このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

旧版:失われし神々の系譜


――闇ばかりが広がる空間の中、エルシドを筆頭に、聖域を襲撃していた四人の狂闘士が、膝をついて恭しく頭を下げる。


「……アレス様、只今戻りました」


その声に答えるように、闇に紅の光が二つ灯る。


―戻ったか、狂闘士達よ―


「はっ」

エルシド達の姿を確認するように、二つの紅の光―アレスの瞳がすっと細まった。


―……その様子では、アテナを仕留める事は出来なかったようだな―

「真に申し訳ありません…奴の邪魔がなければ、今頃はアテナの首を貴方に捧げる事が出来たものを……」


項垂れるデジェルに対し、アレスは特に咎める様子を見せない。


―逃げ延びた乙女座が現れたのだろう?気に病む必要は無い―

それに、と言葉を続ける。

―奴の力が無ければ、現代の黄金聖闘士ではアテナを守りきる事すら出来ない……それが分かっただけでも十分だ―


くつくつと、アレスの嗤う声が響く。


「他に脅威になるとすれば、天馬星座か……」

カルディアの呟きを聞き、アレスは瞳の輝きを強める。

―既に準備は終えてある……天馬星座を討つべく刺客は送ったからな―

「後は、現代の天馬星座がどれだけ抵抗できるか、か……黄金の連中を見る限り、大した事はなさそうだなぁ」
「……アレス様、天馬星座討伐は誰が向かったのですか?」

アルバフィカの疑問の言葉に、アレスは愉快そうに答える。



―獅子座と射手座…そして……―



―――




生い茂る木々の中に身を隠すように、一人の男性が矢を番える。

男性は血色の鎧を身に纏い、その背中には鎧と同じ色の羽が折り畳まれていた。


「シジフォス…目標ちゃんと見えてるの?」
弓を構える男性の横で、男性と同じ髪色を持つ少年が訊ねる。

「あぁ、此処からなら十分届く」
シジフォスと呼ばれた男性は、弓の弦を引き絞ると、一点に狙いを定めた。

「レグルス、不満があるなら言ってみろ」
「不満というか……」
レグルスと呼ばれた少年は、矢が向けられた方向を見据えて言った。

「これで仕留められなかったら、どうするんだよ?」
「その時は、私達の手で直接討つまでだ」

その問いに答えたのは、二人の後ろにいた男性だ。
「策はある。天馬星座を此処に誘い込めば、此方のものだ」
「警戒すべきはアスミタだが……」
「邪魔が入る前に早く済ませちゃおうよ」

レグルスの言葉に、シジフォスは軽く頷く。

「そうだな…だが、お前がいれば心強い」
シジフォスは、背後にいた男性に軽く視線を向ける。






「頼りにしているぞ――シオン」


―――



日本に在る城戸沙織の屋敷――



朝日が顔を出して間もない時間、アルデバランは庭で一人佇んでいた。


しかし、非常に険しい表情をしている。


(呼びかけても一切返事が来ないとは…一体、聖域に何が起きたんだ……)


