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旧版:失われし神々の系譜




―処女宮の沙羅双樹の園―――




乙女座のシャカは、瞑想の最中にその園でいち早く侵入者の小宇宙を感じたが、その園から出られないでいた。







理由は一つ―――沙羅双樹の園一帯を、『結界』が覆っていたからだ。




無論、シャカが結界を敷いたわけではない。




つまり―――『何者』かが、何らかの理由でシャカを沙羅双樹の園に閉じ込めているのだ。




「何者だ。私に用があるのなら、この様な手段など使わず出てきたらどうだ?」
シャカは閉じた双眸で辺りを鋭く見渡す。


最も神に近い男と謳われているシャカに全く気付かれずに結界を張るという事―――それは、その人物がシャカと同等か、それ以上の実力を有している、という事になる。



現に、シャカはその人物の小宇宙を捉える事が出来ないでいる。



焦る心を鎮め、意識を集中させる―――



「………そこか!!」
シャカは振り返りざまに衝撃波を放つ。



しかし、その衝撃波はいとも簡単に打ち消された。



「何っ……!!」
「ふむ……現代の乙女座の実力はこの程度か」



―――その人物は、音も無く現れた。



「少しはやるようだが…彼等全員を同時に相手にすれば、その命は無いと思え」
「……!?」

開眼したシャカの瞳は、瞬く間に驚きの色に染まる。

「あ…貴方は……!!」

――――


「此処を抜ければ、アテナは目の前だ」


彼等は双魚宮の前にいた。

「この調子だったら、アテナを殺す事なんか簡単だな」
「此処を無事に抜ける事が出来れば、だがな……」

空色の髪の若者の言葉に、新緑の髪の若者が頷く。

「双魚宮には魔宮薔薇の陣がある。それに……魚座の黄金聖闘士もな」
「あー……魔宮薔薇は厄介だけどよ、コイツがいるから大丈夫だろ?」
「あぁ……後は、今の魚座がどこまでやれるかだけだ」

