ハーデス様の呪いシリーズ
その日までは、普段と何ら変わりのない日常だった……
天馬星座の聖衣を授かってからも、童虎と訓練をして…途中で遊びに来たマニゴルドにからかわれて……
まさか……突然、こんなことになるなんて……
「よし、今日の訓練はここまでじゃ」
「は~……」
テンマはその場でため息をつく。
天馬星座の聖闘士になってから童虎の訓練は更に厳しさを増しているのだ。
「この程度で息切らすなんて、お前もまだまだだな」
「うるせーよマニゴルド!!」
修行の様子を傍観していたマニゴルドが早速テンマをからかう。
「いつか絶対お前を抜いてやるからな!!」
「たかが青銅のガキが黄金の俺にかなうと思ってんのか?」
「よさんか二人とも」
童虎は苦笑しながら睨み合う二人をなだめる。
「さて……天秤宮に帰るぞ、テンマ」
童虎が天秤宮に向けて歩き始める。
「わかったよ」
テンマは童虎の背中を慌てて追いかける。
だが、突如…世界が逆転する――
(あれ……?)
テンマは漸く、己が倒れたことに気づいた。
「て、テンマ!?」
焦る童虎の声が遠のいてゆく。
テンマはそこで意識を手放した――
テンマが倒れた後、童虎はテンマを訓練場から一番近い白羊宮に連れて行き、現在テンマの容態をシオンに診てもらっている。
「どうじゃシオン……?」
「…酷い熱だ……何かあったのか?」
シオンの言葉にマニゴルドは首を横に振った。
「まさか、さっきまでピンピンしてたぜ?」
「突然倒れてしもうたんじゃ……」
二人の言葉にどうも納得がいかないシオンだが……とにかく、テンマの状態は深刻なものだ。
「しばらく動かさない方がいい……目覚めるまでは絶対安静だ」
医学の知識はあまり無いシオンだが……それでも、テンマが危険な状態なのは見てとれる。
「……後は私に任せてくれ」
…童虎は渋ったが…二人を追い払うと、シオンは早速テンマの看病に取りかかる。
―――
「ぅん……?」
結局、テンマが目を覚ましたのは翌日だった。
「気がついたかテンマ?」
「シオン…?ここって……?」
「白羊宮だ…昨日、突然倒れたようだが……」
大丈夫か?と訪ねるシオンに、「うん……」とテンマはベッドに横になったまま曖昧に答える。
「そうか……喉は渇いてないか?」
「…少し……」
「なら、水を持ってこよう」
シオンは立ち上がり、部屋から出る。
(どうしたんだろう俺……)
ぼんやりとした思考で昨日のことを思い出す。
……倒れる前後の記憶が無い。
「うーん……」
首を捻りながらベッドから上半身を起こし……『異変』に気づいた。
「……ぇ?」
「えぇぇぇっ!!?」
「どうしたテンマ!?」
水が入ったコップを片手にシオンが部屋に駆けつけるが……
テンマはそのシオンの脇を凄まじい速さで抜き去った。
「…テンマ……?」
シオンは茫然としていたが……
「こうしてはいられない……!」
コップをテーブルに置き、シオンは急いでテンマを追いかける。
「な、何でこんなことに!?」
走りながらも、テンマは何度も夢だと否定したが……己の体を見るたびに、現実だということを突きつけられる。
「な、何で……」
―女になってんだ!!?―
そう……テンマの体が一晩のうちに、女の子になってしまったのだ。
しかし、テンマは気づかなかった……これが、黄金聖闘士をも巻き込む大波乱の幕開けに過ぎないことに――
テンマが白羊宮から飛び出したその時、白羊宮の近くを通りかかっていた人物達がいた。
「あ?おい童虎……あれってテンマじゃねーか?」
「何じゃと!?」
……童虎とマニゴルドだ。
目を見張る童虎だが、マニゴルドが指差した先には紛れもなくテンマがいた。
こちらに向かって走って来る……が、かなり慌てている様子だ。
「どうしたんじゃ……?」
「俺が知るか……」
「どいてくれーー!!」
そんな二人を突き飛ばすようにテンマは駆け抜けてゆく。
「テンマ!?」
「お、おい!!」
二人が止めようとした時は既にテンマの姿は小さくなっていた。
「「……」」
二人は言葉を失う。
シオンが現れたのは丁度その時だった。
「二人とも!!……どうした?」
「今…テンマが……」
「何かあったのかよ?」
マニゴルドの言葉にシオンは首を横に振る。
「私にもわからない……起きて早々、逃げ出したんだ」
ただ…と言葉を続けるシオンに二人は首を傾げる。
「テンマの小宇宙がひどく乱れていた……テンマ自身に何かあったのかもしれない」
「言われてみれば……」
マニゴルドもシオンの言葉に頷きながらボヤくように言った。
「アイツの体……なんか変じゃなかったか?」
「む…確かに……」
マニゴルドの言葉に童虎も頷く……二人はすれ違い間際にテンマの異変を感じたのだ。
「こうしてはおれん!テンマを追いかけるぞ!!」
言うなり、全速力で走り出す童虎。
「童虎!?」
「俺たちも行くぞシオン!」
その後をマニゴルドとシオンが追いかける。
―――
「っ…来た!?」
振り返り後ろを伺ったテンマは、三人の人影を認める。
「ヤバい……シオンはともかく、二人にバレたら……」
テンマの本能が、脳内に警鐘を鳴らす。
「逃げるしかない!!」
逃げられる限り逃げることにしたテンマだった。
―現在、場所は獅子宮と処女宮の中間点―
テンマが途中でアルデバランや他の黄金聖闘士の姿を見かけなかったのは、任務で出払っているからだ(なんと間が悪い)