その理由は、十二宮に居る黄金聖闘士の誰とも連絡が付かない事にあった。


普段ならば、少し呼びかければムウやシャカなどが直ぐに応じてくれるのだが……今回は二人だけでなく『誰からも』返事が無いのだ。



まるで、何か得体のしれない力に十二宮との繋がりを断たれたような――そのような感覚だ。



アテナや仲間達は無事なのだろうか――アルデバランがそう思ったその時だった。






「うわぁああああ!!!」


突然、悲鳴が響き渡った。


「い、今の悲鳴は…星矢か?」


背後の屋敷を振り向きながら、アルデバランは戸惑いの表情を浮かべる。

「……何かあったのか?」

訝しみながらも、何が起きたかを確かめる為、屋敷の中へと入っていった。

場所は変わって、屋敷の中――



星矢の部屋には、既に先客がいた。


「せ、星矢……!?」
「…し…瞬…か……」


アンドロメダ星座の瞬だ。


悲鳴を聞き、駆け付けた瞬が見たものは……星矢がベッドから真っ逆さまに落下し、頭部を強打していた光景だった。

「いってぇ……!!」
「星矢、大丈夫?」


身を起こすも、星矢はそのまま床に座り込み、目尻に涙を浮かべている
瞬は膝を付き、強打した部分を素早く確認した。

「結構腫れてる……すぐに冷やした方が良いよ?」
「こ、これぐらい平気だって」

星矢は慌てて瞬の手を払いのける。

「さっきの悲鳴は何だ?」
「星矢、何かあったのか?」

そこに、悲鳴を聞きつけた氷河と紫龍が部屋に入って来た。

「紫龍、氷河…それが……」
「べ、別に何でもないから大丈夫だって」
「……大丈夫のように見えないが?」

氷河はツカツカと星矢に近寄ると、瞬が診ていた箇所を軽く押した。

「いってぇええ!!」
「やはりな…何かが落下したような音がしたと思っていだが、お前だったのか」

悲鳴を上げる星矢を余所に、氷河は小宇宙を集中させる。

「大人しくしていろよ?」

氷河はそう言うと、うっすらと冷気を帯びた手を患部へかざした。

「……ほら、これでもう大丈夫だ」
「…あ…ありがとな……」

痛みが引いた頭を摩りながら、星矢は消え入りそうな声で言う。

「……星矢、何があったんだ?」

紫龍が腕を組み、星矢を静かに見据える。

「だ、だから何でもないって……」

紫龍の視線に気まずくなったのか、星矢は視線を彷徨わせた。

「何でもなかったら、あんな悲鳴は上げないんじゃないのか?」
「いや…だから……」

星矢は申し訳なさそうに肩をすぼめるだけだ。

「みんな集まってどうしたの?」
その時、開けっ放しとなっていた部屋の扉から、貴鬼がひょっこりと顔を出した。

「星矢、何かあったのか?外まで悲鳴が聞こえてきたぞ?」
更に、その後ろにはアルデバランまでいた。

「あ…貴鬼、アルデバラン」
「突然紫龍がいなくなっちゃうんだもん、オイラびっくりしちゃった」

つい先程まで、貴鬼は紫龍のベッドに潜り込んで一緒に寝ていたのだ。
突然いなくなったら、驚くのも無理はないだろう。

「驚かせてすまなかったな……」
頬を膨らませる貴鬼の頭を、紫龍は軽く撫でてやる。

「それが…星矢が理由を言ってくれなくて……」
「だ、だって…皆絶対馬鹿にすると思って……」

瞬が視線を向けるが、星矢は気まずそうに肩をすぼめるだけだ。

「何だ?変な夢でも見たのか?」
「………」

アルデバランの言葉を聞いた瞬間、星矢は黙り込んでしまう。


「………図星か」
「そうだよ悪いか!?」

星矢はむきになって氷河に突っかかる。

「お、落ち着いてよ星矢…どんな夢を見たのか分からないけど、僕達は馬鹿にしたりしないよ?」
「そうだぞ?決めつけるのは早いんじゃないか?」

瞬とアルデバランに宥められ、星矢は渋々といった様子で言葉を発する。

「…じゃあ、言わせてもらうけど……」
星矢は五人の視線を受けながら、言葉を続けようとする。

「ん……?」
「…?貴鬼……?」

その時、紫龍の横で、貴鬼が突然首を傾げる。

「どうかしたのか……?」
紫龍が訊ねるが、貴鬼は部屋の窓――というより、外をじっと見ている。


「…!!星矢危ない!!」
「うわっ!?」
「貴鬼っ!?」
突然、貴鬼が星矢に体当たりをして突き飛ばした。



次の瞬間――!!



窓を突き破り、一筋の黒い閃光が襲いかかった!!



