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旧版:失われし神々の系譜



――シオンの放った光が、徐々に収束してゆく。



「っ…一体何が……?」

光が完全に消えた頃を見計らい、星矢は目を開けた。

「星矢、無事か!?」
「アルデバラン!!あぁ、俺なら大丈夫だ。それより…此処は……」

二人は互いの無事を確認すると、周囲を見渡す。


鬱蒼と木々が生い茂り、朝日の光が枝葉の隙間から零れ落ちている。


美しい景色だが、シオンによって此処に飛ばされたのだ……油断は出来ない。


「此処は何処なんだ……?」

アルデバランがそう呟いた時、頭上から声が響いた。


「安心すると良い。此処は、君達がいた場所からそう遠く離れてないから」


「っ!?誰だ!!」

星矢の声に応えるように、一人の男性が飛び降りて来る。



「初めまして。俺はシジフォス…射手座の狂闘士だ」

血色の翼を広げながら、男性―シジフォスは二人に笑みを向ける。

「射手座…!?では、お前が星矢にあの矢を……!!」
「そう…あの子供のせいで、天馬星座を仕留められなかったけど」

シジフォスは、手にした弓をゆっくりと星矢に向ける。

「此処なら、確実に君を葬る事が出来る」


「そうはさせるか!!」
星矢を守るように、アルデバランはシジフォスの眼前に立ちはだかる。

「そこを退くんだ、牡牛座…狙いはあくまで天馬星座だが……」

二人を見据えるシジフォスの瞳が、すっと細められる。


「邪魔をするのなら、君も共に葬るまでだ」

「ま、待てよ!!お前等の狙いは俺だろ!?」
星矢が、アルデバランを押しのけ前へ進み出る。
「そもそも、何で俺を狙うんだよ!!」

「それは天馬星座……貴様が『鍵』だからだ」

星矢の言葉に答えたのは、シジフォスではなく彼の背後から現れたシオンだった。
傍らには、レグルスもいる。

「か、鍵……?」
「そう…『奴』の封印を解く『鍵』……それが天馬星座、お前だ」
「奴……一体誰の事だ?」

アルデバランの言葉に対し、シジフォスが切り捨てるように言い放つ。

「悪いが、これ以上の事を君達に教える義理は無い」
そう言うなり、シジフォスは新たな矢を出現させ番えた。

シオンとレグルスも、それぞれ小宇宙を高めている。

「天馬星座…貴様の命、此処で頂くぞ!!」
「スターダストレボリューション!!」
「ライトニングプラズマ!!」


シジフォスの放った矢が、シオンの無数の光が、レグルスの光速の拳が、一斉に襲い掛かる!!