だが、と新緑の髪の若者は言葉を続ける。

「他の黄金聖闘士を見た限り、それも問題では無いかもしれないがな」



「ほぅ……言ってくれるじゃないか」


――一陣の風と共に、薔薇の花弁が宙を舞う。



「此処から先へは、誰一人として行かせないよ」


澄み切った青空の髪を靡かせ、一人の若者が現れる。

「魚座の聖闘士か……」
「御名答……私は双魚宮を守護する魚座の黄金聖闘士、アフロディーテ」

アフロディーテは一輪の薔薇を出現させると、そのまま口元に運んだ。

「アテナの元には行かせない……この命に替えても、行かせはしない!!」


ギリ、と薔薇を口にくわえた瞬間、アフロディーテの足元に荊と共に無数の白い薔薇が咲き誇る。

「ほぅ…現代の魚座はこのような事が出来るのか」
新緑の髪の若者が感心したように呟く。

「……私が此処にいる限り、先へは誰一人として行かせない」
アフロディーテは薔薇を口にくわえたまま言い放つ。


「……奴の相手は私がした方が良いだろう」

空色の髪の若者が一歩進み出る。


「手出しは無用だ……」
「…わかった…油断するなよ……」

その言葉を聞くなり、若者もアフロディーテと同じように宙から薔薇を取り出す。



「覚悟は良いな?」
「当然」

アフロディーテは短く返事をすると同時に、小宇宙を高める。



「アテナの…そして、他の皆の為にも、負けるわけにはいかない!!」


瞬間、荊が一斉に若者に襲い掛かる―――


「やはりその程度か……」



――だが、その若者の顔が笑みを浮かべている事に、アフロディーテは気付かない。


――――




「……そういえば、シャカの奴はどうした?」

天蠍宮を抜け、人馬宮へ差し掛かる道の途中で、ミロが徐に口を開いた。

「さぁな…処女宮からアイツの小宇宙を感じなかったが……聖域から出た様子も無かったぞ?」
デスマスクは首を捻りながら答える。

「……どういう事だ?」
「俺が知るか……!?」

不意にデスマスクが言葉を失う。

「…?どうし……!?」
その事にいぶかしんだミロは、デスマスクの視線を追う。


――そこには、巨大な氷塊に閉じ込められたアイオリアとアイオロスの姿があった。


「マジかよ…俺と同じじゃねーか」

二人の姿にデスマスクは目を瞠る。

「あれは…スカーレットニードルの傷……?」
ミロはアイオロスの後ろで膝をついているアイオリアに視線を向ける。

アイオリアの体に穿たれた、針のように小さな傷は、ミロ自身が扱う技と同じものだった。

「おそらく、アイオロスはアイオリアを守ろうとして……」
「…一緒に凍った、って事か」

……よく見れば、アイオロスは両の腕を突き出して踏み止まるような体勢だ。


「……兎に角急ぐぞ、二人の事はカミュに任せるしかねぇ」
「あ、あぁ……」
デスマスクがミロを促し、人馬宮を抜ける。


途端に、激しくぶつかり合う小宇宙を感じ取る。


「…!!シュラが磨羯宮で戦っている!!」
「急ぐぞ!!」と言うなりミロは駆け出す。

しかし、デスマスクは険しい表情をしてその場に立ち止まっている。


小宇宙の感知がミロより長けている彼だからこそ、感じ取る事が出来た。


「っ…ディーテ……」




そう――磨羯宮の次である双魚宮の主、アフロディーテの小宇宙が弱まっていた。




「…無事でいてくれ……」
祈るように呟くと、デスマスクは駆け出した。


――――





教皇の間では、アテナである城戸沙織が黄金に輝くニケを片手に双子座のサガに訴えていた。



「此処は危険です、下がってくださいアテナ!!」
「それは此方の台詞ですサガ!!彼等の狙いは私なのです!!」

沙織はニケを握る手に力を込める。

「このままでは貴方まで……!!」
「サガはそこまでヤワじゃありませんよ、アテナ」

全く異なる方向から、サガと同じ響きを持つ声が沙織をたしなめる。


その正体は――サガの双子の弟であるカノンだ。


「勿論、俺も共に戦うからなサガ」
そのカノンの体には、海龍の鱗衣が装着されている。

「……アテナ、貴女をお守りする事が我等聖闘士の役目です」

サガはカノンに向かって頷くと、真っ直ぐに沙織を見て言った。

「間も無く奴等が来ます、この場は私とカノンにお任せを」
「サガ…カノン……」

沙織は二人の言葉を聞き、目を僅かに伏せる。


しかし、次の瞬間―――!!


