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旧版:失われし神々の系譜


「お…終わった…のか?」


茫然と立ち尽くす星矢達……だが、いち早くアスミタが行動した。

「先代乙女座……!?」
驚くサガの様子に気にする様子を見せず、気を失っているシジフォスの肩に手をかけ、己の小宇宙を与える。

「ぅ……」

程無く、シジフォスの肩が小さく震える。

「お、おい!!そいつは敵だろ!?」
「安心しろ…彼はもう、敵ではないよ……」

星矢に向けてそう言ったアスミタの表情は、髪に隠れていたが……その声は、何処か安堵したものだ。



「…此処…は……」
「気が付いたか、シジフォス」

ぼんやりとした表情のシジフォスだったが、アスミタの姿を認めると、目を見開く。


「アス…ミタ…!?俺は……っ!!」

立ち上がろうとしたシジフォスだが、その場でがくりと膝を付いてしまう。


「無茶をするな……奴等に操られていた反動だろう」
「…他の…皆は……?」

シジフォスの言葉に、アスミタは無言で首を横に振る。

「解放出来たのは君だけだ……他の者は、まだアレスの手中にある」
「……そうか」
「……その口振りでは、他にも蘇った聖闘士が存在するようだな?」

ゆったりとした足取りで、ハーデスが二人に歩み寄る。

「ど、どういう意味だハーデス?」

星矢の問い掛けに、ハーデスは静かに答える。

「元々、余が地上を訪れたのは冥界で異変が起きた為だ……その一つが、冥界が管理していた死者の魂が、冥界に存在していなかった事だ。転生を迎えた訳でもなく、な」
「え……!?」
「数は全部で十二…前聖戦の聖闘士の魂が、いつからか何者かによって冥界から奪われた…そして、前聖戦の聖闘士であるお前達が此処にこうして存在する」

ハーデスは、アスミタに冷ややかな眼差しを向ける。

「それに…貴様達から僅かに感じるその小宇宙……説明してもらおうか?」
「…やはり…貴方にはわかりましたか……」

アスミタは静かに、ハーデスの視線を受け止める。


「今此処で説明しても良いですが、一度聖域に戻りアテナ達にも話をするべきでしょう」
「っ!!沙織さんは無事なのか!?」
「あぁ…先代乙女座のお陰でね」

アイオロスの言葉に、星矢は胸を撫で降ろした。
だが、アイオロスは表情を曇らせる。

「だが…全員無傷ではない。あの襲撃で…リアも…十二宮に居たほとんどの黄金聖闘士が深手を負ったんだ」
「アイオリア達が……!?」
「…現状を把握する為にも、一度聖域に戻ろう」
驚愕するアルデバランに、サガが静かに告げる。

「あ、あの…オイラも一緒に行っても良い?」
おずおずとそう言ったのは貴鬼だ。

「子供に聞かせるような話では無いが……」
「う…だ、だって……」
「連れて行ってやったらどうだ?…貴鬼、ムウの事が心配なんだろう?」

アルデバランは、貴鬼を肩に乗せながらそう訊ねる。
貴鬼は「うん…」と小さく頷いた。

「…先代乙女座、彼は牡羊座の黄金聖闘士ムウの弟子なんです。無碍に扱わないでもらえませんか?」
「それに、その人の攻撃を俺達よりも早く感知したんだぜ?」

紫龍の横で、星矢がシジフォスを指差しながら告げる。

「………」

アスミタは無言で、シジフォスの傍から離れる。

「好きにするが良い……」

アスミタの呟きに、貴鬼は顔を輝かせる。

「そうと決まれば、早く聖域に戻ろう」
「あぁ!!」

(沙織さん…皆……!!)

星矢は拳を固く握りしめ、遠い聖域に居る女神と黄金聖闘士達に、思いを馳せた。

―――




――聖域、白羊宮。


傷を負っていた聖闘士達は、女神アテナと、シャカやカミュ達の手により、殆どの者は傷が癒えている状態となっていた。


「アテナ、それ以上はお身体が……」
「いいえ…せめて、これぐらいの事はさせてください」
「ですが…それ以上小宇宙を消費しては……」
沙織は構わず、シュラとアフロディーテの手を取り己の小宇宙を送る。

―沙織は既に、手負いの聖闘士達のほぼ全員に、己の小宇宙を送り込んでいたのだ。

比較的傷が浅かったデスマスクとアイオリア、カノンは直ぐに回復し、治療役となっているシャカとカミュの援護に回っている。

童虎は「自分より他の聖闘士達の治療が先だ」と断ったものの、カミュが押し切って童虎の治療を行っている。

「……アルデバラン達は無事だろうか」
「サガとアイオロスが一緒なんだ……あの先代乙女座が得体の知れない奴でも、心配する事は無いさ」
カミュの傍らで、カノンが腕を組みながらそう答えた。

