丸藤亮(カイザー・ヘルカイザー)/遊戯王GX
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「デュエル界に王は何人もいる!」
デュエルアカデミアの優秀な警備員が私に襲いかかる。
ふりほどこうとするも、複数の男に一人の女が敵うはずなかった。
「でも、帝王はあなただけだ!」
取り押さえられながら叫ぶ。
「ヘルカイザー亮!」
返答を求めてヘルカイザーの顔を凝視するも、しばらく彼の唇は微動だにしなかった。
車椅子に腰かけた青年、丸藤亮はただただ困ったような、申し訳なさそうな顔をする。
「俺はもう、カイザーではない」
伏し目がちにやっと出てきた言葉は、私がヘルカイザー亮に求めるものから遠くかけ離れていた。
* * *
ヘルカイザー亮による突然の引退発表は、プロデュエル界を混乱に陥れた。
それは、プロデュエリストエド・フェニックスが突然の休暇から復帰を宣言し、以前と変わらぬ華麗な活躍を見せ始めたころ。
ヘルカイザー亮という超大型デュエリストの引退宣言だというのに、会見も何もなかった。ただただ突然、体調不良による引退を告げる文書がマスコミ各社へFAXされてきたという。
引退宣言直前どころか今も含め長らく行方不明な男だ、行方不明なまま出された発表でテレビも芸能雑誌もネットも荒れに荒れた。
「ヘルカイザーロス」なる単語まで生まれ、粛々と受け入れようとするファン。
「最後に仕事をしたデュエルアカデミアが怪しい」などと陰謀論を振りかざす、自称ファン。
「体調が悪かったのは本当のようです。しかし音信不通期間の説明がつかない。海外で治療を受けるなどしていたなら今更隠す必要もなく……」など、それらしい推測を繰り返す自称関係者。
どれだけ言葉を重ねようとも、マスコミもファンもデュエル関係者も、興味の矛先はただ一点。
今、ヘルカイザー亮はどこにいるのか。
これに尽きた。
それはヘルカイザー亮の一ファンにすぎない自分も変わらなかった。
そして、たまたま探す手段も気力もあった。だから探した。
自分が決して真っ当な手段を取ったとは思っていない。
害悪オタクの自覚もある。
でも、それでも一度会ってみたい、いや一目見てみたいと思うのは長いことファンをやっていれば自然な感情だ。
迷惑はかけないから。頼むから。
自分自身に言い聞かせるように、口の中で繰り返す。
迷惑はかけない。お願いだから。
だから、頼むよ。
あんなに応援していた対象が突然いなくなり、注ぎ込んでいたエネルギーが行き場を失った。行方不明の間こそ耐えていたが、引退宣言の出た今、その気力はヘルカイザー亮を探すことに向かった。
もともと調べ物は得意だったが、仕事をやめネットに張りつき足で情報を探せば、手がかりはほどなく見つかった。
サイコ流を継いだ猪爪誠なるデュエリストだ。
取り立てて特徴のないデュエルの弱小外道流派だが、現在の後継者は長らく打倒サイバー流を掲げていたにもかかわらず最近急に大人しくなったらしい。
たどり着いたのはサイバー流道場に負けず劣らず辺鄙な山の中にあった道場、いや山小屋や庵と言った方が近い小さな家屋。
「なんで俺がサイバー流なんかの居場所を知ってると?」
訪ねた当初、猪爪は不機嫌そうにしらを切った。
「君は知っているはず、というかこの間会ってたじゃないか」
半分くらいは推測だ。
「長いこと君は、サイバー流さえ打ち倒せばサイコ流が表舞台に立てると思っていた。だからサイバー流の後継者であるヘルカイザー亮の行方を捜して、挑んで、返り討ちにあった」
猪爪は不機嫌を通り越して顔が青くなる。
「ああでも、元師範襲撃は成功したんだね。デュエルアカデミア校長の乗っていたヘリコプター墜落事件、あれ君だろ?」
推測という名のブラフは、猪爪誠によく効いた。
きっと、この少年はなんだかんだ真っ当で(それかデュエル以外何も知らない世間知らずか)、私のような存在に初めて出会ったんだろう。
粘り強い交渉の末「俺が見たのはデュエルアカデミアでだが、今の居場所は知らん。お前が何者か知らんがもう俺につきまとうな」とまで教えてくれた。
わざわざ言われなくても、もとより猪爪へそれ以上接する気はなかった。
それだけわかれば十分だ。感謝を述べ、私の頭はアカデミアへの行き方を考え始めていた。
まったく、ヘルカイザー亮も面倒な場所にいるものだ。
