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狭い路地を走り抜けるユイ・モチヅキとシリウス・ブラックの視線の先には3人のデスイーターがいた。こちらを振り返りながら飛ばしてくる呪文を、杖を降って相殺しながら2人は追いかける。
ホグワーツの戦いの後数ヶ月間、ユイたちは不死鳥の騎士団員やDAとしてデスイーターの残党たちを捕獲し続けている。情報を得てはその都度振り当てられた場所へ数名で駆けつけていた。
路地を走り続けていると、前方の角から2人の人間が姿を現し、道を塞ぐのが見えた。
アンジェリーナ・ジョンソンとフレッド・ウィーズリーだった。シリウスの指示で回り込んで来たのだ。
デスイーターたちは思わず足を止めた。挟み撃ちにされたことに、男たちは苦虫を噛み潰したような顔になった。ユイたちは杖を構えたまま、ジリジリと間合いを詰めていく。
その時、男たちが目配せしたのが分かったが、反応が数秒遅れてしまった。
「レダクト!」
「コンフリンゴ!」
デスイーターたちの放たれた呪文により、すぐ側のレンガ造りの建物の外壁が大きな音を立てて崩れてきた。とっさにユイは後方へ飛び退いた。
狭い路地は瓦礫で埋まり、道は完全に塞がれてしまった。パラパラと小さな破片が落ちてくる。
「こいつら正気か!?おい、無事か、アンジェリーナ」
「ええ、大丈夫よ……」
ほんの少しの隙間のおかげで、アンジェリーナを気遣うフレッドの声が聞き取れた。
「ったく手こずらせやがって」
ため息交じりにシリウスが言った。
「インカーセラス!」
フレッドが縛り上げる呪文を唱えた。あとで来る闇祓いたちが回収してくれるだろう。
瓦礫の向こう側からは、シリウスたちの声以外には争う音などは聞こえない。どうやらデスイーターたち自身もこの崩壊に巻き込まれたようだ。
「ユイはどこだ?おい!ユイ!!無事なのか!?」
「へ、平気!!」
舞う砂埃に咳き込みながら、ユイはシリウスに応えた。
「でもそっちに行けそうにないわ!みんなは怪我はない?」
「わたしも、みんなも問題ない!そうか、困ったな……こちらも無理そうだ」
「また後で合流しましょう!」
瓦礫の壁は簡単には取り除けそうになかった。下手に壊せば下敷きになってしまう危険性がある。
「ああ、分かった!あーくっそ、まだいやがったのか!ユイ、すまない、後でな!」
「オーケー!」
デスイーターを見つけたのか、向こう側からは呪文を弾くようなバチッバチッという音が聞こえてきた。やがて彼らの足音は遠のいて行った。
「さて、と。とりあえずこっちに戻るしかないか」
ユイは立ち上がり、服をはたいて砂を払い落とすと、杖を握りしめながら小走りで元来た道を引き返した。
路地の出口に辿り着いたユイは、そっと顔を覗かせ表通りの様子を伺った。通行人の中にデスイーターが紛れ込んでいないことを確認すると、腰のホルダーに杖を納めた。
通りへ出て、シリウスたちの向かった方角へ進んでいく。
すると、少し遠くの方でドーンという爆発音が聞こえた。向かおうとしていた方向とは真逆だった。ユイは音のした方を振り返った。
「またデスイーター…?」
ユイは訝しげな顔をした。気になったが、そちらはユイの担当外だった。
しばし躊躇する。しかし、事前に報告を受けていない場所であるため、そこへ闇祓いや騎士団員が到着するにはおそらく時間がかかる。このままではこの通りにいる人たちに危害が加えられるかもしれない。
「行くしかないよね」
一人決意に頷き、ユイは納めたばかりの杖を抜いた。
立ち上る砂煙を目印にして、石畳の大通りを横切り路地に入る。入り組んだ小路を慎重に奥に進んで行くと、少し遠くにすっかり見慣れた黒い姿が見えた。