「何で誰もいないんだよ!?…アスミタはいるのかな……」
などとテンマがボヤいたその時――
「追いついたぞテンマ!!」
「げっ!?」
「観念しやがれ!!」
後ろから童虎とマニゴルドがテンマに追い付く。
「悪いが…逃げ道はないぞ?」
「し、シオンまで……」
シオンはテレポートを駆使してテンマの前に立ちふさがる、が……
「テンマ…何故私達から逃げる?何か理由でもある、の…か……?」
……シオンが目を見開いて固まった。
「はっ……シオン!?」
慌ててテンマがシオンに声をかける。
「どうしたんじゃシオン!?」
「何があった!?」
テンマの背中しか見えない二人には、シオンが固まった理由がわからない。
「て…テンマ…なのか……?」
「そうだよ……こんな姿、見せたくなかったから……」
テンマとシオンのやりとりに二人の頭上に疑問符が飛び交う。
―そこに―
「ここにいたか、天馬星座」
「っ!?」
突如響いた声にテンマは驚く。
「何者だ!!」
シオンの声に答えるように現れたのは、冥闘士の中でも最強と謳われる三巨頭の三人……
「ハーデス様の命令だ」
「天馬星座を渡してもらおう」
「抵抗するのであれば、容赦致しません」
そう――ラダマンティス、アイアコス、ミーノスが現れたのだ。
童虎たちもすかさず臨戦態勢に入る。
「ハーデス…!?アローンの命令だって!?」
「その通りだ」
ラダマンティスのその言葉に、テンマを背で庇いながらシオンが睨みつける。
「目的はテンマか……!!」
「そうです」
シオンの声に答えたのはミーノスだ。
「ハーデス様の御力によって……」
「女性となった天馬星座を連れて来い、と」
――数秒の余白――
「「はぁぁああ!?」」
童虎とマニゴルドが同時に声を上げる。
「テンマがおなごになったじゃと!?」
「んな馬鹿な話しがあるかよ!?神様だからって何でもありか!?」
あまりにも唐突に告げられ、二人は驚きを隠せない。
「信じられないなら、確認すればいい」
そこにアイアコスが淡々と言う。
「「……」」
……二人の視線がテンマに向けられるが、とてつもなく恐い
「二人とも……!」
そんな視線を感じ、テンマはシオンの後ろに隠れてしまう。
「テンマ…怒りはせんから…本当なのか?」
「……」
童虎の声に、おずおずとテンマはシオンの影から出てくる。
「これじゃあ…信じられないか……?」
テンマの姿が露わにされる、が……
その胸には、男ならばあるはずの無い膨らみがあった。
――固まる二人
「テンマぁーー!!?」
「本当に女になったのかよ!?」
驚く二人をしり目に、ミーノスが告げる。
「さあ…天馬星座を渡してもらいますよ」
「そうはさせるか!スターダストレボリューション!!」
無数の星の煌めきが三巨頭に襲いかかる、が……
「甘いわ!!」
ラダマンティスがやすやすと弾き飛ばす。
「なっ……!?」
「シオン!?」
テンマは目を見張った。
……スターダストレボリューションが発動する瞬間、シオンの体に無数の糸が纏わりつくのを見たのだ。
「か、体が……!?」
驚くのも無理は無い……シオンは今、己の体の自由が一切きかなくなっているのだ。
テンマは糸の発生源を視線で辿る……
発生源は、ミーノスだ。
「コズミックマリオネーション……もう貴方の体は、自分の意志で動かすことは不可能ですよ」
笑みを浮かべて告げるミーノスにラダマンティスが舌打ちをする。
「余計なことを……」
「天馬星座に傷一つつけるなと、ハーデス様に言われたではありませんか?」
ミーノスの言葉にアイアコスは頷く。
「その通りだ……早く天馬星座を連れて行こう」
三巨頭の視線がテンマに向けられる。
三人が動こうとした、その時――
「廬山百龍覇ー!!」
童虎の声と共に、無数の龍が三巨頭に襲いかかる。
「人の存在素通りするんじゃねーよ!!」
青白い鬼火が、シオンの体に纏わりついた糸を焼き切る。
ようやく童虎とマニゴルドが立ち直ったのだ。
「二人とも……!」
「大丈夫かシオン?」
「お主たちにテンマは渡さん!!」
「童虎……」
臨戦態勢に入る二人、シオンはテンマを守るように側につく。
「ちっ……黄金聖闘士風情が調子に乗るな!!」
ラダマンティスの小宇宙が高まり、爆発する…しかし――
「天魔降伏」
静かな声と共に、凄まじい小宇宙がラダマンティスに襲いかかる。
「私の宮の近くで騒ぎを起こすのは止めてもらいたい」
風に金色の髪をなびかせ現れたのは、乙女座の黄金聖闘士のアスミタだ。
「アスミタ!?」
「冥闘士が…それも…最強と謳われる三巨頭が、聖域に来るとは…一体何の騒ぎだ?」
四人を順に見回すアスミタだが……その視線がテンマを見据えた瞬間、僅かに固まる。
「…そこにいるのは…天馬星座のテンマか……?」
「あ、あぁ……まさかアスミタ……」
……アスミタは目が見えないが、小宇宙を感じることで物事を見とるのだ。
テンマは震える声でアスミタに訪ねる。
「…あぁ……わかった」
やっぱり…とテンマはうなだれる。
「成る程…狙いは天馬星座、というこか」
視線を三巨頭にやり、アスミタは小宇宙を高めてゆく。
「アスミタ、わしらも協力するぞ!」
アスミタは意気込む童虎をなだめる。
「この程度の連中……私一人で十分だ」
――アスミタの手が印を結ぶ
「…まとめて滅してやろう……」
「天舞宝輪!!」
相手の五感を奪う乙女座最大の奥技が炸裂する!