外から侵入しにくい面倒な場所だからこそ選ばれているのもわかるのだが。
* * *
アカデミアの警備は厳重だが、非正規で雇用されるのはそれほど難しくない。
孤島の全寮制学校、学生はもちろんそこで働く者も島に住むしかない。
校舎に学生寮その他施設が使われればもちろん清掃が必要になり、この手の仕事を担うことが多い既婚パート女性たちは住み込みを嫌って集まらない。
ただ、人手不足気味とはいえ天下の海馬コーポレーションが運営する学校法人だ。採用にあたって身元調査があった。無事クリアこそしたものの、まだ私に前歴がないことを私自身に感謝する。
こうして、私は無事デュエルアカデミアへ向かう理由を得て、学園へ向かっていた。
物資の定期運搬船に乗せてもらい、ヘルカイザーがいるであろう期待に胸を弾ませている。
ただ、実は、デュエルアカデミアに本当にまだヘルカイザーがいる証拠は掴めていない。仮にいたとして、島のどこにいるかももちろん全くわからない。一般向けに公開されている学園の地図は見たが、広すぎてしらみつぶしに探しても時間がかかるのは目に見えていた。もしもヘルカイザーがこの島にいなければ、多大な時間を無駄することになる。
それでも一番可能性の高い場所がこの島だ。
一般人として島に行けない以上雇用されるという面倒を挟んだのも仕方がない。
時間はもったいないが、調べ尽くしてここに彼がいないとわかったら、怪我でもして退職すればいい。
たった一度だけ開催された、ヘルカイザー亮ファンミーティングでの彼を思い出す。
ファンクラブこそあるものの、ファン向けイベントをほとんどやらないことで有名だったヘルカイザー。
そんなプロデュエリストのファンミーティングは発表だけで大いに話題になった。異色な内容も話題に一役買い、握手も撮影もなくテーブルを挟んだ至近距離に10秒いられる、会話ができるかはヘルカイザーの機嫌次第、というものだ。
それでも参加抽選倍率は恐ろしいほど高く、必死の申し込みも空しく私はもちろん外れた。
仕方がないので、公式が販売したイベント映像は繰り返し繰り返し繰り返し見た。ファンが待ちわびるイベント会場に入ってきた瞬間の彼の嫌そうな顔が心底たまらなかった。私の中で一番のヘルカイザー亮像は、このときの眉をひそめた表情だ。
愚かな民草を嫌う、崇高なる皇帝。
黄色い声をあげる女性ファンが嫌なのかと思えば、興奮を抑えられない様子の男性ファンにも平等に苦虫を噛み潰したような顔をしたヘルカイザー。
一目見て、会って、私にその顔を向けてほしい。
今の私を突き動かしているのは、その一心だった。
* * *
この島で働き始めて一ヶ月経った。
まだヘルカイザーを見つけられない。
一週間もすれば研修は終わり「あとは働きながら覚えよう」などと雑な指示のもと現場に放り出されるとばかり期待していたが、今日までしっかり指導担当者がそばに付き添い、とても探索などできなかった。
すぐ横で指導という実質的な監視のもと指示以外に動くわけにもいかず、長期戦を見据えればあまり彼女に嫌われるような言動もとれない。
休日含む勤務時間以外に学園中を見て回っているも、それらしい姿どころか影も見えなかった。入れる場所はあらかた探し回ったが、そもそも禁止されている場所が多すぎる。
島中を探索してさっさと彼を見つけたい。一目見るだけ、なんてささやかな願望を叶えるだけなのになんでこんなに大変なんだろう。
「本当に島全体が学校なんですね」
明日からやっといなくなる指導担当者の先輩へ、そんな素振りも見せず笑顔で雑談に興じる。
「広くてびっくりしました」
今の私はきっと「前向きで真面目な新入り」を演じきれているだろう。
「実は私たちが掃除担当じゃない場所もあるから、もっともっと広いんだよ」
「ええ!? そうなんですか!?」
百も承知のことを、心底驚いたふりをする。
「私ただでさえ方向音痴なのに、全然覚えられる気がしません」
嘘だ、来る前から覚えていた島全体の地図に、日々働きながら新しい情報が書き込まれていく。
「あはは、道に迷ったらそれですぐ連絡ちょうだい」
最初の研修で渡された携帯電話を示される。
「ここは私たちじゃ想像もつかない機密情報もあるからね、うっかり迷い込んだ先で疑われるのも嫌でしょ」
首をぶんぶん縦に振る。ヘルカイザーを見つける前に疑われでもしたら心底困る。