(…だが…先代の黄金聖闘士の力…あれは桁違いと言っても良い……)

カノンは視線をムウの方へと向けた。

ムウの治療はシャカが行っており……つい先程、意識を取り戻したばかりだ。

「まだ動くなよムウ?……真央点を突いたとはいえ、その傷はすぐに癒えるレベルでは無いからな」

シャカの傍では、真紅の爪を出現させているミロがムウの胸の中央―真央点に小宇宙を送っている。

「…シャカ…ミロ……ですが、いつまでも寝ている訳にはいかないようですね」
「……っ」

ムウは上体を起こしながら、呟くようにそう言った。


同時に、白羊宮の眼下から複数の小宇宙を感じた。


「この小宇宙は……!!」
「…!?お、おい、まさか……!?」

だが…中に感じた、威圧的な小宇宙に、その場に居た殆どの者が表情を強張らせた。

「……!!」

沙織はニケを握り締め、白羊宮の入り口へと向かう。


そこにはアスミタを筆頭に、サガとアイオロス、そしてアルデバランと星矢達の姿があったが……

「久しいな、アテナ」
「ハーデス……」

瞬――否、瞬に乗り移っているハーデスが、くすりと笑みを浮かべた。


「は、ハーデス!?」
「何故貴様が……!!」
「よせ、余はお前達と争う気など欠片もない」

沙織の傍で身構える聖闘士達をよそに、ハーデスはそう言うと、沙織とアスミタを交互に見やる。

「余が此処に来た目的は二つ。アテナ、貴女に冥界に起きた異変を伝える為……そして、この先代乙女座と先代射手座に『ある事』を聞く為だ」

ゆっくりと、ハーデスが星矢達を引き連れ白羊宮の階段を上ってくる。

「……その言葉、信じても良いのか?」
アイオリアの口から、思わず言葉が漏れた。
「協定を結んでいる以上、下手な真似はできぬ……そうだな」

ハーデスは聖域の空を見上げる。

――星が輝いている、夜空が広がっていた。

「此方では、まだ太陽が昇る時間では無いようだな」

そうハーデスが呟いた瞬間、瞬の身体から黒い煙の塊のようなもの――ハーデスの魂が出てゆく。

「なっ……!?」
『これで文句はあるまい?』

ハーデスの行動に、誰もが驚いた。

『向こうでは太陽の光があった故、瞬の身体を借りていたが…日の光さえなければこうして活動出来る』
「は…ハーデス……」

一輝に支えられながら、瞬がハーデスを見上げながら言った。

「貴方が言う冥界で起きた異変というのは……?」
『数日前から起き始めた事だ…だが、その異変もアレスが復活した事を考えると納得出来る……』
「…ハーデス、一体何が起きたのです?」

沙織の質問に、ハーデスが重々しい口調で答える。

『第七、第八圏を中心に、亡者共が活性化し暴れているのだ。余の冥闘士達にかかれば直ぐに治まる程度の事だが……その規模は確実に拡大している』
「……確か、第七圏は他者や自己に対して暴力を振るった者が、第八圏は悪意を以て罪を犯した者が連行される場所でしたね?」

そう言ったのは、片膝を付いてハーデスを見上げているムウだ。

『その通りだ…そして…過去に、同じ事が一度起きた事がある』
「……それが、アテナとアレスとの間に起きた聖戦だと?」
腕を組みながら、カノンがそう言った。

『察しが良くて助かるぞ……アレスの奴がアテナに仕掛けた聖戦は、過去に一度しか起きていない』
「……ですが、その一度の聖戦で多くの聖闘士の命が消えたのです……」
「…沙織さん……?」

沙織の悲痛な表情を見て、星矢は僅かに首を傾げる。

『それもそうだろう…前回の余との聖戦を除けば、最も聖闘士が犠牲になった聖戦だからな』
「え……!?」
『聖域の連中は知らないのか?』

驚きの声を上げる星矢に対し、ハーデスは呆れたように呟いた。

『冥界では、死んだ者に関しての記録は、全て捌きの館で管理されているがな』
「…聖戦の記録は、過去に遡れば遡る程、情報が少なくなっている……」
苦渋の色でそう呟いたのはカミュだ。

「私達が知っている事は…そのアレスとの聖戦において、初めて天秤座の武器が使用を認められたという程度の事だ」
『ふむ…お前達には、過去のアレスの聖戦を知る必要があるようだな。余が知っている事も限られるが……』

