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貴方には敵わない

「玄武、あーん」
「…………」

困惑の表情を浮かべる玄武の口元に、ずいっ、と爪楊枝に突き刺さった一切れの林檎が差し出される。

「…何だよ、食べないのか?」

林檎を差し出している張本人…星矢は、不服そうに頬を膨らませる。

「い、いや…その…自分で食べれるから……」
「駄目だ、怪我人は大人しくしていろ」

星矢はジロリと、玄武を見やる。



パライストラにおける戦いで、天地崩滅斬の一撃を受けた玄武は、数日の間生死の境を彷徨っていた。


意識を取り戻しても尚、身体を満足に動かす事が出来ずに、ベッドから出る事が出来ない状態だったのだ。



今は上体を起こして会話したり、部屋の中を少し歩く事が出来る程度には回復しているが、完治するまでの間は、星矢が玄武の面倒を見ると名乗り出た。



「…せ、星矢…俺ならもう大丈夫だから……んぐ!?」

言葉を発そうとした玄武の口に、林檎が押し込まれた。

「問答無用!!そういう事は、その包帯を全部取ってから言うんだな!!」

星矢は、未だに玄武の身体に巻かれている包帯を見ながらそう言った。


「………」

玄武は大人しく、林檎を咀嚼する。

「もう一個いるか?」

星矢は悪戯っぽく笑みを浮かべると、再び林檎を差し出す。

因みに、この林檎は星矢がカットした林檎で、少々いびつだが俗に言う「うさぎカット」の林檎だ。

ロドリオ村の住人から差し入れに貰ったので、おやつに二人で食べようと、星矢が持ってきてその場で林檎をカットしたのである。


「……あぁ、頂こう」
「んじゃ、あーん」
「…………」

今回は、玄武は大人しく口を開けた。
その様子を見た星矢は、思わず吹き出してしまった。

「……へへっ」
「……何かおかしいか?」

林檎を咀嚼し、玄武は星矢を軽く睨む。

「いや、ちょっと可愛いって思ってな」
「か、可愛い……!?」

星矢の言葉に、玄武は瞠目した。

「あ、あまりからかうな……!!」
「からかってないて」

くすくすと笑いながら、星矢は自分も林檎を一切れ食べる。

「あ…もう最後の一個か…玄武、林檎まだいるか?」
「………」

可愛いと言われた事が余程恥ずかしかったのか、玄武は剣呑な眼差しを向ける。

「そう怒るなよ…ほら」

星矢は苦笑しながら林檎を差し出した。

「…林檎に免じて許してやる……」
「何だよそれ…おっと」

星矢の手からひったくるように林檎を奪った玄武は、そのまま無言で頬張った。

「…それより、そろそろ十二宮に向かった方が良いんじゃなのか?今日は確か……」
「あぁ、光牙が久し振りに戻ってくるんだ」

サターンとの聖戦の後、エデンと共に世界各地を旅している光牙だが、不定期で聖域に顔を出す時がある。

「なら、早く戻った方が……」
「ちょっとぐらい遅れても平気だよ。俺には玄武の看病の方が大事だし」
「…その言葉、光牙が聞いたら泣くぞ」

玄武がそう言うのは理由がある……実は、光牙も星矢に恋愛感情を抱いているのだ。


星矢を狙っている相手が多すぎると言った方が正しいかもしれない……兄弟子の紫龍に、玄武と同世代の貴鬼までも星矢を狙っていたのだ。


結果として、星矢が玄武を選ぶという形で、事態は収束したが……今も尚、星矢を虎視眈々と狙っているのは、言うまでも無いだろう。


「光牙はそろそろ親離れした方が良いんだよ」
「その言い方は――」

玄武の言葉の続きを、星矢は己の唇で塞いだ。


「…今は俺しかいないんだから……他の奴の事は言うなよな?」
「…貴方という人は……」

諦めたように肩を落とすと、玄武は星矢を静かに見つめる。

「…光牙に文句を言われても知らないぞ……?」
「気にしないよ、俺は光牙より玄武の方が好きだからな」

きっぱりと言い放ち、いたずらっぽく笑う星矢に「この人には敵わないな…」と玄武は胸の内で呟いた。

「……玄武は、どうなんだ?」
「……?」


不意に、星矢が玄武を見つめて呟く。


「俺の事…好きじゃないのかよ……?」

星矢の頬は、薄く赤みがかっていた。


「当然だ…俺は貴方を、誰よりも愛している」

玄武は、深い翡翠の瞳でじっと星矢を見つめる。

「ん…俺も、玄武の事…愛してるから」

その言葉に満足したように、星矢は椅子から立ち上がると、玄武の傍へと腰掛けた。

「せ、星矢……!?」
「少しだけ、こうしても良い……?」

細身ながらも、しっかりと筋肉の付いた玄武の身体を、星矢は抱き締める。

「…本当に…貴方という人は……」

口ではそう言うが、玄武もまた、星矢の肩を抱き寄せる。



結局その日は、貴鬼から「早く帰って光牙を何とかしろ」と小宇宙通信が来るまで、星矢は玄武と二人っきりで過ごしていた。



慌てて十二宮に戻った星矢は……白羊宮にて、いじけて落ち込む光牙をエデンが励ますという何とも言えない光景を目の当たりにするのであった。




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