お酒事情(麻天狼)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今夜は……あなたに、少し甘えてもいいでしょうか?」
低く、優しい声。
ふたりきりのバーの隅、ゆったりとしたジャズが流れる中で──
神宮寺寂雷は、ゆっくりとグラスを傾けていた。
「お仕事、お疲れ様です、先生」
「ありがとう。あなたも、今日も一日頑張ったようですね」
「ふふ……見抜かれてる」
「ええ、疲れた目をしてました。少し休んでください。今夜くらいは」
静かに注がれた赤ワイン。
彼の手はすらりとしていて、どこまでも美しく、そして落ち着いている。
だけど、その奥には──心のどこか、寂しさのようなものが見え隠れしていた。
「……先生って、本当にお酒飲むんですね」
「ふふ、意外でしたか?」
「ちょっとだけ。なんだか、飲まなくても酔わせてくるイメージで……」
「それは光栄ですね。ですが、私にも現実の疲れはあります。
今日は少し、あなたの前でだけ、肩の力を抜きたくて」
そう言って優しく笑う彼の横顔は、まさに“癒しそのもの”。
だけど、同時にどこか近寄りがたい神聖さもまとっていて──
あなたは思わず、そっと尋ねてしまう。
「……先生って、寂しくなることって、ありますか?」
その言葉に、寂雷は静かに瞬きをし──
グラスの中で揺れる赤い液体を見つめたまま、口を開いた。
「……ありますよ。
癒す側の人間ほど、癒されることに飢えるものですから」
一瞬、息を飲む。
寂雷の言葉は、どこまでも静かで、そしてどこまでも深い。
「私は、命の重さと痛みを背負って生きています。
それを誰かと共有することは──基本的に、ありません。
でも今夜は、違うようです」
彼はあなたをゆっくり見つめる。
深い紫の瞳に、ふわりと柔らかい微笑みが灯る。
「あなたといると、私は“ひとりの人間”に戻れる気がします。
少しだけ、心があたたかくなる。……不思議ですね」
そんなふうに言われたら、胸がきゅうっとなってしまう。
寂雷先生のような人に、そんなふうに思ってもらえるなんて。
「……先生」
「ん?」
「酔ってますか?」
問いかけに、彼は少しだけ口元を緩めた。
「……どうでしょう。
ワインのせいか、あなたのせいか……判別がつかないですね」
まるで冗談のように言ったその言葉が、
なんとも言えず甘くて、あなたの鼓動を跳ね上げる。
──夜は、まだ始まったばかり。
このまま優しい時間に身を委ねながら、
少しずつ酔いと心が溶け合っていくような──
そんな夜の始まりだった。
━━━━━
「……ああ、やはり……少し、酔っているかもしれません」
そう言って、寂雷先生は額に手を当てるようにして、小さく笑った。
それは普段の彼からは滅多に見られない、ほんのりと無防備な表情。
「先生、顔……赤いですよ」
「そうでしょうか。……これはワインのせいということにしておきましょうか」
「ふふ、そういうところも含めて、癒されちゃうんですよねぇ……」
「……あなたは本当に、不思議な人ですね」
そう言った彼の目が、ふわりと柔らかく細められる。
いつもの知的な鋭さとは違って、どこか温度を帯びた眼差し。
あなたの方が、視線にドキッとする。
「……もしも私が、ただの男だったら──
きっと今ごろ、あなたのことを抱きしめていたでしょうね」
「──えっ……!?」
唐突な言葉に、グラスを持つ手が止まる。
けれど、彼は冗談めかすでもなく、ただ静かに、静かに微笑んでいた。
「でも私は“医者”で、“寂雷”で……。
きっと、あなたにそうする資格はないと、
……どこかで思ってしまうんです」
「そんなこと……。先生は、ちゃんと、ひとりの人として見てくれてますよ。
だから、今こうして一緒にいるんじゃないですか?」
あなたの言葉に、寂雷は目を伏せて、少しだけ沈黙する。
けれど次に顔を上げたとき──彼の瞳には、いつになく真っ直ぐな光があった。
「……では、今夜は私も、あなたの隣にいる“ただの男”でいてもいいですか?」
「……はい、ぜひ」
そう答えた瞬間、
寂雷はそっとあなたの手に、自分の手を重ねた。
「この手が誰かを救うだけじゃなく、
誰かを、ただ愛おしむためにあるなら──
それもまた、幸せなことですね」
まるで、包み込むような声。
癒しの人が、“ただひとりのあなた”の前だけで見せる、
優しさと、少しの甘さと、揺れる心。
「酔いは……たぶん、もう醒めました。
でも、あなたのことは──醒めそうにないですね」
言葉の最後に、小さく笑った彼の顔は、
きっと誰よりも穏やかで、誰よりもあたたかくて。
静かに進んでいた夜が、ゆっくりとふたりだけの世界へ沈んでいく──
そんな、しっとりと甘い余韻の夜だった。
1/4ページ