それより、とハーデスの魂が揺らめく。

『先代乙女座アスミタ、先代射手座シジフォス……貴様達に聞きたい事がある』
「……予想はしているが、聞こうか」

緊張の色を浮かべるシジフォスの横で、アスミタは閉じた瞳で冷静にハーデスを見据えている。

『お前達から…特に、お前の纏っている鎧……聖衣に似ているが、『彼女』の小宇宙を感じる』
「か…彼女?一体誰なんだ?」

アスミタは、ハーデスと星矢の声に静かに答える。

「この鎧…『白金聖衣(プラチナクロス)』は、ペルセフォネが私達に与えた物だ」
「ペルセフォネ……!?まさか、彼女が生きて……!?」

その名を聞いた瞬間、沙織が驚きの表情を浮かべた。

「ペルセフォネ…!?ハーデスの妃か!?」
『そうだ……神話の時代に、地上や天界から消え、行方不明となった』

サガにそう言ったハーデスは、唸るように呟く。

『彼女は…生きていたのか?』
「…その通りだ。ペルセフォネは生きている」

アスミタは表情を変えずに、そう言った。

「ど、どういう事なんだ……!?」
「…ペルセフォネは神話の時代、次元の狭間と言える空間に飛ばされたのだ」

星矢の言葉にそう言ったのはシジフォスだ。

「かつて、地上で神々と人間が争いを始めた時…それが原因かは不明だが、突然生じた次元の裂け目に呑み込まれたそうだ」
『…余が地上の人間を滅ぼすと決めたのも、彼女が消えたからといえよう…だが、生きていたのか……』

一瞬、ハーデスはどこか懐かしむように魂を揺らめかせる。

『……だが、何故ペルセフォネがアレスと関係する?』
「それは、アレスとの聖戦に起因する……」

アスミタは、静かに沙織を見据える。

「アレスとの聖戦は、北欧の地に存在する世界樹の力を借りてアレスを異次元に封印した事で終結したそうだが……間違いありませんか?」
「……えぇ、間違いありません」

沙織はニケを握り締めながら、言葉を続ける。

「当時、アスガルドの地に存在する世界樹の元へ行き、アレスを異次元へと封印したのです」
「アスガルドにそのような場所が……!?」

そう声を上げたのは氷河だ。
彼は聖戦が終わって以降、聖域やブルーグラード、アスガルドとの懸け橋とも言える存在となって活動していたのだ。
現在、その役割はカミュや他の黄金聖闘士達が引き継いでいる。

「当時の水瓶座はアスガルドの出身でした……彼が世界樹への道を拓いたのです。世界樹への道は結界で覆われていて…私でも、その結界を解く事は出来ませんでした」
「当時の水瓶座だけが、その方法を知っているという事になるのか?」
「…或いは、アスガルドへ行けば何か分かるかもしれない」

ミロの横で、カミュが腕を組みながら言葉を続ける。

「もしかしたら、宝瓶宮に何か手掛かりがあるかもしれなが……」
「……アテナ、当時の聖戦は一体どのような戦いだったのです?」

そう切り出してきたのは、サガだ。

「私達は当時の聖戦の事も、全くと言って良い程情報を持っていません……」
「確かにそうだな……」

サガの言葉に、カノンが続いた。

「アレスの戦力は勿論、当時の聖闘士達の事も殆ど分からないままだ……」
『少なくとも、お前達よりずっと厄介な相手だったな』

まるで、思い出したくない様子の声でハーデスが言った。

『当時の水瓶座……奴の凍気は、余の冥王軍の殆どの戦力を無効化する程のものであった。魂諸共、永久凍土に封じられたのだからな』
「な……!?」
思わず、カミュが驚きの声を上げる。

「今、シャカが持っている冥王軍の魂を封じる数珠はアスミタが作った物です……それ以前は、私の結界に閉じ込める方法が主流でしたが……彼は、極限まで小宇宙を高めて冥闘士を封じたのです」

沙織は一息つき、その場にいる全員を見渡した。

「私でも、彼等について全てを知っている訳ではありませんが……私が知っている事は全て話しましょう」


「先ず、アレスとの聖戦の始まりはある異変からでした……」

沙織は、全員を見回しながら静かに語り始める。

「世界の各地で、亡者達が暴れ始めたのです……当時の私は、ハーデスとの聖戦が近付いているのだと思っていましたが……」
『その亡者達は『共通点』を持っていた…そうだろう?』

ハーデスの問い掛けに、沙織は頷いた。

「えぇ…戦いで戦死した者や、戦火に巻き込まれて命を落とした者、そういった亡霊だけが亡者となって暴走していたのです」
『先程言った、冥界の亡者の暴走もこの時に起きたのだ』
「それは、アレスの影響で……?」