「でも、校舎に学生寮に教師寮……私がこの一か月で掃除してきただけでもこんなに建物があるのに、これ以上この島に施設なんてあるんですか?」
相手の顔色を伺いながら、探りを入れてみる。
「学生寮って一言で言っても広いしね、そもそも学生自身が掃除するとかで私たちが行かない寮もあるし」
ありがたいことに、先輩は顔色ひとつ変えることなく、おしゃべりを続ける。
「あと校舎も、その機密情報とかで研究棟は除外されてるし……ああ、病院も私たちとは違う専門の人がいるはず」
へえ、という顔ができているだろうか。
「いろんな施設があるんですねえ」
「すごい学校よね」
すごいすごいと言いながら、私の頭の中ではかつての自称関係者の発言が蘇っていた。
『体調が悪かったのは本当のようです。しかし音信不通期間の説明がつかない。海外で治療を受けるなどしていたなら今更隠す必要もなく……』
一般向けに公開されていた学園の地図に、病院は載っていなかったはずだ。記載されなかった理由は推測するしかないが、もしかしたら公式には学園の施設ではない、直接海馬コーポレーションが管理しているとかそういうやつかもしれない。
しかし、私の頭の中にはもっと陰謀論的な考えが渦巻いていた。
その病院は、もともと隠しておきたいような施設なのではないだろうか? 例えばそう、有名人の入院先になるとか。
世間には公開すらされていない病院。ヘルカイザーはきっとそこにいる。
* * *
病院の場所はすぐ判明し、たびたび建物の外から様子を眺めたがとても入れそうになかった。清掃も別の専門業者だかグループだかが担当しているわけで、私が仕事で入れる日は来ないだろう。そもそもかなり機密性の高い病院のはずだ、やたらと見に行くだけでも疑われかねない。
こうして、病院前の砂浜に「海が好きなので眺めています」という顔をして休日を過ごすだけでもかなり危ない橋を渡っているだろう。
そろそろ別の方法を考えたほうがいいよな……と思いながらも、演技ではなく海をボーっと眺めてしまう。
結構、悪くない景色なのだ。
いるかどうかもわからない一方的に好きな男(それも相手は私の存在すら間違いなく知らない)を追いかけて、こんなところまできてしまった自分の所業を思い返す。
無自覚のうちに「ここまでしたんだから、一目会うまで諦められない」という思いを抱いていたことに気付かされる。
もしこの島にヘルカイザーがいなければ、早々に退職してまた探し続けるつもりだった。でも、しばらくここの仕事を続けてもいいのかもしれない。なんだかんだ居心地がよく、住み込みで家賃は激安なのに給料はいい。仕事を辞めてから減る一方だった貯金が久しぶりに増えていた。もう少し稼いで、この仕事を続けて、それから……。
そんなことを、ぼんやり考えているときだった。
茂みの向こうに見えた車椅子。
この学園に来て島中を見て回ったが、車椅子に乗っている人は初めて見たため、物珍しさから少し視線を奪われる。
いやそれだけではない。青年の髪色がヘルカイザー亮に似ていた。そのせいもあって、そちらばかり見てしまう。
よく見れば、髪型も似ている気がする。ヘルカイザー亮はこの学園の卒業生なうえデュエリストとしての評価が高く、彼に憧れる学生が真似ていてもおかしくはなかった。
いや、よく見ればその車椅子の人物は学生服を着ていなかった。どこにでもありそうな病衣である。奇抜な学生服とそれをベースにした教員制服を着た人間ばかりのこの島で、それはかなり浮いていた。
わからなかった。いや、わかっていたけど受け入れたくないのだ。
あんなに柔らかい表情をしたヘルカイザーを私は知らない。
あれは私の知るヘルカイザーと似ても似つかないけど、ヘルカイザー亮本人に間違いなかった。
そっと、砂浜からその車椅子の青年のもとへ歩いていく。
森へ入り、茂みをかきわけ寄っていけば、それなりに距離がありながらも私に気付いたようだった。ヘルカイザーではなく、その車椅子を押している少年が、だ。少年は私を警戒するように睨みつける。
ヘルカイザーは、私に気がつくのが遅かった。かなり近くに寄ってから、驚いたように私を見る。
その目には、嫌悪も憎しみも毛ぎらいも何もない。眉をひそめることも苦虫を噛み潰した顔もしない。
「あの、誰ですか?」
警戒心をあらわにしたのは車椅子の後ろにいた少年。その問いかけを聞いて一つの考えに至る。
そうか、ヘルカイザー亮が嫌な顔をしないのは、私がファンだと知らないからだ!
