っている。髪にも残っているかもしれない。スコージファイの呪文だけでは不十分だったようだ。

「あの人たち珍しいものを作るのね」

「不純な動機だけどね」

「男の子ってそういうものなのかしら……」

ハーマイオニーとユイは小さく笑いあった。いくらか気を紛らわせられたようだが、普段に比べれば随分元気のない彼女に、ハーマイオニーは困ったように微笑んだ。


「仕方ないわね……私に任せて」

そう呟くや否や、ハーマイオニーは勢いよく立ち上がって、うつ伏せになったユイの肩に片手を乗せた。

ユイ?ちょっと、ねえ、ユイ!どうしたの?ユイ、大丈夫!?」

彼女は突然、ユイに呼びかけ始めた。その声は次第に大広間に響き渡るほどの大きなものへと変わっていった。異変に気付いた周囲がざわめき出す。


「は、ハーマイ——」

「シッ」

起き上がろうとしたユイは肩に乗せられた彼女の手によって机に戻された。そしてハーマイオニーは授業の時のように姿勢を正して高く手を挙げた。

「スネイプ先生!ユイが!」

ハーマイオニーが悲痛な声でユイの寮監である彼に救いを求めて視線を向けた。すでに注目を浴びていたため、たやすくスネイプとも視線が合った。彼は訝しげな表情を浮かべているようだった。