教皇の間の重厚な扉が、凄まじい轟音と共に崩れ落ちた。








「なっ……!!」
「来たか……!!」
二人は沙織を庇うように前に出る。


そして……



「よお、テメェが今生のアテナか?」




禍々しい光を放つ鎧を纏った男達が、姿を現した―――


――――






同時刻、ミロとデスマスクは双魚宮に差し掛かっていた。





磨羯宮では、シュラが黒髪の男性と鎬を削っていたが、一人で食い止めると言って二人を先に行かせたのだ。





しかし――双魚宮全体を、異様な静けさが覆っている。




「まさか…アフロディーテまで……?」
そのただならぬ様子に、ミロは嫌な予感を感じる。

「っ…何処だ、ディーテ……!!」
言うなり、デスマスクは僅かに感じる小宇宙を頼りにアフロディーテの元へ向かう。

「ま、待てよデスマスク!!」
ミロが慌ててデスマスクを追うが……目に入った光景に言葉を失った。





その光景は……――




「……!?嘘だろ……!?」
「ディーテ……!?」






――宮を支える一本の柱に荊で縛り付けられ、胸に紅く染まりつつある白薔薇が撃ち込まれた、アフロディーテの姿だった。

――――






サガとカノンは、既に臨戦態勢に入っている。



もはや原型すら留めていない扉から現れたのは、三人の男だ。

「……もう一度問う、貴女が今生のアテナか?」
紺碧の髪の若者の横で、新緑の髪の若者が沙織に視線を向ける。

「貴様等は何者だ……!!」
「何故アテナの命を狙う!!」

すかさず、二人が同時に構えをとる。

「それは…鱗衣か……?海闘士が何故……」
カノンの姿を見た新緑の髪の若者は、いぶかしみながら呟く。

「質問に答えろ、何故アテナの命を狙う!!」
カノンが声を荒げる。

「…まあ良い。海闘士が何故此処に居るかは知らないが、質問に答えてやろう」

新緑の髪の若者は一歩進み出ると言った。

「我等は『狂闘士』。オリンポス十二神が一柱、アレス様を守護する戦士」
「…!?そんな!?アレスが復活したというのですか!?」
「どういう意味です、アテナ?」
「え、ええ…ですが、アレスはあの時……」
「確かに、主は神話の時代に貴女に斃され、その魂は封印された……」

だが、と若者は言葉を続ける。

「永き時を経て力を取り戻した主は、その封印を解きつつある。完全に復活されるまで時間の問題だ」
「そんな……!?」
その言葉に沙織は目を見開いた。

「ま…その前に、此処でアテナを斃せば封印なんか関係なくなるけどな」
紺碧の髪の若者が笑みを浮かべる。

「だから、死んでもらうぜ」

その指先には、鋭く光る真紅の爪が出現していた。


「そのような事、誰がさせるか!!」
カノンは声を荒げると同時に小宇宙を高める。

「へえ…じゃあ、先ずお前から片付けてやろうか?」
「……その言葉、そのまま返してやろう!!」



カノンの腕が、頭上へ掲げられる――




「ギャラクシアンエクスプロージョン!!」




銀河を爆砕せんばかりの膨大な小宇宙が、三人に襲い掛かる――!!







――――







カミュがその小宇宙を感じたのは、人馬宮でアイオリアとアイオロスを解放た時だった。




「今の小宇宙は、カノン……!?」
「奴等…教皇の間に……っ!!」
アイオリアは人馬宮の出口へ向かおうとしたが、膝を付いてしまう。
「無茶をするな、アイオリア」
アイオロスがアイオリアの肩を支える。

アイオリアの体に穿たれた、スカーレットニードルの傷口からは少量ながらも血が流れ出ている。

しかも、スカーレットニードルとは相手の中枢神経を刺激して激痛を与え、同時に体の自由を奪う技だ。


今のアイオリアは、立つ事すら困難な状態だった。

「……アイオロス、アイオリアの手当てを頼む」
カミュは天秤座の剣を握り締めると、アイオロスにそう言った。
「だが……」
「…アテナの事は、私達に任せてくれ」
カミュは二人を真っ直ぐ見て告げる。


普段は冷静沈着なカミュだが、その緋色の瞳には激しい感情が燃えている。


その静かな気迫を、二人は確かに感じた。


「……傷が癒えたら、直ぐに行く」
「気を付けるんだぞ……」

カミュは二人の言葉に頷くと、磨羯宮に向かった。



そこでは、満身創痍のシュラが、戦っていた。



「シュラ!?」
「カミュか……!!」

狂闘士の男と、鎬を削っている。

「また新手か?」
「っ!!」
手刀と手刀が、激しくぶつかり合う。


しかし、シュラが対峙している相手は、かすり傷一つ負っていない。



シュラが追い込まれているという認めたくない状況を、カミュは認めるしかなかった。


「ぐ…ハァッ!!」
渾身の力で、シュラは黒髪の男性を弾き返す。

「先に行け、カミュ!!」
「しかし……!!」
「ミロとデスマスクは既に双魚宮に向かった、俺は此処でコイツを食い止める!!」

シュラはエクスカリバーの斬撃を繰り出しながら言葉を続ける。

「早く行け!!アテナの元へ!!」
「っ……!!」
カミュは断腸の思いで、シュラの側を駆け抜ける。


「……まあ良い。先へ行った奴等がアテナの元へ行っても変わりは無い」
「…何だと……」

シュラの鋭い眼光が、真っ直ぐにエルシドを射抜く。

「言葉の通りだ。…お前と拳を交えて理解した……お前達の実力は、俺達には全く及ばない」

射殺さんばかりのその眼差しを受けながら、エルシドは手刀を振り斬撃を放つ。

「……正確には、『この体に及ばない』と言った方が良いかもしれないが」
「どういう意味だ……!?」
エクスカリバーで応戦するシュラだが、エルシドの言葉に耳を疑った。

「少し喋りすぎたか……まあ良い」
エルシドは小宇宙を高めながらシュラを見据える。


「直ぐに終わらせる」


瞬間、斬撃がシュラに襲い掛かる――!!