「くそぉっ!!」


迎え撃つべく、星矢は小宇宙を高める――だが、


「うわっ!?」


星矢の身体が、宙を舞う。



「あ、アルデバラン――!?」


アルデバランが、星矢を突き飛ばしたのだ。



「星矢には、指一本触れさせん!!」




アルデバランの右腕に、小宇宙が集束する――



―――




「これは…!?遅かったか……!!」
サガは倒れている紫龍、氷河、瞬の三人の姿を目の当たりにし、拳を握り締める。

「サガ、アイオロス……!?」
「そ、そっちの人は誰だい?」
一輝が驚く横で、貴鬼は剣呑な眼差しでアスミタを見やる。

「…二人共、すまないが今は時間が無い。此処で何があったのか教えてくれないか?」
「三人の回復は私に任せてくれ」

サガはそう言うと、倒れている紫龍達の元へと行った。

二人はその様子に訝しみながらも、状況を説明する。


「何っ…教皇が……!?」
「…あぁ…この目で見た…あれは間違いなくシオンだ」

驚愕するアイオロスに、一輝は目を伏せる。

「…それで、ソイツは一体誰なんだ?シャカに似ているが……」
一輝の視線は、傍らで佇むアスミタへと向けられる。

「……彼はアスミタ、シャカの先代にあたる前聖戦時の乙女座の聖闘士だ」
「シャカの先代だと……!?」

一輝は信じられないと言わんばかりの表情で、アスミタを見る。

「あぁ…彼だけではない…他の前聖戦の黄金聖闘士も現代に蘇ったんだ」

アイオロスは拳を握り、目を伏せながら言葉を続ける。

「…彼等の狙いはアテナと星矢だ。十二宮も襲撃を受け…先代乙女座が現れなければ、アテナは今頃……」
「っ……」

言葉を濁すアイオロスだが、一輝は表情で言葉の続きを理解した。


そう……アスミタが現れなければ、今頃アテナの命は無かった――


「む、ムウ様は!?無事なの!?」
「あ、あぁ…今は他の黄金聖闘士と共に十二宮に待機しているよ」

サガの言葉に、貴鬼は安心したようだが……一輝は、サガの表情が僅かに曇ったのを見逃さなかった。

狂闘士を迎え撃ち、深手を負ったか……生死の境を彷徨ったのだろう。


(…老師やシオンと同じ時代の黄金聖闘士だ……他の連中も、生半可な実力ではないのは確かだ)

現に、目の当たりにしたレグルスの力は凄まじいものだった……その光景を思い出し、一輝は拳を握り締める。


「……ならば猶更だ。早く星矢とアルデバランと合流しなければ」
「待つんだ一輝!!」

アイオロスの制止を振り切り、一輝は背を向け歩み出す。




「――待て、鳳凰星座よ」



その声と共に、周囲に重圧を伴った小宇宙が充満した。



「なっ…!?この小宇宙は……!?」

一輝は慌てて、背後を振り返る。


「ほぅ…貴方がこの場に現れるとは」

アスミタは閉じた瞳で、静かにある方向を見据えている。


アスミタの視線の先には――ゆっくりと立ち上がる瞬の姿があった。

しかし、その髪の色は柔らかな緑ではなく、暗い赤色だった。


「し、瞬…なの……!?」
あまりにも威圧的な小宇宙に、貴鬼はアイオロスの後ろに慌てて隠れながら瞬を見やる。

「…いや、この小宇宙は……!?」
「何故…貴様が此処に……!?」

サガの小宇宙により回復した紫龍と氷河が、驚き目を見開く。

「この小宇宙…まさか……」
アイオロスとサガも、普段の瞬とはまるで違う小宇宙に戦慄する。



「何故貴様が此処にいる……ハーデス!!」




一輝の言葉に、瞬――否、ハーデスはゆっくりと一同を見回す。



「久しいな、アテナの聖闘士達よ」
「冥王ハーデス…!?何故此処に……!?」
「案ずるな、アンドロメダには事態を説明しておる」

ハーデスは優雅な笑みを浮かべるが、サガを見据えるとすぐにその笑みを消す。

「本来ならば、アンドロメダを通じて、冥界での異変を聖域のアテナに伝えようと思っていたが……既に遅かったようだな」


ハーデスの視線は、ゆっくりとアスミタに向けられる。


「それに、よもや貴様がこの場にいようとはな」
「……私も、ハーデスがわざわざ地上に出てくるとは思っていなかったが」

アスミタの言葉に、ハーデスはふっと笑みを浮かべると、視線をアスミタから城戸邸の前に広がる森へと向けた。

「……やはり、アレスの奴が封印を破ったか。微力だが、向こうから奴の力を感じる」
「……正確には、まだ完全に破られたわけではない」
「だが、時間の問題だろう」

アスミタの言葉にハーデスは目を細めると、森へと足を向ける。

「っ!!待て、ハーデス!!」
「そ奴に聞きたい事があるが、今はそうも言ってられん状況のようだ」

ハーデスはそう言うと、声を荒げる一輝を一瞥する。

「この小宇宙…恐らく、アレスの結界が発動している」
「アレスの…結界だと?」
「そうだ…余が聖闘士達の力を十分の一にする結界を使用するように、アテナが十二宮内で間接的移動を封じる結界を展開させているように…アレスも、奴独自の結界を発動させる事が出来るのだ」
「……!?」

そのハーデスの言葉に、アイオロスとサガは顔を見合わせる。


ミロとカミュの話では、童虎が倒れていた場所は、凄まじい威力の技で地形が変化していた……しかし、その際に放たれた強大な小宇宙を十二宮の外に居た二人は感知していたが、十二宮内に居た者は誰一人それを感知する事が出来なかったのだ。