普段のローブは羽織っておらず、びっちりとボタンの留められた真っ黒な服のみだった。十字路の角で壁を背に隠れながら、時々顔を出しては杖を振り呪文を放っている。
ちょうど彼と同じ通りをまっすぐ進んで来たため敵の姿は見えなかったが、どうやら数人のデスイーターを一人で相手にしているようだった。
「先生!!」
素早く路地の角まで足を進めると、彼と同じように壁に張り付いた。路を挟んだ反対側の彼に声をかけるとセブルスは目を見開いた。
「ユイ!?なぜ君がここにいる!?他の奴らはどこに行ったんだ!」
担当場所でないここまで来た彼女に、セブルスはキッと眉を釣り上げた。
「狭い路地で戦ってたら、あいつらのせいで道が塞がって、シリウスたちと別行動になっちゃったんです!ものすごい音が聞こえたから気になって見に来ました。そういう先生はどうして一人なんですか!」
ユイは角からチラッと顔を覗かせ敵の数を確認した。地面に伸びているのが2人、残りは3人のようだ。ユイが来るまでは5人を相手にしていたことになる。
「だいたい君と同じようなものだ」
ため息をつきながら、言葉を発したセブルスは、また壁から少しだけ顔を出した。途端に呪いが飛んで来て、セブルスはすぐさま頭を引っ込めた。呪いはセブルスの頭のすぐ近くのレンガの壁に当たり、表面が少し削れた。
「とにかく、ここは私たちでなんとかしましょう!」
「君には戻ってもらいたいのだが……仕方あるまい。援護を頼む」
ユイはセブルスと視線を合わせたまま頷いた。背を壁に預け、目を閉じて集中させる。
「3つ数えたら行きますよ……ワン——」
「ユイ」
セブルスが遮った。ユイはもう一度彼を見る。
「無茶はするな」
彼は真剣な顔でこちらを見つめていた。
「……先生がいるから大丈夫ですよ」
ユイはにっこり笑ってみせた。セブルスもちょっぴり笑ったように見えた。
2人は気を引き締め直す。今度はセブルスが数を数え、2人は一斉に角から飛び出した。
「エクスペリアームス!」
不意を突かれた1人のデスイーターが、ユイの呪文により杖を吹き飛ばされた。すかさずセブルスが杖を振って追撃する。彼の無駄のない滑らかな動きにユイは惚れ惚れした。
セブルスにより一人のデスイーターがダウン。残り2人となった。
また1人仲間を失ったことで、少しずつデスイーターたちに焦りの色が見え始める。
セブルスが敵からの攻撃を弾き、自らも呪文唱える。少しの隙を突いてもう片方の敵が放つ呪いを、ユイが「プロテゴ!」で防いでいく。
その繰り返しの戦いがしばらく続いた。だんだんとデスイーターが不利な戦況になっていく。
「一気に片付けるぞ」
セブルスが声をあげた。その言葉が癇に障ったのか、片方のデスイーターが感情のままに杖を振った。
「セクタムセンプラ!」
おそらく昔、彼から教わったのだろう呪文を、あろうことか本人に放った。しかし神経が高ぶっているせいか手元が狂い、呪文はセブルスの頬をかすめる。
彼の頬に赤い線が走った。そこからツーッと鮮血が頬を伝う。それを見たユイの目つきが変わった。
「セブに、セブになんてことを!!インペディメンタ!」
怒りを顕にしたユイが妨害呪文を放つと、さらなる攻撃をしかけようとしていたデスイーターの動きが一瞬止まる。
その隙にユイは続けざまに呪文を唱えた。
「アグアメンティ! デューロ! フリペンド!」
ユイの連続した呪文により創り出されたいくつもの小さな氷の塊は、弾丸のようにデスイーターを襲った。頭を庇うようにデスイーターは両腕で顔を覆った。
うまく視界を遮らせ、ユイは一気に間合いを詰めた。デスイーターが気付いた時には彼女が目の前にいた。
「観念しなさい!! ステューピファイ!」
失神呪文を受けたデスイーターはその場でぐったりと倒れ気を失った。
一連のユイの攻撃を呆然と見つめていたセブルスとデスイーター。
