正岡子規/文豪とアルケミスト
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特務司書の仕事は多岐に渡る。
アルケミストとして侵食者たちとの戦いに明け暮れることもあれば
「司書さーん。だめだあ、全然見つからん」
「こっちもです。もしかしたら開架の方に混ざってるのかも」
閉館後の図書館で、一冊の本を探して駆けずり回ったりもする。
探し回る羽目になった経緯はそう大したことではない。
明日司書の使いたい本が所定の棚になく、それに気づいたのがだいぶ夜も更けてから、というただそれだけのこと。
「正岡先生、お疲れ様でした」
と夕食時食堂で助手をねぎらった私が、それからほどなくして
「正岡せんせええええ助けてくださいいいいい」
一人談話室に残り柿を食べていた正岡に泣きついた。
それから二人で探しているが、一向に見つからない。
「開架……借りられてるってことはないだろうが……」
だいぶ青ざめた正岡が、階段に腰を下ろしため息をついた。疲れを浮かべた司書が階段を降りる。
「一周だけ見て、なければ諦めましょう」
二人の足取りは重い。
「いいのか?」
「これ以上のぼるさんを付き合わせるわけにもいきませんから」
司書が、『正岡先生』ではなく彼の本名のひとつで呼んだ。
普段なら、仕事も終わって二人きりで司書室にいるときに恋人へ使うその呼称。
曲がりなりにも仕事中に、誰かがいるとも限らない書架で呼びかける言葉ではない。
しかし呼ばれた正岡も、疲れからかそれに対する特別な反応はなかった。
「俺、明日は潜書も他の予定も入ってないから、とことんまで付き合う気だったんだけど」
そもそも助けを求める相手として最初に正岡を指名したのも、恋人への甘えだったのだ。
今日の助手だったから、なんて便利なあとづけの言い訳にすぎない。
「それじゃあ、私が疲れたから、一周しか探さないということで」
ないよりはあった方がいい、でも、なければ絶対に困る本でもないというのが、この判断を下した。
「その代わりに開架を半周、本気で探してください。残り半分を私が」
一回しか探さないと思えば、互いに血眼になって探すだろう。
パチン、という音がして、この図書館で一二を争う広さの空間に電気が灯った。
開架図書の端と端へ別れ、真ん中で落ち合う予定で本探しを再開する。
昼間の業務に引き続き酷使された目がとうとう悲鳴をあげるが、並ぶ背表紙を必死で睨む。
一列終わり、二列終わり、……正岡とかち合う予定の中央がどんどん近づいてくる。
しかし、探している本は全く見当たらなかった。
以前この図書館の蔵書として見たことがあるが、そのときの記憶によれば薄暗い緑色をした表紙の本だ。背表紙のタイトルは、かすれて読みにくくなっていたはず。
はしごをのぼり、最上段を見渡す。床に這いつくばって、最下段を覗く。
肉体労働の多い特務司書の制服は、また今日一日でずいぶんと擦り切れたことだろう。
この一列が終われば、次はもう正岡と会う中央通路の棚になる。
そう、諦めかけたときだった。
見覚えのある薄暗い緑があった。かすれて読みにくいどころか、もう知っているタイトルでなければ絶対に読めない背表紙の文字。
「あったぁ! ありました!」
引っ張り出して、表紙と中を確認する。
この数時間を費やし探し求めていたその本だった。
喜びに浸っていたら、視界の端に隣の棚の間ちらりと人影が見える。
見慣れた高さのその影に、この感動を共有しようと声をかけた。
「のぼるさん!」
* * *
あった、の声に引き続き、自分の名を呼ばれた。
見つけたのか、ああ良かったと安堵しながら、十ほど離れた列へ急ぐ。
「司書!」
喜び勇んで抱きついたっていいだろう、なんて考えながら。
しかしそこにいたのは、顔を隠してうつむく司書と
「……夏目ぇ?」
自分の昔からの友人だった。
なんで夏目がここに? 司書どうなってんの? 疑問がいくつか浮かんだが
「探し物は見つかったようですよ、『のぼるさん』」
わざとらしい口調で、恋人の司書しか使わない呼び方をされて、腑に落ちる。
「そりゃあ……良かった……」
自分が、照れながら苦笑しているのを自覚する。
司書と自分の関係は暗黙の了解に類するもので、知らない文豪もほとんどいないだろうが、表立って話題にされるようなものでもなかった。
図書館規則にしろ慣習にしろ、禁じられていることではないので後ろめたいことでもないのだが、なんとなく公言するのを避けている。
その中で、こうして親友に自分の恋愛沙汰を真正面から突きつけられるのは、なかなかにこそばゆいものだった。
「で? なんで夏目がここにいるんだ?」
照れ隠しに軽く拳を作って友人の肩を叩けば、同じように軽く受けられ、いなされる。
「こんなに遅く、一般書架の明かりがついていれば確認にも来ますよ」
ふわあ、と友人の大きなあくび。
「何もなかったようですし、私はもう戻りますね。正岡もあなたも、夜更かしはほどほどに」
先生からの忠告です、と言わんばかりに言葉を残し、友人はゆったりと立ち去った。
あとに、まだ頬の赤みが引かない自分たち二人を残して。
司書の頬が上気しているのは、本を見つけた喜びのせいだったらいいのにと思った。
「司書さん」
「……正岡先生」
互いに少しかしこまった呼び名を口にしながら、顔を見合わせた。
「夏目先生の言う通り、私たちも早く部屋に戻った方がいいです!」
「だな! 無事本も見つかったことだし!」
二人ともやや早口で言い切り、開架書架をあとにする。