沙織は、サガの言葉に頷いた。

「ですが、当時の私はハーデスの復活の予兆と思い、聖闘士達に調査を頼みました…そして…あの日……」

沙織がニケを握る手に、力が込められる。


「復活を果たしたアレスの狂闘士に……射手座の聖闘士が、殺されたのです」
「…!!先程ハーデスが言った通りだ…だが、射手座だったのか……」

日本でのハーデスの言葉を思い出しながら、アイオロスが唸るように言った。

「当時の黄金聖闘士も、十二人存在していました……」

沙織は目を閉じ、遠い日々を思い出すようにゆっくりと語る。

「ですが、アレスの聖戦を終え、生き残った黄金聖闘士は十人……五体が満足な者は八人だけです」
「五体が…満足な…?無事じゃない人はどうなったの……?」

おずおずと、そう訊ねたのは貴鬼だ。

「…狂闘士には『四凶』と呼ばれる戦士が存在します。『火』『恐怖』『災難』『炎』の勢力の頂点となる四人の戦士は、黄金聖闘士以上の力を有していると言っても過言ではないでしょう」

……言葉を続ける沙織の表情は、哀しみを帯びていた。

「『恐怖』と対峙した魚座の聖闘士は…自らの手で両目を潰し、『災難』と対峙した獅子座の聖闘士は、右腕を犠牲にして勝利を得ました」

「っ……」
「……!!」

アフロディーテとアイオリアが、思わず息を呑んだ。

沙織の言う五体が満足でない者は、魚座と獅子座で間違い無いだろう。

「水瓶座は『炎』と対峙して、その戦いの中で絶対零度を超える凍技を身に着けたと言っていました……事実、彼の凍技はアレスとの聖戦を境に威力が増していました」
「絶対零度を…超える……?」

絶対零度とは、原子が活動を止める温度である凍技の真髄とも言える領域である。

(その絶対零度を超えるとは…一体……?)

カミュは思考を巡らせようとするが、今はその時では無い、と中断させて沙織の言葉に耳を傾ける。

「『火』は聖域に直接襲撃してきましたが、山羊座と蟹座が迎え撃ちました。その時『火』が率いていた雑兵の軍団は、牡羊座と牡牛座が迎え撃ち、アレスの雑兵はこの二人だけで殲滅したのです」
「ふ、二人だけで倒したの!?」
「当時の牡羊座と牡牛座は、集団戦が得意だったのです…技の威力や範囲が、黄金聖闘士の中でもトップクラスでしたから」

声を上げて驚いた貴鬼に、沙織は優しい口調で語りかけた。
だが、その表情はすぐに曇ってしまう。

「…ですが…いずれも苦戦を強いられてしまいました…アレスの狂衣は、オリハルコンとは異なる物質で作られたものだったのです。天秤座の武器を使用しなければ、破壊する事は困難でした……」
「…その話は、わしも存じ上げています……」

ふらつきながら、童虎が立ち上がる。

「事実、ハスガードと戦った時には…普通の攻撃では、あ奴の纏う鎧に傷一つ付ける事ができなんだ。挙句、武器を使用する間も無くやられてしもうた……」
「では、奴等と戦うには天秤座の武器を使うのですか……?」
「……いや、それは不要だ」

