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旧版:失われし神々の系譜


一同が次に目にしたのは、吹雪が吹き荒れる銀世界だった。




「此処が…アスガルドか?」

アスガルドに初めて訪れたアイオリアが、周囲を警戒しながら呟く。

「はい…此処からだと、ワルハラ宮はあの方角になります」

瞬が指を指し方角を示す。
その横では、氷河が思い詰めた表情をしていた。

(フレア……)

その時氷河の耳に、声が届く。

「氷河、カミュ!!」
「!?アイザックか!!」

二人の元に駆け寄って来たのは、クラーケンの海将軍であり、氷河の兄弟子にあたるアイザックだ。

その後ろには、海魔女のソレントとスキュラのイオの姿があった。

「ソレント、状況は分かるか?」
「狂闘士と神闘士が交戦しているようですが…状況は最悪と言っても良いでしょう」
「……!!」

ソレントの言葉に、シドが目を見開いた。

「……どうやら、連中は全員バラバラに動いているようだな」

そう呟いたのはシャカだ。

「…!!シャカ、場所は分かるか!?」
「結界は使われていないようだからな…先代の黄金聖闘士も、私達に小宇宙の質が似ているから分かりやすい」

カノンの言葉に頷くと、シャカは狂闘士の場所を示した。



デジェルはワルハラ宮へと向かっている最中、カルディアはアスガルドの外れに向かっており、マニゴルドはワルハラ宮の前に存在している森の中で、神闘士が交戦している。

レグルスはデフテロスと共に、ワルハラ宮の近くの神殿で神闘士と戦っている。


「先代の蠍座は…誰かを追っているようだが」
「フレア様だ……」

シャカの言葉を遮ったのは、シドの呟きだ。


フレアは、アスガルドの主神オーディーンの地上執行代行者であるヒルダの妹だ。

……命を狙われる理由には、十分だろう。


「フレア様は、ハーゲンとフェンリルと共にワルハラ宮を離れられたのだ…!!奴の狙いは、フレア様の命だ!!」
「フレア……!!」

青ざめる氷河を、カミュが窘める。

「冷静になれ、氷河……今先代蠍座が追っているという事は、彼女はまだ無事という事だ」
「っ……」
「ちっ……」

カノンは舌打ちをすると、全員に指示を出した。

「ミロ、お前はすぐにフレアの元に向かってくれ。…瞬、イオ、ミロにはお前達が同行しろ」
「カノン!?」

抗議の声を上げる氷河に、カノンは鋭く言い放つ。

「先代の水瓶座は、絶対零度の凍技の使い手だ。同じ絶対零度の凍技が使えるのは、お前しかいないんだぞ」


あくまで、カミュの凍技は絶対零度に限りなく近いもの…絶対零度に到達し、師であるカミュを超えた氷河しか、デジェルと対等に戦えない――

「……先代の蠍座にフレアを追わせているのは、アレスの罠という事か」

フレアと氷河は親しい関係にある……それを利用しようとしているのだろう。

納得したように、ソレントが呟いた。

「カノン達の言う通りだ…氷河、此処はミロ達に任せるんだ」

それを一番理解しているカミュは、静かに氷河を説得した。

「カミュ……」
「それとも、俺達の力が信用出来ないのか?」

ミロは氷河の眼前に立つと、真紅の爪を出現させながら言い放つ。

「目の前の状況に振り回されるだけでは、まだまだ甘いぞ」
「っ……」

氷河が息を呑む様子を見ると、ミロは踵を返す。

「すぐに先代の蠍座の元に向かう。遅れるなよ、お前達?」

言うなり、ミロは光速で移動した。

「氷河、こっちは僕達に任せて」
「瞬……」

氷河を安心させるように微笑むと、すぐにミロが消えた方角を見やる。

「イオ、僕達も行こう」
「よもや、君と共に戦う時が来るとはな……」

イオは僅かに笑みを浮かべるも、瞬と共にミロの後を追った。


「デスマスクとシャカは……言わなくても分かるな?」
「あぁ、先代の蟹座の所だろ?」
「ソレントは二人の援護を頼む」
「分かりました」

カノンの言葉に、ソレントは頷いた。

「そうと決まれば、さっさと行くぞ」
「君に命令されるのは少々癪だが……仕方あるまい」

シャカに憎まれ口を叩かれながらも、デスマスク達もマニゴルドの元に向かった。

「……」
「一輝、何処に行くつもりだ?」

一同から背を向ける一輝に、アイオリアが声を掛ける。

「ミーメの小宇宙を感じた……」

ミーメとは、一輝が戦った神闘士だ。

白銀聖闘士のオルフェのように竪琴の音色で攻撃する術を得意としているが、光速拳の使い手でもある神闘士屈指の実力者だ。

「レグルスと…デフテロスを相手に戦っているようだ」
