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【太宰】文はやりたし書く手も持たる




さくらんぼ柄の上質な便箋に、硬筆の授業で使ったきりの、慣れない万年筆を走らせる。

夜に手紙を書くなら朝見返せとよく言ったものだ。
しかし萩原先生よろしく、ひとり寂しくおセンチにならないと書けないものもある。

たとえばそう、恋文とか。


「私は、王子さまのいないシンデレラ姫。……」

誰もいない夜中の食堂。
お供に連れたカフェラテの香りと、カリカリ、時々グシャグシャ、ポイ、という雑音。
そこに、軽やかでいて存在感のある足音が混ざる。
きっと次の瞬間は頭上から声が降って来るのだろう。

「お、『女生徒』好きなんだ?」

お誂え向きの人が来た。



「えっ司書さん恋文書いてんの?!」

誰か起きやしないだろうか、と心配になる程の声量。太宰先生の声はよく通る。

「ちょうど良かった、添削してくださいよ」
「え〜……良いけどさ、誰に渡すの?」
向かいに腰掛けた先生は、便箋の一番上、無記名の宛先を見ていた。
「それは書いてのお楽しみ」


「『……ときに貴方様は春であります。
ほころぶ花の純粋さと、流浪の蝶の気ままであります。
ときに貴方様は夏であります。
揺らぐ陽炎の情熱と、海辺に建つ砂上の楼閣であります。
ときに貴方様は秋であります。
散りゆく紅葉の鷹揚と、黄金に煌めく豊穣であります。
ときに貴方様は冬であります。
真新しい雪の高潔と、夜の深い静けさであります。
つねに貴方様はわたしの四季であります』」


「いかが思われます?」

声に出されるのは羞恥を極めたが、かの文士太宰治に自分の文章を読まれることは誇らしい。

「よっぽど良い男なんだな……」
「ええ、それはとても」

「この時代に恋文なんて、司書さんかなり古風じゃない?今はなんだっけほら、えーと」
「LINEかメール辺りですかね」
「そうそう!それだ!」

紙媒体に囲まれ過ぎているからか、対面や電話ならまだしも、液晶上での告白はいささか無粋に感じてしまうのだ。

「お相手がそういう方なので。それに」
「それに?」
「『刺す。そうも思った』よりは素敵でしょう?」
「あれは恋文じゃないから!」

地雷源に突っ込むような発言が出来るのは、彼が著作の印象よりずっとずっと奉仕性に溢れていたからだ。

「添削って言われてもな……これだけ思いの丈を込めてるなら、きっと伝わるさ」
「そうでしょうか。なら、夜のうちに封をしておきます」

封筒の口に赤い蝋を溶かし、ゆっくりと判を押した。今時シーリングスタンプなんて浪漫たっぷりだ。

「で、いつ渡すの?」
「んー……今ですかね」
「今?! え、図書館の中に居る奴ってこと?」
一変、先生が目を白黒させて前のめりになる。

「ちょっと待って誰々誰?!安吾……織田作……まさか志賀じゃないよな!なっ?
とっとりあえず明日にしない?!」
「いやです、今です」

封筒をひっくり返す。クリームソーダに仕上げのさくらんぼを乗せるように、宛名を書き込んだ。


「はい、先生」
「…………え?」


太宰治様へ。

「お返事、くださいね?」


ねえ先生?わたし王子さまのいないシンデレラ姫なんです。
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