もし私がこんなところまで追いかけてくる迷惑ファンだと気がつけば、侮蔑の表情を浮かべてくれるに違いない!
「あの、私、ヘルカイザー亮のファンで! 大好きで! 急にいなくなったからびっくりして!」
そう思ったのに。
なのに、
「……そうか」
丸藤亮は、私に力なく微笑んだだけだった。
その瞬間、今まで追ってきたプロデュエリストヘルカイザー亮の言動が脳裏に蘇る。
対戦者の、全てを潰すようなデュエル。
勝利をリスペクトすると言ってはばからない尊大不遜な態度、それを裏打ちする圧倒的強さ。
デュエルにもプロデュエリストにも興味のなかった私を、ここまで引きずり込んだのはあなたなんだ。
責任、取ってくれよ。
ずっと追いかけてきた男への、心の叫び。
「デュエル界に王は何人もいる! でも帝王はあなた、あなただけなんだ、ヘルカイザー! いや、丸藤亮!」
そんな悲しい顔しないでくれ。
ヘルカイザーはそんな表情をしない。
初めてのあなたのファンイベントで見せたような、嫌そうな顔をしてくれよ。
迷惑ファンが押しかけてるんだぞ。
なんで、そんなに、切ない顔をするんだ。
何か言えよ。
「俺は、もうカイザーではない」
警備員に取り押さえられ引きずられていく私に、丸藤亮は力なく言った。
* * *
デュエルアカデミアから本島へ強制送還された私は、そのまま警察に捕まった。初犯でありながら計画的かつ悪質と起訴され、計画的かつ悪質ながら初犯であると執行猶予がついた。
無事、どこに出しても恥ずかしい前科者である。
さすがにここまでくると嫌でも冷静になり、後悔も反省もしている。
どこか、自分はおかしかったんじゃなかろうか。いや、人としての道を外れていたのは間違いないのだが。
あの海岸で、ほんの少しだけ戻った理性を手繰り寄せられればよかったのに。
この判決が出るまでずいぶん時間がかかってしまった。
片手間でできる範囲で丸藤亮のことを調べるも、当たり前だが情報はほとんど得られなかった。
驚いたのは私の事件もほとんど報道されなかったことだ。普通、行方不明となった有名人に押しかけた迷惑ファンなんて大々的に報道されるだろうに、なんとしてでもヘルカイザー亮を行方不明にしておきたかったのだろう。そういえば、猪爪誠もヘリコプターを一機落としたのに報道されなかった。
そして丸藤亮の最近の情報が得られない代わりに、彼の弟の露出が増えていることに気がつく。
写真を見た時は気が付かなかったが、しばらくしてあの日丸藤亮のそばに立っていた少年の姿を思い出し驚いた。
彼、弟だったのか。卒業直前の高校生だったのか。
接近禁止命令も出ているし、何より自分を狂わせた元凶に近づきたいとも思わない。
私なんかの祈りは向こうも御免だろうが、それでも彼らの目指す新リーグとやらの夢が叶いますようにと、少し願った。
終
デュエルアカデミアの優秀な警備員が私に襲いかかる。
ふりほどこうとするも、複数の男に一人の女が敵うはずなかった。
「でも、帝王はあなただけだ!」
取り押さえられながら叫ぶ。
「ヘルカイザー亮!」
返答を求めてヘルカイザーの顔を凝視するも、しばらく彼の唇は微動だにしなかった。
車椅子に腰かけた青年、丸藤亮はただただ困ったような、申し訳なさそうな顔をする。
「俺はもう、カイザーではない」
伏し目がちにやっと出てきた言葉は、私がヘルカイザー亮に求めるものから遠くかけ離れていた。
* * *
ヘルカイザー亮による突然の引退発表は、プロデュエル界を混乱に陥れた。
それは、プロデュエリストエド・フェニックスが突然の休暇から復帰を宣言し、以前と変わらぬ華麗な活躍を見せ始めたころ。
ヘルカイザー亮という超大型デュエリストの引退宣言だというのに、会見も何もなかった。ただただ突然、体調不良による引退を告げる文書がマスコミ各社へFAXされてきたという。
引退宣言直前どころか今も含め長らく行方不明な男だ、行方不明なまま出された発表でテレビも芸能雑誌もネットも荒れに荒れた。