「…ミーメだけではない…兄も戦っている。恐らく…私の代わりに」

シドが、一輝に歩み寄る。

「私も同行する……兄さんを見捨てる真似だけは出来ない」
「…ったく…アイオリア、俺達も行くぞ」
「あぁ……」

二人のやり取りを見かねたカノンが、舌打ちをしながら異次元の入り口を展開させる。

「アイザック、お前は先代射手座と、カミュと氷河と共にワルハラ宮を目指せ。最優先はオーディーン地上代行者の守護だ」
「分かっている」

アイザックの頷く様子を確認すると、カノンは異次元へ足を踏み入れる。

「さっさと入れ、一気に連中の元に行くぞ。ついさっきまで重傷だった奴に光速移動させるのは気分が悪いからな」
「…!!…すまない」

カノン達が異次元へと消える様子を見届け、カミュ達もワルハラ宮へと向かう。

「私達も急ごう」
「あぁ……」


シジフォスの手には、未だにペンダントのままの姿の白金聖衣が握られていた。

―ワルハラ宮の最奥―



アスガルドの主神であるオーディーンを模した巨大な石像の下の台座で、蒼い光が淡く周囲を照らしている。


光の正体は、蒼い刀身の剣と、その剣が突き刺さった台座のような蒼いオブジェだ。



そのオブジェ――先のアスガルドの戦いにおいて星矢が纏い、ポセイドンの策略によりヒルダにはめられた呪いの指輪ニーベルンゲン・リングの魔力を断ち切った、バルムングの剣を備えたオーディーンローブの前で、一人の女性が祈りを捧げている。



「オーディーンよ…どうか、この地を守りたまえ……」

流れるように美しい銀の髪を持つ女性――オーディーンの地上代行者、ポラリスのヒルダだ。

「ヒルダ様!!」

静かに祈るヒルダの傍らに、淡い薄茶色の髪を靡かせながら一人の青年が跪く。

「ヒルダ様、此処は危険です……早く避難を」

龍を模したヘルメット状のヘッドパーツを抱えた青年は、焦りを浮かべた眼差しで、ヒルダを促す。

「それは出来ません、ジークフリート…地上代行者である私が狙いであれば、此処から逃げたとしても彼等はきっと、私を追ってくるでしょう」

ヒルダは、極北の海を思わせる蒼い瞳に決意の光を灯す。

「私も戦います、せめて…フレアが無事に逃げるまでの時間稼ぎには……!!」
「ヒルダ様……」


ジークフリートが言葉を呑んだその瞬間、


「美しい姉妹愛、という訳か」

感情を宿さない、冷ややかな声が、突如として響く。

「っ!?」
「ヒルダ様!!」


同時に、絶対零度の凍気が、ヒルダに襲い掛かる!!

しかしその刹那、ジークフリートが間に割って入り、その凍気を一身に受け止めた。

抱えていた、神闘衣のヘッドパーツが宙を舞う。


「ジークフリート!?」
「わ、私の心配は不要です。ヒルダ様、お下がりください」

僅かにジークフリートの纏う神闘衣が凍結しているものの、彼自身は受けたダメージは皆無と言っても良い。


「ほぅ…?北欧神話の英雄ジークフリートの名を名乗るに相応しい力の持ち主、という事か」
「貴様、何者だ!!」


ヒルダを背に庇いながら、ジークフリートが鋭い声を放つ。


「…私は、軍神アレス様に仕える狂闘士」

現れたのは、聖域を襲撃した先代の水瓶座デジェルだ。

「狂闘士……!?」

デジェルの言葉に、ヒルダは目を見開いた。

「……やはり、我等の事は知っているか。オーディーン地上代行者よ」

ヒルダの様子に、デジェルは目を細めながら、小宇宙を高める。

「『あの時』と同じように、邪魔をされたくない……お前には、此処で消えてもらう」
「そのような事、させるか!!」


ジークフリートが声を荒げ、小宇宙を高める。

「ヒルダ様には、指一本触れさせない!!」
「ふ……神闘士の実力、試させてもらおうか」


デジェルは両の掌を合わせ、天高く掲げる。


「オーロラエクスキューション!!」
「ドラゴン・ブレーヴェスト・ブリザード!!」



水瓶座最大の凍技と、ジークフリート最大の拳がぶつかり合い、凄まじい小宇宙と凍気の奔流を生み出す。


「っ……これ程とは」
「狂闘士とやらは、この程度の力なのか?」

ジークフリートは、薄く笑みを浮かべる。


だが――


「…仕方あるまい……」



――デジェルの虚ろだった双眸が、爛々と燃える紅と蒼に変化する。



「何……!?」

突如として、デジェルから放たれた異質な小宇宙に、ジークフリートは戸惑いの色を浮かべる。


「ジークフリート!!」


ヒルダの、悲鳴に近い声が響き渡る――
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