丸藤亮(カイザー・ヘルカイザー)/遊戯王GX
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デュエルアカデミアから離れていくヘリコプターの中、プロデュエリスト丸藤亮は舌打ちをした。
鮫島師範から連絡が来て、デュエルアカデミアへ呼び出されたのだ。
ちょうどプロリーグとリーグの合間で比較的時間が取れる時期で、サイバー流裏デッキを奪い取ったとはいえ鮫島本人への恨みなどはない。
全身にじっとりまとわりつく不快感は、その呼び出された内容によるものだ。
「娘が誘拐された。犯人は身の代金としてサイバー流裏デッキを要求しており、丸藤亮に持って来させろと言っている」
何から何まで気に食わない。
どこの馬の骨とも知らない奴が裏デッキを求めることも、それを丸藤亮が持っていると把握しているのも、ここで鮫島師範の娘が出てくることも。
クソが。
口の中で侮蔑の言葉を吐いてしまうぐらい、一時は憎悪を抱いた相手だった。
犯人の指定した受け渡し場所は、サイバー流道場ほどではなくとも山の上だった。
季節柄雪に閉ざされていないのも幸いだが、登山装備がなければとても不可能な切り立った崖を登らなくていいのが一番助かる。
一人で来いとの指定のため、ヘリコプターは山のふもとで降りてきた。
こんな不快な出来事のために、あんな山登りは御免だった。
山道を踏み締めながら、嫌でもあの少女のことを思い出す。
* * *
鮫島師範のもとで、幼い丸藤亮はデュエルの腕を磨いていた。
亮以外にも弟子たちは何人もおり、その中の一人が鮫島本人の娘だった。
亮より少しばかり歳上で、親譲りの才能が若くして開花し、デュエルはめっぽう強かった。
すでに腕には覚えのあった亮にとって、対等に戦える相手といえばその強さは伝わるだろうか。
あの頃の自分は、ひとえに打倒彼女を掲げてデュエルに励んでいたと言っても過言ではない。
芯の強い少女だった。
いつも自信に溢れていて、自分をまっすぐ見つめる彼女。
デュエルが始まればその視線はカードに刺さり、直接こちらを見るよりもむしろ恐ろしさすらあった瞳。
憧れだった。
より強さを求める中で、デュエルアカデミア中等部への進学も決めた。
「アカデミアでも元気でね」
全寮制の学園だ、しばらく会えなくなると別れの挨拶を告げられる。
それが、彼女と直接会った最後になった。
デュエルアカデミアに在籍し級友たちと切磋琢磨する中、ひとつの知らせを受けた。
彼女がデュエルをやめたと。
信じられなかった。
どうして。あんなに楽しそうにデュエルをしていた彼女が。
たとえ他の誰がやめたとしても彼女だけはデュエリストであり続けると、なぜか漠然とした信頼があった。
なのにデュエルをやめただと? 自分はあれからずっと強くなったというのに?
