ygo(吹雪受け)
幸せ家族計画
2025/05/14 20:41藤吹
吹雪に見せたいものがあるんだ。
その連絡を受けた吹雪は、旧友の働く研究所を訪れた。人気アイドルの来訪に沸く研究員たちへの挨拶もそこそこに、幾重もの扉を越えて目的地へ向かう。
そうしてたどり着いた実験室の中央に鎮座する背丈程度の培養液には、沢山の管が繋がれた胎児のようなものが、ぷかぷかと浮き沈みを繰り返し、時折自発的に動いていた。
明らかに生命であるそれが何であるか、吹雪が質問するのは当然のことだった。問題はその後の吹雪の友人、藤原による回答。まるで理解が及ばないその回答に、吹雪は思わず聞き返す。
聞き間違いであれと願いながら。
「藤原、今、なんて言った……?」
そんな吹雪の願いも他所に、藤原は喜びを抑えきれない様子で答えた。
「これは俺と吹雪の子供なんだ。だから一番に吹雪に見せたくて。」
訳がわからない。吹雪は混乱した。
まず第一に、身に覚えがない。第二に、藤原とそういう間柄ではない。第三に、吹雪も藤原も男性だ。
と、なると吹雪の口からこんな言葉が出ても何ら不思議ではない。
「冗談かい?君のジョークは相変わらず難解だね。」
その言葉を受けて、藤原は2度瞬きをしたあとに破顔した。
「本当のことだよ。でも、それは驚くよね。突然パパになったんだから。」
吹雪には、藤原が嘘をついているようにはとても見えなかった。
なにより、胎児に向けられる眼差しは実験対象に向けるものではなく、親の愛情そのものだ。少なくとも吹雪にはそう見えた。
「どう……いや、なぜ……。」
「どうやったか知りたい?まずは吹雪の髪と爪と唾液から採取した遺伝情報をこの印に組み込んで、それから……あ、ここは流石に秘密にしなくちゃ。子供のいる身でクビになっちゃ困るからね。」
研究に使う、と持っていかれた爪や髪がこんなことに使われているとは思いもしなかった。吹雪は恐る恐る胎児を観察する。人間の、赤ちゃんそのものだ。
藤原は紛れもなく天才で、学生時代からその頭角をあらわしていた。人体錬成とも呼べる偉業を成し遂げてもおかしくはない。
技術の面で言えば素晴らしいことだ。男女がいなくても人間を作れるなんて、どれだけの同性愛者がこの革新を待ち望んだことだろう。それに、この方法なら母体を危険に晒すこともない。
まったく頭に入ってこない錬金術の説明を聞きながら、吹雪の頭には一つの疑問が渦巻く。
「だから正確には吹雪がママなんだ。精液をくれとは流石に言えなくて……ゴメン。もしパパが良ければ次はそうしよう。それからーー」
「どうして、こんな事を……?」
吹雪の声に、藤原が止まる。
吹雪にはわからなかった。子供が欲しかったとしても、なぜ自分なのか。確かに容姿は優れているかもしれないが、もっと勤勉でもっと優秀で才能溢れた人間は世の中にいるはずだ。
誰でもいいならわざわざ研究所外の人間にする必要もない。この国で一、二を争う研究施設なのだから、優秀な遺伝子はたくさんあるはずなのに。
「どうしてって、吹雪と俺の子供が欲しかったからに決まってるだろ。いくら研究のためだからって、普通はここまでしないよ。何ヶ月も泊まり込みで実験したんだから。」
平然と言ってのける藤原に、吹雪は愕然とした。この男が自分のことをどういう対象と見ているのかわからない。いや、わかりたくなかった。
吹雪にとって藤原は大切な友人の一人に過ぎないのだから。
「知ってると思うけど、俺の両親は幼い頃に死んじゃったからね、家族ってものに憧れてたんだ。でも俺が好きになったのは男の吹雪だ。子供は作れない。いや……本当に作れないのか?そう考えたんだ。常識を疑うことが研究の第一歩だからね。」
吹雪の疑問に答えるようにさらりと言い放たれた愛の告白。これまで友人として接してきた同性から。それだけでもいっぱいいっぱいなのに、それに加えて目の前の子供。
ズキズキと痛む側頭部をおさえる。
「それで、吹雪。一応聞きたいんだけど。」
「……なんだい?」
これ以上抱えきれない問題を与えないでくれ。そう願いながらもなるべく平静を装って答えた。そんな吹雪の努力を嘲笑うような一言が藤原の唇から躍り出る。
「認知、してくれるよね?」
認知って何。
認知という言葉は知っているはずなのに認識できず、吹雪の内を嵐のような感情が渦巻く。それも当然のことだった。吹雪には一切の責任が無い。
どこかで聞いた話が脳裏をよぎる。コンドームに穴を開けて子供を作り、結婚を迫る女性がいるという話だ。それよりもさらに恐ろしい手口。
藤原は、吹雪の預かり知らぬところで生みだした罪のない人ひとりの生命を人質に、吹雪を手に入れようとしている。
それはもはや狂気の沙汰だった。
吹雪は喉元に何かが込み上げて来る感覚を、唾液を飲み込んで耐える。
「それと、順番が逆になっちゃってごめん。結婚しよう。」
培養液の中、小さい指が何かを求めて動く。
もし自分が断ったら藤原はこの子供をどうするのか?まともな倫理観を持ち合わせているとは思えない理由で実験の末に産まれた子供。真っ当に育ててもらえるのだろうか?
一方で悪魔が囁く。見捨ててもいいのではないか?僕の預かり知らぬところで創られた子供を認知する必要があるのか?
それとも気付なかった僕にも責任がある……のか?
「この子、名前は……?」
「実は一緒に決めたいと思って、まだ400号って呼んでるんだ。」
「400……?」
「そう。ここまで来るの、すごく大変だったんだ。でも記念すべき400人目でついに完璧な子供ができたんだから、本当に良かったよ。これも吹雪のおかげだ。」
この子が400人目だとしたら、これまでの399人は一体?頭をよぎってしまった考えを後悔してももう手遅れだった。
頭痛がさらに酷くなる。目眩もする。視界がチカチカと点滅している。
たとえば認知して家族になったとして、家族として愛することができるのか?この子供を、そして藤原を。
自答できない自問をする吹雪に、藤原が追い打ちをかけた。
「幸せな家庭を作ろうね。」
今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。
目の前が真っ白になり身体が崩れていくのをまるで他人事のように感じながら、吹雪は床にへたり込んだ。