「ヘルカイザーロス」なる単語まで生まれ、粛々と受け入れようとするファン。
「最後に仕事をしたデュエルアカデミアが怪しい」などと陰謀論を振りかざす、自称ファン。
「体調が悪かったのは本当のようです。しかし音信不通期間の説明がつかない。海外で治療を受けるなどしていたなら今更隠す必要もなく……」など、それらしい推測を繰り返す自称関係者。
どれだけ言葉を重ねようとも、マスコミもファンもデュエル関係者も、興味の矛先はただ一点。
今、ヘルカイザー亮はどこにいるのか。
これに尽きた。
それはヘルカイザー亮の一ファンにすぎない自分も変わらなかった。
そして、たまたま探す手段も気力もあった。だから探した。
自分が決して真っ当な手段を取ったとは思っていない。
害悪オタクの自覚もある。
でも、それでも一度会ってみたい、いや一目見てみたいと思うのは長いことファンをやっていれば自然な感情だ。
迷惑はかけないから。頼むから。
自分自身に言い聞かせるように、口の中で繰り返す。
迷惑はかけない。お願いだから。
だから、頼むよ。
あんなに応援していた対象が突然いなくなり、注ぎ込んでいたエネルギーが行き場を失った。行方不明の間こそ耐えていたが、引退宣言の出た今、その気力はヘルカイザー亮を探すことに向かった。
もともと調べ物は得意だったが、仕事をやめネットに張りつき足で情報を探せば、手がかりはほどなく見つかった。
サイコ流を継いだ猪爪誠なるデュエリストだ。
取り立てて特徴のないデュエルの弱小外道流派だが、現在の後継者は長らく打倒サイバー流を掲げていたにもかかわらず最近急に大人しくなったらしい。
たどり着いたのはサイバー流道場に負けず劣らず辺鄙な山の中にあった道場、いや山小屋や庵と言った方が近い小さな家屋。
「なんで俺がサイバー流なんかの居場所を知ってると?」
訪ねた当初、猪爪は不機嫌そうにしらを切った。
「君は知っているはず、というかこの間会ってたじゃないか」
半分くらいは推測だ。
「長いこと君は、サイバー流さえ打ち倒せばサイコ流が表舞台に立てると思っていた。だからサイバー流の後継者であるヘルカイザー亮の行方を捜して、挑んで、返り討ちにあった」
猪爪は不機嫌を通り越して顔が青くなる。
「ああでも、元師範襲撃は成功したんだね。デュエルアカデミア校長の乗っていたヘリコプター墜落事件、あれ君だろ?」
推測という名のブラフは、猪爪誠によく効いた。
きっと、この少年はなんだかんだ真っ当で(それかデュエル以外何も知らない世間知らずか)、私のような存在に初めて出会ったんだろう。
粘り強い交渉の末「俺が見たのはデュエルアカデミアでだが、今の居場所は知らん。お前が何者か知らんがもう俺につきまとうな」とまで教えてくれた。
わざわざ言われなくても、もとより猪爪へそれ以上接する気はなかった。
それだけわかれば十分だ。感謝を述べ、私の頭はアカデミアへの行き方を考え始めていた。
まったく、ヘルカイザー亮も面倒な場所にいるものだ。
外から侵入しにくい面倒な場所だからこそ選ばれているのもわかるのだが。
* * *
アカデミアの警備は厳重だが、非正規で雇用されるのはそれほど難しくない。
孤島の全寮制学校、学生はもちろんそこで働く者も島に住むしかない。
校舎に学生寮その他施設が使われればもちろん清掃が必要になり、この手の仕事を担うことが多い既婚パート女性たちは住み込みを嫌って集まらない。
ただ、人手不足気味とはいえ天下の海馬コーポレーションが運営する学校法人だ。採用にあたって身元調査があった。無事クリアこそしたものの、まだ私に前歴がないことを私自身に感謝する。
こうして、私は無事デュエルアカデミアへ向かう理由を得て、学園へ向かっていた。
物資の定期運搬船に乗せてもらい、ヘルカイザーがいるであろう期待に胸を弾ませている。