何かの間違いだと、慌てて彼女へ連絡をとった。
変わらぬさっぱりとした声で、そんな話否定してくれるものだとばかり思っていた。
ところが、テレビ電話越しに見た彼女は記憶の中のそれとは違う表情をしていた。
「亮くん。久しぶりだね」
人によっては、優しい声だと評したかもしれない。
だが当時の自分には、あの強い意志をカケラも感じさせない腑抜けた声だった。
「デュエルをやめたと聞いた」
挨拶すらせずに本題を聞いていた。
画面の彼女は困ったような顔をして、少し恥ずかしそうに
「もう聞いてるの? 誰から? 父さん?」
などと言う。
否定してこない彼女に失望した。
「なぜ」
自分の喉が渇いていた。掠れるような声。
「……それ、聞くんだ」
彼女の瞳に、ぼうっと影が落ちる。少し笑いながら、視線を逸らして。
口元を手で隠すが、手のひらまである袖がやけに目についた。
「いやだな、亮くんに聞かれるのは恥ずかしいよ」
だが自分が何も言わずにいたら、渋々といった様子で語り出した。
いわく、「勝てなくなったから」と。
信じたくなかった。
あんなに楽しそうにデュエルをしていた彼女が、そんな凡夫のような理由でデュエルをやめてしまったなどと。
あとから知ったが、デュエルをやめる直前の彼女は相当負けが込んでいたらしい。
やめるのも本当に悩んで決めたようで、やめた直後はむしろスッキリしていたようだ。
だがそんな紆余曲折など丸藤亮には関係が無かった。
残ったのは目標の一つを失った事実と、勝ち逃げされたような悔しさ。
幼いながらに抱いていた憧れと親愛は、失望によって憎悪に似た何かへ、そして忘却による無関心へと変化した。
その後、丸藤亮は相手をリスペクトしていれば勝敗にはこだわらなくなるほどの強さを手に入れる。
ただし、デュエルアカデミアの中だけでの話ではあったが。
* * *
朽ちかけた木造の建物、扉を開ける。
「来たなヘルカイザー亮!」
チンピラ風の男が激昂していたが、興味は薄い。視線は自然と、男の隣に縛られている女に向かう。
暗がりに目隠しされた女の顔はよく見えない。ただ、それでもあの女なのはわかった。
忘却の彼方から記憶が蘇る。
デュエルアカデミアへ旅立ったとき、望んだ彼女との再会はこんなものではなかった。
より強く、より輝いている彼女を当然のように思い描いた当時の自分。
あのころ思い描いていたのとは全く違う女がへたりこんでいる様など、見たくもなかった。
* * *
その男は、なぜ裏デッキの存在を知っているのか不思議なくらい弱かった。
失せろ、と吐き捨てるより先に慌てて戸へ外へ駆けていく男。
追いかけるのも面倒だが、仮にも拉致監禁を起こした男だ、警察なり優秀な海馬コーポレーションの社員なりが捕まえるだろう。
それより目下の問題は目隠しをつけたまま、呆けた顔をしたこの女だ。
「亮……くん……?」
声で丸藤亮だとわかったのだろう。
頭に巻かれた布を剥ぎ取る。
「……亮くん」
「動くな」
女はびくっと身体を震わせるが、手足を縛っている紐を切ろうとしていることを察すると安堵の表情を浮かべた。
「亮くん……信じてた……」
目に涙を浮かべながらグズグズと何かを述べた。
ため息をつきたくなる。
丸藤亮の覚えている彼女なら。あんなチンケな不良もどきデュエリスト、彼女自身で決闘に挑みさっさと打ち負かしていたはずだ。
彼女は強かったのだから。
「怖かったよ……」
もしも彼女がデュエルを続けていたら。中指の付け根に届くほど長い袖の、そんな服など着ていなかっただろう。
カードを握るのに邪魔だから。
「ッ…………」