「セブルス、何をしているのです、あなたの寮の生徒ですよ」

マクゴナガル先生が不安げな顔をしながら、スネイプを促した。他の教授たちも落ち着かない様子で、早く行ってやれと言わんばかりに頷いていた。

彼は渋々教師陣の席から立ち、彼女たちの元に歩みを進めた。

「いい? 気を失ったふりをするのよ。目を閉じて」

ユイの様子をうかがうふりをしながらハーマイオニーは小声で耳打ちした。

「明日は土曜日だから、もしかしたら、もしかするかもね」

ハーマイオニーはユイにパチンッと一つウインクを飛ばした。

「へ……?」

「早く」

ユイは展開に追いつけず目を瞬かせたが、近づく足音に慌てて目を閉じた。

「何事かね」

すぐ近くでスネイプの声が聞こえ、ユイの心臓が跳ねた。

「先生!彼女、具合が悪そうだったんですけど、話していたら返事が返ってこなくなって……お願いです、ユイを医務室に連れて行ってあげてください!」

慌てた様子を演じるハーマイオニーの声は、心底心配しているように聞こえるものだった。


「……よかろう」


間を置いてスネイプはそう返事をした。意外にもあっさりと引き受けたスネイプにユイは驚いた。

間近で薬草の香りがし、背中と膝の裏に腕が回されたかと思うと、すぐに浮遊感に襲われた。ユイはスネイプに抱き上げられたようだ。脱力し、気を失ったふりを続ける。

「あ、私も一緒に……」

「君はここに残りたまえ」

「で、でも……」

「君が来たところで何ができるというのかね」


食い下がるハーマイオニーに対して、スネイプは冷たい声でそう言い放った。押し黙る彼女に何も言わずスネイプが歩き出したのが、彼の腕の中でわかった。

ハーマイオニーは2人が大広間を出るまでその背を見つめ、力なく席に座ると、誰にも気づかれないようにそっと笑みを浮かべた。




「……いつまで芝居を続けるつもりだ?」


人気のない静かな廊下に、スネイプの低い声が響いた。ユイの眉がピクリと動いた。彼女が恐る恐る目を開くと、呆れた顔をしたスネイプと視線がかち合った。

横抱きのせいか、いつもよりスネイプの顔が近く、ユイはほんのり頬を染めた。


「えへへ……バレてましたか」

「はじめからな」

スネイプが大きなため息をついた。彼のことは誤魔化せないらしい。

「大方、あのグレンジャーが何か企んだのだろう。余計なお節介をしてくれる……」

どこまでもお見通しなスネイプに、ユイは苦笑するしかなかった。

「医務室に行く必要はないな」

「はい……」

すぐに下されるものだと思って、気落ちした声で返事をした。

しかし、具合の悪いフリだったとわかってもなお、スネイプは彼女を下す気配がなく、玄関ホールまで出て、大理石の階段の左側のドアを開けて下りていった。

スネイプの足音が暗い地下の廊下にこだまする。

「あ、あの、先生?寮はこっちじゃ、ないですよ……?」

てっきり寮まで送るつもりなのかと思っていたのだが、スネイプにそのつもりはないようだ。一体どこへ?そう思考を巡らせていた時、ユイはふと、ハーマイオニーの言葉を思い出した。


『もしかしたら、もしかするかもね』


「……しばらく来ていなかっただろう。ちょうど、いい口実ができたと思ったのだが……君は違ったか……?」

暗に、部屋に来ないかと誘っているらしい。ユイは目を丸くした。


「えっあ、わ、わわ私も!」

ユイはスネイプの首に腕を絡めぎゅうっと抱きついた。


「私も、ずっと先生のところに行きたいと思ってました……」

「そう、か……」

密着し耳元でささやかれる形となった彼女の焦がれたような声に、スネイプはグラリと揺らぐのをぐっと堪えた。本当はユイを抱き上げた時からすでに危うかった。

何やら鼻腔をくすぐる甘い香りが彼女から漂ってきて、揺らぎそうになる理性をなんとか保たせていた。せっかく2人になれたというのに。このままでは何をしてしまうか自分にもわからない。


——茶を淹れてやったら早く寮に帰した方がいいだろう


スネイプはそう考えながら部屋の扉を開けた。その意思も簡単に砕け散ることになるとは、この時のスネイプは思いもしなかった。



スネイプの杖の一振りで、紅茶セットとスコーン、そしてスコーンに使うベリーのジャムとバタークリームが出された。ソファに下されたユイはスネイプが紅茶の準備をする様子を眺めて待った。


『見ていて面白いものではないと思うが』

『紅茶を淹れる先生の姿が素敵すぎるんです』

『戯けたことを……』


初めてスネイプの部屋で一緒にお茶をしたときに、そんな会話をしたのを思い出した。懐かしさに思わず微笑む。

「どうした?」

「いいえ、なんでもありません」

テーブルにカップを置いてユイの隣に座りながら、スネイプは怪訝な顔で彼女を見た。ユイはニコッと笑って誤魔化し、礼を言ってカップを手に持つ。カップの中できらめく透き通った明るい紅色が綺麗だ。

「美味しい」

一口飲んだユイは、ほーっとため息をこぼした。頬を緩ませながら紅茶を口にする彼女を横目に、スネイプも薄く笑みを浮かべ紅茶を啜った。

スコーンを手に取りながら、ユイは思いつくままに最近の出来事をスネイプに話した。会えなかった分、話したいことがたくさんあった。スネイプは聞く側に徹し、時々相槌を打つ程度だが、ユイは特に気にすることなくいつものように楽しそうに喋った。

久しぶりに近くで見る、彼女のコロコロ変わる表情や、自分だけに向けられる眩しいくらいの笑顔に、スネイプは次第に愛おしい気持ちでいっぱいになっていった。

スネイプはおもむろに、ユイの艶やかな黒髪に触れた。彼女はほんの少し肩を震わせた。またふわりと甘い香りがした。


ユイはカップをテーブルに置いて、スネイプの顔に手を添えて頬にチュッと可愛らしくキスをした。自分からしたにもかかわらず、顔を赤くさせたユイは慌てて顔を背けて、ずいぶんぬるくなったカップを手にし紅茶を啜った。