「うわっ!?」
「何っ!?」

その光は部屋の壁を貫通していき、巨大な穴を穿った。


貴鬼が突き飛ばしていなければ、その光は星矢を確実に射貫いていただろう。


「星矢、貴鬼!?大丈夫か!?」
「いてて…オイラは平気だよ」
「あ、あぁ……俺も、何ともないよ」

貴鬼を抱える形で尻餅をついていた星矢だったが、特に怪我をした様子はなく、すぐに立ち上がった。


―――



「何だ?あの子供……」
構えた弓を下しまがら、シジフォスが顔をしかめる。

「貴鬼か…あれは牡羊座のムウの弟子だ…この『身体』にとっては孫弟子にあたるな」
「ジャミールの一族ってことだよね?聖闘士よりも感知能力があるのかな……?」

レグルスは、シジフォスが矢を射った方向をじっと見据える。

「もう一度矢を射っても、同じ結果だろうな……」
「策はあると言っただろう?」

シオンはそう言うと、レグルスと向き合う。

「レグルス、私と共に天馬星座の元に行くぞ」
「何すれば良いの?」

レグルスの問いかけに、シオンは悠然と答える。


「『あの結界』を試す良い機会だ……シジフォスは此処で準備を調えろ。私達で天馬星座を此処までおびき出す」

―――



「何だよ今の……!?」
「分からない…だが……」
「……敵襲だという事は、間違いないな」

氷河と紫龍が、大破した窓を見やる。

「狙いは星矢で間違いないだろう」
目を細める氷河の言葉に、瞬は困惑の表情を浮かべる。

「だ、だけど、一体誰が……」

聖戦が終わり、ハーデスとポセイドンとは協定を結んでいる今、彼等が敵対する事はまず無い。


考えられるとすれば――



「新たな敵、か……?」
「可能性は十分にあるな……」

氷河と紫龍の言葉に、言いようのない不安がアルデバランの胸をよぎる。

(まさか、十二宮の皆と連絡がつかないのは……?)

「瞬、貴鬼、敵が何処にいるか分かるか?」
紫龍が、二人にそう言葉をかける。

「うーん…ちょっと待ってて」
「感知出来れば良いけど……やってみる」

二人はそう言うなり、軽やかに大破した窓から飛び降りる。

着地すると、瞬はすぐに意識を集中させる。


その時、瞬の身体が光に包まれ、瞬く間に聖衣が装着された。


沙織は有事の際に星矢達が装着出来るようにと、自分の屋敷に彼等の聖衣を保管しているのだ。


「まさか、こんなにも早く聖衣を纏う日が来るなんて……」

瞬は複雑そうな表情で、鎖を握り締める。

本来、瞬は争いを好まない性格の持ち主――正体が分からないとはいえ、敵対する理由も分からずに戦うという事に抵抗を持っているのだろう。

そんな考えを振り切るように、瞬は深呼吸をして小宇宙を高める。


瞬が目を閉じ意識を集中させると、鎖が音を立てながら宙をさまよいだした。


程なく、角鎖がピンと張り、一点を真っ直ぐに指し示す。

角鎖はビリビリと振動し、主の瞬に敵の存在を知らせる。


「これは……!!」
「な、何か来るよ!!」
鎖を手にする瞬が焦りの表情を浮かべ、貴鬼が同時に声を上げる。




――同時に、庭の一角で光が爆ぜる。

「あ、あれ、テレポーテーションの光だよ!!」
貴鬼が光を指差しながら声を上げる。

「何っ……!?」
「俺達も行くぞ!!」

星矢を筆頭に聖衣を纏い、瞬と貴鬼の元に駆けつける。

「貴鬼、此処から離れるんだ!!」
「え、で、でも……!!」
「俺達の事なら心配するな、早く!!」
「…わ…わかったよ……気をつけてね!!」

紫龍に促され、貴鬼はその場から姿を消した。



「馬鹿な…この小宇宙は……!?」

光から発せられる小宇宙を感じ、アルデバランは驚愕の表情を浮かべる。

「嘘…だろ……」
「どうしてあの人が……!?」

アルデバランだけでなく、星矢達もその小宇宙の正体に気付いていた。



しかし、その場の誰もが信じられない――否、信じたくないと言わんばかりの表情だった。





そして……光が収束する――





「よっと…あ、あれが今の天馬星座?」
「そうだ……『奴』の封印を解く『鍵』となる者だ」


星矢達の前に現れたのは、血のような紅い鎧を纏った一人の少年と……聖域に居る筈の教皇シオンだった。


「シオン!?何でこんな所にいるんだよ!?」
「教皇、そのお姿は……!?」

星矢とアルデバランが声を荒げるが、シオンは悠然とした態度を崩さない。

「私は教皇ではない……私はアレス様に仕える狂闘士、牡羊座のシオンだ」
「俺はレグルス、獅子座の狂闘士だよ」

シオンの横で、星矢とさほど歳が変わらない少年―レグルスが笑顔を浮かべる。

「狂闘士……?」
「…老師から聞いた事がある……歴代の聖戦において、初めて天秤座の武器の使用が認められた戦いが、アレスと狂闘士との間に起きた聖戦だと」

氷河の横で、紫龍が記憶を遡るように目を細める。

「アレスに仕える狂闘士は、黄金聖闘士に匹敵する実力の持ち主で、身に纏う鎧……狂衣(バーサク)は、天秤座の武器でなければ破壊できなかった程の強度を誇ったそうだ」
「へぇ~、随分詳しいんだね」
「彼は童虎の弟子だからな…他の青銅よりは知識はあるだろう」
「童虎の?だったらちょっとは強いのかな?」