女の両目からボロボロと雫が落ちる。
自分が幼心に憧れていた、強い意志を秘めたあの瞳はどこにもなかった。
「ありがとう」
礼を告げるため見上げてきた両目は、まるで媚びるように俺を見る。
こんな感情を、人は可愛さ余って憎さ百倍などと呼ぶのだろうか。
乾いた音と、手のひらの痺れ。
片頬だけ赤くした女は、しばらく何が起きたか理解できないようだった。
「え……?」
袖で半分隠れた手が、平手打ちを受けた頬を確認するように撫でる。
「……どうして……?」
何が起きたか理解して、顔に驚愕の色が浮かぶ。
あんな媚びへつらった顔より、ずっとずっとマシだった。
「帰るぞ」
女の手足を拘束していた紐はとうに切っている。
「待っ」
最後まで聞く価値もない。
直後に倒れる音。長い時間同じ姿勢で痺れでもしたか、歩くことすらままならないようだ。
振り返りもせず、携帯端末を取り出す。
師範へ連絡を入れてこの仕事は終わりだ。
かつての幼く未熟だった自分が抱いた、ぐずぐずに腐り落ちていた恋心も、もう終わったのだ。
終
鮫島師範から連絡が来て、デュエルアカデミアへ呼び出されたのだ。
ちょうどプロリーグとリーグの合間で比較的時間が取れる時期で、サイバー流裏デッキを奪い取ったとはいえ鮫島本人への恨みなどはない。
全身にじっとりまとわりつく不快感は、その呼び出された内容によるものだ。
「娘が誘拐された。犯人は身の代金としてサイバー流裏デッキを要求しており、丸藤亮に持って来させろと言っている」
何から何まで気に食わない。
どこの馬の骨とも知らない奴が裏デッキを求めることも、それを丸藤亮が持っていると把握しているのも、ここで鮫島師範の娘が出てくることも。
クソが。
口の中で侮蔑の言葉を吐いてしまうぐらい、一時は憎悪を抱いた相手だった。
犯人の指定した受け渡し場所は、サイバー流道場ほどではなくとも山の上だった。
季節柄雪に閉ざされていないのも幸いだが、登山装備がなければとても不可能な切り立った崖を登らなくていいのが一番助かる。
一人で来いとの指定のため、ヘリコプターは山のふもとで降りてきた。
こんな不快な出来事のために、あんな山登りは御免だった。
山道を踏み締めながら、嫌でもあの少女のことを思い出す。
* * *
鮫島師範のもとで、幼い丸藤亮はデュエルの腕を磨いていた。
亮以外にも弟子たちは何人もおり、その中の一人が鮫島本人の娘だった。
亮より少しばかり歳上で、親譲りの才能が若くして開花し、デュエルはめっぽう強かった。
すでに腕には覚えのあった亮にとって、対等に戦える相手といえばその強さは伝わるだろうか。
あの頃の自分は、ひとえに打倒彼女を掲げてデュエルに励んでいたと言っても過言ではない。
芯の強い少女だった。
いつも自信に溢れていて、自分をまっすぐ見つめる彼女。
デュエルが始まればその視線はカードに刺さり、直接こちらを見るよりもむしろ恐ろしさすらあった瞳。
憧れだった。
より強さを求める中で、デュエルアカデミア中等部への進学も決めた。
「アカデミアでも元気でね」
全寮制の学園だ、しばらく会えなくなると別れの挨拶を告げられる。
それが、彼女と直接会った最後になった。
デュエルアカデミアに在籍し級友たちと切磋琢磨する中、ひとつの知らせを受けた。
彼女がデュエルをやめたと。
信じられなかった。
どうして。あんなに楽しそうにデュエルをしていた彼女が。
たとえ他の誰がやめたとしても彼女だけはデュエリストであり続けると、なぜか漠然とした信頼があった。
なのにデュエルをやめただと? 自分はあれからずっと強くなったというのに?
