花舞う日に
「何時までも俺を子供扱いするなよ童虎!!」
「何を言うか!テンマはまだ子供じゃろう!」
童虎とテンマは今、聖域の近辺にあるロドリオ村にいた。
テンマが買い物をしにこの村に来たのだが……なにやら喧嘩をしている様子である……。
「帰りぐらい一人で大丈夫だから、先に帰ってろよな!!」
「待つんじゃテンマ!!」
テンマは童虎をかいくぐり、あっという間に人混みの中に姿を消した。
人混みの中からテンマを探し出すのは不可能と判断したようで、童虎は大人しく天秤宮に帰っていった。
……どうやら童虎は、テンマの買い物に付き合おうとしてロドリオ村までついて来たようだ。
「ったく…童虎のやつ……」
無事に買い物を済ませたテンマは童虎が待つ天秤宮に帰ろうとロドリオ村を出た。
「俺は子供じゃないんだぞ……」
童虎への文句をブツブツ言いながら森を歩いていたが……
ふと足を止め辺りを見渡す。
「……」
冷や汗を流すテンマ……どうやら怒りのあまりに辺りをよく見ないで歩いていたようだ。
「…ここ…何処だ……?」
――そう、テンマは完璧に迷子になってしまったのだ。
「シーオーンーー!!」
扉を蹴り破らんばかりの勢いで童虎がシオンの元に現れた。
「何だ!騒々しいぞ童虎」
白羊宮に半ば殴り込むように現れた童虎にシオンは呆れながらもちゃんと対応をする。
「一体、何の騒ぎだ……」
「て、テンマが……」
テンマがどうした?と首を傾げるシオンの肩を掴んで、童虎は一言こう言った……
「テンマが迷子になってしもうた!!」
「はぁぁぁあ!?」
流石のシオンも耳を疑った。
「じゃから、テンマが迷子になったんじゃ!!」
「何度もいわなくていい!!何故テンマが迷子になった!!」
「…そ、それは……」
童虎はシオンにポツポツとこれまでの経緯を話した。
話しを聞いていくうちにシオンの怒りのボルテージは上昇していく。
「馬鹿か貴様は!!テンマもテンマだがお前もお前だ!!」
「す、すまん!!」
シオンの怒りが爆発し、少しおさまったところで、本題に入る。
「ハァ…とにかく、テンマを探そう……小宇宙を辿れば簡単だろう?」
「そうじゃな……」
テンマの小宇宙を探し出した二人だが、すぐに驚愕の表情になる。
「な…この場所は……!?」
「急ぐぞ童虎!早くしないとテンマが危ない!!」
二人が急ぐには理由があった。
――何故なら、現在テンマがいる場所は、下手をすれば命を落とす危険な場所だからだ……
「何処にいるんだよ俺……」
その頃、テンマは鬱蒼とする森の中をひたすら歩いていた。
……歩いてどれほどになるのか、既に時間の感覚がわからなくなっているテンマにはとても長い時間に感じていた。
「つ…疲れた……」
テンマの体力は限界に近い。
あとどれほど歩けばいいのか……などとボンヤリ考えていた時ーー
「で…出られた……?」
漸く、森から開けた場所に出る。
「な……!?」
だが、思わずテンマは息を呑んだ。
何故なら……
――そこには真紅の薔薇が辺り一面に咲き誇っていたのだ
「薔薇…?でも、どうしてこんな所に……?」
不思議に思い、テンマは辺りを見渡した。
そして――一面の紅い薔薇の中、一人の人影を見つけた。
(こんな所に人……?)
顔はよく見えないが、その人物は壊れた遺跡か何かの柱に腰掛けている。
風が長い空色の髪を弄び、薔薇の花弁と共に吹き抜ける。
そして、その人物が身に付けているのは……
(あれは…黄金聖衣……!?)
