丸藤亮(カイザー・ヘルカイザー)/遊戯王GX
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「地獄の皇帝にふさわしい衣装をお願いいたします!」
怪しい怪しい常連客は、店内にいた私を見つけるなりそう言った。
「うちの新しい稼ぎ頭です! かっこよく頼みますよ!」
舞台衣装専門店メンズ部門で店員を捕まえ、興奮冷めやらぬ様子で注文をかける怪しい男――モンキー猿山。この男のいう「新しい稼ぎ頭」があのカイザー亮だと、このときの私は知る由もなかった。
* * *
「モンキー猿山様、まず本人連れてきて下さいって何度も言ってますよね?」
受注ノートを引っ張り出しペンを走らせる。「注文者:モンキー猿山」。
「服なんて興味のない男どもばかりなんですようちに来るようなのは」
確かに、以前猿山氏に連れてこられた男性デュエリストが、繰り返される試着にブチギレたことがある。それ以来、長時間の衣装合わせに耐えられる人物かをまず見極めているらしい。
「今回のも、ここで衣装合わせに半日かけると言ったら、そりゃあもう嫌な顔をしまして」
「そうですか」
半分聞き流しながら、受注内容を書き続ける。「衣装イメージ:地獄の皇帝」。
「いつも通り、一つか二つに絞ったら本人を連れてきますよ」
「じゃあいつものください」
ス、と差し出されたのは複数枚の写真。新しい稼ぎ頭とやらの全身写真と顔のアップ。この男が目にかけるということはデュエリストなのだろうが、顔も悪くない。というよりむしろ良い。
「モデル部門でも作りました?」
「うちはデュエリスト専門ですよ」
猿山氏は何をおかしなことを、とでもいいたそうな顔をする。自分が言ったことも半分以上は冗談だが、確認はしすぎてしすぎることは無いのだ。
「なるほどなるほど」
ノートには黒い文字が続く。「着用状況:プロデュエリストによる決闘衣装」。
また写真を見れば、やはり整った顔が目につく。しかし睨みつけるような不服そうな表情をしているのは、上半身裸で撮られる写真に不満があるか。
体の線がわからないゆったりした服で撮られた写真を持ち込まれたとき、ネチネチ文句をつけてからこうなっている。
「細身……だけど割と筋肉ついてますね、この方身長は?」
猿山氏が告げる身長、体重、年齢、そのほか情報を受注ノートに書き記していく。最後にもらった写真を貼った。
「オッケー、服お持ちしますね」
ギラギラ光るスーツをかき分け、やたらと長いマントの列を割り、シックなシャツの間を早歩きで探す。『地獄の皇帝』なるイメージを膨らませる。
「ええ! 彼は絶対に売れますので! インパクト重視で!」
そんなことを言ってる張本人は、黒いシルクハットに黒いマント、わずかばかりのぞく白いワイシャツとネクタイ。そして怪しさ極めつけの小さな丸メガネと杖。自称デュエルプロモーターの格好である。
モンキー猿山氏の着る黒一式は、うちの店に初めて訪れたとき購入したもので「今後もお世話になろうと考えております。よろしくお願いいたします」と店長に礼儀正しく挨拶したのはずいぶん前だ。
それ以降何度も「うちに所属する新しいデュエリストの衣装を」と注文に来たが、うちで買った衣装を着たデュエリストをテレビの中継で見たことは一度もない。デュエルプロモーターなど嘘っぱちで、間違いなく何かもっと怪しい商売をしているというのが、私と店長の共通の認識だ。だが、その怪しい商売が何なのか私たちには関係がない。
我々はただ、衣装を提供するだけだ。
「地獄……こういう感じですか?」
私の貧相なイメージの地獄は、真っ赤に燃える大地・噴火する火山・火の海。ギラギラとスパンコールが煌めくド派手な赤マントを広げる。派手でありながらも決して正義のヒーローたりえない、暗さを持つ臙脂色。
しかし、モンキー猿山氏の表情は苦い。
「黒です、全身黒!」
地獄といえば黒だろう、と言わんばかりに檄が飛ぶ。
「黒ですか」
モンキー猿山氏自身が黒を纏っているのだ、ただ単にこの人が黒を好きなだけではないか? とも思う。
「あとそのギラギラ光るやつはいらないです。毎回毎回出してきて、何度言えばあなたに伝わるのですか?」
いや、舞台衣装は基本キラキラしてるものですが、と思いつつも、グッと喉で押し留める。ご希望通り、スパンコールがついていないものを探す。