何かの間違いだと、慌てて彼女へ連絡をとった。
変わらぬさっぱりとした声で、そんな話否定してくれるものだとばかり思っていた。
ところが、テレビ電話越しに見た彼女は記憶の中のそれとは違う表情をしていた。
「亮くん。久しぶりだね」
人によっては、優しい声だと評したかもしれない。
だが当時の自分には、あの強い意志をカケラも感じさせない腑抜けた声だった。
「デュエルをやめたと聞いた」
挨拶すらせずに本題を聞いていた。
画面の彼女は困ったような顔をして、少し恥ずかしそうに
「もう聞いてるの? 誰から? 父さん?」
などと言う。
否定してこない彼女に失望した。
「なぜ」
自分の喉が渇いていた。掠れるような声。
「……それ、聞くんだ」
彼女の瞳に、ぼうっと影が落ちる。少し笑いながら、視線を逸らして。
口元を手で隠すが、手のひらまである袖がやけに目についた。
「いやだな、亮くんに聞かれるのは恥ずかしいよ」
だが自分が何も言わずにいたら、渋々といった様子で語り出した。
いわく、「勝てなくなったから」と。
信じたくなかった。
あんなに楽しそうにデュエルをしていた彼女が、そんな凡夫のような理由でデュエルをやめてしまったなどと。
あとから知ったが、デュエルをやめる直前の彼女は相当負けが込んでいたらしい。
やめるのも本当に悩んで決めたようで、やめた直後はむしろスッキリしていたようだ。
だがそんな紆余曲折など丸藤亮には関係が無かった。
残ったのは目標の一つを失った事実と、勝ち逃げされたような悔しさ。
幼いながらに抱いていた憧れと親愛は、失望によって憎悪に似た何かへ、そして忘却による無関心へと変化した。
その後、丸藤亮は相手をリスペクトしていれば勝敗にはこだわらなくなるほどの強さを手に入れる。
ただし、デュエルアカデミアの中だけでの話ではあったが。
* * *
朽ちかけた木造の建物、扉を開ける。
「来たなヘルカイザー亮!」
チンピラ風の男が激昂していたが、興味は薄い。視線は自然と、男の隣に縛られている女に向かう。
暗がりに目隠しされた女の顔はよく見えない。ただ、それでもあの女なのはわかった。
忘却の彼方から記憶が蘇る。
デュエルアカデミアへ旅立ったとき、望んだ彼女との再会はこんなものではなかった。
より強く、より輝いている彼女を当然のように思い描いた当時の自分。
あのころ思い描いていたのとは全く違う女がへたりこんでいる様など、見たくもなかった。
* * *
その男は、なぜ裏デッキの存在を知っているのか不思議なくらい弱かった。
失せろ、と吐き捨てるより先に慌てて戸へ外へ駆けていく男。
追いかけるのも面倒だが、仮にも拉致監禁を起こした男だ、警察なり優秀な海馬コーポレーションの社員なりが捕まえるだろう。
それより目下の問題は目隠しをつけたまま、呆けた顔をしたこの女だ。
「亮……くん……?」
声で丸藤亮だとわかったのだろう。
頭に巻かれた布を剥ぎ取る。
「……亮くん」
「動くな」
女はびくっと身体を震わせるが、手足を縛っている紐を切ろうとしていることを察すると安堵の表情を浮かべた。
「亮くん……信じてた……」
目に涙を浮かべながらグズグズと何かを述べた。
ため息をつきたくなる。
丸藤亮の覚えている彼女なら。あんなチンケな不良もどきデュエリスト、彼女自身で決闘に挑みさっさと打ち負かしていたはずだ。
彼女は強かったのだから。
「怖かったよ……」
もしも彼女がデュエルを続けていたら。中指の付け根に届くほど長い袖の、そんな服など着ていなかっただろう。
カードを握るのに邪魔だから。
「ッ…………」
女の両目からボロボロと雫が落ちる。
自分が幼心に憧れていた、強い意志を秘めたあの瞳はどこにもなかった。
「ありがとう」
礼を告げるため見上げてきた両目は、まるで媚びるように俺を見る。
こんな感情を、人は可愛さ余って憎さ百倍などと呼ぶのだろうか。
乾いた音と、手のひらの痺れ。
片頬だけ赤くした女は、しばらく何が起きたか理解できないようだった。
「え……?」
袖で半分隠れた手が、平手打ちを受けた頬を確認するように撫でる。
「……どうして……?」
何が起きたか理解して、顔に驚愕の色が浮かぶ。
あんな媚びへつらった顔より、ずっとずっとマシだった。
「帰るぞ」
女の手足を拘束していた紐はとうに切っている。
「待っ」
最後まで聞く価値もない。
直後に倒れる音。長い時間同じ姿勢で痺れでもしたか、歩くことすらままならないようだ。
振り返りもせず、携帯端末を取り出す。
師範へ連絡を入れてこの仕事は終わりだ。
かつての幼く未熟だった自分が抱いた、ぐずぐずに腐り落ちていた恋心も、もう終わったのだ。
終
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