紫龍の言葉を遮ったのは、アスミタだった。

「どういう意味じゃ?」
「……日本でレグルス達と交戦した時に回収した」

アスミタはムウの元に近寄り、『ある物』を投げ渡した。

「…!?これは……!!」


それは、レグルスが装着していた獅子座の狂衣のヘッドパーツだった。

日本から離れる間際、アスミタは密かに回収していたのだ。


「君は修復師でもあったな?…それから、何か感じる事は無いか?」
「………」

ムウは狂衣のヘッドパーツに触れると、撫でるように指を滑らせる。
やがて――ある一点に触れると、動きを止めた。

「この場所…僅かではありますが傷がありますね」

その場所は、額を覆う場所――一輝の鳳凰幻魔拳が命中した場所だ。

だが、一見するとヘッドパーツに傷など確認できない。

「何も無いように見えるが……本当に傷などあるのか?」
「えぇ…恐らく、私にしか認識は出来ないでしょうが」

訝しむアイオリアだが……ムウはミクロの単位の傷でも確認できる程の力の持ち主だ。

自分達には見えない傷でも、容易く見抜く事が出来るのは、その場の誰もが知っている。

「…鳳凰星座の聖闘士よ…君の十二星座における守護星座は、獅子座ではないか?」
「っ!?」

アスミタの言葉に、一輝は目を見開く。

「……確かに、俺は獅子座の生まれだ」
「…やはりな……」

アスミタは納得したように頷くと、視線を沙織に向けた。

「アレスの狂闘士の鎧である狂衣、そしてこの白金聖衣は同じ素材で出来ている…『魔水晶(マテリア)』と呼ばれる物だ」
「マテリア…?オリハルコンとは何が違うんだ?」

聞きなれない単語に、ミロは首を傾げる。

「魔水晶は、小宇宙を注いだ者の意思に応じて形を変えるもの……その小宇宙の質や量に応じて強度も高まり、いかなる傷を負っても小宇宙を注いだ者が息絶えない限りは瞬時に修復される」
「…!?破壊が困難とされたのは、狂衣はアレスが斃れぬ限り修復される物だったからか……!?」

童虎の声に、アスミタは頷き肯定した。

「当時の聖戦において、天秤座の武器による攻撃がその修復速度を上回ったのだろう……だが、現在はまだアレスの封印は不完全だ」
『その鎧からペルセフォネの小宇宙を感じたのは、彼女がその白金聖衣を創ったからか』
「…その通りだ……」

納得したように呟くハーデスに、そう答えたのはシジフォスだった。

「彼女は『来るべき時に、必ず必要になる』と言ってこの白金聖衣を創っていた……」

そう言いながら、シジフォスはおもむろに胸元から『ある物』を取り出した。

胸元から現れたのは、小さな六角中の水晶のペンダントだ。
その水晶の中に、白いオブジェのような物が見える……そのオブジェは、弓矢を番える射手座の聖衣に似ていた。

「それが…白金聖衣ですか……?」
「あぁ……」
「……貴方は、その白金聖衣を纏わないのですか?」

ムウの言葉にシジフォスは目を伏せると、ペンダントを強く握り締める。

「この白金聖衣は、強い覚悟が無ければ纏う事は出来ないんだ」

ペンダントを握る手に、更に力が込められる。

「襲撃を受けた時…俺はこの白金聖衣を纏う事を躊躇ってしまった…仲間に拳を向ける事を躊躇ってしまい…挙句、狂衣に意識を奪われてしまった」
「そんな…誰だって、仲間を傷付ける事には躊躇いを持ちます!!」

そう声を荒げたのは瞬だ。

「だが、その躊躇いは甘さとなってしまった……俺は、誰も救えなかったんだ」
「……その襲撃で一体何があったんだ?そこら辺を知らない限り、俺達は何も言えねぇよ」
「こればかりはデスマスクの言う通りだな……」

乱暴に自分の頭を掻くデスマスクの横で、シュラが腕を組んだ。

『余もそれを聞こうと思っていた……何故ペルセフォネがお前達の魂を冥界からアレスが封じられていた異次元に居たのだ?』
「……」

アスミタは僅かな沈黙の後に、静かに答えた。

「ペルセフォネはかつて、神々の戦いに巻き込まれ行方不明となった……貴方もご存じですね?」
『……』

ハーデスは無言で肯定する。

「偶然かは分からないが…ペルセフォネが迷い込んでいた異次元に、アレスが封印されてきたのだ」

アスミタは、更に言葉を続ける。

「それ以降、ペルセフォネはアレスの封印を独りで守られていたのだ……あの時が来るまで」
「あの時……?」

氷河が僅かに首を傾げる。

「…二百数十年前、つまり、俺達の聖戦の時だ」

そう告げたのは、シジフォスだった。

「……アレスは戦いの中で生じる憎しみや哀しみ…そういった『負』の感情に強く反応するらしい。度重なる聖戦で、アレスの力はペルセフォネ一人では手に負えなくなりつつあったんだ」
「なんと……!?」

目を瞠る童虎だが、アスミタがシジフォスの言葉に続く。

「だから、私達が召喚されたのだ……アレスの封印を食い止める為にな」
「童虎とシオンと共に、ハーデスに太陽の光を与えたあの後に……俺達はペルセフォネの元に召喚されたんだ」
「異次元と此処は時間の流れが異なる……私達は向こうで悠久の時を過ごしていた、アレスの封印をペルセフォネと共に守りながら……」
『……だが、アレスの奴は封印を破りつつあるのだな?彼女はどうなった?』
「………」