そう……黄金聖闘士は勿論、アテナですら、その異変を感知する事が出来なかった。


十二宮内に居た者は全員、白羊宮でムウが狂闘士と相対した時に、初めて敵の存在を認識したのだ。


「まさか、アレスの結界は……」
「……余の記憶が正しければ、奴は二つの結界を使用する」

ハーデスはアイオロスとサガを見据えると、言葉を続ける。

「一つは、範囲内の全ての相手の小宇宙感知を麻痺させるものだ……その様子では、既にこの結界を使われた後のようだな」
「…やはり…あれはアレスの結界が……」
「アテナの結界に上書きされたのだろうな……奴の力ならば、容易い事だ」

アイオロスは、重傷を負った童虎の姿を思い出し、拳を握り締める。

「…しかし…厄介なのが二つ目の結界だ」

ハーデスは視線を森へと向ける。

「アレスの封印が完全に破られていないとはいえ…その結界が発動しているとなれば、お前達が奴等に勝つ可能性は無いだろう」
「何だと……!?」


サガが剣呑な眼差しをハーデスに向ける。


その時――




ハーデスが見やっていた方向から、凄まじい小宇宙が爆ぜる。



「な……!?」
「この小宇宙は……アルデバラン!?」

小宇宙の爆発に次いで、びりびりと空気が振動する様子を、その場にいた誰もが感じ取る。

「こうしてはいられない…行くぞ!!」
「あぁ……!!」
小宇宙が爆発した方角に向かって紫龍が駆け出し、氷河が追う。

「っ!!待つんだお前達!!」
サガとアイオロスも、二人を追いかける。

「え!?ま、待ってよ~!!」
貴鬼も、慌てて瞬間移動を使用した。

「……っ」
一輝も駈け出そうとしたが、立ち止まりハーデスに鋭い眼差しを向ける。


「…ふっ。案ずるな鳳凰星座、お前の弟の意識は残っておる。こうして余が話しているが、お前達の会話もちゃんと聞こえておる」

ハーデスは一瞬笑みを浮かべるが、すぐにその笑みが消え去る。


「それよりも…今は先へ行かねばなるまい」

ハーデスは、静かに佇んでいたアスミタを見やる。

「……先程も言ったが、後でお前には色々と聞かせてもらおうか。『元』乙女座のアスミタよ」
「ふっ……もとより、天馬星座と牡牛座の無事が確認できたら、全て話すつもりでしたが」