――――





「アフロディーテ、大丈夫か!?」
「ディーテ、しっかりしろ!!」
ミロとデスマスクは、アフロディーテを荊の拘束から開放した。

だが、アフロディーテの胸には、心臓を貫き身体の血を吸い上げる白薔薇――ブラッディローズが撃ち込まれている。


……回復には、時間が掛かるだろう。



「ッ…デス……ミロ……」
「アフロディーテ……!!気がついたのか!!」
「あんまり喋るな、心臓から血が吹き出るぞ」
しかし、デスマスクの言葉にアフロディーテは首を横に振る。

「…奴等が…魔宮薔薇の陣を…越えて……教皇の間に……」
「何だと……!?」
「わ…私に構わず…早くアテナを……」
アフロディーテは震える手で、己の胸に穿たれた薔薇を握り締める。


しかし、その手をデスマスクが掴んで止めた。


「……そのまま引き抜いたら、血が出るだけだぜ?」
「っ……」

本来、アフロディーテは自分の小宇宙を使って傷を癒し、回復させる術に長けているのだが……今の状態でそれを行うのが不可能だという事を、デスマスクは感じたのだ。


(やっぱり……君にはお見通し、か)
(……あの荊は、動きを封じると同時に小宇宙を奪う力があったって事か?)
(…ご名答だよ……)
口には出さず、二人は小宇宙を使った会話でやりとりをした。