無邪気に目を輝かせるレグルスだが、星矢達を見据える瞳は、獲物を狙う餓えた獅子そのものだった。

「っ……」
(チェーンが此処まで警戒するなんて……)

瞬は、かつてない程に相手を警戒しているアンドロメダの鎖を握り締める。


「し、シオン!!何でアンタが!?」
「聞こえなかったのか?私はアレス様に仕える狂闘士、シオン」

シオンは感情を宿さない瞳で、星矢達を見据えるとゆっくりと片手を掲げる。

その構えは、星矢達にとってひどく見慣れたものだった。

「全員まとめて消えるが良い――スターダストレボリューション!!」


シオンの小宇宙が一気に高まり、無数の星々の煌めきが襲い掛かる!!


「くっ…!!グレートホーン!!」

真っ先に立ち向かったのは、アルデバランの掌底だった。

放たれた衝撃波が次々とスターダストレボリューションを打ち消すが、グレートホーンの技の特性上、その全てを捌けるわけではない。

グレートホーンは、アルデバランの正面にいる相手には絶大な効果を発揮する直接攻撃だが、威力を優先してしまえばその範囲が限られてしまう。

一見間接攻撃に見えるこのスターダストレボリューションは、実は直接攻撃であり、小さな星の光に見えるもの一つ一つが小宇宙で生み出されたもの――

技の範囲はグレートホーンと異なり、使用者の自由に操れるのだ。

この場にいたのがアルデバランだけであれば、相殺されなかった技の威力をその身に受けていただろう――だが、


「ペガサス流星拳!!」


アルデバランが捌けなかった光を、星矢の拳が次々と打ち払う。


「今だ!!チェーンよ!!」

その隙に、瞬が放った鎖がシオンの腕を捕らえた。

「もらった…!!ダイヤモンドダスト!!」
「廬山龍飛翔!!」

その好機を逃すわけにはいかない―紫龍と氷河が同時に動いた。

龍の気を纏った紫龍と、氷河の凍気がシオンに襲い掛かる……だが、

「俺の事、忘れてない?」

レグルスが、紫龍の眼前に現れた。

「なっ!?」

目を瞠る紫龍に対し、レグルスは笑みを浮かべている。


次の瞬間――!!


「ぐあぁあああ!?」

無数の閃光が、氷河の凍気をも打ち払い、紫龍に襲い掛かった。

「紫龍!?」
紫龍の身体が宙を舞い、地面に叩き付けられた。

「がはっ!!」
「紫龍!!」
シオンを捕らえる鎖を手放す事が出来ず、瞬はただ声を上げる事しか出来なかった。

「い、今の技…まさか……」
氷河は信じられないと言わんばかりの表情で、レグルスを見つめる。

「あれは…ライトニングプラズマ!?」
その隣で、アルデバランが思わず声を上げた。

そう……先程の技、ライトニングプラズマは、星矢達もよく知るアイオリアの技だ。


しかし、星矢達とさほど年齢が変わらないように見えるレグルスが放った威力は、アイオリアを上回っていたのだ。

「よくも紫龍を!!」
「へへっ、遅いよ」

星矢だが、レグルスは瞬時に星矢の目の前に移動した。

「っ!!星矢ぁ!!」

しかし、氷河が力の限り星矢を突き飛ばした。

「うわっ!?」
「ライトニングプラズマ!!」


氷河のお陰で星矢は直撃を免れたが、その代償は大きかった。



「うわあぁあああ!!」
「氷河ぁ!?」


氷河の身体が、閃光に切り裂かれる。

ライトニングプラズマの直撃を受け、氷河の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

「そ、そんな……うわっ!?」
蒼白する瞬だが、突然よろめいてしまう。

シオンが瞬間移動を行い、鎖から抜け出したのだ。

「余計な事をするな、レグルス…手を出さずともこの程度の鎖、すぐに抜け出せる」
「ごめんごめん、だってアイツは童虎の弟子なんだろ?ちょっと気になっただけだよ」

レグルスは頬を掻きながら、チラリと紫龍を見る。

「っ…さ、先程から老師の名を言っているが、お前は一体何者だ……!!」


紫龍はふらつきながら立ち上がり、唇の端から零れる血を拭う。

「うーん…あんまり説明できないからなぁ」
レグルスは腕を組み、困ったような表情をする。

「あ、でもこれだけは言えるかな」
「何……?」

身構える紫龍の様子に、レグルスは無邪気に笑みを浮かべた。


「俺達の目的は天馬星座と、アンタ達の抹殺だよ」


「っ!!?」
瞬間、レグルスの光速の拳が、紫龍に襲い掛かる!!