涼やかな笑みを浮かべるアスミタを一瞥すると、ハーデスは四人を追うべく歩みだした。



――紫龍と氷河は、真っ直ぐに森の中を駆け抜ける。


「この先だな……!!」
「あぁ…星矢もアルデバランも、無事だと良いが……」

先程のアルデバランの小宇宙の爆発以降、小宇宙を感じず、二人は最悪の結果を脳裏によぎらせる。


スピードを上げる二人、だが――


「早く二人に合流を――ぐあっ!?」
「っぐ!?」


突然、見えない壁のようなものに行く手を遮られ、二人の身体は弾き飛ばされてしまう。

「な…何……!?」
「これは…結界か……!?」

「紫龍、氷河!!」

茫然とする二人に、サガとアイオロスが合流した。

「や、やっと追いついたぁ……」
少し遅れて、貴鬼が姿を現した。

「てっきり、もう先に行ったと思っていたのに…何かあったの?」
「…それは……」
「…先程のハーデスの言葉が本当ならば……」

紫龍が言葉を濁す横で、氷河が右手に小宇宙を集中させる。

「氷河……!?」

目を瞠るサガだが、氷河は小宇宙を爆発させ、凍気を放った。

「はぁああ!!」

―ダイヤモンドダスド!!―

放たれた凍気が、地面を凍結させながら一直線に突き進む。

だが――その途中で、凍気が何かにぶつかったように動きを止め、跡形も無く霧散してしまった。


「何っ!?」
「ダイヤモンドダストが…跡形も無く消えた……!?」

その光景に、サガとアイオロスは目を見開く。

「…やはり…これが、アレスの結界なのか……」
「その通りだ、白鳥星座よ」


構えを解き、茫然と呟く氷河の背後から、声が響く。
声の正体は勿論、ハーデスだ。

「ハーデス……!!」
ハーデスはゆっくりと四人を通り抜け、歩みを止める。

そこは、氷河のダイヤモンドダストが動きを止めた場所の丁度一歩手前だ。

「………」

徐に、ハーデスは手を伸ばした。

すると、その指先が何かに阻まれたように動きを止める。

「……やはりな」

よく見ると、ハーデスが触れた箇所から波紋のようなものが宙に広がってゆく様子が分かった。

その様子にハーデスは納得したように手を下すと、静かに呟いた。

「やはり…?何か分かったのか……?」
「先程、余が話したであろう?アレスは二つの結界を使用すると……」

ハーデスは一輝の言葉に目を細めながら、静かに告げる。

「これが、そのもう一つの結界だ……。この結界は、いかなる者の侵入を拒む……その強度は、黄金聖闘士ですら破壊する事は不可能な程だ」
「何だと……!?」

ハーデスの言葉に、紫龍は目を瞠る。

「二つの結界を同時に使用し、対象を孤立させ、確実に仕留める…それが、狂闘士の本来の戦い方だ」

ハーデスは、記憶の糸を手繰り寄せるように目を細める。

「…かつてアレスとの戦いにおいて、その戦法で黄金聖闘士が一人殺されている……その者の死が、アレスとアテナの聖戦の幕開けとなったようなものだ」
「そんな…それでは、星矢とアルデバランは!?」
「そう慌てるな、双子座よ」

声を荒げるサガに、ハーデスは鋭く言い放つと、ハーデスは結界を見据えながら言った。

「今回の襲撃、結界が片方しか使用されていないであろう?先程も話したが、二つの結界を『同時』に使用する事が狂闘士の戦い方…それをやらぬという事は、余程の自身があるからか…あるいは……」
「アレスの封印がまだ完全に破られていないから、でしょう」

ハーデスの言葉を繋ぐように、アスミタが静かに告げる。

そのアスミタの言葉を聞き、ハーデスは結界を見据え目を細める。

「…この結界…僅かだがアレスとは異なる質の小宇宙を感じるな……貴様なら、その者の正体が分かるのではいか?」
ハーデスの言葉に、アスミタは静かに答えた。

「……この小宇宙は、シジフォスのものでしょう」
「シジフォス……?」
「私達の時代の、射手座の名前だ」

訝しむ一輝に、アスミタはそう答えると、アイオロスに視線を向ける。

「…この結界は、シジフォスが展開させたもので間違いないだろう。だとすれば……可能性はまだある」
「…成る程…そういう事なら、話は早い」

アスミタの言葉を聞き、アイオロスは弓を構え、矢を番えた。

「双子座、お前も力を貸してもらおうか」

アスミタは印を結びながら、サガに向かって言った。

「……私の小宇宙を、アイオロスに送れば良いのだな」

サガは既に、アイオロスの隣に並んでいた。

「アレスの奴が完全に封印を破っていれば別だが…今の奴はまだ完全に力を取り戻していない。それは狂闘士も同じ事…でなければ、前聖戦で死んだ連中を乗っ取るような回りくどい事はせぬ」