しかし、アフロディーテはそれだけで限界を迎える程に疲弊していた。


「……ミロ、先に行ってろ。俺はディーテを回復させてから行く」
その様子を感じ取り、デスマスクが言った。

「デスマスク……」
「いくらなんでも、怪我人をこんな状態で放置できるかよ」

そう言うと、デスマスクはアフロディーテを寝かせて小宇宙を送り始める。

「さっさと行け、俺達も後から行くからよ!!」
「しかし……」
「デスマスク、ミロ!!」
そこに、二人に負いついたカミュが駆け寄る。

「…!!アフロディーテ……!?」
「奴等にやられたんだよ……俺はディーテを回復させてから行く、お前はミロを連れて先に行け」
「だ、だが……」




―――教皇の間から爆発的な小宇宙を感じたのは、その時だった。

「い…今の小宇宙は…カノン……!?」
ミロが目を見開き呟く。

「ちっ……早く行け、二人共!!」
「……ミロ、行くぞ」
カミュはミロを促し、先へと向かう。

「…わ、わかった」
ミロもすぐにカミュの後を追う。



「サガ…カノン…無事だと良いけど……」

デスマスクから小宇宙を受け取りながら、アフロディーテが呟いた。

「おいおい……らしくねー事言うじゃないか」
「嫌な予感がするんだよ……」

デスマスクの言葉にそう返事をすると、アフロディ-テは宮の奥へと向ける。

「早く二人に追いつかないと…胸騒ぎがする……」







―――





「ば…馬鹿な……!?」
信じられない、と言わんばかりの様子でカノンは目を見開いた。


「何だ……この程度なのか?」
紺碧の髪の若者がつまらなさそうに言った。

「……どうやら、そのようだ」
両の掌を組み、前に突き出した構えから元の体勢に戻りながら新緑の髪の若者が言った。



カノンのギャラクシアンエクスプロージョンを、新緑の髪の若者が放った凄まじい凍気の奔流が相殺したのだ。



「そんな…先程の技は、まさか……」
サガが呆然と呟く。
その技は、ひどく見覚えがあるものだった。




水瓶座のカミュ最大の奥義、オーロラエクスキューション――




構えは全く同じだが…その威力は、カミュを遥かに超えていた。



紺碧の髪の若者が「はっ、情けねぇ」と鼻で笑った。
その横で、新緑の髪の若者が「全くだ」と溜め息混じりに言う。

「拍子抜けにも程があるな……アルバフィカ、此処からはお前一人で行けるか?」
「無論だ……」

アルバフィカと呼ばれた空色の髪の若者は、一輪の黒薔薇を取り出しながら答えた。

「ちっ―――!?」
再び小宇宙を高めようとしたカノンの身体に、突如幾重もの真紅の光が穿たれる。


「へぇ、悲鳴を上げないのか」
「余計な事をするな、カルディア」

新緑の髪の若者が、紺碧の髪の若者――カルディアを咎める。

「悪いなデジェル……随分威勢が良いもんだから、突いてみたくなったんだよ」

カルディアの言葉にデジェルは「お前という奴は…」と呆れながらもそれ以上言及する様子は無かった。



(馬鹿な…こ、この技…スカーレットニードル……!?)
傷口を押さえるカノンの表情は、痛みに歪んでいるが…その思考は信じられないという思いでいっぱいだった。


体を駆け抜ける激痛――その痛みは、ほんの最近この身で体感した、蠍座の技と全く同じだったからだ。

「くっ……!!」
「カノン!?」



思わず膝をついたカノンにサガが駆け寄ろうとした、その時――







突如、紅い霧が発生する。





「な、何だ、これは……!?」
驚愕するサガに、アルバフィカが静かに告げた。




「……アテナと共に消えろ、双子座の聖闘士」


「!!いけない!!」
黒薔薇を握るアルバフィカの手から、血が滴り落ち、霧に昇華している様子を見て沙織がニケを掲げようとする。



「させるか……!!」
しかし、アルバフィカが放った黒薔薇が、ニケを弾き飛ばしてしまう。


「きゃあ!?」
「アテナ!!」



ニケが乾いた音を立てて床に転がり落ちる。



「……これで終わりだ――」



アルバフィカが高々と両腕を掲げ、小宇宙を高める。




その小宇宙を感じ、サガはカノンと沙織を守るべく小宇宙を高めるが――





技が、放たれた。







「貫け――クリムゾンソーン!!」

アルバフィカが両腕を振り下ろすと同時に、霧が一斉に無数の針と化して三人に襲い掛かる!!



(血の霧が、針に!?)