「ぐっ…!!あぁああっ!!」

咄嗟に左腕に装着された盾で防ぐが、閃光は容赦無く紫龍の身体を切り裂いた。

「紫龍!!…チェーンよ!!」
瞬が鎖を放ち、レグルスを拘束した。

「うわっ……!!」
右腕を突き出しただけの体勢で、レグルスは思わず動きを止めてしまう。

「今のうちに紫龍を……!!」
瞬は鎖をしっかりと握り締め、星矢とアルデバランを見やる。

「行かせると思ったのか?」
「っ!!」

その場に崩れるように倒れた紫龍の元に駆け付けようとした二人に、シオンが立ちはだかる。

「スターダストレボリューション!!」
「くっ…!!ペガサス流星拳!!」
「グレートホーン!!」

二人はシオンを迎え撃つが、これでは身動きが取れない。

「二人共……!!」
「っ…!!瞬!!」
視線をレグルスから逸らした瞬に、かろうじて片膝を付いて身体を起こした氷河が、声を荒げる。

「え……!?」

慌ててレグルスを見やる瞬が見た光景は、レグルスが拘束していた鎖を小宇宙の爆発で吹き飛ばす瞬間だった。

「はぁあああ!!」
「くっ…!?うわぁあ!?」


余波で吹き飛ぶ瞬だが、その身体はレグルスの元へと引き寄せられる。
レグルスが己を拘束していた鎖を手にし、力の限り引っ張ったのだ。

瞬はその力に耐えきれず、ついには宙に放り投げられてしまう。

レグルスは瞬時に、瞬の元へ跳躍し、拳を握り締める。

「まずは…一人目」

瞬の細身の身体に、非情にもレグルスの拳が叩き込まれた。
聖衣のガードが甘い、腹部に拳がめり込む。

「っ――!!」
「これで終わりっと!!」

レグルスは更に、追い打ちをかける。
身体を反転させ、瞬の背に踵落としを繰り出した。



瞬の身体はなす術もなく地面に叩き付けられ、その衝撃で地面にクレーターが穿たれた。


「し…瞬―――!!!」


星矢がその光景を目の当たりにしたのは、シオンのスターダストレボリューションを全て撃ち落とした時だった。

「貴様…よくも瞬を!!」
氷河は小宇宙を高め、凍気を収束させる。

「次はお前かな?」
レグルスは何処か楽しむような表情で氷河を見やる。

「我が師より授かったこの技で、貴様を討つ!!」
氷河は両の掌を己の頭上で組み、ゆっくりとレグルスに向ける。

「高まれ凍気よ…絶対零度の位まで!!」
「その構えは……」

初めて驚きの表情を見せるレグルスに、氷河は最大の凍技を放った。



「オーロラエクスキューション!!」



放たれた凄まじい凍気の奔流は、瞬時にレグルスを呑みこんだ。


「やったか!?」
その様子を見て、星矢は思わず声を上げる。

「…いや、奴の小宇宙は消えてはいない。むしろ……」
しかし、星矢の横ではアルデバランが険しい表情を浮かべていた。

オーロラエクスキューションの余波が消え、レグルスの姿が徐々露わになる。

「そんな……!?」
「ば…馬鹿な……!?」
その場に居た誰もが、レグルスの姿に目を見開いた。

「ふぅ…ちょっとはやるみたいだね」

レグルスは、氷河のオーロラエクスキューションの凍気を、右手のみで受け止めていたのだ。
掌に僅かに霜がついている程度のダメージしか負っていないようで、すぐに何事も無かったように笑顔になる。