ハッと我に返り、最後の1人となった男は逃げ出そうと背中を向けた。その背にセブルスは容赦無く杖を振りかぶった。あえなく敵はドサっと地面に倒れた。
セブルスが杖を納めながらユイを見ると、彼女は鼻息荒く、地に伏すデスイーターたちを見下ろしていた。
「時々、君が恐ろしいな……」
「先生の綺麗な顔を傷つけたりするからです!ブラキアビンド!」
怒りをそのままに、腕縛りの呪文を唱えてデスイーターたちを縛り上げた。ご立腹な彼女にセブルスは苦笑した。
「先生、見せてください」
ユイがセブルスの頬へ腕を伸ばした。
「大丈夫だ。大したことはない」
「いいからしゃがんで」
有無を言わさぬ彼女に、セブルスは渋々腰をかがめた。
ユイは彼の頬に手を添え、傷口を確認すると、背負っていた小さなリュックから布と円柱型の蓋つきの缶を取り出した。布を濡らし、セブルスの頬に付いた血や汚れを拭き取っていく。
それが終わると、缶の蓋を取って、中身のペースト状の物を傷の上に塗っていった。セブルスはユイが手際よく治療する間、彼女を見つめていた。
彼女の顔は真剣そのものだった。こんな傷、放っておいてもなんてことないのだが。セブルスはふっと口元を緩めた。
「終わりました。しばらくすれば傷は消え——先生?」
リュックの中に治療キットをしまってセブルスを見ると、じっとこちらを見据えていた。ユイは首を傾げた。
「……ありがとう」
珍しくストレートに礼を述べたセブルスに、ユイは目を瞬いた。くしゃっとユイの髪を撫で、セブルスは薄く微笑んだ。
「戻るとしよう」
「は、はい」
呆気にとられていたユイは慌てて彼の隣に並んだ。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
シリウスがユイの聞き覚えのあるセリフを吐いた。
セブルスは苛立ちを抑えようとしていたが、眉だけはピクリと動いていた。ユイがシリウスたちと合流し、安堵の表情を浮かべた彼だったが、セブルスがいることに気づくや否や噛み付いた。
「貴様には関係のないことだ」
「何だと!?」
彼らは顔を合わせれば喧嘩しかしていない。もっとも、シリウスから突っかかって来ることばかりなのだが。
この2人だけは昔と変わることはないらしい。ユイは呆れたようにため息をついた。フレッドやアンジェリーナも、苦笑をこぼしていた。
「シリウス、帰ってデスイーターを引き渡しましょう。早くハリーに会いたいでしょう?」
「……ああ、わかった」
ハリーの名前を出せばいくらか気分が落ち着いたようだ。不満はあるようだが、セブルスを睨むだけで何も言わなくなった。シリウスはフレッドたちと前を歩いた。
「ユイ」
「はい?」
少し後ろに離れて歩いていたセブルスに呼ばれ、ユイは彼と並んだ。
「……しばらくすれば、この任務も終わるだろう。デスイーターも残り少ない」
「そうですね。あともう少しです! 頑張りましょう」
ユイは胸の前で拳を作って頷いた。
「ああ……だから、君が無事に卒業して、念願の癒者 になれたら……」
セブルスはそこで言葉を区切り、足を止めた。ユイもつられて立ち止まる。
セブルスは自分を見上げる彼女を見つめた。
「その時は、わたしの家で二人で暮らさないか?」
ほんの一瞬、ユイの思考が停止した。
次第に彼女は目を丸くし口をあんぐりと開け、両手で口元を覆った。目を細め、屈託のない笑みを浮かべると、ユイは勢いよくセブルスに飛びついた。セブルスはふらつくことなく彼女を受け止める。
「毎日、先生の紅茶飲めますか?」
「ああ、毎日淹れてやる」
「二人でゆっくり本を読むことも?」
「ああ、できる」
「一緒にキッチンに立ったり?」
「そうだな」
始終優しい声で答えるセブルスに、ユイはふふふっと笑みをこぼした。