「うーん、じゃあこのへんですかね」
黒・地獄・皇帝。出てきた単語から、真っ黒なマントを纏い豪奢な冠と杖を持った人物が玉座に座る様を思い描く。
真っ白なシャツは衿にボリュームをもたせ、ジャケットを着ても目立つように。ジャケットと合わせた黒パンツは細身で、シャツも黒の上下も差し色は金だ。その上で、それら全てを真っ黒なマントで覆い隠す。
その場で組み合わせてみるも、モンキー猿山氏はまだ納得のいかない顔をする。
「何か違う……違う……」
その後何点か提案するも、猿山氏は首を縦に振らない。
その日は結局「比較的マシ」というコーディネート2セットを候補とし、猿山氏は帰っていった。
* * *
退勤しても、私の頭にあったのは猿山氏の案件だった。
勤務中は衣装イメージに気を取られ気が付かなかったが、猿山氏の新しい稼ぎ頭、どうもどこかで見たような気がする。
単にかっこいいからそう思いたいだけか? 自問自答するが答えは出ない。
仕事柄、一応プロデュエリストの情報もパラ見ぐらいはしている。
「てんちょー! デュエルマガジンどこでしたっけー?」
バックヤードのどこかにあるはずの情報誌――私の唯一のデュエリスト情報元――を探す。
「裏口に置きっぱなし!」
「はーい!」
店長はケチだ。雑誌の最新号なんてお金のかかるものはこの店にはない。
近所の理容室で散々回覧された古い雑誌をまとめてもらっている。
裏口をあけると、たしかにそこには紐でくくられた雑誌が置いてあった。何も知らなければこのまま有価物回収されてしまいそう……いや実際回収直前のをもらってきたのだろう。
ただ、私は心底ギョッとしていてそれどころではなかった。
デュエルマガジン表紙に、さっきまで衣装合わせに悩んだ男が載っている。
カイザー丸藤亮。
デュエルの名門デュエルアカデミア卒で新進気鋭のプロデュエリスト。その強さから、学園ではカイザー亮の名で呼ばれていたらしい。
カイザー、皇帝を意味するドイツ語。
モンキー猿山氏が連れてきた「新しい稼ぎ頭」はこの男で間違いない。
しかし、雑誌の表紙を飾る男は決して地獄になど堕ちてはいなかった。
何より、似ても似つかないのは表情だ。
見せられた写真で、男が睨みつけているのは半裸写真を撮られたからだとばかり思っていた。不服そうな顔も、きっとそのせいだと。
しかしこの雑誌表紙を見れば、ただそれだけではないのだろうと思わされる。文字通り地獄でも見たような、雰囲気の豹変。
なるほど、この頃の衣装が真っ白であれば、対比として真っ黒を要求してくる猿山氏の要求も道理だ。
ふたたび、雑誌表紙のカイザー亮を見る。
決して優しくはないが相手への敬意を忘れない青年の顔、これはもう二度と見られないだろう。
* * *
「いらっしゃいませ、モンキー猿山様」
怪しい常連客――どうやら本当にデュエルプロモーターだったらしい――がその男を連れて来店した。
いつかの雑誌に載っていた、デュエルアカデミアオベリスクブルー寮制服をベースにしたデュエル服を着ている。
間違いない、丸藤亮だった。
「そしてカイザー亮様」
二人とも驚いた顔をする。
「話したのか」
カイザー亮が猿山氏に問い詰める。その声は、手に入れた決闘映像とはまるで違う、低い低い声だった。
「カイザー亮、あなた様は有名すぎます」
猿山氏が答える前に私が口をはさむ。カイザー亮は面白くなさそうな顔をした。
「その名は捨てた。今の俺はヘルカイザー亮だ」
なるほど地獄の皇帝か、と内心納得する。
どうやら人物イメージだけではなくリングネームまで変えるらしい。
「……僭越ながら、プロ初期のあなたの映像見せてもらいました」
奥からマネキンを取り出す。そのマネキンが着ているのは、前回猿山氏と話し合ったものとは全く違った。
「あなたはその頃とくらべてかなり体格が変わりました」
インナーのコンプレッションシャツは、鍛えられた胸筋を主張させ。
パンツはトップスと対比になるよう、ややダブついたシルエットをわざと作る。
ブーツは細身にして、外套で存在感をもたせながらもスタイリッシュな印象を。
そして何より印象を際立たせるコートは、肩と腰から下のボリュームで[[rb:何人 > なんぴと]]たりとも近づけさせない雰囲気を作る。
「イメチェンするのにこれを強調させない手はない」