ただ、実は、デュエルアカデミアに本当にまだヘルカイザーがいる証拠は掴めていない。仮にいたとして、島のどこにいるかももちろん全くわからない。一般向けに公開されている学園の地図は見たが、広すぎてしらみつぶしに探しても時間がかかるのは目に見えていた。もしもヘルカイザーがこの島にいなければ、多大な時間を無駄することになる。
それでも一番可能性の高い場所がこの島だ。
一般人として島に行けない以上雇用されるという面倒を挟んだのも仕方がない。
時間はもったいないが、調べ尽くしてここに彼がいないとわかったら、怪我でもして退職すればいい。
たった一度だけ開催された、ヘルカイザー亮ファンミーティングでの彼を思い出す。
ファンクラブこそあるものの、ファン向けイベントをほとんどやらないことで有名だったヘルカイザー。
そんなプロデュエリストのファンミーティングは発表だけで大いに話題になった。異色な内容も話題に一役買い、握手も撮影もなくテーブルを挟んだ至近距離に10秒いられる、会話ができるかはヘルカイザーの機嫌次第、というものだ。
それでも参加抽選倍率は恐ろしいほど高く、必死の申し込みも空しく私はもちろん外れた。
仕方がないので、公式が販売したイベント映像は繰り返し繰り返し繰り返し見た。ファンが待ちわびるイベント会場に入ってきた瞬間の彼の嫌そうな顔が心底たまらなかった。私の中で一番のヘルカイザー亮像は、このときの眉をひそめた表情だ。
愚かな民草を嫌う、崇高なる皇帝。
黄色い声をあげる女性ファンが嫌なのかと思えば、興奮を抑えられない様子の男性ファンにも平等に苦虫を噛み潰したような顔をしたヘルカイザー。
一目見て、会って、私にその顔を向けてほしい。
今の私を突き動かしているのは、その一心だった。
* * *
この島で働き始めて一ヶ月経った。
まだヘルカイザーを見つけられない。
一週間もすれば研修は終わり「あとは働きながら覚えよう」などと雑な指示のもと現場に放り出されるとばかり期待していたが、今日までしっかり指導担当者がそばに付き添い、とても探索などできなかった。
すぐ横で指導という実質的な監視のもと指示以外に動くわけにもいかず、長期戦を見据えればあまり彼女に嫌われるような言動もとれない。
休日含む勤務時間以外に学園中を見て回っているも、それらしい姿どころか影も見えなかった。入れる場所はあらかた探し回ったが、そもそも禁止されている場所が多すぎる。
島中を探索してさっさと彼を見つけたい。一目見るだけ、なんてささやかな願望を叶えるだけなのになんでこんなに大変なんだろう。
「本当に島全体が学校なんですね」
明日からやっといなくなる指導担当者の先輩へ、そんな素振りも見せず笑顔で雑談に興じる。
「広くてびっくりしました」
今の私はきっと「前向きで真面目な新入り」を演じきれているだろう。
「実は私たちが掃除担当じゃない場所もあるから、もっともっと広いんだよ」
「ええ!? そうなんですか!?」
百も承知のことを、心底驚いたふりをする。
「私ただでさえ方向音痴なのに、全然覚えられる気がしません」
嘘だ、来る前から覚えていた島全体の地図に、日々働きながら新しい情報が書き込まれていく。
「あはは、道に迷ったらそれですぐ連絡ちょうだい」
最初の研修で渡された携帯電話を示される。
「ここは私たちじゃ想像もつかない機密情報もあるからね、うっかり迷い込んだ先で疑われるのも嫌でしょ」
首をぶんぶん縦に振る。ヘルカイザーを見つける前に疑われでもしたら心底困る。
「でも、校舎に学生寮に教師寮……私がこの一か月で掃除してきただけでもこんなに建物があるのに、これ以上この島に施設なんてあるんですか?」
相手の顔色を伺いながら、探りを入れてみる。
「学生寮って一言で言っても広いしね、そもそも学生自身が掃除するとかで私たちが行かない寮もあるし」
ありがたいことに、先輩は顔色ひとつ変えることなく、おしゃべりを続ける。
「あと校舎も、その機密情報とかで研究棟は除外されてるし……ああ、病院も私たちとは違う専門の人がいるはず」