しかし――
「このような技で、我らを倒すつもりか!!」
全く異なる方向から放たれた小宇宙によって阻まれた――
「お前たちは……!?」
突然現れた四人の人影を認め、ラダマンティスが声を荒げる。
「神に刃向かうか?黄金聖闘士よ」
「ヒュプノス様からの命令だ」
「天馬星座をもらっていくよ」
「無駄な抵抗はやめることだ」
アスミタの天舞宝輪を弾いたのはイケロス……次いでオネイロス、パンタソス、モルペウスが現れる。
夢を司る四神が、姿を現したのだ。
「な……!?」
「ハーデスのヤツ…本気でテンマを狙っているみたいだな……」
童虎が驚き、マニゴルドもどこか焦りを含んだ声で呟く。
「どうしてアローンは俺を狙うんだよ!?」
テンマが声を荒げる。
「理由ならあります」
テンマの声に淡々と答えたのはミーノスだ。
「天馬星座……貴方はハーデス様の花嫁となるのですよ」
その言葉に、全員が固まった。
「…は……?」
「「「花嫁ぇええ!!?」」」
「ちょっと待てよ!?花嫁ってどういう意味だよ!?」
「……そのままの意味だろう」
「だから女にされたのかよ!?」
「わしは認めんぞ!!」
四人がそれぞれ反応するが、三巨頭と四神は容赦ない様子だ。
「お前たちに用は無い、黄金聖闘士ども」
オネイロスがイケロスと視線を交わす。
すると、イケロスの姿が消えた――
「な…!?消えただと……!?」
「邪魔だ」
声と共にイケロスがシオンの背後に現れ、シオンの体が吹き飛ばされる。
「ぐぁ!?」
「シオン!?」
「他愛も無い」
マニゴルドがシオンの体を受け止めるが、その隙に再び姿を消したイケロスがテンマに忍び寄る。
「……!?」
「テンマ!!」
テンマを守るべく童虎とアスミタが駆け寄ろうとするが、他の四神に行く手を阻まれてしまう。
「もらったぞ、天馬星座!」
「っ!!」
イケロスがテンマの背後に現れる。
(もう駄目だ……!!)
テンマがそう思ったその時――
「何!?」
金色の矢が、神速の速さでイケロスとテンマの間を割った。
―そして……―
「エクスカリバー!!」
パンタソスに聖剣が振りかざされ、
「オーロラエクスキューション!!」
絶対零度の凍気がモルペウスに襲いかかり、
「スカーレットニードル!!」
「グレートホーン!!」
オネイロスには真紅の衝撃と凄まじい掌圧の同時攻撃が繰り出される。
「今じゃ!廬山百龍覇ぁー!!」
「天魔降伏!」
今が好機、と言わんばかりに童虎とアスミタが三巨頭に攻撃を放つ。
「お前ら……!!」
マニゴルドが矢が放たれた方向を見て声を上げる。
「帰って早々に邪悪な小宇宙を感じたのでな」
「まさか…三巨頭だけでなく、四神まで現れているとはな……」
腕を組み、敵を見据えるアルデバランのそばでシジフォスが油断なく弓を構えている。
「せっかくデジェルと二人きりになれたのに……お前らのせいで台無しじゃねーか!!」
「そんなことを言っている場合では無いだろうカルディア……」
……カルディアは私的なことで出てきたようだが、デジェルにたしなめられる。
「お前たちの目的な何だ」
エルシドが手刀を構え鋭く睨む。
「ちっ……後から湧いてきやがる」
イケロスが舌打ちをする。
「何人来ようが同じだ……天馬星座は貰い受ける!」
オネイロスの言葉に全員が臨戦態勢に入る。
―空が、歪んだ―
「随分手こずっているようだな」
「「「ハーデス様!?」」」
三巨頭が一斉に跪く。
……空を割って現れたのはハーデスだ。
「アローン!!」
「冥王自ら現れたか……!」
テンマが声を荒げ、マニゴルドに支えられ、立ち上がったシオンがハーデスを睨む。
「まだその名で余を呼ぶか……」
ハーデス―アローン―はテンマに微笑みを向けるが、それは一瞬のこと。
「お前たち…天馬星座を余の元に連れてくるのだ」
ハーデスの言葉に三巨頭と四神が一斉に動く。
「そうはさせんぞ!!」
「…全員では無いが…我ら黄金聖闘士が相手だ!!」
童虎とシジフォスを筆頭に黄金聖闘士たちも動き、たちまち乱戦状態となる。
「っ…!テンマはさがっているんだ!!」
「わ…わかった」
テンマが頷くことを確認し、シオンも戦いに身を投じる。
自分が戦いに加わっても足手まといになるだけだと自覚しているテンマは大人しく下がろうとした、が……
「っ……!?」
(か、体が動かねー……!?)