わざわざ決闘動画まで漁って作り上げた、自信を持って提案する一式だった。
一瞬が永遠に感じるほど長かった。
「いいだろう」
口を開いたのは丸藤亮。うっすらとした笑み。
「これで決まりだ」
自分の提案したものが気に入られるのは、やはり店員冥利につきる。嬉しい。
しかしその喜びに浸る間もなく、丸藤亮は踵を返して歩き出す。
彼は店を出ようとしていた。
「ま、待って、待ってください!」
心外そうな顔。支払い等はたしかに猿山氏とするのだが。
「丈とか、もろもろ、あなたに合わせて直します。着てください」
とにかく着てもらわないと何もならないのに、男は面倒そうな顔をした。
地獄の皇帝でも、試着は面倒がるのかと思った。
* * *
「強い! 本当に強い! 地獄から舞い戻った丸藤亮! ここに復活! ヘルカイザー亮、この強さはホンモノだ!」
バックルームにある、小さな古びたテレビ。
そこに映し出されているのは、復活を遂げた丸藤亮。
「まさか猿山さんところのデュエリストをテレビで見る日がこようなんてねえ……」
感慨深そうに店長が言う。
猿山さんところのデュエリスト。着ているのはもちろん、あの日私が用意した一式である。
「実は、この衣装一式私が提案したんで「そうだね」
丸藤亮をテレビで見かけるたび私が自慢するので、店長は食い気味に被せてくる。
それでも私はニッコニコである。
なにせ丸藤亮、テレビに映るときは必ずあの格好である。
名を揚げたプロデュエリストであれば、新たに繊維系スポンサーがつき衣装を一新してもおかしくないにも関わらず、である。
そもそもこんな場末の衣料品店で買った服など、いつ変えられてもおかしくないのだ。
「よっぽど気に入ってくれたのかなあ」
ニヤつきながら幸せを噛み締めていると
「服に興味無い人なんでしょ? 面倒なだけよ」
わざわざ従業員のやる気を萎えさせるようなことを言われる。ムカつきながら、私は休憩を終えて売り場に出る。
今日のシフトは残り数時間、頑張ろうと思った。
後日来店したモンキー猿山氏に、「衣装を気に入った? いえ、彼の場合面倒なだけだと思いますよ」などと店長の言ったことを裏付けられたりもしたけど、私は元気です。
終
怪しい怪しい常連客は、店内にいた私を見つけるなりそう言った。
「うちの新しい稼ぎ頭です! かっこよく頼みますよ!」
舞台衣装専門店メンズ部門で店員を捕まえ、興奮冷めやらぬ様子で注文をかける怪しい男――モンキー猿山。この男のいう「新しい稼ぎ頭」があのカイザー亮だと、このときの私は知る由もなかった。
* * *
「モンキー猿山様、まず本人連れてきて下さいって何度も言ってますよね?」
受注ノートを引っ張り出しペンを走らせる。「注文者:モンキー猿山」。
「服なんて興味のない男どもばかりなんですようちに来るようなのは」
確かに、以前猿山氏に連れてこられた男性デュエリストが、繰り返される試着にブチギレたことがある。それ以来、長時間の衣装合わせに耐えられる人物かをまず見極めているらしい。
「今回のも、ここで衣装合わせに半日かけると言ったら、そりゃあもう嫌な顔をしまして」
「そうですか」
半分聞き流しながら、受注内容を書き続ける。「衣装イメージ:地獄の皇帝」。
「いつも通り、一つか二つに絞ったら本人を連れてきますよ」
「じゃあいつものください」
ス、と差し出されたのは複数枚の写真。新しい稼ぎ頭とやらの全身写真と顔のアップ。この男が目にかけるということはデュエリストなのだろうが、顔も悪くない。というよりむしろ良い。
「モデル部門でも作りました?」
「うちはデュエリスト専門ですよ」
猿山氏は何をおかしなことを、とでもいいたそうな顔をする。自分が言ったことも半分以上は冗談だが、確認はしすぎてしすぎることは無いのだ。
「なるほどなるほど」
ノートには黒い文字が続く。「着用状況:プロデュエリストによる決闘衣装」。
また写真を見れば、やはり整った顔が目につく。しかし睨みつけるような不服そうな表情をしているのは、上半身裸で撮られる写真に不満があるか。
体の線がわからないゆったりした服で撮られた写真を持ち込まれたとき、ネチネチ文句をつけてからこうなっている。
「細身……だけど割と筋肉ついてますね、この方身長は?」