そう……黄金に輝くその鎧は、童虎やシオンが身に付けている黄金聖衣と同じものだった。
「……誰だ」
「っ…!」
テンマの視線に気づかれたようで、鋭い声をかけられテンマは思わず身を竦める。
声からすると男性―というより青年と言う方が近いだろうか―のようだった。
「えっと…あ、その……」
テンマは言葉を濁す。
とにかく近くで話しをしようとテンマは薔薇園の中に足を踏み入れようとした、その時――
「!?止まれ!!」
「っ!?」
突然声を荒げた若者だが、おかげでどうにか踏みとどまることができたテンマ。
その事を確認した若者はマントを翻し、テンマの前に降り立った。
若者の姿を間近で見たテンマは思わず目を見張った。
空色の髪と同系色の瞳、その空色の髪が白い肌をした輪郭を縁取っていて……
―美しい―
この言葉がこれほど当てはまる人物はいないだろう。
黙っていれば女性と見間違う程の…否、普通の女性よりも美しいかもしれない……それだけの容姿を、この若者は持ち合わせていた。
――だが何故だろう……テンマはこの若者から、美しさと同時にどこか儚さを感じたのだ……
「お前…ここが魔宮薔薇の園と知って来たのか?」
「で…魔宮薔薇……?」
内心ドキドキしているが、聞き慣れない単語にテンマは首を傾げる。
何も知らない様子のテンマに若者はため息をしつつも説明をした。
「魔宮薔薇とは、香気を吸っただけで死に至る猛毒の薔薇だ……お前がこの魔宮薔薇の園に一歩でも足を踏み入れれば、間違いなく死ぬ」
「ま…マジかよ……」
若者の言葉に青ざめるテンマだが、すぐに声を荒げた。
「ちょっと待てよ!何でアンタは平気なんだ!?」
テンマの言葉ももっともだ。
若者はその魔宮薔薇の園の中で平然としている。
「……私は長い年月をこの毒薔薇と過ごしたからな」
魔宮薔薇と共存してきたため耐毒体質が身についた、と若者はテンマに話した。
「そういえば名乗っていなかったな」
と若者はテンマを見据える。
「私はアルバフィカ……魚座の黄金聖闘士、アルバフィカ……」
「アルバフィカ……」
名前を反芻するテンマだが、自分を見つめるアルバフィカの視線に我に返り名乗り出る。
「俺はテンマ……天馬星座の青銅聖闘士、テンマだ」
「テンマ……?」
アルバフィカは不思議そうにテンマを見つめてくる。
テンマは思わず顔を赤らめるが、アルバフィカの言葉に耳を疑った。
「まさか…童虎の弟子のテンマか……?」
「へ…?まぁ…そんな感じだけど……って、何で知ってるんだ?」
思わずアルバフィカに詰め寄るテンマ。
「以前童虎が言っていた……」
アルバフィカはあっさりと言うが……テンマは心の中で頭を抱えたくなった。
(同じ黄金聖闘士に俺のこと言いふらしてるのかよ……)
「そういえば…何故お前は此処に?」
童虎は一緒ではないのか?と訊ねるアルバフィカ。
「…じ…実は……その……」
「……」
アルバフィカの視線に耐えられず、テンマはこれまでの経緯を話した。
「…それで……ここに来たんだ……」
テンマはだいたいの経緯を話し終える。
アルバフィカは静かにテンマの話しを聞いていたが、一言……
「童虎も童虎だが…お前もお前だな……」
「……」
……アルバフィカの言葉に言い返せないテンマであった。
――ちなみに同じ頃、怒りが爆発したシオンがアルバフィカと同じ言葉を童虎に発したというのは後に発覚した……それはさておき
アルバフィカは歩みだし、テンマの脇をすり抜る。
「え……?」
「ついて来い……それとも、このまま森の中をさ迷う気か?」
アルバフィカの言葉に身を震わせ、大人しくついて行くことにしたテンマであった。
―――
(はぁ……)
テンマ心の中でため息をついた。
無理もないだろう……アルバフィカと会うまで散々歩いたので、体力が残り僅かになっているのだ。
「…大丈夫か……?」
「へ、平気だよ」
歩みを遅くしてアルバフィカが振り返り声をかける、強がって返事を返したが……歩く速度は確実に下がっている。
「そうか……」
「あぁ」
前を向いたアルバフィカに必死について行くテンマだが……
(あれ……?)