アスミタは沈黙した。

「アスミタ…何が起きたのか、教えてくれませんか?」

沙織の問い掛けに、アスミタは口を開く。

「この世界の時間で言えば数時間前…封印が綻び、あの狂衣が出現した……私達も応戦したが、あの狂衣になす術もなく殆どの者が身体を乗っ取られた」

シジフォスが目を伏せるが、アスミタは言葉を続けた。

「だが、私達も無抵抗という訳では無い……仲間の水瓶座が、狂衣を破壊する術を見出した。その狂衣は破壊する事は可能だ」
「それは一体……」

言い掛けて、ムウは言葉を呑んだ。

「…まさか……!?」
「……中々聡いな」

アスミタは僅かに笑みを浮かべると、


「……この世界に来る前に、私は乙女座の狂衣を破壊している」
「何だと!?」

驚きの声を上げるミロだが、アスミタは構わずに言葉を続ける。

「今はまだアレスの封印は不完全だ。それは狂衣も同じ……牡羊座、君はもう分かっているだろう?」
「……」

ムウは僅かに息を吐くと、静かに告げる。

「……狂衣が象る星座と同じ守護星座であれば、破壊は可能という事ですね?」
「その通りだ」

アスミタは頷くと、一輝を見やる。

「言われてみれば…先代乙女座に天魔降伏を食らった先代の魚座も、狂衣は傷一つ付いていなかったな」

教皇の間での襲撃を思い出しながら、カノンが納得したように呟いた。

「君の十二星座における守護星座は獅子座…故に、獅子座のヘッドパーツに傷が付いたのだ」
「……」

一輝は無言でアスミタを見返すが、質問を投げかけた。

「何故連中の狂衣は、黄金聖衣と同じ形をしている?」
「……憶測にすぎないが、当時の狂闘士の小宇宙が残留思念となって、あの鎧に宿っているのかもしれない」
「狂闘士の…残留思念?」

訝しむ一輝に、アスミタは静かに答える。

「魔水晶の、注がれた小宇宙の属性に純粋に染まる性質……纏う者の小宇宙を受けて何か変化を起こしてもおかしくは無い」

「…!!まさか……」
「アテナ……?」

青ざめる沙織に、シャカが声を掛ける。

「……先程、アレスの四凶について説明しましたね?」
「え、えぇ……」
「狂闘士は…その四凶と、四凶にそれぞれ使える二人の部下……合計十二人で構成されています」
「……!?」

沙織の言葉に、シャカは息を呑んだ。

『成る程…連中の狂衣が黄金聖衣の形になったのは、そのせいか』
「ど、どういう意味だ……?」

理解できない、といった様子で星矢が首を傾げる。

『当時の狂闘士は、黄金聖闘士によって葬られた…恐らく、その時の恨みから『自分を斃した黄金聖闘士と同じ聖衣』の形を取ったのだろう』
「……!?」
「そ、それでは…先代の黄金聖闘士が纏う狂衣の中に、四凶の残留思念が存在するという事か!?」

星矢が言葉を失う横で、紫龍が声を上げた。

「…恐らく、間違いないでしょう」
「四凶を斃したのは誰か…というのは分からないのか?」

シュラの呟きに、ハーデスは不機嫌そうに答える。

『余も全てを把握している訳では無い……先程、アテナが言っていた連中はそうではないのか?』

その連中とは、『火』と交戦した蟹座と山羊座、『恐怖』と対峙し両目を潰した魚座、『災難』と戦い右腕を失った獅子座の事だろう。

「獅子座には『災難』が宿っていると見て間違い無いだろう……」
「『炎』と戦ったのは水瓶座だ…恐らく、先代水瓶座には『炎』が……」


思考を巡らせるシャカとカミュ達を余所に、一輝は再びアスミタに問い掛けた。


「……さっき言っていた襲撃で、無事だったのはお前だけだったのか?」
「…残念ながら、な……」

一輝には、アスミタの表情が僅かに曇ったように見えた。

「私はペルセフォネの手でこの世界に送られた…だが、ペルセフォネはその直後に封印された…アレスの封印を解く鍵であるアテナと、ペルセフォネの封印を解く鍵となったペガサスを守る為、私はこの地上に送られたのだ」
「え……!?」