「楽しみです」
「わたしもだ」
二人は少しだけ体を離し、お互いの顔を見つめながら笑い合った。
シリウスの怒号が聞こえるまで、あと5秒。
ホグワーツの戦いの後数ヶ月間、ユイたちは不死鳥の騎士団員やDAとしてデスイーターの残党たちを捕獲し続けている。情報を得てはその都度振り当てられた場所へ数名で駆けつけていた。
路地を走り続けていると、前方の角から2人の人間が姿を現し、道を塞ぐのが見えた。
アンジェリーナ・ジョンソンとフレッド・ウィーズリーだった。シリウスの指示で回り込んで来たのだ。
デスイーターたちは思わず足を止めた。挟み撃ちにされたことに、男たちは苦虫を噛み潰したような顔になった。ユイたちは杖を構えたまま、ジリジリと間合いを詰めていく。
その時、男たちが目配せしたのが分かったが、反応が数秒遅れてしまった。
「レダクト!」
「コンフリンゴ!」
デスイーターたちの放たれた呪文により、すぐ側のレンガ造りの建物の外壁が大きな音を立てて崩れてきた。とっさにユイは後方へ飛び退いた。
狭い路地は瓦礫で埋まり、道は完全に塞がれてしまった。パラパラと小さな破片が落ちてくる。
「こいつら正気か!?おい、無事か、アンジェリーナ」
「ええ、大丈夫よ……」
ほんの少しの隙間のおかげで、アンジェリーナを気遣うフレッドの声が聞き取れた。
「ったく手こずらせやがって」
ため息交じりにシリウスが言った。
「インカーセラス!」
フレッドが縛り上げる呪文を唱えた。あとで来る闇祓いたちが回収してくれるだろう。
瓦礫の向こう側からは、シリウスたちの声以外には争う音などは聞こえない。どうやらデスイーターたち自身もこの崩壊に巻き込まれたようだ。
「ユイはどこだ?おい!ユイ!!無事なのか!?」
「へ、平気!!」
舞う砂埃に咳き込みながら、ユイはシリウスに応えた。
「でもそっちに行けそうにないわ!みんなは怪我はない?」
「わたしも、みんなも問題ない!そうか、困ったな……こちらも無理そうだ」
「また後で合流しましょう!」
瓦礫の壁は簡単には取り除けそうになかった。下手に壊せば下敷きになってしまう危険性がある。
「ああ、分かった!あーくっそ、まだいやがったのか!ユイ、すまない、後でな!」
「オーケー!」
デスイーターを見つけたのか、向こう側からは呪文を弾くようなバチッバチッという音が聞こえてきた。やがて彼らの足音は遠のいて行った。
「さて、と。とりあえずこっちに戻るしかないか」
ユイは立ち上がり、服をはたいて砂を払い落とすと、杖を握りしめながら小走りで元来た道を引き返した。
路地の出口に辿り着いたユイは、そっと顔を覗かせ表通りの様子を伺った。通行人の中にデスイーターが紛れ込んでいないことを確認すると、腰のホルダーに杖を納めた。
通りへ出て、シリウスたちの向かった方角へ進んでいく。
すると、少し遠くの方でドーンという爆発音が聞こえた。向かおうとしていた方向とは真逆だった。ユイは音のした方を振り返った。
「またデスイーター…?」
ユイは訝しげな顔をした。気になったが、そちらはユイの担当外だった。
しばし躊躇する。しかし、事前に報告を受けていない場所であるため、そこへ闇祓いや騎士団員が到着するにはおそらく時間がかかる。このままではこの通りにいる人たちに危害が加えられるかもしれない。
「行くしかないよね」
一人決意に頷き、ユイは納めたばかりの杖を抜いた。
立ち上る砂煙を目印にして、石畳の大通りを横切り路地に入る。入り組んだ小路を慎重に奥に進んで行くと、少し遠くにすっかり見慣れた黒い姿が見えた。
普段のローブは羽織っておらず、びっちりとボタンの留められた真っ黒な服のみだった。十字路の角で壁を背に隠れながら、時々顔を出しては杖を振り呪文を放っている。
