丸藤亮(カイザー・ヘルカイザー)/遊戯王GX
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この関係に、あえて名前を付けるならそれこそセフレというのが一番近いんだろうと思う。
丸藤亮、世間ではヘルカイザー亮と言った方が通りがいいか、との奇妙な半同棲生活が始まって数ヶ月経った。
あんな顔立ちの整った男、一目見て思い出せない方がどうかしてる。そして私はどうかしてる側だ。
仕事で大きなミスをして、彼氏には振られ、趣味の抽選発表は外れた。絶望出来ない程度に人生を痛めつけられ、私は行き慣れぬバーでひたすらアルコールを呷っていた。バーカウンターに座っていた私からギリギリ見えた奥のテーブル席には接待らしい一団がおり、こんな店を使うなんて珍しいと思った記憶がある。その集団の中やたら目立つ全身黒の男に、目を奪われなかったと言えば嘘になる。
その黒尽くめの男、近くで見れば顔も良かった。なぜ知ってるかと言えば、べろべろに酔ってトイレに立ったとき声をかけられたからだ。何を言われたかは忘れたが、いい気分になった。結果、男が私の会計を支払い私の家に向かうタクシーに同乗したところまでは覚えている。
次に目が覚めたとき視界に入ってきたのは、見慣れた自分の部屋と「寝た」らしき見慣れぬ男。
そしてゾッとして酔いが覚めたなら、どうかしてる側の私でもわかったのだ。やたら寝相のいいこの男が、ヘルカイザー亮の名で大人気のプロデュエリストだと。そもそも行きずりの男と寝るなんて、私のガラじゃない。それこそ、どうかしていた。
だが、起きてしまったことはどうしようもない。諦めてシャワーを浴びる。その間に出ていってくれないかなと淡い期待を抱いたが、濡れた髪をタオルで包みながら部屋を見ればヘルカイザー亮はまだベッドにいた。大人しく、上半身だけをもたげて。
目を覚ましたその男に、シャワーを浴びるかと聞けば浴びると答え、朝食はいるかと聞けば食べると言った。
テレビでも見慣れたコート含む彼の黒い衣装一式は、きちんと畳んで床に置いてあった。おととい、無駄にしっかり部屋を掃除しておいて良かったと思う。
独り身にちょうどいいワンルームは、上背のあるデュエリストと中肉中背の女、二人でいるには狭かった。表面に焼き目のついた食パンを皿に盛り、冷蔵庫からマーガリンを取り出し食卓に置く。コート以外を着込んだヘルカイザー亮がトーストにかぶりついた。
「コーヒー飲む人?」
「飲む」
結局、ヘルカイザー亮がこの部屋を出て行くまでにした会話はそれらと、出て行く際の「世話になった」程度だった。奇妙なワンナイトに、有名芸能人の考えることはよくわからないなと思った。
なのに、翌日も来た。
インターホンから聞こえるヘルカイザー亮の声に固まっていたら、「都合が悪いなら帰る」と言うから慌てて玄関を開けた。そして昨日と同じ、たまにテレビで見る通りの黒コートを着ていてまた驚く。プロデュエリストとは着たきり雀なのだろうか。他のプロデュエリストを知らないのでこの疑問が解ける日は来ない。
昨日「世話になった」と出ていったから「世話になりにきた?」とシャワーから出てきたその男に聞けば「ああ」と言う。なんで私が世話しなきゃならないんだ、とも思ったが別に追い返しもせず受け入れている私も私だ。
そうして、ヘルカイザー亮は我が家に不定期で来るようになった。
いつも突然インターホンを押してくるので、せめて事前に連絡を入れろ、と言えばヘルカイザー亮がその姿に似つかわしくない携帯電話取り出したことがある。この男には詳しくないが、デュエルディスク以外の機械がこんなにも似合わないものかと眺めていたら「お前も出せ」と言われ慌てて連絡先を交換した。そういえば、この男の番号やアドレスも知らなかった。事前の連絡などできるはずもない。
うちに来ても、やることは初めて来た日と同じだ。いや、私の記憶がある以外は同じだ。
朝食にも変わらず適当に焼いたトーストを並べている。買いだめする食パンが増え、ジャムだの小洒落たペーストだのも用意した。しかし、ヘルカイザー亮は頑なにマーガリンしか使わなかった。こちらも疑問が解決する日は来ないだろうと思っていたが、意外にも後日、ネット記事のインタビューで私は答えを知ることになる。学生時代の思い出として「中身無しか高級卵を使ったドローパンが好きだった」と書かれていた。高級卵使用パンは用意できないので、ちょっといいバターを用意したら使うようになった。会話のできないペットに、何なら食いつきがいいか試行錯誤してるかのようだった。