ハーデスは腕を組みながら言葉を続けた。

「一人では不可能かもしれぬが…射手座の矢に、この場の黄金聖闘士の小宇宙を込めれば、破壊は可能だろう」
「それなら俺達も……!!」
「お前達は下がっているんだ」

駆け寄ろうとする紫龍と氷河の気配を感じたのか、アイオロスは鋭く言い放った。

「アイオロスの言う通りだ……嘆きの壁を破壊した時程では無いかもしれんが、結界を破壊した時の衝撃は計り知れない」
「し、しかし……」

サガの言葉に、紫龍は思わず言葉を濁した。

「それとも…私達の力が信用できないのか?」
「…!!そ、そんな事は……」
「せめて、後輩の前では恰好つけさせてくれないかな?」

アイオロスが振り返り、狼狽する紫龍を宥めるように笑みを浮かべてみせる。

「し、紫龍……」
「…紫龍、気持ちは分かるが…今は……」
「……」
貴鬼と氷河に促され、紫龍はその場から離れる。

「………」
一輝も、無言で二人の後に続いた。

ハーデスも一輝に追従するように後ろへと下がっている。


――その様子を見届け、サガとアイオロスは共に小宇宙を爆発させる。


「はぁああああ!!」
サガは己の小宇宙を、アイオロスへと送り届ける。

「…今だ、射手座!!」
アスミタの声と小宇宙を受け取りながら、アイオロスは限界まで弦を引き絞る。


「届け、光よ――!!」




そして――矢が放たれる。

―――



シジフォスの放った矢、シオンのスターダストレボリューション、レグルスのライトニングプラズマ――

それらの技に対抗する為、アルデバランは『全力』でグレートホーンを放った。


凄まじい小宇宙の激突により、空気がビリビリと激しく振動する。


「何っ……!?」
「っ…これ程の威力とは……!!」

レグルスとシジフォスが、僅かに焦りの表情を浮かべる。


純粋な力のぶつけ合いであれば、現在の黄金聖闘士の中ではアルデバランに勝てる者は居ない……だが、彼は手合せ等では決して『全力』を出さない。

己の力の危険さと、優しい性格が、そうさせているのだ。


彼が『全力』を発揮する時――それは、護る者の為に闘うと決めた時だ。


「だが…何時まで持つかな」
「まだだ…!!うぉおおおお!!」

シオンが小宇宙を高める様子を感じ、アルデバランも負けじと小宇宙を高める。




激しく小宇宙がぶつかり合い、そして――




一帯に、凄まじい爆発が引き起こされる。


「ぐ…うぅう……うわぁ!!」


星矢は、その爆風から吹き飛ばされないように、その場に踏み止まっていたが……やがて耐え切れなくなり、吹き飛ばされてしまった。





――やがて、静寂が訪れる。





「…ってぇ……」


大木に身体を打ち付けた星矢は、慌てて周囲を見渡した。


「…!?あ、アルデバランは!?」



どれ程の距離を飛ばされてきたのだろうか……アルデバランや、シオン達の姿は見当たらなかった。


星矢は自分が飛ばされて来た方向を遡るように、その場を駆け出した。



やがて…彼の目に、アルデバランの背中が飛び込んでくる。


「アルデバラン!!」


星矢の瞳が喜びに輝くが……すぐに、その表情は驚愕に染まる。


「……!?」


星矢が駆け寄る寸前で――アルデバランの巨躯が、崩れ落ちるように倒れた。

「あ…アルデバラン!!?」
「いてて……」

慌てて星矢が駆け寄ると同時に、レグルスがかぶりを振りながらよろよろと立ち上がった。


「大丈夫かレグルス?」
「うん…まさか今の牡牛座の力がこんなにあるとはね……」


良く見ると、三人の目の前にクリスタルウォールの障壁が出現していた。


爆発が起きたと同時に発動させて、衝撃を緩和したのだろう。

「くそっ……!!」
「…せ…星矢…お前は逃げるんだ……」
「アルデバラン……!!」


身構える星矢を庇うように、アルデバランがよろめきながらも立ち上がった。

「まだ立ち上がるか」

シジフォスが、弓を構えながら冷ややかにアルデバランを見据える。

「優先すべきは天馬星座だが……そこまで死にたいのなら、望み通りにしてやろう」
「そんな事、させるかぁ!!」

星矢はシジフォスを見据え、小宇宙を高める。

「食らえ!!ペガサス流星拳!!」

「大人しくしてれば良いのに……」

二人の間に割って入ったのは、レグルスだった。

「ライトニングプラズマ!!」

レグルスの放った光速の拳が、星矢の拳を打ち払う。

「うぉおおおおお!!」
「くっ……!!」

しかし、星矢に一撃を与える事は出来ない。


星矢の拳が、レグルスの光速拳を全て相殺しているのだ。

「こいつ、さっきより小宇宙が……!?」
「っ…まさか、エイトセンシズ……!?」

星矢の小宇宙の高まりに、シジフォスは警戒の色を浮かべると鏃を星矢に向ける。

「天馬星座の力がこれ程とはな……」
「っ!!」

シジフォスの狙いを理解したアルデバランは、応戦できるように身構える。



「……!!」

その時、その場にいた全員が、凄まじい小宇宙の高まりを感じた。


「な、何だ…!?この小宇宙!?」
星矢とレグルスも、拳を止め周囲を警戒する。



「っ!!レグルス!!」
「え……」

シオンが声を荒げる。


次の瞬間、凄まじい小宇宙の奔流がレグルスに襲い掛かる――!!



