名前なしの場合は監督生でもnot監督生でもユウになります。
おかしな対価
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「アズールがおかしくなっちゃった!」
心底気味の悪いものを見た!とでも言いたげな顔であった。
青白い顔をより真っ青にして苦々しげに眉も口も変な形にしたフロイド先輩は「小エビちゃんどうにかして!」と、私の肩をグラグラと揺すぶる。
ガコガコと骨が外れては戻り外れては戻りとしているような幻聴に「ともかく今は授業中なので」と定まらない声で訴えかければ、ゴホンと占い学の授業を中断されていた教諭が咳払いをして咎めた。
これがもし魔法史や錬金術であったならどんなペナルティを課され、しかも連帯責任として私までも罰を受ける羽目になっていたと思うと違う意味でも震え上がってしまう。
「それどころじゃねーんだってぇ!アズールがやべぇの!いいから来いって!」
「いや、ちょっ…ぎゃっ!!」
首を猫のように掴まれてズリズリと引き摺られるように席を強制的に立たされた。
しかし私は単位を落としたくないし、いくらアズール先輩がやべぇ状況でも命の危機でないなら、あと10分くらい我慢してもらいたかった。ごめんなさい。謝りながら駆けつけるので!と心の中で叫んで机に足をかけて力一杯抵抗する。
「あと10分!あと10分だけです!!その様子だと命に関わる問題じゃないんでしょう?!」
「オレの気分の問題!もぉ無理だよ小エビちゃん!頼むからアズールをどうにかして元に戻してっ!」
「私は魔力もなにもない普通の人間ですよ?そんな私が10分遅れたことでどうこうなる問題ではないでしょう?」
「いいから来いって言ってんの!!うぜぇな…口答えすんなよ」
「わ、……わかりましたから、そのキレるのやめてくださいよ……もぉ」
瞳孔を開いて威圧するようにドスの効いた声で脅されれば、一般人な私はしおしおということを聞くしかない。
授業を妨害した罪の念と、教室中に蔓延する哀れみに消えてしまいたくなりながら「気分が悪くなったので保健室に行ってきます……」と誰も信じられないような仮病をせめてもの意地のように吐き出して、火曜日のゴミの日に出されるかのようにズリズリと引きずられながら教室を出る羽目になった。
*
収集場もとい件のおかしくなったアズール先輩の元へ引き摺られるように移送されている道中で、どうおかしくなったのかをフロイド先輩に尋ねたのだが、「きもちわるい」「とにかくヤバイ」「イカれちゃった…」「きもい」しか言わない。
そんな、あんな美人をきもいだなんて…と顎に手をやりながら要領の得ない先輩の怯えた声にない知恵を巡らせる。
なんだろう、すごく親切になったとか?
そしてこれがまさかの大正解であった。
「おやユウさん!お困りごとですか?可哀想に、僕が助けて差し上げますよ!でも少々おまちくださいね。この彼、さきほどの授業についていけず悲しみに暮れていましてね、あまりに可哀想で見ていられず、授業内容を補足しつつわかりやすく要点をまとめてさしあげているところなのです。……はい、これでよし。あなたはこれで明日の授業で当てられてもまず、100パーセント解説できますからね。よかったですね。お待たせいたしました!どうなさいました?そんなテッポウウオに水鉄砲食らったような顔をなさって。なにか驚くようなことがありましたか?」
いま目の前にね!と口から出かけて、痙攣した目で毒の抜け切った、まさに善人の顔で慈善活動に勤しむアズール先輩から目線を外し、隣で胸焼けを起こして口を抑えているフロイド先輩を見つめあげた。どうゆうこと?という意味を込めて。彼は「見たまんま。今朝からあんな調子で誰彼構わず見返りも求めずに慈善行為してんの。きもいでしょ?」と言って「おえっ!」と本当に吐きそうな顔で眉を寄せていた。
正直その反応もどうなの?とは思いはしたけれど、あの利欲の権化のようなアズール先輩のこの様には驚きを隠せない。
それにしても彼のことを知っているであろうに、いくら見返りを求めていないとはいえ人が寄ってくるのかが不思議でならない。
欲に忠実なのも考えものではないだろうか。
「ジェイド先輩はどうされたんですか?」
「ジェイドね……裏切ったよ。僕は違うクラスですし、とか言って。いやオレも!!って言ったのに……ひどくね?」
「あ〜……」
「ってことで、よろしく小エビちゃん!」
「ちょっ、私学年違っ……はぁ。」
「ユウさん!お困りごとですか?!僕が相談に乗って差し上げますし、完璧に悩みを解決してみせますよ!」
片割れに裏切られた裏切り者がスタコラサッサと教室を出て行くのをずれた制服を直すことも忘れて、伸ばしたままだった手を下げながらどうしたことか、とため息をついた時、凄まじい声量で声をかけられビクッと肩を跳ねさせて振り返れば、彼は自分の胸に手を当ててベラベラとなにか得になることを語り始めていた。
そしてはたと気づいた。
なんか呂律回ってない…?