「これって……!?」
そう……先程シオンが同じ状態となったこの技は――
「さぁ……こちらに来るのです、天馬星座」
テンマはその張本人であるミーノスを睨みつける。
「っ…!?やめ、ろ…!!」
だが、自らの意志に反して……体が、足が動く。
「テンマ!?」
童虎がテンマを止めようとするが、
「行かせるか!!」
童虎の行く手をアイアコスが塞ぐ。
「あと少しです……」
「く…ぅ……」
必死に抵抗するが、テンマの足は歩みを止めない。
「いや…だ……!!」
「テンマぁあーー!!」
童虎の叫びが響く
「ピラニアンローズ!!」
「うわ!?」
突然体が自由になり、テンマの体が傾く……しかし、すんでのところで誰かに抱きとめられたため、倒れることはなかった。
「何……!?」
地面に刺さった黒薔薇を見てミーノスが驚きの声を上げる。
「……天馬星座をお前達の好きにはさせない」
テンマのコズミックマリオネーションを黒薔薇で断ち切ったのは……魚座のアルバフィカだ。
ちなみに、アルバフィカはテンマを外套ごしに抱えている。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ」
テンマが立てることを確認したアルバフィカはすぐに離れ、ミーノスを睨む。
「お前の相手は私だ」
「…いいでしょう……相手をしてさしあげますよ」
何もない空間から黒薔薇を取り出し、アルバフィカはミーノスと戦いを繰り広げる。
呆然とするテンマの元に駆け寄る一人の人影があった。
「テンマ!」
「サーシャ!?」
アテナ――サーシャの姿を認めたテンマは自らも駆け寄る。
「ごめんなさいテンマ…来るのが遅くなって……」
ハーデスの小宇宙を感じたサーシャはアルバフィカと共にこの場に来たのだ。
「いいんだよ……そうだ!サーシャの力で何とかならないのか?」
そのテンマの質問にサーシャが答える前に、アローンがアッサリと告げた。
しかも、勝ち誇ったような笑みを浮かべて
「如何に女神アテナと言えども、余の呪縛を解くことは不可能よ」
「はぁああーー!!?」
(い、今何て言った!?)
「だから…如何に女神アテナと言えども、余の呪縛を解くことは不可能よ…と言ったのだ」
テンマの心の声を聞いたのか、再び同じ台詞を言うアローン。
「二度も言わなくていい!!早く元に戻せ!!」
「却下」
「却下じゃねぇーー!!」
アローンの言葉にテンマの怒りが爆発する。
「まあいい……」
再び空が歪み、アローンの元に三巨頭と四神が集う。
「聞くがいい…黄金聖闘士ども」
ハーデスの言葉に全員が見上げる。
「大人しく天馬星座を余に渡せ……もし天馬星座を余に渡せば、二度と聖域に手は出さぬ」
「え……!?」
テンマは思わず声を上げるが、他の人達の反応は違った。
「ふざけるでない!テンマは渡さん!!」
「大方、天馬星座を手にするための口上だろう」
童虎が怒り、デジェルが淡々と告げる。
「……そうか」
二人の返事にアローンの声のトーンが僅かに下がる。
「ならば…お前たちに災いが降りかかるだろう」
「災い……!?」
「何を企んでいる!!」
シジフォスが驚き、エルシドが刃のごとく鋭い目で睨みつける。
「それは見せしめに……フフフ」
……ハーデスの含み笑いに、思わず悪寒が走る黄金一同
「楽しみにしているがいい……また、迎えに来るよテンマ」
「二度と来るなぁーー!!」
テンマの怒号が炸裂した。
ハーデスは姿を消したが、テンマの受難は続いた――
「こっち来るなーー!!」
「待ちやがれ!その体が本物か確かめる!!」
現在、テンマはマニゴルドと童虎に追いかけられている。
「待つんじゃテンマ!!」
「誰が待つかよ!!絶対俺に何かやるつもりだろ!?」
サーシャがテンマを元に戻すべく調査をしているのだが……しばらくの間は女の子のままなので、こうして(主にやましい考えを持つ連中に)追いかけられる羽目になっているのだ。
「誰かーー!!」
思わず助けを呼ぶテンマ。
「あ…!!」
そして、一人の人影を認め全速力で走りだす。
「助けてアルバフィカぁーー!!」
「テンマ……!?」
テンマの姿を見て一瞬驚くアルバフィカだが、テンマの後ろにいる二人を見て納得した様子。
「……ロイヤルデモンローズ」
威力をかなり抑えているが…元々の技の威力が強力なため、童虎とマニゴルドは倒れる。
「ありがとうアルバフィカ……」
「…もう大丈夫だ……」
今にも泣きそうなテンマはアルバフィカに駆け寄る。
しかし――
「こんな技で…倒れる俺だと思ってんのか!?」
ふらつきながらもマニゴルドが立ち上がる、が……
「スターダストレボリューション!!」
追い討ちをかけるように、シオンの怒りの小宇宙が込められた技がマニゴルドに炸裂する。
「お前という奴は…恥を知れ……!!」
シオンが倒れたマニゴルドを引きずっていく。
天馬星座の聖衣を授かってからも、童虎と訓練をして…途中で遊びに来たマニゴルドにからかわれて……
まさか……突然、こんなことになるなんて……
「よし、今日の訓練はここまでじゃ」
「は~……」
テンマはその場でため息をつく。
天馬星座の聖闘士になってから童虎の訓練は更に厳しさを増しているのだ。
「この程度で息切らすなんて、お前もまだまだだな」
「うるせーよマニゴルド!!」
修行の様子を傍観していたマニゴルドが早速テンマをからかう。
「いつか絶対お前を抜いてやるからな!!」
「たかが青銅のガキが黄金の俺にかなうと思ってんのか?」
「よさんか二人とも」
童虎は苦笑しながら睨み合う二人をなだめる。
「さて……天秤宮に帰るぞ、テンマ」
童虎が天秤宮に向けて歩き始める。
「わかったよ」
テンマは童虎の背中を慌てて追いかける。
だが、突如…世界が逆転する――
(あれ……?)