「しまっ――!!」





命中する寸前―― 一人の影が、レグルスを突き飛ばした。


「ぐぁああああ!!?」
「…!?シジフォス!!」


直撃はしなかったものの、その凄まじい余波で翼が砕け散り、シジフォスは地面に倒れてしまう。

「くっ……!!」


倒れるシジフォスを視界に捉えながら、シオンが星矢を仕留めるべく小宇宙を高める。


「っ!?」

だが、その動きはシオンを捕らえるように出現した氷の輪によって阻まれる。

「あれは……!?」
「星矢!!」

駆け付けたのは、氷河と紫龍だった。


「星矢~!!無事だったんだね!!」
「うわっ!?き、貴鬼!?」

次いで、瞬間移動で星矢に飛びついてきたのは貴鬼だ。


『っく……貴様等、どうやって』

シジフォスが身体を起こし、氷河達を睨み付ける。


――だが、その声はシジフォスともう一人、『誰か』が同時に声を発しているように感じた。


「本性を現したか、狂闘士」
『っ…!?貴様は……』

次いで姿を現した人物に、星矢は瞠目した。


「え…ハーデス!?」
「何だと!?」

星矢の言葉に、アルデバランも目を瞠る。


瞬がハーデスの器だという事は知っていたが、実際に目の当たりにするのは初めてだからだ。

「そう警戒するな、余はお前達の敵ではない」


二人にそう告げるハーデスに、レグルスは殺気を孕んだ小宇宙を燃やす。


「っ…うぉおおおおお!!」

だが、レグルスが拳を放つよりも早く、間に割って入った人物がいた。



――鳳凰星座の一輝だ。


一輝の放つ一筋の拳の軌道が、レグルスの額を貫く。


「っ――!?」

ヘッドパーツが渇いた音を立てて、地面を転がる。

一輝が放った拳は、鳳凰幻魔拳――


本来は放った相手に幻覚や悪夢を見せ、神経をズタズタにするものだ。



「威力は抑えている……暫くは動けないだろう」
「ぅ…ぐっ……」

レグルスは片手で額を押さえながら、その場に膝をついてしまう。


「っ…まさかハーデスが現れるとは……」


氷輪―氷河の放ったカリツォー―に拘束されているシオンが表情を歪める。


「悪いが、ハーデスだけでは無いぞ!!」
「っ!?」


その声と共に、シジフォスに一筋の閃光が襲い掛かった。


『ぐっ!?』
シジフォスは紙一重で躱したが、先のダメージからか、すぐに膝を付いてしまう。

「この小宇宙…!!アイオロス!!」
「無事だったか、星矢?」

星矢とアルデバランの眼前に、弓矢を携えたアイオロスが翼を広げ降り立った。

「どうにか間に合ったようだな……」

アイオロスの横の空間が歪み、そこからサガとアスミタが姿を現した。

「サガ…と…シャカ?」
「悪いが、説明は後だ」

アイオロスは一瞬だけ申し訳なさそうな表情になるが、すぐにその眼差しはシジフォスに向けられる。

「今は……彼等の相手が優先だ」
『っぐ……』

シジフォスはふらつきながらも、敵意をむき出しにしている。


「サガ!!」
「あぁ!!」

アイオロスの掛け声により、サガも小宇宙を高める。

『させるか!!』

すかさず、シジフォスが右腕に小宇宙を集中させる。


『ケイロンズライトインパルス!!』


烈風を孕んだ拳が、二人に襲い掛かる!!


―だが、二人に届く直前に、サガが両腕を天に掲げた。


「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」


銀河をも爆砕する、凄まじい小宇宙の奔流――


シジフォスの放った拳は、なす術もなくかき消される。

『ば…馬鹿な……っ!?』


シジフォスは驚愕の表情を浮かべるが、その目は更に見開かれる。



――アイオロスの右腕に、小宇宙が螺旋の光となって集束していたからだ。



「燃え上がれ、我が小宇宙よ――!!」



力強く、アイオロスは右腕を天高く掲げる。



―インフィニティブレイク―無限破砕―!!!―



膨大な熱量を孕んだ、無数の矢に具現化されたアイオロスの小宇宙が、辺り一面に解放される!!



