丸藤亮(カイザー・ヘルカイザー)/遊戯王GX
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
僕の通っていた小学校でも、デュエルモンスターズは大人気だった。
ただしそれは男子の間だけで、女の子がデュエルをするのは珍しかった。
だから、転校生の女の子が自己紹介で「デュエルモンスターズが好きです」と言ったとき、クラスの男子がざわついたのを僕は忘れない。
僕もその一人だったからだ。
先生が出ていって、最初の授業が始まるまでのごく短い休み時間。にもかかわらず彼女の机の周りにはたくさんの生徒が集まっていた。
なんでもお父さんの仕事の都合で転校が多く、僕たちの学校で五校目だという。
「そんなに転校ばっかりだと大変じゃない?」
転校してきてすぐの頃、他の女の子が彼女に聞いたことがある。
「仲良くなった友達と離れるのはやっぱ寂しいよ」
彼女はほんの少しだけ視線を下げたあと、
「でも、私にはこれがあるから」
ポケットからチラリとのぞかせたのは、小学校への持ち込みが禁止されているカードゲーム――デュエルモンスターズのデッキだった。
デュエルモンスターズを遊んでいる男子がどよめく。
「一緒にデュエルしていれば、みんなとすぐ仲良くなれるもの」
いたずらっぽく笑った彼女の笑みに心を射抜かれた男子は、今思えば僕一人ではなかったと思う。
* * *
実際に、その子はデュエルモンスターズを通じてすぐクラスに馴染んだ(ただ、さすがにデッキを持ち込んだのはバレて怒られたらしく、初日以降学校へカードを持ってくることはなかった)。
学校が終わったあと、家にランドセルを置いてデッキだけ持って誰かの家に集合する。
そんなクラスメートの集まりに自然と彼女も参加するようになり、僕たちと彼女は毎日のようにデュエルをしていた。
彼女はデュエリストとしては弱かった。何なら僕の方が少し強かったぐらいだ。だけど、そんなの誰も気にしない。
ただ、デュエルができていれば楽しかった頃だから。
「知ってるか? こいつのニーチャンめっちゃデュエル強いんだぜ」
そんな毎日だ、僕のお兄さんの話題も出たことがある。
お兄さんはこの頃から僕の自慢だった。ちょっと照れながらもお兄さんのすごさを僕が語ろうとしたとき
「うーん、でも私と一緒にデュエルしてくれるわけじゃないでしょ?」
全く興味がないという断言だった。
お兄さんの話を出したやつにも僕にも、彼女は目線すらよこさず興味なさげに手札を眺め続けていた。
「私は一緒にデュエルしてくれない強いお兄さんよりも、みんなと一緒にやるデュエルの方が大事」
びっくりした。だいたいの場合、僕なんかよりお兄さんに興味を持つ人の方が多いから。
そして、じわじわ嬉しくなってくる。
彼女はお兄さんより、僕を選んでくれている。
「トラップカードオープン! ハーピィの羽根箒!」
「ちょ、やめろよ!」
即座にデュエルに戻った彼女が強力なカードを使って、話題は目の前の盤面についてになった。
誰もお兄さんの話をしていたことなんて忘れていたし、それ以降、彼女がいる場面でお兄さんが話題になることはなかった。
* * *
その日、いつもの面々は僕の家に集まることになっていた。
しかし、玄関に立っていたのは彼女たったひとり。しかも少しうなだれている。
「ユウくんもミッちゃんもシンジもタクヤも今日は来れないって」
遊ぶ約束をしながらも実際には来れないというのはよくあることだった。
ただ、一人を残して全員来れないなんていうのは珍しかったが。
「わかった。残念だけどしょうがないね」
それでも、あの頃の僕たちにデュエルをしないなんて選択肢はなかった。
それに、僕も彼女に言わないといけないことがあったのだ。
「今日、お兄さんがいるんだ。だからあんまり騒げなくて」
普段、お兄さんは学校が終わるとサイバー流道場へ行くので、僕の家にみんなが集まるときもお兄さんがいることはほとんどなかった。
たまにこうしてかちあうと、うるさいと文句をいうような人ではないが、どうしても気を使ってしまう。
「うん、気をつける」
そういえば、お兄さんがいるときに彼女がうちへ遊びにくるのは初めてだな、と僕はここでやっと気がついた。