以前「なんでうちに来るの」と聞いたら「会場が近い」と返ってきた。なるほど、うちのそばにはイベントで使われるような大きな公共の施設があり、翌日ヘルカイザー亮がそこへ行く日にうちは使われているのだろう。あのナントカ総合会場がそんなにプロのデュエルで使われていたとは知らなかった。
一度シャワーを浴びるため服を脱ぐ亮を覗いたら、心底不快そうな顔をされたのでやめた。服の下など、互いに見慣れたものだろうに。
「今日行く」のメールが届けば、その日は残業もしていられない。残業も出張も大歓迎だった私がそれらを断り始め、職場では彼氏ができたか? と噂になっていた。面倒なので、会社パソコンに友人の飼っている猫の写真を貼り、デスクトップに設定し、会社携帯にも設定した。無事「猫を飼い始めた」と噂は上書きされ、実感に近い噂に私は満足する。
皮肉なものだ、本当に彼氏がいた間はそんな噂も立たずこんな小細工も必要なかったのに。
でも、そんな秘密を抱えるのは楽しかった。ヘルカイザー亮が、そこらのワンルームマンションに通っていることなど私しか知らない。私とヘルカイザー亮の関係なんてもっと知らない。
私は、そんな秘密を守ることで自尊心を満たしていたと気づくことになる。
ヘルカイザー亮が母校での仕事を最後に行方不明となり、もちろん私との連絡も途絶え、部屋に来ることはなくなった。カードゲーム界にも芸能界にも縁のない一般人が調べられる範囲だったが、しばらくは必死に探したものだ。人生であんなに「ヘルカイザー亮」「丸藤亮 現在」「丸藤亮 デュエルアカデミア」と検索した日々はない。
噂だけは山ほどあったが、どれも正確性に欠けた。いわく、地下デュエルで命を落としただの、母校で入院してるだの、一番荒唐無稽なものには、異世界で死んだなんてものまであった。
ヘルカイザー亮から一方的にかかってくるだけだった連絡を、初めてこちらからかけた。現在は使われていない番号だと知った。
今でもたまに、ヘルカイザー亮から連絡が来ていないかと少し期待している自分がいる。でも、きっとその番号から連絡が来る日はこないのだろう。それは、痛いほどわかっていた。
終
丸藤亮、世間ではヘルカイザー亮と言った方が通りがいいか、との奇妙な半同棲生活が始まって数ヶ月経った。
あんな顔立ちの整った男、一目見て思い出せない方がどうかしてる。そして私はどうかしてる側だ。
仕事で大きなミスをして、彼氏には振られ、趣味の抽選発表は外れた。絶望出来ない程度に人生を痛めつけられ、私は行き慣れぬバーでひたすらアルコールを呷っていた。バーカウンターに座っていた私からギリギリ見えた奥のテーブル席には接待らしい一団がおり、こんな店を使うなんて珍しいと思った記憶がある。その集団の中やたら目立つ全身黒の男に、目を奪われなかったと言えば嘘になる。
その黒尽くめの男、近くで見れば顔も良かった。なぜ知ってるかと言えば、べろべろに酔ってトイレに立ったとき声をかけられたからだ。何を言われたかは忘れたが、いい気分になった。結果、男が私の会計を支払い私の家に向かうタクシーに同乗したところまでは覚えている。
次に目が覚めたとき視界に入ってきたのは、見慣れた自分の部屋と「寝た」らしき見慣れぬ男。
そしてゾッとして酔いが覚めたなら、どうかしてる側の私でもわかったのだ。やたら寝相のいいこの男が、ヘルカイザー亮の名で大人気のプロデュエリストだと。そもそも行きずりの男と寝るなんて、私のガラじゃない。それこそ、どうかしていた。
だが、起きてしまったことはどうしようもない。諦めてシャワーを浴びる。その間に出ていってくれないかなと淡い期待を抱いたが、濡れた髪をタオルで包みながら部屋を見ればヘルカイザー亮はまだベッドにいた。大人しく、上半身だけをもたげて。
目を覚ましたその男に、シャワーを浴びるかと聞けば浴びると答え、朝食はいるかと聞けば食べると言った。
テレビでも見慣れたコート含む彼の黒い衣装一式は、きちんと畳んで床に置いてあった。おととい、無駄にしっかり部屋を掃除しておいて良かったと思う。
独り身にちょうどいいワンルームは、上背のあるデュエリストと中肉中背の女、二人でいるには狭かった。表面に焼き目のついた食パンを皿に盛り、冷蔵庫からマーガリンを取り出し食卓に置く。コート以外を着込んだヘルカイザー亮がトーストにかぶりついた。