「うわわわ!?」
「うわぁ!?」
「……!!」
「っく!!」

貴鬼を連れて離れようとした星矢だったが――アイオロスの表情を垣間見て、その場に留まった。


その一方で――レグルスはふらつきながらもライトニングプラズマで相殺し、シオンはカリツォーを抜け出し瞬間移動を繰り返しながら、自分を追尾してくる矢状の小宇宙を打ち払っている。


そう……アイオロスのインフィニティブレイクは、星矢達を避けるように、尚且つシオン達を狙って放たれたものだ。

「まずい…このままでは……!!」
「っ…!!シジフォス!!」

小宇宙の軌道から、アイオロスの狙いに気付いたシオンとレグルスが声を荒げる。

…だが、レグルスはその場から動く事が出来ない。

シオンがシジフォスの元へ向かおうとした瞬間――アスミタが印を結んだ。

「…悪いが、邪魔はさせんよ」
「ちっ……!!」

シオンとアスミタの小宇宙が、激しく交錯する。


「シジフォス!!」

悲鳴に近いレグルスの声が響く。



その次の瞬間――シジフォスの胸を、光が貫いた。


『が…ぁ……』

シジフォスの身体がぐらりと傾く。


「……やったか」

シジフォスに向けて右腕を突き出していたアイオロスが小宇宙を静めながら、そう呟いた。


アイオロスは最初から、狙いをシジフォスに定めていたのだ。

確実に一撃を当てる為、インフィニティブレイクの軌道を操りレグルスの動きを止めていた……だが、シオンの瞬間移動までは防げない。


だが、此方にはアスミタがいる―星矢達に合流する前に、アスミタにシオンの足止めを頼んでいたのだ。


構えと解き、アイオロスは背後の木にもたれかかるシジフォスを静かに見据える。


『…射手座…また…貴様に……』

その言葉と同時に、かろうじて残っていた狂衣の籠手や肩パーツが乾いた音を立てて砕け散る。
それらの破片は、地面に落ちる前に宙に溶けるように消えてしまう。


「また…?どういう意味だ!?」

アイオロスが駆け寄った時には、気を失ったシジフォスが頭を垂れていただけだった。


「―――」


その光景を目の当たりにしたレグルスが、何かを呟く。


「…?…何だと……」


偶然近くにいた一輝はかろうじてその言葉を聞き取るが、その意味を問い質す前に、レグルスの小宇宙が爆発した。


「お前…よくも!!」

その瞳には、憎悪の炎が燃えていた。


「アイオロス!!」
「っ!!」

星矢の呼びかけに、アイオロスはすぐ身構えた。


「ライトニング――!!」



しかし、レグルスが雷を放とうとした瞬間――その腕を掴んで止めた者が現れた。

「そこまでだ、レグルス」
「っ……!?」


「あれは…双子座!?」
「新手か……!?」

紫龍と氷河が同時に構える。

双子座の聖衣によく似た狂衣を纏い、新たに現れた――顔の下半分を仮面で覆っている、紺色の髪に褐色の肌の男性は、二人を気にする様子も見せず、淡々とした様子でレグルスに言った。

「引き上げるぞ、レグルス……主が呼んでいる」
「っ…デフテロス…だけど!!」

デフテロスと呼ばれた男性は、無言でレグルスに視線を向ける。

「……わかった」

レグルスは渋々といった様子で、小宇宙を静め、デフテロスの腕を振り払った。


「逃がすか!!」
「よせ、白鳥星座」

小宇宙を高めた氷河を止めたのは、ハーデスだ。

「なっ…邪魔をするなハーデス!!」
「深追いすれば、あ奴の攻撃をその身に受ける事になっていたぞ」
「っ……!?」

ハーデスの言葉に、氷河は目を見開いた。

「…ハーデスの言う通りだ…凍技を操る君では、デフテロスとの相性は最悪だ」

そう言いながら、アスミタが静かに歩み出る。


「今回はレグルス達を連れ戻す為に来ただけだ……相手をしに来た訳ではない」
「…デフテロス……」

仮面越しに言い放たれたデフテロスの言葉に、アスミタは僅かに眉をしかめる。

「……次会う時は、容赦しないぞ」

二人の元に合流したシオンが、テレポーテーションを発動させる。


――光が消えた時、三人の姿は無かった。


後に残ったのは、気を失ったシジフォスと、レグルスが装着していた獅子座のヘドパーツだけだった。
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