でも、全然気にしていなかったんだ。
だって、彼女はお兄さんより僕を選んでくれていたから。
小学生のお小遣いではそうそう新しいデッキも組めやしない。同じメンバーでずっとデュエルをしていれば、お互い手の内を知っているデッキばかりになる。それでも複数人とのデュエルは続けていても飽きないものだ。
「飽きちゃった」
逆にいえば、たった二人でデュエルを続けていればいつかは飽きてしまうのも無理ないことだった。
今日の彼女は冴えていた。今日だけで何度も食らった戦略がまた決まり、僕の負けが決まった直後だった。
「僕も」
勝った彼女すら飽きているのだ、僕の退屈も相当だった。
「なんか他のゲーム……ないよね」
僕たち小学生は、おこづかいを全額カードに費やしている。他にゲームを持っていないのは彼女も同じなのだろう、否定の言葉もすぐに出てくる。
そんな、どこか停滞した空気の漂っていたときだった。
「翔、今いいか」
扉の外から、お兄さんの声がした。「亮兄さんを入れてもいい?」と彼女に目配せしたら、促すような仕草が返ってきた。
お兄さんに向けて言う。
「うん、いいよ」
扉が空く。扉に背を向けて座っていた彼女が、入ってくるお兄さんを一目見ようと体をよじる。僕には、扉に手をかけたまま半分体が隠れているお兄さんと、彼女の顔が半分だけ見えた。
つまらなさそうにしていた彼女の表情が、一瞬で輝くのを僕は見た。
そう、それはちょうど、転校してきたばかりの彼女が浮かべたいたずらっぽい笑みに、クラスの男子が色めきたったときの顔。
僕が彼女へ恋したように、彼女がお兄さんに一目惚れした顔だった。
* * *
そのとき、お兄さんが僕にどんな用事があったかなんて覚えてない。
早々に用が済み出ていくお兄さん、閉まった扉を名残惜しそうに見つめる彼女、僕の方すら見ずに「お兄さんもデュエルするんだっけ」と言い出す彼女、「二人でデュエルするの飽きてたよね。お兄さん呼んだら一緒にデュエルしてくれるかな」と続ける彼女、「亮兄さんは忙しいから」と断った僕。
「そっか」
彼女はすんなり受け入れてくれた。心底ホッとする。
でも、それは僕の勘違いだった。その後何をしていても彼女はどこかボーっとしていて、心ここにあらずという感じで見ていられない。
「忙しいだろうけど、亮兄さんに聞いてみようか」
なんでそんなこと言ったんだろう。後悔したけど、口から出た言葉は消えてくれなかった。
「本当!?」
彼女の弾けるような笑顔がまぶしかった。
お兄さんの部屋の扉を叩きながら、断ってくれと念じていた。
だって、僕は彼女のことが好きだから。
同時に、一緒にデュエルして欲しいとも思った。
だって、僕は彼女の悲しそうな顔なんて見たくなかったから。
お兄さんは「一回だけな」と言って、部屋にきてくれた。
お兄さんとデュエルしている間、彼女はそれまで僕には見せたことのない表情を浮かべていた。
それは僕の好きな女の子が、僕のお兄さんに恋する姿だった。
彼女とお兄さんのデュエルは、お兄さんの圧勝で終わった。
* * *
それから、彼女はやたらと僕の家に来たがった。それを僕はいつも「今日はダメなんだ」と断っていた。
そしてある日、彼女がやたら真剣な目で僕に話かけてきた。
「私、転校するの」
ショックだった。彼女がいなくなってしまうことも、このあと何を言われるのか予想した内容も。
「だから、最後にもう一度だけお兄さんとデュエルしたいの」
「無理だよ」
間髪入れずに答えていた。
「亮兄さんはサイバー流道場で毎日デュエルの練習をしていてすごく忙しいんだ。あの日はたまたまいたけど、普段は家にすらいないんだよ。そんなこと頼めないよ」
半分くらいは嘘だった。僕が真剣にお願いすれば、もしかしたらお兄さんは一日なら道場を休んで家にいてくれるかもしれなかった。
「それに」
でも、僕は絶対お兄さんと彼女を会わせたくなかったんだ。
「亮兄さんの強さは知ってるだろ?」
だから、彼女を傷つけるとわかっていて、それでも言ってしまったんだ。
「亮兄さんは僕なんかより弱い子となんて二度とデュエルしないよ」
彼女の瞳に、涙があふれた。
「そっか」
精一杯の笑顔を浮かべて、彼女は去っていった。
* * *