テンマは漸く、己が倒れたことに気づいた。
「て、テンマ!?」
焦る童虎の声が遠のいてゆく。
テンマはそこで意識を手放した――
テンマが倒れた後、童虎はテンマを訓練場から一番近い白羊宮に連れて行き、現在テンマの容態をシオンに診てもらっている。
「どうじゃシオン……?」
「…酷い熱だ……何かあったのか?」
シオンの言葉にマニゴルドは首を横に振った。
「まさか、さっきまでピンピンしてたぜ?」
「突然倒れてしもうたんじゃ……」
二人の言葉にどうも納得がいかないシオンだが……とにかく、テンマの状態は深刻なものだ。
「しばらく動かさない方がいい……目覚めるまでは絶対安静だ」
医学の知識はあまり無いシオンだが……それでも、テンマが危険な状態なのは見てとれる。
「……後は私に任せてくれ」
…童虎は渋ったが…二人を追い払うと、シオンは早速テンマの看病に取りかかる。
―――
「ぅん……?」
結局、テンマが目を覚ましたのは翌日だった。
「気がついたかテンマ?」
「シオン…?ここって……?」
「白羊宮だ…昨日、突然倒れたようだが……」
大丈夫か?と訪ねるシオンに、「うん……」とテンマはベッドに横になったまま曖昧に答える。
「そうか……喉は渇いてないか?」
「…少し……」
「なら、水を持ってこよう」
シオンは立ち上がり、部屋から出る。
(どうしたんだろう俺……)
ぼんやりとした思考で昨日のことを思い出す。
……倒れる前後の記憶が無い。
「うーん……」
首を捻りながらベッドから上半身を起こし……『異変』に気づいた。
「……ぇ?」
「えぇぇぇっ!!?」
「どうしたテンマ!?」
水が入ったコップを片手にシオンが部屋に駆けつけるが……
テンマはそのシオンの脇を凄まじい速さで抜き去った。
「…テンマ……?」
シオンは茫然としていたが……
「こうしてはいられない……!」
コップをテーブルに置き、シオンは急いでテンマを追いかける。
「な、何でこんなことに!?」
走りながらも、テンマは何度も夢だと否定したが……己の体を見るたびに、現実だということを突きつけられる。
「な、何で……」
―女になってんだ!!?―
そう……テンマの体が一晩のうちに、女の子になってしまったのだ。
しかし、テンマは気づかなかった……これが、黄金聖闘士をも巻き込む大波乱の幕開けに過ぎないことに――
テンマが白羊宮から飛び出したその時、白羊宮の近くを通りかかっていた人物達がいた。
「あ?おい童虎……あれってテンマじゃねーか?」
「何じゃと!?」
……童虎とマニゴルドだ。
目を見張る童虎だが、マニゴルドが指差した先には紛れもなくテンマがいた。
こちらに向かって走って来る……が、かなり慌てている様子だ。
「どうしたんじゃ……?」
「俺が知るか……」
「どいてくれーー!!」
そんな二人を突き飛ばすようにテンマは駆け抜けてゆく。
「テンマ!?」
「お、おい!!」
二人が止めようとした時は既にテンマの姿は小さくなっていた。
「「……」」
二人は言葉を失う。
シオンが現れたのは丁度その時だった。
「二人とも!!……どうした?」
「今…テンマが……」
「何かあったのかよ?」
マニゴルドの言葉にシオンは首を横に振る。
「私にもわからない……起きて早々、逃げ出したんだ」
ただ…と言葉を続けるシオンに二人は首を傾げる。
「テンマの小宇宙がひどく乱れていた……テンマ自身に何かあったのかもしれない」
「言われてみれば……」
マニゴルドもシオンの言葉に頷きながらボヤくように言った。
「アイツの体……なんか変じゃなかったか?」
「む…確かに……」
マニゴルドの言葉に童虎も頷く……二人はすれ違い間際にテンマの異変を感じたのだ。
「こうしてはおれん!テンマを追いかけるぞ!!」
言うなり、全速力で走り出す童虎。
「童虎!?」
「俺たちも行くぞシオン!」
その後をマニゴルドとシオンが追いかける。
―――
「っ…来た!?」
振り返り後ろを伺ったテンマは、三人の人影を認める。
「ヤバい……シオンはともかく、二人にバレたら……」
テンマの本能が、脳内に警鐘を鳴らす。
「逃げるしかない!!」
逃げられる限り逃げることにしたテンマだった。
―現在、場所は獅子宮と処女宮の中間点―
テンマが途中でアルデバランや他の黄金聖闘士の姿を見かけなかったのは、任務で出払っているからだ(なんと間が悪い)
「何で誰もいないんだよ!?…アスミタはいるのかな……」
などとテンマがボヤいたその時――
「追いついたぞテンマ!!」
「げっ!?」
「観念しやがれ!!」
後ろから童虎とマニゴルドがテンマに追い付く。
「悪いが…逃げ道はないぞ?」
「し、シオンまで……」
シオンはテレポートを駆使してテンマの前に立ちふさがる、が……
「テンマ…何故私達から逃げる?何か理由でもある、の…か……?」
……シオンが目を見開いて固まった。
「はっ……シオン!?」
