KOP(ミナト受け)

Invitation to the Aquarium

2025/09/04 06:48
ミナト受けアヰミナ
少し気合を入れて明日の仕込みをしていると、食堂のほうから小さな物音が聞こえた。
山田さんかな?もう1時近いし、流石にそろそろ怒られるだろうか。

諦めて火を止めたところでキッチンの扉が開く。

「こんばんは。」
「えっ……?」

知らない顔、知らない声に挨拶されて、疑問の声を上げてしまった。

おかしいな、寮の玄関はとっくに閉まってるはずなのに。

ゆっくりとこちらに歩を進めてくる見知らぬ青年を簡単に観察する。
歳は近そうだ。身長はあまり高くない。一条や香賀美くらいだ。だから最悪の場合、力ずくで追い出すことくらいはできるだろう。
あくまでも、最悪の場合は。
まずは話してみるべきだ。もしかしたら新寮の人かもしれないし。

「こんばんは。どうやってここに、」
「鷹梁ミナト。」

はっきりと僕の名前を呼んだ彼は、左右で色の違う瞳をこちらに真っ直ぐに向けていた。
明確に、僕に会いにきたと言わんばかりに。

「君は、一体……。」

何故かクスッと笑った不思議な青年がマスクを外す。
どこかで会ったことがあるような、ないような。誰かに似ているような、似ていないような。
でも彼本人のことは確かに知らない。
頭が疑問で埋め尽くされているうちに、彼の手が僕の頬に触れた。

「セプテントリオンとしてショーをしているとき、観客を見たことは?」
「……え?」

薄い唇が弧を描く。
血が通っていないかのように冷たい手は、僕の頬から体温を奪い続ける。

「その中に水色の光が見えたことは?」
「……っ、」

何も返せなかった。
何が言いたいのか、よくわかったから。
誰もが知っていて、誰も口にしない真実。

「分かってるよね。圧倒的な差を。」

青年は目を細める。
赤が多いのは当然としたって、例えば水色とオレンジの数では天と海底ほどの差がある。
当たり前だ。
僕にはみんなみたいな実力も、華もないんだから。
華?オーラ?格?煌めき?
なんにせよ何もかも足りてない。
誰も言わないけれど、誰もが気付いている、事実。

「誰も言わないならオレが言ってあげる。……あのグループにお前は必要ない。」

それは僕自身が常日ごろから思っていることだった。

だけど、いざ他人から指摘されると、苦しい。悲しい。
足元は水面のように揺らぎ、まるで水底に沈められたように呼吸の仕方を忘れる。
なのに、彼の声だけは鮮明に聞こえてくる。
素性の知れない人間の批判なんて、聞く必要ないのに。

「身体も一人だけ大きくてバランスが崩れる。はっきり言って悪目立ちしてるよ。」

その通りだ。
ライブの全景映像を見るとよくわかる。僕一人だけ馬鹿でかくて、調和を乱している。僕自身もそう思っている。
だからこれまで、センターを避けてきた。

「それに、プリズム1での得点。練習時間もろくにとれない同級生に差をつけられて。」

カズオは仕事が忙しく、太刀花にも歌舞伎がある。
何もない僕はそんな二人よりも点数が低くて……。
でも、練習時間のことなんて、なんで。なんでそんなこと知ってるんだ。

「足手まといだと思わない?」

全てを見透かすようにな視線から、逃げるように目をそらす。

「そんなの、そんなの僕が一番わかってる……。」

ようやく声が出た。
悔しい。
悔しいけれど事実だ。

そもそもみんなの港、なんて。空に羽ばたけないと自白しているようなものなんだから。

「それに、グッズだってーー」

売れ残る水色のグッズ。次第に数に傾斜がついて……それですら僕のは……!

「もうやめてくれ!」

頬にあてがわれていた手を振り払う。
こうも簡単に僕を追い詰めた彼は、更に笑みを深くした。
彼は誰なのか。
目的は何なのか。
誰かのファン?だったら僕よりその対象に会うべきだし、そうしていると思う。
苦言を呈したいだけならSNSにでも呟いてくれればいいのに。
なんでわざわざここまで来て、直接。

「でも、オレは好きだよ。お前のショー。」
「え…………。」

意味が分からない。
あれだけ貶しておきながら、好きだなんて。
如実に現れている実力の低さを、たった今指摘しておきながら。

「なに言ってーー」
「だから捨てよう。」
「捨て、る……?」

脳の処理が追いつかず、オウム返しすることしかできない。

「全部捨てて、オレの元においで。」

やけに甘く優しい囁きだった。
僕は今、いつも立っているこのキッチンで知らない青年に貶され、認められ、ハグされている。
キャパシティを超えてしまった脳が身体を動かす処理をしてくれない。

「オレはお前が好きだよ。」
「…………うそだ。」
「本当。」
「だって、君は、さっき……。」
「そう、お前は誰からも愛されていない。だから、鷹梁ミナトを一番愛せるのはオレだよ。」

こんなとき、例えば太刀花ならなんて言うかな。ご助言痛み入ります、なんてばっさり切り捨てるかな。
カズオはどうかな。そうかもね〜んなんて軽い口調で流せるのかな。

でも、そもそも、みんなならこんな状況になってない。

「でも、僕はみんなが……。」
「何?」
「こんな僕でもみんなが、頼ってくれてる、から……。」
「そう、みんなお前を便利に扱ってる。でもそれは愛じゃない。甘えだよ。」
「そんなこと、ない……。」
「本当に?よく思い出してみなよ。」

確かに僕はみんなのためになりたくて、料理を始めた。
それが喜びだった。
でも。
帰省中、誰からも連絡のない日々。帰省から戻ったあと、山田さんしかいない寮。
置きっぱなしの食器。
散らかった郵便受け。
芯だけ残ったトイレットペーパー。

「でも、それでも、僕には家族がいる。すべてを捨てるなんてこと、できない。」
「……お前をあてにして子供を作り続けた、スタァとしてのお前に期待していない両親。目の敵にしてくる弟。夢を理解せず、家を継げと喚く祖父。」

なんでそんなことまで知っているんだ、なんて疑問はもう出てこなかった。

「何より、あの家族はお前がいなくても大丈夫だよ。」

その通りだ。
僕がいなくたって弟や妹はすくすくと成長しているし、民宿の経営も順調らしい。

「わかった?ミナト。お前を必要としているのはオレだけ。お前を本当に愛してるのはオレだけだよ。」

仕方ないんだ。
僕はみんなをサポートすることしかできないんだから。

仕方ないんだ。
僕は家の港という役割を放棄したんだから。

こんな僕は、愛されなくても、しかたない。

いつの間にか頬を伝っていた涙を、名前も知らない彼が舐めとる。
僕は未だ動けないまま、彼の不可解な行為を受け入れてしまっている。

「オレは君だけを愛するから、君も全部捨てて。」
「僕、だけを……?」

さっきまで頬を這っていた舌が、今度は唇に触れる。そのまま口内に侵入し、舌を絡めとられる。
不思議と嫌悪感はなかった。
それどころかむしろ、蕩けそうな安心感。

「オレだけいればいい。それじゃ駄目?」

駄目じゃない。この際、彼が誰だっていい。
そう思ってしまった。
だって、彼は誰よりも僕のことを理解しているじゃないか。
そう、僕自身よりも。

「愛してるよ。」

それでもこんな僕を愛してくれるなら、全てを委ねてしまおうか。

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