猿山氏が告げる身長、体重、年齢、そのほか情報を受注ノートに書き記していく。最後にもらった写真を貼った。
「オッケー、服お持ちしますね」
ギラギラ光るスーツをかき分け、やたらと長いマントの列を割り、シックなシャツの間を早歩きで探す。『地獄の皇帝』なるイメージを膨らませる。
「ええ! 彼は絶対に売れますので! インパクト重視で!」
そんなことを言ってる張本人は、黒いシルクハットに黒いマント、わずかばかりのぞく白いワイシャツとネクタイ。そして怪しさ極めつけの小さな丸メガネと杖。自称デュエルプロモーターの格好である。
モンキー猿山氏の着る黒一式は、うちの店に初めて訪れたとき購入したもので「今後もお世話になろうと考えております。よろしくお願いいたします」と店長に礼儀正しく挨拶したのはずいぶん前だ。
それ以降何度も「うちに所属する新しいデュエリストの衣装を」と注文に来たが、うちで買った衣装を着たデュエリストをテレビの中継で見たことは一度もない。デュエルプロモーターなど嘘っぱちで、間違いなく何かもっと怪しい商売をしているというのが、私と店長の共通の認識だ。だが、その怪しい商売が何なのか私たちには関係がない。
我々はただ、衣装を提供するだけだ。
「地獄……こういう感じですか?」
私の貧相なイメージの地獄は、真っ赤に燃える大地・噴火する火山・火の海。ギラギラとスパンコールが煌めくド派手な赤マントを広げる。派手でありながらも決して正義のヒーローたりえない、暗さを持つ臙脂色。
しかし、モンキー猿山氏の表情は苦い。
「黒です、全身黒!」
地獄といえば黒だろう、と言わんばかりに檄が飛ぶ。
「黒ですか」
モンキー猿山氏自身が黒を纏っているのだ、ただ単にこの人が黒を好きなだけではないか? とも思う。
「あとそのギラギラ光るやつはいらないです。毎回毎回出してきて、何度言えばあなたに伝わるのですか?」
いや、舞台衣装は基本キラキラしてるものですが、と思いつつも、グッと喉で押し留める。ご希望通り、スパンコールがついていないものを探す。
「うーん、じゃあこのへんですかね」
黒・地獄・皇帝。出てきた単語から、真っ黒なマントを纏い豪奢な冠と杖を持った人物が玉座に座る様を思い描く。
真っ白なシャツは衿にボリュームをもたせ、ジャケットを着ても目立つように。ジャケットと合わせた黒パンツは細身で、シャツも黒の上下も差し色は金だ。その上で、それら全てを真っ黒なマントで覆い隠す。
その場で組み合わせてみるも、モンキー猿山氏はまだ納得のいかない顔をする。
「何か違う……違う……」
その後何点か提案するも、猿山氏は首を縦に振らない。
その日は結局「比較的マシ」というコーディネート2セットを候補とし、猿山氏は帰っていった。
* * *
退勤しても、私の頭にあったのは猿山氏の案件だった。
勤務中は衣装イメージに気を取られ気が付かなかったが、猿山氏の新しい稼ぎ頭、どうもどこかで見たような気がする。
単にかっこいいからそう思いたいだけか? 自問自答するが答えは出ない。
仕事柄、一応プロデュエリストの情報もパラ見ぐらいはしている。
「てんちょー! デュエルマガジンどこでしたっけー?」
バックヤードのどこかにあるはずの情報誌――私の唯一のデュエリスト情報元――を探す。
「裏口に置きっぱなし!」
「はーい!」
店長はケチだ。雑誌の最新号なんてお金のかかるものはこの店にはない。
近所の理容室で散々回覧された古い雑誌をまとめてもらっている。
裏口をあけると、たしかにそこには紐でくくられた雑誌が置いてあった。何も知らなければこのまま有価物回収されてしまいそう……いや実際回収直前のをもらってきたのだろう。
ただ、私は心底ギョッとしていてそれどころではなかった。
デュエルマガジン表紙に、さっきまで衣装合わせに悩んだ男が載っている。
カイザー丸藤亮。
デュエルの名門デュエルアカデミア卒で新進気鋭のプロデュエリスト。その強さから、学園ではカイザー亮の名で呼ばれていたらしい。
カイザー、皇帝を意味するドイツ語。
モンキー猿山氏が連れてきた「新しい稼ぎ頭」はこの男で間違いない。
しかし、雑誌の表紙を飾る男は決して地獄になど堕ちてはいなかった。
何より、似ても似つかないのは表情だ。
見せられた写真で、男が睨みつけているのは半裸写真を撮られたからだとばかり思っていた。不服そうな顔も、きっとそのせいだと。