「コーヒー飲む人?」
「飲む」
結局、ヘルカイザー亮がこの部屋を出て行くまでにした会話はそれらと、出て行く際の「世話になった」程度だった。奇妙なワンナイトに、有名芸能人の考えることはよくわからないなと思った。
なのに、翌日も来た。
インターホンから聞こえるヘルカイザー亮の声に固まっていたら、「都合が悪いなら帰る」と言うから慌てて玄関を開けた。そして昨日と同じ、たまにテレビで見る通りの黒コートを着ていてまた驚く。プロデュエリストとは着たきり雀なのだろうか。他のプロデュエリストを知らないのでこの疑問が解ける日は来ない。
昨日「世話になった」と出ていったから「世話になりにきた?」とシャワーから出てきたその男に聞けば「ああ」と言う。なんで私が世話しなきゃならないんだ、とも思ったが別に追い返しもせず受け入れている私も私だ。
そうして、ヘルカイザー亮は我が家に不定期で来るようになった。
いつも突然インターホンを押してくるので、せめて事前に連絡を入れろ、と言えばヘルカイザー亮がその姿に似つかわしくない携帯電話取り出したことがある。この男には詳しくないが、デュエルディスク以外の機械がこんなにも似合わないものかと眺めていたら「お前も出せ」と言われ慌てて連絡先を交換した。そういえば、この男の番号やアドレスも知らなかった。事前の連絡などできるはずもない。
うちに来ても、やることは初めて来た日と同じだ。いや、私の記憶がある以外は同じだ。
朝食にも変わらず適当に焼いたトーストを並べている。買いだめする食パンが増え、ジャムだの小洒落たペーストだのも用意した。しかし、ヘルカイザー亮は頑なにマーガリンしか使わなかった。こちらも疑問が解決する日は来ないだろうと思っていたが、意外にも後日、ネット記事のインタビューで私は答えを知ることになる。学生時代の思い出として「中身無しか高級卵を使ったドローパンが好きだった」と書かれていた。高級卵使用パンは用意できないので、ちょっといいバターを用意したら使うようになった。会話のできないペットに、何なら食いつきがいいか試行錯誤してるかのようだった。
以前「なんでうちに来るの」と聞いたら「会場が近い」と返ってきた。なるほど、うちのそばにはイベントで使われるような大きな公共の施設があり、翌日ヘルカイザー亮がそこへ行く日にうちは使われているのだろう。あのナントカ総合会場がそんなにプロのデュエルで使われていたとは知らなかった。
一度シャワーを浴びるため服を脱ぐ亮を覗いたら、心底不快そうな顔をされたのでやめた。服の下など、互いに見慣れたものだろうに。
「今日行く」のメールが届けば、その日は残業もしていられない。残業も出張も大歓迎だった私がそれらを断り始め、職場では彼氏ができたか? と噂になっていた。面倒なので、会社パソコンに友人の飼っている猫の写真を貼り、デスクトップに設定し、会社携帯にも設定した。無事「猫を飼い始めた」と噂は上書きされ、実感に近い噂に私は満足する。
皮肉なものだ、本当に彼氏がいた間はそんな噂も立たずこんな小細工も必要なかったのに。
でも、そんな秘密を抱えるのは楽しかった。ヘルカイザー亮が、そこらのワンルームマンションに通っていることなど私しか知らない。私とヘルカイザー亮の関係なんてもっと知らない。
私は、そんな秘密を守ることで自尊心を満たしていたと気づくことになる。
ヘルカイザー亮が母校での仕事を最後に行方不明となり、もちろん私との連絡も途絶え、部屋に来ることはなくなった。カードゲーム界にも芸能界にも縁のない一般人が調べられる範囲だったが、しばらくは必死に探したものだ。人生であんなに「ヘルカイザー亮」「丸藤亮 現在」「丸藤亮 デュエルアカデミア」と検索した日々はない。
噂だけは山ほどあったが、どれも正確性に欠けた。いわく、地下デュエルで命を落としただの、母校で入院してるだの、一番荒唐無稽なものには、異世界で死んだなんてものまであった。
ヘルカイザー亮から一方的にかかってくるだけだった連絡を、初めてこちらからかけた。現在は使われていない番号だと知った。
今でもたまに、ヘルカイザー亮から連絡が来ていないかと少し期待している自分がいる。でも、きっとその番号から連絡が来る日はこないのだろう。それは、痛いほどわかっていた。
終
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