ちょうど彼と同じ通りをまっすぐ進んで来たため敵の姿は見えなかったが、どうやら数人のデスイーターを一人で相手にしているようだった。
「先生!!」
素早く路地の角まで足を進めると、彼と同じように壁に張り付いた。路を挟んだ反対側の彼に声をかけるとセブルスは目を見開いた。
「ユイ!?なぜ君がここにいる!?他の奴らはどこに行ったんだ!」
担当場所でないここまで来た彼女に、セブルスはキッと眉を釣り上げた。
「狭い路地で戦ってたら、あいつらのせいで道が塞がって、シリウスたちと別行動になっちゃったんです!ものすごい音が聞こえたから気になって見に来ました。そういう先生はどうして一人なんですか!」
ユイは角からチラッと顔を覗かせ敵の数を確認した。地面に伸びているのが2人、残りは3人のようだ。ユイが来るまでは5人を相手にしていたことになる。
「だいたい君と同じようなものだ」
ため息をつきながら、言葉を発したセブルスは、また壁から少しだけ顔を出した。途端に呪いが飛んで来て、セブルスはすぐさま頭を引っ込めた。呪いはセブルスの頭のすぐ近くのレンガの壁に当たり、表面が少し削れた。
「とにかく、ここは私たちでなんとかしましょう!」
「君には戻ってもらいたいのだが……仕方あるまい。援護を頼む」
ユイはセブルスと視線を合わせたまま頷いた。背を壁に預け、目を閉じて集中させる。
「3つ数えたら行きますよ……ワン——」
「ユイ」
セブルスが遮った。ユイはもう一度彼を見る。
「無茶はするな」
彼は真剣な顔でこちらを見つめていた。
「……先生がいるから大丈夫ですよ」
ユイはにっこり笑ってみせた。セブルスもちょっぴり笑ったように見えた。
2人は気を引き締め直す。今度はセブルスが数を数え、2人は一斉に角から飛び出した。
「エクスペリアームス!」
不意を突かれた1人のデスイーターが、ユイの呪文により杖を吹き飛ばされた。すかさずセブルスが杖を振って追撃する。彼の無駄のない滑らかな動きにユイは惚れ惚れした。
セブルスにより一人のデスイーターがダウン。残り2人となった。
また1人仲間を失ったことで、少しずつデスイーターたちに焦りの色が見え始める。
セブルスが敵からの攻撃を弾き、自らも呪文唱える。少しの隙を突いてもう片方の敵が放つ呪いを、ユイが「プロテゴ!」で防いでいく。
その繰り返しの戦いがしばらく続いた。だんだんとデスイーターが不利な戦況になっていく。
「一気に片付けるぞ」
セブルスが声をあげた。その言葉が癇に障ったのか、片方のデスイーターが感情のままに杖を振った。
「セクタムセンプラ!」
おそらく昔、彼から教わったのだろう呪文を、あろうことか本人に放った。しかし神経が高ぶっているせいか手元が狂い、呪文はセブルスの頬をかすめる。
彼の頬に赤い線が走った。そこからツーッと鮮血が頬を伝う。それを見たユイの目つきが変わった。
「セブに、セブになんてことを!!インペディメンタ!」
怒りを顕にしたユイが妨害呪文を放つと、さらなる攻撃をしかけようとしていたデスイーターの動きが一瞬止まる。
その隙にユイは続けざまに呪文を唱えた。
「アグアメンティ! デューロ! フリペンド!」
ユイの連続した呪文により創り出されたいくつもの小さな氷の塊は、弾丸のようにデスイーターを襲った。頭を庇うようにデスイーターは両腕で顔を覆った。
うまく視界を遮らせ、ユイは一気に間合いを詰めた。デスイーターが気付いた時には彼女が目の前にいた。
「観念しなさい!! ステューピファイ!」
失神呪文を受けたデスイーターはその場でぐったりと倒れ気を失った。
一連のユイの攻撃を呆然と見つめていたセブルスとデスイーター。
ハッと我に返り、最後の1人となった男は逃げ出そうと背中を向けた。その背にセブルスは容赦無く杖を振りかぶった。あえなく敵はドサっと地面に倒れた。