そう思ってじっくり彼を観察すれば、紫外線に当てられていないかのような絹肌がぼんやりと内側から赤く色づいていることに気がついた。
少し屈んでくださいというように手で指示をすると、彼は「いいですよ!」と元気いっぱい満開笑顔で腰をかがめたので、前髪を掻き上げるように額に手を当ててぎょっとした。
テッポウウオに水鉄砲食らった顔二回目である。
茹で上げられた蛸。まさしくそれくらい熱かった。
これだけ熱に頭を侵されていればフロイド先輩曰く「イカれている、きもい。」と言われるような事になるのにも納得がいく。
理由もなくこんな調子になっているなら説明のしようがないし、おかしくなっていることが計算のうちでこの後搾取しに赴くという可能性もなきにしもあらずだが、多分この可能性は低いだろう。
眼鏡の奥の目はぐるぐると回っているし、どことなく締まりのない顔をしている。
これは多分自分のおかれている状況さえわかっていないし、記憶にも残っていないかもしれない。
「ついてきてください。」
「はーい!」
腕の袖を引くように先導すれば、彼は文句も言わずそれどころか喜んでついてきた。
まさか本当に保健室に行く事になるとは……
私は次の授業のことなど最早頭にはなく、ただ早く彼のことを保健室のベッドに放り投げて、 熱に侵されている頭に氷嚢を置いて薬を飲ませてやりたくてしかたがなかった。
*
錬金術の授業を20分遅刻したことで罰を受けそうになった私は、三日間機材の清掃をさせられることになったが、とりあえずそれをフロイド先輩(とジェイド先輩)のせいだと主張して罰を受けるべきは彼らであるとどうにか免れた私は、機材清掃の罰を二人に肩代わりさせいそいで保健室へと向かっていた。
「どこいくんれすか?」ついに舌ったらずになったアズール先輩が、ベッドに寝かされておろおろと私に尋ねてきた様を思い出す。
置いていかないでとでも言われそうな雰囲気ではないか?と少し期待したが「まだなやみごとをかいけつできていませんよ?」と不安げな目で問われ、ガクッと肩を落として「寝ててください。放課後また迎えにきますから。」と頭の上に氷嚢を吊り下げたのだが、はたして彼はいうことを聞いてくれているだろか。
ガラリと引き戸を開け放ち、入口から一番遠いベッドを見ると、カーテンが引かれていたのでホッと胸を撫で下ろしてそこへ近づく。そしてカーテンを引いて「ぎゃっ?!」と思わず声を上げてしまった。
タライの中に水を張って、そこに頭から顔を突っ込んでいる先輩が床で倒れていたのだ。
「なにをしているんですか?!」
「なにって…あたまをひやしているんれすよぉ… ユウ、さ……おや?ふたり、ちょっと、どっちにはなしかけた、いいんれすか?もぉ、ぼくをからかうの、やめふぇふぁはいお……」
「熱上がってるじゃないですか!ああもう、人間の姿でこんなことするから……」
タライの中から引き摺り出した先輩は、最早何を言っているのかよくわからないことを口走っていたし、目の焦点はどうやらあっていないようで、私とふたり目の私がいるらしい部分に交互に話しかけて「もぉ!」と怒っている。怒りたいのはこっちだ!というのを抑えて、びしょ濡れになった制服のブレザーだけとりあえず脱がせて、私のブレザーを肩にかけてやり、自分よりも大きな人間に肩を貸して「行きますよ」と歩き出す。
「はーい」と疑問も抱くことなく付いてきてくれるところだけは素直でよかった。
*
オクタヴィネル寮のアズール先輩の部屋。
熱に浮かされている先輩をベッドに座らせて、私は深呼吸を何度も繰り返していた。
それをぼーっと眺めていた先輩は、ニコニコと少し幼いような反応を示していて「子供だと思えばいける!」と念じるように先輩の濡れている服を脱がし始める。
私とアズール先輩は彼氏、彼女の関係であることは確かだが、まずキスさえしたことのない清らかな関係なのだ。
ようするに、その、そうゆうこともまだしていないし、私は彼の人魚(オーバーブロット)の時の裸体しか見たことはない。もちろん今人魚の姿をされても心臓が持つかどうかはわからないが。
震える指でベストを脱がせ、ワイシャツのボタンを外して行く。
「なにしてるんですか〜」と気の抜けたような質問をしてくる先輩に「脱がせてます。」と淡々と答えると「なるほどぉ〜、おてつだいしますね」とバサバサと自分の服脱ぎ去った。私は後ろに倒れる他はなかった。