アスミタの言葉に、星矢は目を丸くした。

「そういえば、シオンも俺の事を鍵だとか言ってたけど…それって一体……!?」
「…それは……」



アスミタが答えようとしたその瞬間、



カノンの纏う鱗衣が、共鳴するように輝きを放った。



「な、何だ!?」
「か、カノン!?」

サガの横でカノン本人も、驚いた様子で自分の鱗衣を見ている。

「これは…鱗衣が、何かに共鳴している……!?」
「共鳴……!?」

ムウの言葉に、カノンは声を上げる。

その時、突如として声が響いた。

―海龍よ、聞こえるか?―


「ポセイドン……!?」

辺りに満ちる小宇宙とカノンの言葉に、その場の全員が身構えた。

「ポセイドン…!?一体何の用だ!?」

―天馬星座か…今は時間が惜しい。海龍、今聖域に居るようだな?―

「え、あ、あぁ」

―…アテナ、この者を頼むぞ―


その言葉と同時に、カノンの眼前に光が爆ぜる。

「な、何だ……!?」
「…この小宇宙……!?」
「まさか……!?」

光から感じた小宇宙に、アルデバランと瞬の表情が驚愕に染まる。


やがて―光の中で、ガシャ…と、何かが倒れる音が聞こえる。


「なっ……!?」
「……!!」

カノンと共に、アルデバランと瞬が掛け寄る。


「あ、アイツは……!?」

光から現れた一人の青年の姿に、星矢は目を見開いて驚いた。


黒に近い緑の鎧を纏う、薄い水色の髪の青年は――


「し、シド!?」


アスガルドの神闘士、ゼータ星ミザールのシドだ。


「…!?じゃあ、アイツがアルデバランを倒した神闘士か!?」

ミロが声を荒げるのも無理は無い……彼はかつて、聖域に侵入し、交戦したアルデバランに重傷を負わせた神闘士なのだ。

「あぁ……だが、瞬から聞いた話では、その時は双子の兄が俺に影から奇襲を掛けていたそうだ」

警戒の色を濃くするミロに、アルデバランはそう言う。

「し、シド!?何があったの!?」

瞬はうつ伏せに倒れているシドの身体を起こす。

「ここ…は…聖域…?何故……?」

瞬の呼び掛けに反応し、シドがうっすらと目を開ける。

「……今は動くな、傷に障るぞ」

そう言葉を放ったのは一輝だ。



――彼の身体を纏う神闘衣は、全身にひびが入り、シド自身も酷い傷を負っている。

腹部に穿たれた拳の痕が一際目立つ事から、外傷だけでなく内臓にもダメージは達していると見て間違い無いだろう。



―鱗衣の共鳴を利用して、その者を送らせてもらった―

「…ポセイドン、何故シドを聖域に連れて来た?」

カノンの呼びかけに、ポセイドンは苦渋に満ちた声で唸るように言った。


―…アスガルドの地が、アレスの配下に襲撃されている―


その言葉に、誰もが驚愕した。


「フレアとヒルダは!?無事なのか!?」

声を荒げる氷河に、シドが瞬を突き放しながら答えた。

「…フレア様は、ハーゲン達と共に…ワルハラ宮から去った……」

だが…と、シドは拳を握り締める。

「…ヒルダ様はまだ、ワルハラ宮に残られている…このままでは…連中に…っ…!!ごほっ!!」
「シド!!」

激痛から、顔を歪めたシドを瞬が再び支える。

咳き込む彼の口から、血の塊が吐き出された。

―海界からでは…狂闘士にとどめを刺されそうになったその神闘士を、聖域に送り飛ばす事しか出来なかった…今もアスガルドの地では、連中が神闘士達と交戦している―

『連中め…余程の理由があるのか…あるいは……』
「沙織さん、このままじゃヒルダ達が……!!」
「分かっています」

焦りの色を浮かべる星矢に頷きながら、沙織はシドの元に歩み寄ると、彼の手を握る。


瞬間、シドの身体を柔らかな光が包んだ。


――沙織が、己の小宇宙を与えシドの傷を癒しているのだ。


「……!!」

身体から傷の痛みが引いてゆく感覚に、シドは目を見開き沙織を見る。

「…これで、もう大丈夫です」
「アテナ……」
「…シドさん、アルガルドを襲撃した狂闘士はどのような者だったか分かりますか?」
「……」

シドは無言で頷くと、ミロ、カミュ、デスマスク、アイオリアを順に見ながら言葉を紡ぐ。

「お前達に似た面立ちの奴等…獅子座はもっと幼いが…その四人ともう一人、褐色の肌に顔の下半分だけを隠す妙な仮面を付けた奴の五人だ」
「…仮面…デフテロスか」
「レグルスも……っ!!」

拳を握り締めるシジフォスに、一輝が言葉を掛ける。

「…レグルスとお前は、家族か何かか?」
「…!!…何故そんな事を聞くんだ?」

シジフォスは僅かに驚き、一輝を見る。

「雰囲気が似ている…それに、あの時聞いた言葉が気になってな……」
「あの時……?」

一輝は頷くと――シジフォスが、アイオロスの攻撃を受け倒れた時にレグルスが口にした言葉を言う。

「お前が倒れた時……レグルスはお前を見ながら『父さん』と言っていた」
「……!!」

その言葉に、シジフォスは目を見開いた。

「え…!?じゃあ、親子なのか!?」
「落ち着くんじゃ…親子では無いが、血の繋がりはある」

童虎はそう言いながら、瞠目する星矢を宥める。

「…レグルスは、俺の兄の息子…俺にとっては甥になる」
「では何故父さんなど……?」
「…兄が冥闘士と戦った時、レグルスもその場に居た。恐らく…倒れた俺を、兄の姿と重ねたんだろう」