慌ててテンマがシオンに声をかける。
「どうしたんじゃシオン!?」
「何があった!?」
テンマの背中しか見えない二人には、シオンが固まった理由がわからない。
「て…テンマ…なのか……?」
「そうだよ……こんな姿、見せたくなかったから……」
テンマとシオンのやりとりに二人の頭上に疑問符が飛び交う。
―そこに―
「ここにいたか、天馬星座」
「っ!?」
突如響いた声にテンマは驚く。
「何者だ!!」
シオンの声に答えるように現れたのは、冥闘士の中でも最強と謳われる三巨頭の三人……
「ハーデス様の命令だ」
「天馬星座を渡してもらおう」
「抵抗するのであれば、容赦致しません」
そう――ラダマンティス、アイアコス、ミーノスが現れたのだ。
童虎たちもすかさず臨戦態勢に入る。
「ハーデス…!?アローンの命令だって!?」
「その通りだ」
ラダマンティスのその言葉に、テンマを背で庇いながらシオンが睨みつける。
「目的はテンマか……!!」
「そうです」
シオンの声に答えたのはミーノスだ。
「ハーデス様の御力によって……」
「女性となった天馬星座を連れて来い、と」
――数秒の余白――
「「はぁぁああ!?」」
童虎とマニゴルドが同時に声を上げる。
「テンマがおなごになったじゃと!?」
「んな馬鹿な話しがあるかよ!?神様だからって何でもありか!?」
あまりにも唐突に告げられ、二人は驚きを隠せない。
「信じられないなら、確認すればいい」
そこにアイアコスが淡々と言う。
「「……」」
……二人の視線がテンマに向けられるが、とてつもなく恐い
「二人とも……!」
そんな視線を感じ、テンマはシオンの後ろに隠れてしまう。
「テンマ…怒りはせんから…本当なのか?」
「……」
童虎の声に、おずおずとテンマはシオンの影から出てくる。
「これじゃあ…信じられないか……?」
テンマの姿が露わにされる、が……
その胸には、男ならばあるはずの無い膨らみがあった。
――固まる二人
「テンマぁーー!!?」
「本当に女になったのかよ!?」
驚く二人をしり目に、ミーノスが告げる。
「さあ…天馬星座を渡してもらいますよ」
「そうはさせるか!スターダストレボリューション!!」
無数の星の煌めきが三巨頭に襲いかかる、が……
「甘いわ!!」
ラダマンティスがやすやすと弾き飛ばす。
「なっ……!?」
「シオン!?」
テンマは目を見張った。
……スターダストレボリューションが発動する瞬間、シオンの体に無数の糸が纏わりつくのを見たのだ。
「か、体が……!?」
驚くのも無理は無い……シオンは今、己の体の自由が一切きかなくなっているのだ。
テンマは糸の発生源を視線で辿る……
発生源は、ミーノスだ。
「コズミックマリオネーション……もう貴方の体は、自分の意志で動かすことは不可能ですよ」
笑みを浮かべて告げるミーノスにラダマンティスが舌打ちをする。
「余計なことを……」
「天馬星座に傷一つつけるなと、ハーデス様に言われたではありませんか?」
ミーノスの言葉にアイアコスは頷く。
「その通りだ……早く天馬星座を連れて行こう」
三巨頭の視線がテンマに向けられる。
三人が動こうとした、その時――
「廬山百龍覇ー!!」
童虎の声と共に、無数の龍が三巨頭に襲いかかる。
「人の存在素通りするんじゃねーよ!!」
青白い鬼火が、シオンの体に纏わりついた糸を焼き切る。
ようやく童虎とマニゴルドが立ち直ったのだ。
「二人とも……!」
「大丈夫かシオン?」
「お主たちにテンマは渡さん!!」
「童虎……」
臨戦態勢に入る二人、シオンはテンマを守るように側につく。
「ちっ……黄金聖闘士風情が調子に乗るな!!」
ラダマンティスの小宇宙が高まり、爆発する…しかし――
「天魔降伏」
静かな声と共に、凄まじい小宇宙がラダマンティスに襲いかかる。
「私の宮の近くで騒ぎを起こすのは止めてもらいたい」
風に金色の髪をなびかせ現れたのは、乙女座の黄金聖闘士のアスミタだ。
「アスミタ!?」
「冥闘士が…それも…最強と謳われる三巨頭が、聖域に来るとは…一体何の騒ぎだ?」
四人を順に見回すアスミタだが……その視線がテンマを見据えた瞬間、僅かに固まる。
「…そこにいるのは…天馬星座のテンマか……?」
「あ、あぁ……まさかアスミタ……」
……アスミタは目が見えないが、小宇宙を感じることで物事を見とるのだ。
テンマは震える声でアスミタに訪ねる。
「…あぁ……わかった」
やっぱり…とテンマはうなだれる。
「成る程…狙いは天馬星座、というこか」
視線を三巨頭にやり、アスミタは小宇宙を高めてゆく。
「アスミタ、わしらも協力するぞ!」
アスミタは意気込む童虎をなだめる。
「この程度の連中……私一人で十分だ」
――アスミタの手が印を結ぶ
「…まとめて滅してやろう……」
「天舞宝輪!!」
相手の五感を奪う乙女座最大の奥技が炸裂する!