その後、僕たちは話をすることなく転校日は過ぎ、彼女を泣かせたそれが、僕と彼女の最後の会話になった。
終
ただしそれは男子の間だけで、女の子がデュエルをするのは珍しかった。
だから、転校生の女の子が自己紹介で「デュエルモンスターズが好きです」と言ったとき、クラスの男子がざわついたのを僕は忘れない。
僕もその一人だったからだ。
先生が出ていって、最初の授業が始まるまでのごく短い休み時間。にもかかわらず彼女の机の周りにはたくさんの生徒が集まっていた。
なんでもお父さんの仕事の都合で転校が多く、僕たちの学校で五校目だという。
「そんなに転校ばっかりだと大変じゃない?」
転校してきてすぐの頃、他の女の子が彼女に聞いたことがある。
「仲良くなった友達と離れるのはやっぱ寂しいよ」
彼女はほんの少しだけ視線を下げたあと、
「でも、私にはこれがあるから」
ポケットからチラリとのぞかせたのは、小学校への持ち込みが禁止されているカードゲーム――デュエルモンスターズのデッキだった。
デュエルモンスターズを遊んでいる男子がどよめく。
「一緒にデュエルしていれば、みんなとすぐ仲良くなれるもの」
いたずらっぽく笑った彼女の笑みに心を射抜かれた男子は、今思えば僕一人ではなかったと思う。
* * *
実際に、その子はデュエルモンスターズを通じてすぐクラスに馴染んだ(ただ、さすがにデッキを持ち込んだのはバレて怒られたらしく、初日以降学校へカードを持ってくることはなかった)。
学校が終わったあと、家にランドセルを置いてデッキだけ持って誰かの家に集合する。
そんなクラスメートの集まりに自然と彼女も参加するようになり、僕たちと彼女は毎日のようにデュエルをしていた。
彼女はデュエリストとしては弱かった。何なら僕の方が少し強かったぐらいだ。だけど、そんなの誰も気にしない。
ただ、デュエルができていれば楽しかった頃だから。
「知ってるか? こいつのニーチャンめっちゃデュエル強いんだぜ」
そんな毎日だ、僕のお兄さんの話題も出たことがある。
お兄さんはこの頃から僕の自慢だった。ちょっと照れながらもお兄さんのすごさを僕が語ろうとしたとき
「うーん、でも私と一緒にデュエルしてくれるわけじゃないでしょ?」
全く興味がないという断言だった。
お兄さんの話を出したやつにも僕にも、彼女は目線すらよこさず興味なさげに手札を眺め続けていた。
「私は一緒にデュエルしてくれない強いお兄さんよりも、みんなと一緒にやるデュエルの方が大事」
びっくりした。だいたいの場合、僕なんかよりお兄さんに興味を持つ人の方が多いから。
そして、じわじわ嬉しくなってくる。
彼女はお兄さんより、僕を選んでくれている。
「トラップカードオープン! ハーピィの羽根箒!」
「ちょ、やめろよ!」
即座にデュエルに戻った彼女が強力なカードを使って、話題は目の前の盤面についてになった。
誰もお兄さんの話をしていたことなんて忘れていたし、それ以降、彼女がいる場面でお兄さんが話題になることはなかった。
* * *
その日、いつもの面々は僕の家に集まることになっていた。
しかし、玄関に立っていたのは彼女たったひとり。しかも少しうなだれている。
「ユウくんもミッちゃんもシンジもタクヤも今日は来れないって」
遊ぶ約束をしながらも実際には来れないというのはよくあることだった。
ただ、一人を残して全員来れないなんていうのは珍しかったが。
「わかった。残念だけどしょうがないね」
それでも、あの頃の僕たちにデュエルをしないなんて選択肢はなかった。
それに、僕も彼女に言わないといけないことがあったのだ。
「今日、お兄さんがいるんだ。だからあんまり騒げなくて」
普段、お兄さんは学校が終わるとサイバー流道場へ行くので、僕の家にみんなが集まるときもお兄さんがいることはほとんどなかった。
たまにこうしてかちあうと、うるさいと文句をいうような人ではないが、どうしても気を使ってしまう。
「うん、気をつける」
そういえば、お兄さんがいるときに彼女がうちへ遊びにくるのは初めてだな、と僕はここでやっと気がついた。
でも、全然気にしていなかったんだ。
だって、彼女はお兄さんより僕を選んでくれていたから。