シジフォスは一輝にそう言うと、沙織の目の前に近付き跪いた。

「アテナ様、私にアスガルドの狂闘士討伐の命をお出し下さい」
「シジフォス……」
「アスミタは襲撃に備えて、アテナ様の傍にいてくれ」

アスミタの言葉を遮るように、シジフォスはすかさず言う。

「…俺にも、覚悟は出来た。これ以上…レグルスや同胞達を、連中の好きにさせてたまるか……!!」

その眼には、強い決意の炎が灯っていた。

「……」

その言葉に、アスミタは納得したのか、沙織に進言した。

「…アテナ、此処はシジフォスの言う通りにしましょう」
「……分かりました」

沙織は頷くと、一同を見回す。

「サガ、ミロ、カミュ、デスマスク、アイオリア。貴方達はこれからアスガルドに向かってください。瞬、氷河、二人には案内役を頼みたいのですが……」
「…俺も行こう」
「に、兄さん……!?」

一輝の申し出に、瞬は驚きの声を上げる。

「一輝が行くなら俺も……!!」
「駄目です…星矢は私と紫龍と共に、此処に残りなさい」
「沙織さん……」
「仕方無いだろう?理由は分からんが、お前も狙われているんだ」

がくりと肩を落とす星矢に、そう声を掛けたのはカノンだ。


「アテナ、サガの代わりに俺を向かわせてください…サガはつい先程、日本で奴等と交戦したばかりです。回復した俺が行くのが道理ではないかと」
「カノン……!?」
「……彼の地へ『双子座の聖闘士』ではなく『海龍の海将軍』として向かいたいのです」

アスガルドの神闘士との戦いは、ポセイドンが起因している……恐らく、カノンはポセイドンを目覚めさせ聖戦を引き起こした贖罪をするつもりだ。

「……分かりました」
「……アテナ、戦力を考えればもう一人、万全の状態の聖闘士がいた方が良いのでは?」

そう進言してきたのは、シャカだった。

「シャカ……!?」
「…まぁ、相手に先代の蟹座がいるなら、戦力にシャカかムウがいた方が心強いけどな」

デスマスクはぶっきらぼうな口調で、シャカを見ながら言葉を続ける。

「今ムウが満足に動けないなら、シャカが行くのが妥当って事か。結界を使われる前なら、相手の居場所も探知できそうだしな」
「……」

沙織は思い悩むように目を閉じるが、やがて決意が宿った声で宣言した。


「改めて、貴方達に命令をします。カノン、デスマスク、シャカ、アイオリア、ミロ、カミュ、貴方達はただちにアスガルドに向かい、狂闘士からアスガルドの地を守るのです。瞬、氷河、一輝、貴方達もシドさんと共にアスガルドへ向かい、フレアさんとヒルダさんを守ってください……!!」

『はっ!!』

一同は、力強い返事をする。


―既に海将軍を向かわせている。少しはそなたの戦力になろう?―

「……!?」

そのポセイドンの言葉に、沙織は驚きの表情を浮かべた。


――アスガルドの地には、禁断の地とされている場所に海界へと通じる池が存在する。


その池を使えば、海界からアスガルドへも容易く行けると、過去にアスガルドへ行った事がある海魔女のソレントが言っていた様子を、カノンは思い出した。



「ポセイドン…!!協力、感謝します!!」

ポセイドンからの思いがけない言葉に、沙織は目を輝かせた。

―後で聖域へ伺おう…アレスの対策もせねばなるまい?―

『…これは、余も協力せねば協定に反するか?』

そう言ったハーデスの言葉には、嫌がる様子を感じなかった。

『余もアスガルドに冥闘士を何名か向かわせよう……聖域が夜であるうちに、事を済ませるか』
「ハーデス……!!」
『…そうと決まれば、一旦冥界へ帰らせてもらおうか』


沙織が感謝の言葉を述べる前に、ハーデスの魂は姿を消してしまった。


―現地には既にソレント達がいる。鱗衣の共鳴を利用すれば、お前達を送る事は可能だ―

「ポセイドン、頼めますか?」


――沙織の言葉に反応するように、カノンの纏う海龍の鱗衣が輝きを放つ。


「……行くぞ、お前達!!」

カノンの言葉に、アスガルドへ向かう聖闘士達は皆頷いた。



そして――強い光が、一同を包み込む。



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