しかし――
「このような技で、我らを倒すつもりか!!」
全く異なる方向から放たれた小宇宙によって阻まれた――
「お前たちは……!?」
突然現れた四人の人影を認め、ラダマンティスが声を荒げる。
「神に刃向かうか?黄金聖闘士よ」
「ヒュプノス様からの命令だ」
「天馬星座をもらっていくよ」
「無駄な抵抗はやめることだ」
アスミタの天舞宝輪を弾いたのはイケロス……次いでオネイロス、パンタソス、モルペウスが現れる。
夢を司る四神が、姿を現したのだ。
「な……!?」
「ハーデスのヤツ…本気でテンマを狙っているみたいだな……」
童虎が驚き、マニゴルドもどこか焦りを含んだ声で呟く。
「どうしてアローンは俺を狙うんだよ!?」
テンマが声を荒げる。
「理由ならあります」
テンマの声に淡々と答えたのはミーノスだ。
「天馬星座……貴方はハーデス様の花嫁となるのですよ」
その言葉に、全員が固まった。
「…は……?」
「「「花嫁ぇええ!!?」」」
「ちょっと待てよ!?花嫁ってどういう意味だよ!?」
「……そのままの意味だろう」
「だから女にされたのかよ!?」
「わしは認めんぞ!!」
四人がそれぞれ反応するが、三巨頭と四神は容赦ない様子だ。
「お前たちに用は無い、黄金聖闘士ども」
オネイロスがイケロスと視線を交わす。
すると、イケロスの姿が消えた――
「な…!?消えただと……!?」
「邪魔だ」
声と共にイケロスがシオンの背後に現れ、シオンの体が吹き飛ばされる。
「ぐぁ!?」
「シオン!?」
「他愛も無い」
マニゴルドがシオンの体を受け止めるが、その隙に再び姿を消したイケロスがテンマに忍び寄る。
「……!?」
「テンマ!!」
テンマを守るべく童虎とアスミタが駆け寄ろうとするが、他の四神に行く手を阻まれてしまう。
「もらったぞ、天馬星座!」
「っ!!」
イケロスがテンマの背後に現れる。
(もう駄目だ……!!)
テンマがそう思ったその時――
「何!?」
金色の矢が、神速の速さでイケロスとテンマの間を割った。
―そして……―
「エクスカリバー!!」
パンタソスに聖剣が振りかざされ、
「オーロラエクスキューション!!」
絶対零度の凍気がモルペウスに襲いかかり、
「スカーレットニードル!!」
「グレートホーン!!」
オネイロスには真紅の衝撃と凄まじい掌圧の同時攻撃が繰り出される。
「今じゃ!廬山百龍覇ぁー!!」
「天魔降伏!」
今が好機、と言わんばかりに童虎とアスミタが三巨頭に攻撃を放つ。
「お前ら……!!」
マニゴルドが矢が放たれた方向を見て声を上げる。
「帰って早々に邪悪な小宇宙を感じたのでな」
「まさか…三巨頭だけでなく、四神まで現れているとはな……」
腕を組み、敵を見据えるアルデバランのそばでシジフォスが油断なく弓を構えている。
「せっかくデジェルと二人きりになれたのに……お前らのせいで台無しじゃねーか!!」
「そんなことを言っている場合では無いだろうカルディア……」
……カルディアは私的なことで出てきたようだが、デジェルにたしなめられる。
「お前たちの目的な何だ」
エルシドが手刀を構え鋭く睨む。
「ちっ……後から湧いてきやがる」
イケロスが舌打ちをする。
「何人来ようが同じだ……天馬星座は貰い受ける!」
オネイロスの言葉に全員が臨戦態勢に入る。
―空が、歪んだ―
「随分手こずっているようだな」
「「「ハーデス様!?」」」
三巨頭が一斉に跪く。
……空を割って現れたのはハーデスだ。
「アローン!!」
「冥王自ら現れたか……!」
テンマが声を荒げ、マニゴルドに支えられ、立ち上がったシオンがハーデスを睨む。
「まだその名で余を呼ぶか……」
ハーデス―アローン―はテンマに微笑みを向けるが、それは一瞬のこと。
「お前たち…天馬星座を余の元に連れてくるのだ」
ハーデスの言葉に三巨頭と四神が一斉に動く。
「そうはさせんぞ!!」
「…全員では無いが…我ら黄金聖闘士が相手だ!!」
童虎とシジフォスを筆頭に黄金聖闘士たちも動き、たちまち乱戦状態となる。
「っ…!テンマはさがっているんだ!!」
「わ…わかった」
テンマが頷くことを確認し、シオンも戦いに身を投じる。
自分が戦いに加わっても足手まといになるだけだと自覚しているテンマは大人しく下がろうとした、が……
「っ……!?」
(か、体が動かねー……!?)