「どうかしましたか?」とパンツ一枚残した姿できょとんとしている先輩に「いえ、きにしないでください…」とだけ返し、脳内にこびりついた均衡の取れた美しい線の細い体に、この人は昔すごく太っていたというのに、それを微塵も感じさせることのないこの体型に至るまでいったいどれだけの努力をしたのだろう。と早口で頭の中で言い切って、羞恥心と感動の二重の意味で涙しそうになりながら、「体拭きますね」と人間の姿とはいえ、無意識に水を求めるほどには人魚だしあまり熱くない方がいいだろうと、桶にぬるま湯を張ってタオルを浸し、硬く絞ったそれで彼の体を拭く。
「どうしてこんなことをしてくださるんですか?なにかぼくにおねがいがあるんですか?」
「……先輩にゆっくりしてほしいからじゃだめですか?」
「ゆっくりしてるひまなんてありませんよ…時間はゆうげんです……ぼくのようなノロマなタコは……もっと、」
ぐらっと先輩が横に倒れ込む。幸いベッドの方へ倒れてくれたおかげで、彼の体重を支えなくてはならない状況にはならなかったが、先輩は真っ赤な顔で呼吸を乱して目を硬く閉じてしまった。
魚が陸に上げられてしまったように息苦しそうに口をパクパクとしていて、このままでは死んでしまうのではないかとゾッとした。
さっき保健室で薬を飲ませられなかったのは、人間の薬が果たして人魚に効くのか、有害でないのか判断がつかなかったからだ。
とりあえず片っ端から熱に効く薬は持ってきたけれど、どうしたらいいだろう……
「先輩、人魚でも人間の解熱剤は効くんでしょうか?」
「………ぅ、げ、ねつざ………規定量より、一錠おおく、のめば………ききます」
見返りを求めず頼み事を聞いてくれてよかったと思わずにはいられない。
私は解熱剤を正しい容量より一錠多く凸凹のビニールから押し出して手のひらに並べる。
先輩を揺すり起こして熱い息を忙しなく吐き出している唇に一粒押し当てたが「いやです…嫌いなんです…」と顔を逸らされてしまう。嫌いなんですって、魔法薬の苦さに比べたらこんなの大した比較にならないどころか、同じ土俵の上にも上がらないでしょ。と頼むからいうことを聞いてとようやく彼が私にしつこくせがんだ願い事を彼に発動することにした。
「う〜……ならぁ、あなたがのませてくらさいよぉ…対価です、そうおうの……いいでしょぉ?んふふ…」
「対価なんてさっきまで誰にも要求してなかったのになんで私にだけ要求するんですか!それに私が手ずから飲ませてあげようとしているでしょう。ほら口を開けてくださいよ。」
「いやです。口移ししてくれないならのみたくない!やだやだやだやだ〜」
「バタバタしないで!熱が上がりますから、もぉ〜〜…!」
これはもう彼の言う通りにしないとこの癇癪は収まらないな…と半ばやけくそに錠剤を口に放り込んで水をガッと流し込む。口に含んだそれらを「あはは〜」と対価払ってくれるんですね〜という満足そうな顔で待っている彼の口に流し込む。
こんな初体験になるなんて…と恥じらいと残念な気持ちに眉を寄せ、コクと彼の喉が鳴ったのを確認して、サッと唇を離す。が、それを阻止するように、私の頭の後ろをアズール先輩は掴んで、腰に腕を回される。しまった。と思う間もなく、私は彼の上に伸し掛かるように引き摺り込まれ、まるで骨のない軟体の生き物のように足が私の足に絡みついてきて、素早く動きを封じられてしまった。この人熱あったよな?とパニックになる直前に思いはすれど、ちゅうちゅうと唇に吸い付かれたり、はむっとスポンジケーキでも食むように、しまいには唇を最後の一匙を啜るかのようにペロリと舐められ、私はようやくその突然のキスから解放された。
「これで一緒にゆっくりできるでしょう?それに早く治るかもしれませんよ?」
唇を一舐めした後に彼は名案でしょう。というようにニタリと口角を上げて笑う。
どうやら熱は最高潮に高くなってはいるが、所謂おかしくなっていた状態から突破して、突き抜けて欲望を大解放したというところだろう。彼の蕩けた瞳を見ればそれは明白だった。
この事をもし覚えていなかったのなら引っ叩いてでも思い出させてやろうと決意しつつも、きっと彼は覚えていて「もぉやだぁ〜〜」と真っ赤な顔で蛸壺へと引きこもりに行くのだろうな、と思っていた。
先輩と私は翌日二人揃って熱でお休みとなったのはいうまでもない話であった。
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