セブルスが杖を納めながらユイを見ると、彼女は鼻息荒く、地に伏すデスイーターたちを見下ろしていた。
「時々、君が恐ろしいな……」
「先生の綺麗な顔を傷つけたりするからです!ブラキアビンド!」
怒りをそのままに、腕縛りの呪文を唱えてデスイーターたちを縛り上げた。ご立腹な彼女にセブルスは苦笑した。
「先生、見せてください」
ユイがセブルスの頬へ腕を伸ばした。
「大丈夫だ。大したことはない」
「いいからしゃがんで」
有無を言わさぬ彼女に、セブルスは渋々腰をかがめた。
ユイは彼の頬に手を添え、傷口を確認すると、背負っていた小さなリュックから布と円柱型の蓋つきの缶を取り出した。布を濡らし、セブルスの頬に付いた血や汚れを拭き取っていく。
それが終わると、缶の蓋を取って、中身のペースト状の物を傷の上に塗っていった。セブルスはユイが手際よく治療する間、彼女を見つめていた。
彼女の顔は真剣そのものだった。こんな傷、放っておいてもなんてことないのだが。セブルスはふっと口元を緩めた。
「終わりました。しばらくすれば傷は消え——先生?」
リュックの中に治療キットをしまってセブルスを見ると、じっとこちらを見据えていた。ユイは首を傾げた。
「……ありがとう」
珍しくストレートに礼を述べたセブルスに、ユイは目を瞬いた。くしゃっとユイの髪を撫で、セブルスは薄く微笑んだ。
「戻るとしよう」
「は、はい」
呆気にとられていたユイは慌てて彼の隣に並んだ。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
シリウスがユイの聞き覚えのあるセリフを吐いた。
セブルスは苛立ちを抑えようとしていたが、眉だけはピクリと動いていた。ユイがシリウスたちと合流し、安堵の表情を浮かべた彼だったが、セブルスがいることに気づくや否や噛み付いた。
「貴様には関係のないことだ」
「何だと!?」
彼らは顔を合わせれば喧嘩しかしていない。もっとも、シリウスから突っかかって来ることばかりなのだが。
この2人だけは昔と変わることはないらしい。ユイは呆れたようにため息をついた。フレッドやアンジェリーナも、苦笑をこぼしていた。
「シリウス、帰ってデスイーターを引き渡しましょう。早くハリーに会いたいでしょう?」
「……ああ、わかった」
ハリーの名前を出せばいくらか気分が落ち着いたようだ。不満はあるようだが、セブルスを睨むだけで何も言わなくなった。シリウスはフレッドたちと前を歩いた。
「ユイ」
「はい?」
少し後ろに離れて歩いていたセブルスに呼ばれ、ユイは彼と並んだ。
「……しばらくすれば、この任務も終わるだろう。デスイーターも残り少ない」
「そうですね。あともう少しです! 頑張りましょう」
ユイは胸の前で拳を作って頷いた。
「ああ……だから、君が無事に卒業して、念願の
セブルスはそこで言葉を区切り、足を止めた。ユイもつられて立ち止まる。
セブルスは自分を見上げる彼女を見つめた。
「その時は、わたしの家で二人で暮らさないか?」
ほんの一瞬、ユイの思考が停止した。
次第に彼女は目を丸くし口をあんぐりと開け、両手で口元を覆った。目を細め、屈託のない笑みを浮かべると、ユイは勢いよくセブルスに飛びついた。セブルスはふらつくことなく彼女を受け止める。
「毎日、先生の紅茶飲めますか?」
「ああ、毎日淹れてやる」
「二人でゆっくり本を読むことも?」
「ああ、できる」
「一緒にキッチンに立ったり?」
「そうだな」
始終優しい声で答えるセブルスに、ユイはふふふっと笑みをこぼした。
「楽しみです」
「わたしもだ」
二人は少しだけ体を離し、お互いの顔を見つめながら笑い合った。
シリウスの怒号が聞こえるまで、あと5秒。