パチンと電気が消され、帝国図書館開架書庫はまた静かな暗闇に戻った。
アルケミストとして侵食者たちとの戦いに明け暮れることもあれば
「司書さーん。だめだあ、全然見つからん」
「こっちもです。もしかしたら開架の方に混ざってるのかも」
閉館後の図書館で、一冊の本を探して駆けずり回ったりもする。
探し回る羽目になった経緯はそう大したことではない。
明日司書の使いたい本が所定の棚になく、それに気づいたのがだいぶ夜も更けてから、というただそれだけのこと。
「正岡先生、お疲れ様でした」
と夕食時食堂で助手をねぎらった私が、それからほどなくして
「正岡せんせええええ助けてくださいいいいい」
一人談話室に残り柿を食べていた正岡に泣きついた。
それから二人で探しているが、一向に見つからない。
「開架……借りられてるってことはないだろうが……」
だいぶ青ざめた正岡が、階段に腰を下ろしため息をついた。疲れを浮かべた司書が階段を降りる。
「一周だけ見て、なければ諦めましょう」
二人の足取りは重い。
「いいのか?」
「これ以上のぼるさんを付き合わせるわけにもいきませんから」
司書が、『正岡先生』ではなく彼の本名のひとつで呼んだ。
普段なら、仕事も終わって二人きりで司書室にいるときに恋人へ使うその呼称。
曲がりなりにも仕事中に、誰かがいるとも限らない書架で呼びかける言葉ではない。
しかし呼ばれた正岡も、疲れからかそれに対する特別な反応はなかった。
「俺、明日は潜書も他の予定も入ってないから、とことんまで付き合う気だったんだけど」
そもそも助けを求める相手として最初に正岡を指名したのも、恋人への甘えだったのだ。
今日の助手だったから、なんて便利なあとづけの言い訳にすぎない。
「それじゃあ、私が疲れたから、一周しか探さないということで」
ないよりはあった方がいい、でも、なければ絶対に困る本でもないというのが、この判断を下した。
「その代わりに開架を半周、本気で探してください。残り半分を私が」
一回しか探さないと思えば、互いに血眼になって探すだろう。
パチン、という音がして、この図書館で一二を争う広さの空間に電気が灯った。
開架図書の端と端へ別れ、真ん中で落ち合う予定で本探しを再開する。
昼間の業務に引き続き酷使された目がとうとう悲鳴をあげるが、並ぶ背表紙を必死で睨む。
一列終わり、二列終わり、……正岡とかち合う予定の中央がどんどん近づいてくる。
しかし、探している本は全く見当たらなかった。
以前この図書館の蔵書として見たことがあるが、そのときの記憶によれば薄暗い緑色をした表紙の本だ。背表紙のタイトルは、かすれて読みにくくなっていたはず。
はしごをのぼり、最上段を見渡す。床に這いつくばって、最下段を覗く。
肉体労働の多い特務司書の制服は、また今日一日でずいぶんと擦り切れたことだろう。
この一列が終われば、次はもう正岡と会う中央通路の棚になる。
そう、諦めかけたときだった。
見覚えのある薄暗い緑があった。かすれて読みにくいどころか、もう知っているタイトルでなければ絶対に読めない背表紙の文字。
「あったぁ! ありました!」
引っ張り出して、表紙と中を確認する。
この数時間を費やし探し求めていたその本だった。
喜びに浸っていたら、視界の端に隣の棚の間ちらりと人影が見える。
見慣れた高さのその影に、この感動を共有しようと声をかけた。
「のぼるさん!」
* * *
あった、の声に引き続き、自分の名を呼ばれた。
見つけたのか、ああ良かったと安堵しながら、十ほど離れた列へ急ぐ。
「司書!」
喜び勇んで抱きついたっていいだろう、なんて考えながら。
しかしそこにいたのは、顔を隠してうつむく司書と
「……夏目ぇ?」
自分の昔からの友人だった。
なんで夏目がここに? 司書どうなってんの? 疑問がいくつか浮かんだが
「探し物は見つかったようですよ、『のぼるさん』」
わざとらしい口調で、恋人の司書しか使わない呼び方をされて、腑に落ちる。
「そりゃあ……良かった……」
自分が、照れながら苦笑しているのを自覚する。
司書と自分の関係は暗黙の了解に類するもので、知らない文豪もほとんどいないだろうが、表立って話題にされるようなものでもなかった。
図書館規則にしろ慣習にしろ、禁じられていることではないので後ろめたいことでもないのだが、なんとなく公言するのを避けている。
その中で、こうして親友に自分の恋愛沙汰を真正面から突きつけられるのは、なかなかにこそばゆいものだった。
「で? なんで夏目がここにいるんだ?」
照れ隠しに軽く拳を作って友人の肩を叩けば、同じように軽く受けられ、いなされる。
「こんなに遅く、一般書架の明かりがついていれば確認にも来ますよ」
ふわあ、と友人の大きなあくび。
「何もなかったようですし、私はもう戻りますね。正岡もあなたも、夜更かしはほどほどに」
先生からの忠告です、と言わんばかりに言葉を残し、友人はゆったりと立ち去った。
あとに、まだ頬の赤みが引かない自分たち二人を残して。
司書の頬が上気しているのは、本を見つけた喜びのせいだったらいいのにと思った。
「司書さん」
「……正岡先生」
互いに少しかしこまった呼び名を口にしながら、顔を見合わせた。
「夏目先生の言う通り、私たちも早く部屋に戻った方がいいです!」
「だな! 無事本も見つかったことだし!」
二人ともやや早口で言い切り、開架書架をあとにする。
パチンと電気が消され、帝国図書館開架書庫はまた静かな暗闇に戻った。