アルバフィカの歩く速度が僅かに遅くなっている……歩調を自分に合わせてくれていることにテンマは気づいた。
(なんか、最初冷たい感じがしたけど……優しいやつなんだな)
そう思っているうちに、森から出られたようだ。
「聖域の近くに出た……十二宮はすぐそこだ」
「本当か!?」
テンマは表情をパッと明るくした。
と、そこに――
「テンマぁーーー!!」
「童虎!?」
テンマは飛びつかんばかりの勢いで駆け寄る童虎を認める。
本能的に危機を感じ、テンマはとっさに脇に飛ぶ。
「ぐはっ!?」
……テンマが避けたため、童虎は派手に転んでしまう。
「無事だったようだな、テンマ」
「シオン!」
そんな哀れな童虎をスルーしてテンマはシオンに駆け寄る。
「心配かけてごめん……でも、アルバフィカがここまで案内してくれたんだ」
「何……!?」
シオンが驚きの声を上げる。童虎も飛び起き、アルバフィカに詰め寄る。
「本当かアルバフィカ!?」
童虎の言葉にアルバフィカは頷く。
「あぁ……危うく魔宮薔薇の園に足を踏み入れるところだったぞ?」
「「何!?」」
アルバフィカの言葉を聞き思わず声を荒げる二人。
「本当だよ…あと少しで死ぬところだったみたい……」
テンマも僅かに頷きながら肯定した。
「……」
「と、とにかく…無事でよかったぞテンマ!!」
言葉を失うシオンだが、童虎はここぞとばかりにテンマを抱き締めた。
「は、離せよ童虎!!」
テンマは必死に抵抗しているが、童虎は解放する気配を見せない。
また喧嘩が始まる…と見え透いた今後のことを予想して溜め息をつくシオンだが……
――その視線は三人に背を向け静かに去るアルバフィカに向けられていた
「なぁシオン、アルバフィカってどんな奴なんだ?」
「いきなり何だテンマ?」
テンマが迷子になってから数日後……白羊宮で本を読んでいたシオンの元にテンマが現れた。
理由は…童虎にアルバフィカのことを聞いたのだがイマイチ納得できない、とのことだ。
「だって、アルバフィカは優しいやつだぜ?なのに…自分から他人に絶対近づかないって……どういう意味だ?」
童虎にも詳しい理由はわからないそうで…シオンなら理由を知っているのでは、と思い白羊宮に来たらしい。
「成る程な……」
パタン、と読んでいた本を閉じると、テンマに座るよう椅子を勧める。
最初は遠慮していたテンマだが、やがてシオンに向き合うように座った。
「私も詳しい理由はわからないが…おそらく……彼の体質がその理由だろう」
「体質って……耐毒体質のことか?」
……どうやら、アルバフィカはテンマに詳しい話しをしていないようだ。
(…彼の性格を考えれば当然か……)
シオンは内心納得すると、静かにテンマに問いかける。
「…その様子だと、何も知らないようだな」
「…?どういう意味だよシオン?」
頭に疑問符を浮かべるテンマに、シオンは言葉を選ぶようにゆっくり話しを始めた。
―十二宮最後の宮である双魚宮―
その双魚宮は直接教皇の間に続いているため、侵入者を防ぐために魔宮薔薇が敷き詰められている。
ゆえに、双魚宮を守護する魚座の聖闘士は魔宮薔薇と共存するため耐毒体質を身につけなければならないのだ。
―そして――
「…アルバフィカはその耐毒体質の完成形ともいえるだろう……長年の修行により…今や、彼の体に流れる血は全て猛毒に染まっていると言われている」
「っ……!?」
あまりの真実にテンマは言葉を失う。
「彼はその容姿の美しさから人に慕われやすいが…その毒の体質ゆえ、自ら人に近づくことは滅多にないのだ……」
静かに息をつくシオン、テンマはまだ信じられない様子だった。
「…そんな……」
「テンマ、数日前のことを思い出してみろ……アルバフィカはお前の近くに寄ったことはあったか?」
シオンに言われてテンマは思わず息を呑む。
シオンの言うとおり…アルバフィカは一度も、テンマの近くに寄ろうとしなかったからだ。
「それじゃあ……」
「……?」
テンマは顔を上げ、シオンと向き合う……それは、どこか泣きそうな表情だった。
「それじゃあ…アルバフィカは……ずっと独りだったのか……?」
「っ……」
……シオンは思わず言葉を失う。
テンマは、あの時のアルバフィカから儚さを感じた理由を理解した……
――それは、彼の孤独を無意識に感じ取ったからだった
テンマは勢いよい立ち上がると、白羊宮を出ようとする。
「テンマ……!?」
出口で立ち止まると、テンマは振り返らずシオンにこう言った……
「俺…あの時…アルバフィカに助けてくれたお礼を言ってないんだよ……」
言うなり、テンマは白羊宮から飛び出す。
「テンマ……」
シオンは白羊宮からすでに遠く離れ、小さくなったテンマを見つめている。
一度決めたら誰にも止められない……テンマはそういう少年だ。
……おそらく双魚宮に向かったのだろう。
それに、テンマならあるいは……
あの少年の優しさがあれば……彼の閉ざされた心を開けることができるかもしれないと……シオンはどこかで確信をしていた――
―双魚宮―
アルバフィカは双魚宮に接近する小宇宙を感じ、表に出たところだった。
(誰だ……?)