スネイプの中で、プツンと何かが切れる音がした。

突然ユイは腰を引き寄せられた。彼女の持っていた紅茶のカップが、床に落ち甲高い音を立てて割れた。

目を大きく見開いてユイはスネイプを見る。顎を掴まれ、ユイは言葉を発する間も無く唇を奪われた。

普段は絶対に強引にすることのないスネイプにユイは困惑した。いつもと違う彼に戸惑う。

おでこ、頬、耳たぶ、首筋と順番に時々リップ音を立てたり甘噛みしたりしながら、柔らかな彼女の肌を唇で撫でていく。

「ちょ、せんせ待って……!」

ユイはくすぐったさに身をよじらせた。降り注がれるキスを受けながら、気づけばユイはスネイプに組み敷かれていた。

「待ってくださいってば!」

「……なんだ」

顔を上げたスネイプの熱の籠った視線にユイは胸のあたりがぎゅっと掴まれたかのように苦しくなり、顔を火照らせた。

心臓は緊張と期待とでドキドキとうるさく鼓動する。なぜ止めたかわからない。展開に気持ちがまだ追いつけてないのはもちろんだ。しかしやめて欲しくはないはずなのに、真逆の言葉が出てしまう。


「しょ、消灯時間過ぎちゃいますよ!」

そして今言うようなことではない言葉が口を突いて出た。

「知らん」

スネイプは短く答えると、今度は首に舌を這わせた。

「んんっ」

くすぐったいのとは違う感覚がして思わずユイはぎゅっと目を瞑った。

「待っ」

まだ抗議しようとするユイの唇を塞ぎ、物理的に黙らせた。

スネイプは貪るように、彼女の唇を食む。夢中になってキスをするスネイプに対して、ユイはただただ応えようとするので精一杯だった。

スネイプの舌がユイの唇を舐めるとそれを割って入ってきた。並ぶ歯の表面をゆっくりと舌が這い、歯茎をなぞるように緩やかに動き回った。

言葉にならない何かぞくぞくした感覚にユイは眉を寄せた。鼻から抜けるような声が漏れ、スネイプの衣服を握りしめていた手に力が入る。

スネイプは何度かそれを繰り返してみたがユイの口は開く様子がなく、一度唇を離した。

そしてスネイプは何を思ったか、彼女の鼻をつまんだ。ユイは驚いて固く瞑っていた目をカッと開いた。意図がわからず慌てるユイに構わずスネイプは唇を塞ぐ。

突然呼吸手段を奪われたユイは抵抗を試みた。しかし、彼の胸を叩いてみてもびくともせず、頭を押さえられ、離れようにも離れられない。声にならない声で訴えかけるが、だんだん苦しくなりそれも弱々しくなる。

「はあっ、んっ」

酸素を欲して開かれた口のわずかな隙間に、待っていたと言わんばかりに彼の舌が口内にねじ込まれた。鼻から手は離されたが、深い口づけに呼吸が追いつかない。

軽い酸欠を起こして頭がボーッとする中、口内をスネイプの舌が蠢いた。歯の裏をなぞっていたそれはユイの舌を絡め取った。

触れた瞬間にまた何とも言えない感覚がユイを襲った。クチュッと水音を響かせながら、スネイプはユイを求めるように何度も舌を絡めた。

息を荒げながら、スネイプは唇を離した。どちらのものかわからなくなるほど混ざり合った唾液が、ユイの口の端からこぼれる。それを舐めとったスネイプはチュッっと彼女の唇にキスを落とした。

肩で息をするユイの目尻にはわずかに涙が浮かび、頬は上気していた。

「かわいいな」

普段なら言わないようなことをスネイプはユイの耳元で囁き、耳の裏をツーッと舐めた後、小さな耳たぶを食んだ。

「ふっ、んん」

逃れるように身をよじらせたが、体にうまく力が入らなかった。酸素が足りず脳も正常に働かない。

大広間でしたように、スネイプは彼女を抱きかかえると、寝室へ運んだ。ベッドに下ろすと同時に、スネイプはまた何度もユイの肌に吸い付いた。

首から鎖骨に唇を滑らせ、スネイプは制服の緑のネクタイに手を伸ばした。シュルシュルと解かれ、それはベッドの隅に放り投げられた。スネイプは彼女のシャツのボタンをはずしながら、現れる滑らかな肌にキスを落としていく。