しかしこの雑誌表紙を見れば、ただそれだけではないのだろうと思わされる。文字通り地獄でも見たような、雰囲気の豹変。
なるほど、この頃の衣装が真っ白であれば、対比として真っ黒を要求してくる猿山氏の要求も道理だ。
ふたたび、雑誌表紙のカイザー亮を見る。
決して優しくはないが相手への敬意を忘れない青年の顔、これはもう二度と見られないだろう。
* * *
「いらっしゃいませ、モンキー猿山様」
怪しい常連客――どうやら本当にデュエルプロモーターだったらしい――がその男を連れて来店した。
いつかの雑誌に載っていた、デュエルアカデミアオベリスクブルー寮制服をベースにしたデュエル服を着ている。
間違いない、丸藤亮だった。
「そしてカイザー亮様」
二人とも驚いた顔をする。
「話したのか」
カイザー亮が猿山氏に問い詰める。その声は、手に入れた決闘映像とはまるで違う、低い低い声だった。
「カイザー亮、あなた様は有名すぎます」
猿山氏が答える前に私が口をはさむ。カイザー亮は面白くなさそうな顔をした。
「その名は捨てた。今の俺はヘルカイザー亮だ」
なるほど地獄の皇帝か、と内心納得する。
どうやら人物イメージだけではなくリングネームまで変えるらしい。
「……僭越ながら、プロ初期のあなたの映像見せてもらいました」
奥からマネキンを取り出す。そのマネキンが着ているのは、前回猿山氏と話し合ったものとは全く違った。
「あなたはその頃とくらべてかなり体格が変わりました」
インナーのコンプレッションシャツは、鍛えられた胸筋を主張させ。
パンツはトップスと対比になるよう、ややダブついたシルエットをわざと作る。
ブーツは細身にして、外套で存在感をもたせながらもスタイリッシュな印象を。
そして何より印象を際立たせるコートは、肩と腰から下のボリュームで[[rb:何人 > なんぴと]]たりとも近づけさせない雰囲気を作る。
「イメチェンするのにこれを強調させない手はない」
わざわざ決闘動画まで漁って作り上げた、自信を持って提案する一式だった。
一瞬が永遠に感じるほど長かった。
「いいだろう」
口を開いたのは丸藤亮。うっすらとした笑み。
「これで決まりだ」
自分の提案したものが気に入られるのは、やはり店員冥利につきる。嬉しい。
しかしその喜びに浸る間もなく、丸藤亮は踵を返して歩き出す。
彼は店を出ようとしていた。
「ま、待って、待ってください!」
心外そうな顔。支払い等はたしかに猿山氏とするのだが。
「丈とか、もろもろ、あなたに合わせて直します。着てください」
とにかく着てもらわないと何もならないのに、男は面倒そうな顔をした。
地獄の皇帝でも、試着は面倒がるのかと思った。
* * *
「強い! 本当に強い! 地獄から舞い戻った丸藤亮! ここに復活! ヘルカイザー亮、この強さはホンモノだ!」
バックルームにある、小さな古びたテレビ。
そこに映し出されているのは、復活を遂げた丸藤亮。
「まさか猿山さんところのデュエリストをテレビで見る日がこようなんてねえ……」
感慨深そうに店長が言う。
猿山さんところのデュエリスト。着ているのはもちろん、あの日私が用意した一式である。
「実は、この衣装一式私が提案したんで「そうだね」
丸藤亮をテレビで見かけるたび私が自慢するので、店長は食い気味に被せてくる。
それでも私はニッコニコである。
なにせ丸藤亮、テレビに映るときは必ずあの格好である。
名を揚げたプロデュエリストであれば、新たに繊維系スポンサーがつき衣装を一新してもおかしくないにも関わらず、である。
そもそもこんな場末の衣料品店で買った服など、いつ変えられてもおかしくないのだ。
「よっぽど気に入ってくれたのかなあ」
ニヤつきながら幸せを噛み締めていると
「服に興味無い人なんでしょ? 面倒なだけよ」
わざわざ従業員のやる気を萎えさせるようなことを言われる。ムカつきながら、私は休憩を終えて売り場に出る。
今日のシフトは残り数時間、頑張ろうと思った。
後日来店したモンキー猿山氏に、「衣装を気に入った? いえ、彼の場合面倒なだけだと思いますよ」などと店長の言ったことを裏付けられたりもしたけど、私は元気です。
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