少なくとも、黄金聖闘士では無い……だとしたら一体……?
「っ……!?」
小宇宙の正体を認めて思わず驚く。
何故なら……
(天馬星座のテンマ……!?)
数日前に会ったあの少年だったからだ。
「ハァっ…ハァ……ここにいたんだな」
疲れた、と肩で息をするテンマにアルバフィカは疑問を投げかける。
「何故…此処に来た……?」
「だって…お礼…言ってなかったから……」
テンマは息を落ち着かせながら途切れ途切れに言葉を発した。
「お礼…だと……?」
「あぁ……」
ようやく呼吸が落ち着いたテンマはアルバフィカを見上げる。
「あの時俺を助けてくれてありがとう!」
「っ……」
テンマは屈託の無い笑顔をアルバフィカに向ける。
「お前……」
「…シオンから聞いたんだ…アルバフィカのこと……」
でも、とアルバフィカに近づくテンマ。
…向こうが後退りをするため実際の距離は変わらないが……
「アルバフィカは優しいやつだよ!!じゃなかったら俺を助けたりしないだろ?」
表裏が無いその言葉にアルバフィカは思わず目を見張った。
今まで、黄金聖闘士という立場と己の容姿から人に慕われてきたが…この少年のように、心から自分と向き合おうとした人はいたか……?
――答えは否、だ
「優しい…だと……?」
「そうだよ?だって…森から出ようとした時だって、疲れてた俺に歩調を合わせてくれただろ?」
それだけでも十分優しいやつだよ、と再びテンマは笑顔を見せる。
そして、その笑顔につられ―一瞬だったが―アルバフィカが笑ったのだ。
「…フッ……面白い奴だな…お前は……」
「っ……」
ほんの一瞬だったが、アルバフィカの笑顔を見たテンマは赤面してしまう。
花のように笑う、という表現はまさにこのことをいうのだろうか……そうテンマが思った程だ。
「そろそろ戻ったらどうだ?……童虎が心配するぞ?」
「…ぁ……」
…アルバフィカの言うとおりだ……テンマは言葉少なく天秤宮を出てきたため、このままではシオンに迷惑が及ぶ可能性が非常に高い。
「…じゃあ…戻るけど…」
心配そうにアルバフィカを見上げるテンマに心配はいらない、とアルバフィカは声をかける。
「…しばらく聖域にいることになった……双魚宮に来れば、話し相手ぐらいならなれるぞ?」
「本当に!?」
顔を輝かせるテンマにアルバフィカは頷く。
「あぁ……本当だ」
「じゃあ、また会いに来るから!約束だぜ!!」
またな!と手を降りながら去っていく少年にアルバフィカは目を細める。
「…またな、か……」
アルバフィカは小さくなっているテンマの背を見つめて呟く。
……不思議と、テンマの笑顔を見ると心が安らぐ。
それは、独りでいたアルバフィカにとっては今まで触れることが無かった……紛れも無い、人の暖かさだった。
まるで太陽のような少年だな……とアルバフィカは心の中で思った。
――この時、アルバフィカの表情がどこか明るいものだったことは…テンマはもちろん……本人も気づかなかった。
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