「……レグルス、遊びはそこまでにしろ」
「わかってるってシオン」

その声と共に、レグルスの小宇宙が一気に爆ぜる。

「っ!?」

「デジェルと同じ技を使うなんて驚いたよ。水瓶座の聖闘士に縁があるの?」
「彼の師はこの時代の水瓶座だ。同じ技を使っても不思議ではあるまい」
「へ~、そうなんだ…だったら、面白いもの見せてやるよ」

シオンの言葉を聞いた次の瞬間、レグルスは驚くべき行動をとった。


……氷河と同じように、己の掌を組み、小宇宙を高めだしたのだ――


「馬鹿なっ…!?その構えは……!?」

驚きの表情を隠せない氷河に目標を定め、レグルスは小宇宙を爆発させた。


―オーロラエクスキューション!!―


「くっ…!! オーロラエクスキューション!!」

氷河もすかさず迎え撃つ。

凍気がぶつかり合い、せめぎ合う中でレグルスが小首を傾げる。

「何だ、その程度なの?」
「っ……!!」

その言葉と共に、徐々に氷河が押されはじめる。


(まずい…このままでは……!!)
「それが限界…?だったら一気に決めるよ」


苦悶の表情を浮かべる氷河に対し、レグルスは更に小宇宙を高めた――


「氷河!!」
「っ!!駄目だ、来るな星矢!!」

駆け寄ろうとした星矢に、氷河は鋭く言い放つ。



―瞬間、ぶつかり合っていた凍気が、爆発を起こした―

星矢の目の前で、氷河は凍気を孕んだ爆風に呑まれてしまう。


「ひ…氷河ぁーーー!!!」


星矢の叫びが、響き渡った。


「っ…!?何だ……!?」

勝利を確信したレグルスだが、その表情はすぐに驚愕に変わった。


突如として発生した凄まじい炎が、凍気を相殺したのだ。


「っ…!!氷河!!」

爆風が消えると同時に、星矢は慌てて氷河の元に駆け寄る。


氷河は数メートル離れた場所で、意識を失い倒れていたが、その身体はレグルスの放ったオーロラエクスキューションの余波で、酷い凍傷を負っていた。


「…やはり来たか」
シオンは二人を見向きもせず、瞬が倒れている方向に目をやる。




そこには、鳳凰星座の聖衣を纏った一輝の姿があった。




「…!!い、一輝!?」
「お前だったのか……!!」
星矢とアルデバランが声を上げる。

一輝は無言で、地面に倒れ身動き一つもしない紫龍と氷河、そして瞬に視線を向ける。


「…っ…に…さん……?」
その時、一輝の気配を感じたのか、瞬がうっすらと目を開けた。


「瞬……!!」
一輝は駆け寄ると膝をつき、瞬を抱き起す。

「瞬、しっかりしろ!!」
「…兄さん…来てくれたんだね……」
今にも消え入りそうな声で、瞬が呟いた。

「…気を付けて…紫龍も…氷河も…彼に…やられて……」
「…分かった……もう喋るな、瞬」
一輝は瞬を横にすると、鋭い眼差しでレグルスを見据える。
「後は俺に任せろ」

その言葉に安心したのか、瞬は意識を手放した。

「……シオン、誰だよアイツ」
不機嫌そうに頬を膨らませるレグルスに、シオンは淡々と答える。

「鳳凰星座の一輝…そこで倒れているアンドロメダの瞬の兄だ」

シオンの言葉に、レグルスは「へぇ…」と呟くと、言葉を続けた。

「って事は、弟の仇を取りに来たのかな?」

――レグルスの問い掛けに、一輝は小宇宙を激しく燃焼させる。

「当然だ…俺の弟達を此処まで傷付けた以上、無事では帰さんぞ……!!」
「へへっ、少しは歯ごたえのありそうな相手みたいだな」

殺気を向けられても尚、レグルスは笑みを浮かべている。

「鳳凰の羽ばたき、その身に受けろ!!」
一輝の腕に炎となった小宇宙が集束する。

「ちょっとは持ちこたえてくれよ?」
レグルスも右の拳を握り締め、小宇宙を高める。



「鳳翼天翔!!」
「ライトニングプラズマ!!」



放たれた小宇宙の炎の嵐に、無数の閃光が迎え撃つ!!