へえ、という顔ができているだろうか。
「いろんな施設があるんですねえ」
「すごい学校よね」
すごいすごいと言いながら、私の頭の中ではかつての自称関係者の発言が蘇っていた。
『体調が悪かったのは本当のようです。しかし音信不通期間の説明がつかない。海外で治療を受けるなどしていたなら今更隠す必要もなく……』
一般向けに公開されていた学園の地図に、病院は載っていなかったはずだ。記載されなかった理由は推測するしかないが、もしかしたら公式には学園の施設ではない、直接海馬コーポレーションが管理しているとかそういうやつかもしれない。
しかし、私の頭の中にはもっと陰謀論的な考えが渦巻いていた。
その病院は、もともと隠しておきたいような施設なのではないだろうか? 例えばそう、有名人の入院先になるとか。
世間には公開すらされていない病院。ヘルカイザーはきっとそこにいる。
* * *
病院の場所はすぐ判明し、たびたび建物の外から様子を眺めたがとても入れそうになかった。清掃も別の専門業者だかグループだかが担当しているわけで、私が仕事で入れる日は来ないだろう。そもそもかなり機密性の高い病院のはずだ、やたらと見に行くだけでも疑われかねない。
こうして、病院前の砂浜に「海が好きなので眺めています」という顔をして休日を過ごすだけでもかなり危ない橋を渡っているだろう。
そろそろ別の方法を考えたほうがいいよな……と思いながらも、演技ではなく海をボーっと眺めてしまう。
結構、悪くない景色なのだ。
いるかどうかもわからない一方的に好きな男(それも相手は私の存在すら間違いなく知らない)を追いかけて、こんなところまできてしまった自分の所業を思い返す。
無自覚のうちに「ここまでしたんだから、一目会うまで諦められない」という思いを抱いていたことに気付かされる。
もしこの島にヘルカイザーがいなければ、早々に退職してまた探し続けるつもりだった。でも、しばらくここの仕事を続けてもいいのかもしれない。なんだかんだ居心地がよく、住み込みで家賃は激安なのに給料はいい。仕事を辞めてから減る一方だった貯金が久しぶりに増えていた。もう少し稼いで、この仕事を続けて、それから……。
そんなことを、ぼんやり考えているときだった。
茂みの向こうに見えた車椅子。
この学園に来て島中を見て回ったが、車椅子に乗っている人は初めて見たため、物珍しさから少し視線を奪われる。
いやそれだけではない。青年の髪色がヘルカイザー亮に似ていた。そのせいもあって、そちらばかり見てしまう。
よく見れば、髪型も似ている気がする。ヘルカイザー亮はこの学園の卒業生なうえデュエリストとしての評価が高く、彼に憧れる学生が真似ていてもおかしくはなかった。
いや、よく見ればその車椅子の人物は学生服を着ていなかった。どこにでもありそうな病衣である。奇抜な学生服とそれをベースにした教員制服を着た人間ばかりのこの島で、それはかなり浮いていた。
わからなかった。いや、わかっていたけど受け入れたくないのだ。
あんなに柔らかい表情をしたヘルカイザーを私は知らない。
あれは私の知るヘルカイザーと似ても似つかないけど、ヘルカイザー亮本人に間違いなかった。
そっと、砂浜からその車椅子の青年のもとへ歩いていく。
森へ入り、茂みをかきわけ寄っていけば、それなりに距離がありながらも私に気付いたようだった。ヘルカイザーではなく、その車椅子を押している少年が、だ。少年は私を警戒するように睨みつける。
ヘルカイザーは、私に気がつくのが遅かった。かなり近くに寄ってから、驚いたように私を見る。
その目には、嫌悪も憎しみも毛ぎらいも何もない。眉をひそめることも苦虫を噛み潰した顔もしない。
「あの、誰ですか?」
警戒心をあらわにしたのは車椅子の後ろにいた少年。その問いかけを聞いて一つの考えに至る。
そうか、ヘルカイザー亮が嫌な顔をしないのは、私がファンだと知らないからだ!