「これって……!?」
そう……先程シオンが同じ状態となったこの技は――
「さぁ……こちらに来るのです、天馬星座」
テンマはその張本人であるミーノスを睨みつける。
「っ…!?やめ、ろ…!!」
だが、自らの意志に反して……体が、足が動く。
「テンマ!?」
童虎がテンマを止めようとするが、
「行かせるか!!」
童虎の行く手をアイアコスが塞ぐ。
「あと少しです……」
「く…ぅ……」
必死に抵抗するが、テンマの足は歩みを止めない。
「いや…だ……!!」
「テンマぁあーー!!」
童虎の叫びが響く
「ピラニアンローズ!!」
「うわ!?」
突然体が自由になり、テンマの体が傾く……しかし、すんでのところで誰かに抱きとめられたため、倒れることはなかった。
「何……!?」
地面に刺さった黒薔薇を見てミーノスが驚きの声を上げる。
「……天馬星座をお前達の好きにはさせない」
テンマのコズミックマリオネーションを黒薔薇で断ち切ったのは……魚座のアルバフィカだ。
ちなみに、アルバフィカはテンマを外套ごしに抱えている。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ」
テンマが立てることを確認したアルバフィカはすぐに離れ、ミーノスを睨む。
「お前の相手は私だ」
「…いいでしょう……相手をしてさしあげますよ」
何もない空間から黒薔薇を取り出し、アルバフィカはミーノスと戦いを繰り広げる。
呆然とするテンマの元に駆け寄る一人の人影があった。
「テンマ!」
「サーシャ!?」
アテナ――サーシャの姿を認めたテンマは自らも駆け寄る。
「ごめんなさいテンマ…来るのが遅くなって……」
ハーデスの小宇宙を感じたサーシャはアルバフィカと共にこの場に来たのだ。
「いいんだよ……そうだ!サーシャの力で何とかならないのか?」
そのテンマの質問にサーシャが答える前に、アローンがアッサリと告げた。
しかも、勝ち誇ったような笑みを浮かべて
「如何に女神アテナと言えども、余の呪縛を解くことは不可能よ」
「はぁああーー!!?」
(い、今何て言った!?)
「だから…如何に女神アテナと言えども、余の呪縛を解くことは不可能よ…と言ったのだ」
テンマの心の声を聞いたのか、再び同じ台詞を言うアローン。
「二度も言わなくていい!!早く元に戻せ!!」
「却下」
「却下じゃねぇーー!!」
アローンの言葉にテンマの怒りが爆発する。
「まあいい……」
再び空が歪み、アローンの元に三巨頭と四神が集う。
「聞くがいい…黄金聖闘士ども」
ハーデスの言葉に全員が見上げる。
「大人しく天馬星座を余に渡せ……もし天馬星座を余に渡せば、二度と聖域に手は出さぬ」
「え……!?」
テンマは思わず声を上げるが、他の人達の反応は違った。
「ふざけるでない!テンマは渡さん!!」
「大方、天馬星座を手にするための口上だろう」
童虎が怒り、デジェルが淡々と告げる。
「……そうか」
二人の返事にアローンの声のトーンが僅かに下がる。
「ならば…お前たちに災いが降りかかるだろう」
「災い……!?」
「何を企んでいる!!」
シジフォスが驚き、エルシドが刃のごとく鋭い目で睨みつける。
「それは見せしめに……フフフ」
……ハーデスの含み笑いに、思わず悪寒が走る黄金一同
「楽しみにしているがいい……また、迎えに来るよテンマ」
「二度と来るなぁーー!!」
テンマの怒号が炸裂した。
ハーデスは姿を消したが、テンマの受難は続いた――
「こっち来るなーー!!」
「待ちやがれ!その体が本物か確かめる!!」
現在、テンマはマニゴルドと童虎に追いかけられている。
「待つんじゃテンマ!!」
「誰が待つかよ!!絶対俺に何かやるつもりだろ!?」
サーシャがテンマを元に戻すべく調査をしているのだが……しばらくの間は女の子のままなので、こうして(主にやましい考えを持つ連中に)追いかけられる羽目になっているのだ。
「誰かーー!!」
思わず助けを呼ぶテンマ。
「あ…!!」
そして、一人の人影を認め全速力で走りだす。
「助けてアルバフィカぁーー!!」
「テンマ……!?」
テンマの姿を見て一瞬驚くアルバフィカだが、テンマの後ろにいる二人を見て納得した様子。
「……ロイヤルデモンローズ」
威力をかなり抑えているが…元々の技の威力が強力なため、童虎とマニゴルドは倒れる。
「ありがとうアルバフィカ……」
「…もう大丈夫だ……」
今にも泣きそうなテンマはアルバフィカに駆け寄る。
しかし――
「こんな技で…倒れる俺だと思ってんのか!?」
ふらつきながらもマニゴルドが立ち上がる、が……
「スターダストレボリューション!!」
追い討ちをかけるように、シオンの怒りの小宇宙が込められた技がマニゴルドに炸裂する。
「お前という奴は…恥を知れ……!!」
シオンが倒れたマニゴルドを引きずっていく。
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