死角の無い、全方向からの攻撃から女神と弟を守るべく、サガは小宇宙で障壁を生み出す。



しかし、本来防御技を持たないサガがそのような事をするのは、無謀ともいえる事だった。


「ぐ、うぅ……!!」


アルバフィカのクリムゾンソーンに、サガが徐々に押されてゆく。



「何処まで持つかな……?」
薄く笑みを浮かべたアルバフィカが、さらに小宇宙を高めようとしたその時――










「……天魔降伏――」









静かに響いた声と共に、爆発的な小宇宙がアルバフィカに襲い掛かった。

「くっ!?」
その小宇宙に吹き飛ばされたアルバフィカだが、体勢を立て直してどうにか受身を取る。




「い…今の技は……?」
呆然とした様子でサガは呟く。

「どうやら、間に合ったようだな」
そこに、一人の男性が忽然と現れた。

金糸の髪を靡かせ、純白に輝く鎧を身に纏っている。

しかし、男性の容姿を見てカノンは目を瞠った。
「シャカ…なのか……?」




――そう、男性はあまりにも乙女座のシャカに似ていた。

しかし、声や雰囲気……纏う小宇宙の質はシャカとは異なっていた。

「面白い事を言うではないか、双子座の弟よ……ならば、アルバフィカの顔を見てみろ」
「……?」

カノンは男性に言われるがままにアルバフィカを見やる。

「な……!?」

そして、驚愕した。




先程の男性の衝撃でヘルメット状のヘッドパーツが外れたのだろう……その下に隠れていた顔があらわになっていた。






髪と同系色の青い瞳に、その美しく中性的な顔立ちは――





「ア…アフロディーテ……!?」





そう……あまりにも、魚座のアフロディーテに似ていたのだ。

「どういう事だ……!?」
「どうやら、『私達』は君達と外見が良く似ているらしい」

驚くカノンの言葉に、アスミタが静かに答える。

「私達……?どういう意味だ」
「詳しい話は後だ。今は彼等を追い払う事が先決だろう?」

言うなり、アスミタは閉じた瞳でアルバフィカ達を見据える。


「貴様…何処へ雲隠れしたかと思えば……」
「『お前達』に貴様と呼ばれる筋合いは無いが?」
デジェルの言葉に、アスミタは笑みを浮かべるとそう言った。

「は…ふざけた事言ってんじゃねぇ!!」
横にいたカルディアが、具現化させた真紅の爪をアスミタに突きつける。

「!!待て、カルディア!!」
デジェルが慌ててカルディアを止めようとするが、既に遅かった。



「カーン!!」
「何っ!?」
突如現れた光の障壁が、カルディアを弾き飛ばす。




「どうにか間に合ったようだな」
音も無く現れた人物は乙女座のシャカだ。



しかし…普段は閉ざされているその瞳が、今は開眼されている。


「シャカ!?」
「無事か、二人共?」
シャカはサガとカノンの元にテレポートで移動すると、すぐに油断無く構える。

「シャカ、一体何が起きている!?奴は何者なんだ!?」
「それは……」
「詳しい話は、あの連中を片付けてからだと言った筈だ。今は目先の事に集中しろ」

男性はシャカとカノンの言葉をさえぎると、印を結んで小宇宙を高める。

「馬鹿にしやがって……!!」
カルディアが攻撃的な小宇宙を男性に向ける。


しかし、それを止めたのは横にいたデジェルだった。


「待てカルディア……!!乙女座だけならば良いが、奴まで現れたのは予想外だ」
「だがなぁ……」
「どうした?三人纏めてかかってくるが良い」

男性は笑みさえ浮かべている。

「……デジェル」
「あぁ……一旦引くぞ」
アルバフィカの言葉にデジェルは頷く。
「っ!!逃げるのか!!」

声を荒げるカノンに、デジェルは冷酷な眼差しを向ける。


「勘違いするな。お前達当代の黄金聖闘士の実力では、私達になす術無く敗北する事は目に見えている」
「むしろ…寿命が延びた事に感謝するんだな」


デジェルとアルバフィカが、凍てつく凍気と無数の毒薔薇の花弁を同時に繰り出す。


「くっ……!!カーン!!」
「………!!」
シャカとアスミタがカーンで防ぐ。



しかし………





「……逃がしたか」
攻撃が静まった時………三人の姿が消えていた。

「…だが、デジェルの言葉にも一理あったか……アテナに加え、今のお前達を庇いながら戦う程、私は器用ではないからな」
「何だと……!?」

男性の言葉にカノンは怒りを露わにした。

「貴様、俺達を侮辱するつもりか!!」
「よせカノン!!」

カノンを止めたのはサガだ。

「止めるなサガ!!」
しかし、カノンはサガの制止の声に耳を貸す気配は無い。


「―――よしなさい、カノン」



その時――沙織の静かな声が、カノンを制止した。




「あ…アテナ……」
「気持ちは分かりますが…今は落ち着くのです……」

沙織の表情と声に、カノンは落ち着きを取り戻した。

「申し訳ありまあせん、アテナ……」
カノンが深々と頭を下げたその時、

「アテナ!!」
「ご無事ですか、アテナ!?」
「ミロ、カミュ……!!」
遅れて、ミロとカミュが教皇の間に現れた。

「ふ……随分と遅い到着だな」
「なっ……貴様、何者だ!?」
「待ちたまえミロ、カミュ!!この方は敵ではない」
男性を見た瞬間臨戦態勢に入った二人に、シャカが言った。

「何だと……?」
ミロは怪訝そうに男性を見る。
「……シャカ、コイツは一体誰なんだ?」
「この方は……」
「自己紹介ぐらい自分で出来る」
男性は一歩進み出る。




「私の名はアスミタ。今の時代から二百四十三年……すなわち」




男性……アスミタは、凛とした声で言った。





「―――前聖戦の、乙女座の黄金聖闘士だ」





その言葉に、シャカと女神以外の者が驚愕した。
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