もし私がこんなところまで追いかけてくる迷惑ファンだと気がつけば、侮蔑の表情を浮かべてくれるに違いない!
「あの、私、ヘルカイザー亮のファンで! 大好きで! 急にいなくなったからびっくりして!」
そう思ったのに。
なのに、
「……そうか」
丸藤亮は、私に力なく微笑んだだけだった。
その瞬間、今まで追ってきたプロデュエリストヘルカイザー亮の言動が脳裏に蘇る。
対戦者の、全てを潰すようなデュエル。
勝利をリスペクトすると言ってはばからない尊大不遜な態度、それを裏打ちする圧倒的強さ。
デュエルにもプロデュエリストにも興味のなかった私を、ここまで引きずり込んだのはあなたなんだ。
責任、取ってくれよ。
ずっと追いかけてきた男への、心の叫び。
「デュエル界に王は何人もいる! でも帝王はあなた、あなただけなんだ、ヘルカイザー! いや、丸藤亮!」
そんな悲しい顔しないでくれ。
ヘルカイザーはそんな表情をしない。
初めてのあなたのファンイベントで見せたような、嫌そうな顔をしてくれよ。
迷惑ファンが押しかけてるんだぞ。
なんで、そんなに、切ない顔をするんだ。
何か言えよ。
「俺は、もうカイザーではない」
警備員に取り押さえられ引きずられていく私に、丸藤亮は力なく言った。
* * *
デュエルアカデミアから本島へ強制送還された私は、そのまま警察に捕まった。初犯でありながら計画的かつ悪質と起訴され、計画的かつ悪質ながら初犯であると執行猶予がついた。
無事、どこに出しても恥ずかしい前科者である。
さすがにここまでくると嫌でも冷静になり、後悔も反省もしている。
どこか、自分はおかしかったんじゃなかろうか。いや、人としての道を外れていたのは間違いないのだが。
あの海岸で、ほんの少しだけ戻った理性を手繰り寄せられればよかったのに。
この判決が出るまでずいぶん時間がかかってしまった。
片手間でできる範囲で丸藤亮のことを調べるも、当たり前だが情報はほとんど得られなかった。
驚いたのは私の事件もほとんど報道されなかったことだ。普通、行方不明となった有名人に押しかけた迷惑ファンなんて大々的に報道されるだろうに、なんとしてでもヘルカイザー亮を行方不明にしておきたかったのだろう。そういえば、猪爪誠もヘリコプターを一機落としたのに報道されなかった。
そして丸藤亮の最近の情報が得られない代わりに、彼の弟の露出が増えていることに気がつく。
写真を見た時は気が付かなかったが、しばらくしてあの日丸藤亮のそばに立っていた少年の姿を思い出し驚いた。
彼、弟だったのか。卒業直前の高校生だったのか。
接近禁止命令も出ているし、何より自分を狂わせた元凶に近づきたいとも思わない。
私なんかの祈りは向こうも御免だろうが、それでも彼らの目指す新リーグとやらの夢が叶いますようにと、少し願った。
終
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