「せん、せ……?」

こそばゆさと気恥ずかしさに不意にユイが呼びかけると、スネイプははたと動きを止めた。


ハッと我に返ったように勢いよくスネイプは顔を上げた。自分の下で、ユイは真っ赤になった顔でスネイプを見つめている。

彼女の黒髪は白いシーツの上で乱れて広がり、瞳は潤み、上下する胸元は半分までボタンが外されていて淡い水色の下着が覗いていた。

急激に理性が帰ってきたスネイプに、一気に罪悪感が押し寄せた。彼はすぐさま近くにあったタオルケットで、ユイの露わになった肌を隠すように彼女を包み込み抱きしめた。

「すまない、ユイ……すまなかった、許してくれ……」



謝り続けるスネイプにユイは驚いて瞬きを繰り返し、ただ抱きすくめられたままでいた。



落ち着いてきた時、ユイはもぞもぞと体を動かした。スネイプが少し体を離すと、彼女はタオルケットから腕を出した。嫌がられたかと勘違いし離れようとするスネイプを引き寄せ、彼の背中にそっと手を添えた。

「先生、大丈夫です。私は大丈夫ですよ……」

背をさすりながらそう言うと、スネイプは彼女を強く抱きしめ返した。

「すまない……」

先ほどからそれしか言わなくなってしまったスネイプにユイは苦笑した。

スネイプは自分の衝動を抑えられなかったことを悔いていた。今は何を言ったところで全て言い訳になってしまう。

「謝らないでくださいよ。びっくりしちゃいましたけど、嬉しかったんですよ。だって私、先生に会えなくてどうにかなっちゃいそうでしたもん!それに、本当に嫌だったら、私だって先生のこと突き飛ばして呪文でも飛ばしてるはずですから」

冗談めかしてユイは言った。ふっとスネイプは息を吐いた。体を離し、スネイプはユイを見つめる。彼女は柔らかく微笑んでいた。

彼女の髪をひと撫ですると、スネイプはおでこにキスをした。

「……今夜はもう遅い。明日は休みで何もない。その、ああ……もう少し、ここにいてもらえないか?」

恐る恐る、ユイの表情を伺うようにして聞くスネイプに、ユイは優しい声で答えた。

「やっと二人きりになれたんです。私だって離れたくないですよ」



さっとシャワーを浴びて、寝室に戻って来たユイは、先にシャワーを済ませてベッドに横たわるスネイプの隣に潜り込んだ。横向けになり、スネイプにピッタリ寄り添う。スネイプも彼女の方へ体を傾け、腰に手を添えて抱き寄せた。

「今日は悪かった……」

「もういいですよ……念のために言っておきますけど私、先生なら受け止める覚悟はできてますからね」

さらりと口にしたユイの言葉にスネイプは固まった。

「……本気で言っているのか?」

「ええ、私が望んでいることです。先生も望むなら」

スネイプの目をしっかり見据えてユイは言った。

「そう、か……いや、せめて君が卒業するまで待ちたい。手を出しかけたわたしが言うことではないのは十分承知しているが……身勝手ですまない」

「いいえ、先生がそうしたいなら、それでいいんです。私も待ちますよ」

ユイはそっと目を細めた。

「……その時が来たら、今度は君をもっと大切に扱うと約束する」

「約束ですよ」

「だからそう言っているだろう……」

今日の彼の様子を考えれば、その時に冷静でいられるか怪しいところだ。彼も多少自信がなかったのかもしれない。頭を抱え低く唸っていた。


「ふふふ……おやすみなさい、先生」

「ああ、おやすみ」

スネイプはユイの頭にキスをした。彼の香りと温もりに包まれ、幸福感に満たされながらユイは眠りに落ちた。

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