小学生のお小遣いではそうそう新しいデッキも組めやしない。同じメンバーでずっとデュエルをしていれば、お互い手の内を知っているデッキばかりになる。それでも複数人とのデュエルは続けていても飽きないものだ。
「飽きちゃった」
逆にいえば、たった二人でデュエルを続けていればいつかは飽きてしまうのも無理ないことだった。
今日の彼女は冴えていた。今日だけで何度も食らった戦略がまた決まり、僕の負けが決まった直後だった。
「僕も」
勝った彼女すら飽きているのだ、僕の退屈も相当だった。
「なんか他のゲーム……ないよね」
僕たち小学生は、おこづかいを全額カードに費やしている。他にゲームを持っていないのは彼女も同じなのだろう、否定の言葉もすぐに出てくる。
そんな、どこか停滞した空気の漂っていたときだった。
「翔、今いいか」
扉の外から、お兄さんの声がした。「亮兄さんを入れてもいい?」と彼女に目配せしたら、促すような仕草が返ってきた。
お兄さんに向けて言う。
「うん、いいよ」
扉が空く。扉に背を向けて座っていた彼女が、入ってくるお兄さんを一目見ようと体をよじる。僕には、扉に手をかけたまま半分体が隠れているお兄さんと、彼女の顔が半分だけ見えた。
つまらなさそうにしていた彼女の表情が、一瞬で輝くのを僕は見た。
そう、それはちょうど、転校してきたばかりの彼女が浮かべたいたずらっぽい笑みに、クラスの男子が色めきたったときの顔。
僕が彼女へ恋したように、彼女がお兄さんに一目惚れした顔だった。
* * *
そのとき、お兄さんが僕にどんな用事があったかなんて覚えてない。
早々に用が済み出ていくお兄さん、閉まった扉を名残惜しそうに見つめる彼女、僕の方すら見ずに「お兄さんもデュエルするんだっけ」と言い出す彼女、「二人でデュエルするの飽きてたよね。お兄さん呼んだら一緒にデュエルしてくれるかな」と続ける彼女、「亮兄さんは忙しいから」と断った僕。
「そっか」
彼女はすんなり受け入れてくれた。心底ホッとする。
でも、それは僕の勘違いだった。その後何をしていても彼女はどこかボーっとしていて、心ここにあらずという感じで見ていられない。
「忙しいだろうけど、亮兄さんに聞いてみようか」
なんでそんなこと言ったんだろう。後悔したけど、口から出た言葉は消えてくれなかった。
「本当!?」
彼女の弾けるような笑顔がまぶしかった。
お兄さんの部屋の扉を叩きながら、断ってくれと念じていた。
だって、僕は彼女のことが好きだから。
同時に、一緒にデュエルして欲しいとも思った。
だって、僕は彼女の悲しそうな顔なんて見たくなかったから。
お兄さんは「一回だけな」と言って、部屋にきてくれた。
お兄さんとデュエルしている間、彼女はそれまで僕には見せたことのない表情を浮かべていた。
それは僕の好きな女の子が、僕のお兄さんに恋する姿だった。
彼女とお兄さんのデュエルは、お兄さんの圧勝で終わった。
* * *
それから、彼女はやたらと僕の家に来たがった。それを僕はいつも「今日はダメなんだ」と断っていた。
そしてある日、彼女がやたら真剣な目で僕に話かけてきた。
「私、転校するの」
ショックだった。彼女がいなくなってしまうことも、このあと何を言われるのか予想した内容も。
「だから、最後にもう一度だけお兄さんとデュエルしたいの」
「無理だよ」
間髪入れずに答えていた。
「亮兄さんはサイバー流道場で毎日デュエルの練習をしていてすごく忙しいんだ。あの日はたまたまいたけど、普段は家にすらいないんだよ。そんなこと頼めないよ」
半分くらいは嘘だった。僕が真剣にお願いすれば、もしかしたらお兄さんは一日なら道場を休んで家にいてくれるかもしれなかった。
「それに」
でも、僕は絶対お兄さんと彼女を会わせたくなかったんだ。
「亮兄さんの強さは知ってるだろ?」
だから、彼女を傷つけるとわかっていて、それでも言ってしまったんだ。
「亮兄さんは僕なんかより弱い子となんて二度とデュエルしないよ」
彼女の瞳に、涙があふれた。
「そっか」
精一杯の笑顔を浮かべて、彼女は去っていった。
* * *
その後、僕たちは話をすることなく転校日は過ぎ、彼女を泣かせたそれが、僕と彼女の最後の会話になった。
終
4/7ページ