「中々やるな、お前!!」
「くっ……!!」

どこか嬉しそうな笑みを浮かべているレグルスに対し、一輝は表情を顰める。


二人の技は、一見拮抗しているように見えるが、レグルスはまだ本気を出していないのは明らかだった。

「…不死鳥の炎が、この程度だと思うな!!」
「うわっ……!!」

更に激しく燃える一輝の小宇宙に、レグルスは一瞬気圧されるが、すぐさま体勢を整える。


「へへっ…そうこなくちゃ!!」
「ちっ……」


戦いを楽しんでいるレグルスの様子に、一輝は調子を狂わされる。

「…全く仕方の無い奴だ…だが、あまり戦いを長引かせたくはない」

そのレグルスの背後で、シオンが静かに小宇宙を高める。


「っ…!!させるかよ!!」
シオンの動きに気付いた星矢は、駆け出しながら拳に小宇宙を集中させた。


しかし、星矢は気付かない――






―この時のシオンの瞳が、罠に掛かった獲物を見るような、冷酷な輝きを放った事に――




「…!?駄目だ、星矢!!」

そのシオンの様子に気付いたアルデバランが、星矢の背を追いかける。



「――スターライトエクスティンクション!!」


シオンが放った星々の煌めきは、一輝ではなく星矢に向けられた。

「っ!?うわぁあああ!!?」
「星矢ぁ!!!」


「っ…!?星矢、アルデバラン!?」


星矢とアルデバランは、共にシオンの放った光に呑み込まれてしまった。


一輝は慌てて星矢達が消えた場所へ駆け付けるが、既に小宇宙の名残すら感じなかった。

「シオン…もう少し遊ばせてよ」
「レグルス、今回は遊びが目的ではないんだぞ?」

不満げに頬を膨らませるレグルスに、シオンは鋭く言い放つ。

「ちぇっ……まぁいっか。後はシジフォスの所に行けば良いんだよな?」
「……貴様等、星矢達を何処へやった!!」

拳を握り、怒りを露わにする一輝に、シオンは悠然と言い放つ。

「私達の目的は、天馬星座の抹殺…その舞台へと送ってやったまでだ」
「おまけが付いたみたいだけど…俺達も早く行こうよ」

レグルスの言葉にシオンは頷くと、一輝を冷ややかな眼差しで一瞥する。

「次に会う時は、お前達の命も頂くぞ」
「っ!!逃がすか!!」

一輝が駆け出すが、それと同時に二人の姿はその場から消えてしまった。

「っ…!!…瞬間移動、か」

二人を逃がした悔しさから、一輝はきつく拳を握り締める。

「…一刻も早く、星矢達と合流せねば……」


「一輝~!!」

その時、貴鬼が一輝の目の前に出現した。


「…貴鬼か…丁度良い、奴等について何か知っているか?」

突然現れた貴鬼に驚く様子もなく、一輝は訊ねる。

「オイラも知らないよ!!突然星矢を狙って襲って来たんだ…シオン様がなんで星矢達を攻撃したのかも…全然分からないよ……」
「…そうか……」
「あ、で、でも!!」

貴鬼は、手にしていた『もの』を一輝に見せる。

「っ…これは……!?」


それは、禍々しい光を放っているが…形状は射手座に備わっている矢と酷く似ていた。



「貴鬼、これは一体……」
「最初に星矢を狙った攻撃の正体…だよ」

貴鬼は、破壊され無残な姿になった部屋を見上げながら言葉を続ける。


「紫龍から離れてろって言われてたけど…気になってあの部屋を調べてたんだ」
「それで…その矢が見つかったのか」

一輝の言葉に、貴鬼は頷く。

「この矢が、あっちの方向から星矢めがけて飛んできたんだよ」
「あっちから……?」

一輝は貴鬼が指差す方向へと視線を向ける。

視線の先は、城戸邸の近くに存在する森があった。


「……貴鬼、三人を頼む」
「い、一輝…まさか一人で行くつもり!?」

一輝は森へ鋭く視線を向けたまま、言葉を放つ。

「先程のシオンの言葉……あれが本当ならば、星矢が危ない」
「だ、だけど……!!」


―待ちたまえ―


その時、二人の脳裏に直接言葉が響いた。


―君一人では、彼等には到底敵わないだろう―


「っ!?誰だ!!」
一輝が素早く辺りを見回す。

「あ、あそこ!!」
貴鬼が庭の一角を指差すと同時に、光が爆ぜる。

「あれは……!?」


光が集束し、そこに現れたのは――サガとアイオロス、そしてアスミタだった。
7/14ページ
スキ