君死にたまふことなかれ
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「なまえが、死んだ…?」
悲痛な面持ちの伊地知から告げられた言葉を理解するのに数秒を要した。いや言葉の意味は理解しても納得が出来るわけもない。
だってあのなまえだ。僕並みに強い呪詛師でよっぽど相性の良し悪しがない限り負けて死ぬなんてまず有り得ない。それに呪霊相手だったとしても祓えないとかほざきながら本当に身の危険を感じたら躊躇いもなく祓うような奴だ。ドッキリ大成功の書かれたプラカードを持って現れた方がまだ現実味がある。
伊地知演技上手すぎない?つーかエイプリルフールくらい把握しとけよ、と茶化すように返した。だけど伊地知の態度は変わらず、いや余計に泣きそうな情けない顔に変わる。
口にした言葉が嘘ではないとでも訴えかけるような表情に苛立ちを覚え、伊地知を押し退けてから硝子の元へ向かう。なまえは反転術式を使えるから硝子の治療は必要なくとも仮に、もし仮になまえの身に何かあったとするなら硝子にも報告があるだろうと思ったからだ。
乱暴に扉を開け放ち、遠慮もなくズカズカと室内に入っていくと目的の人物を発見した。
硝子は紫煙を燻らせながら何も無い空中をぼぅと眺めている。傍に置いている灰皿には何本も吸い殻が入っていて。やめろよ、禁煙してたんでしょ。そんなことしてたらまるで、本当になまえが死んだみたいだろ。
「…なんか用」
「なまえがどうとかって趣味の悪い冗談言われたんだけど」
「だろうね」
「だろうね、って…」
「そこのベッドのカーテン開けてみれば?本当なら検死室に運んで処理しないといけないんだけど私の独断で無理矢理こっちに運ばせた」
「いやだからさ、なんで硝子までそんなドッキリ付き合ってるわけ?発案誰だよ。本気でキレそうなんだけど」
「だから自分の目で見て確かめろって。ホントかウソか」
そう言われて思わず身体が硬直する。嘘に決まってる。だけどもし本当なら?
重い足取りで指し示されたベッドに近付き、隙間なく閉められたカーテンに手を伸ばす。鼓動がやけに速い。緊張からかじわりと冷や汗が滲み、指先が震える。
カーテンに手をかけ開ける、たかがそれだけの作業に随分と時間がかかった。そしてその中には眠っているように目を閉じたなまえがいた。
「なまえ」
ベッドに歩み寄り呼び掛けるが返事はない。仕方ない、なまえは寝起きが悪いから。
「なまえ」
身体を揺すり再度名前を呼ぶがそれでも返事はかえってこない。
「なまえ」
頬でも摘んでやろうと触れた肌は酷く硬く冷たい。
「なまえ」
首をぐるりと覆うように手をかける。なまえに反応はなく、脈拍すら感じられない。
「なまえ」
その首に爪を立て皮膚を破ったにも関わらず文句の一つも言ってこない。
「なまえ…」
なまえの額に自分の額を寄せ、何度目か分からない名前を呼ぶ。返事してよ、頼むから。
「…起きろって。ねえ」
僕のこと甘やかしてくれるんでしょ。守ってくれるんでしょ。願いをきいてくれるんでしょ。
なら馬鹿みたいに笑えよ。いつもみたいに泣いてろよ。勘違いしそうなくらい愛情を訴えてきてたその目に、俺を映して。
足音と扉の閉まる音が背後から聞こえた。硝子が気を利かせたのか部屋から出てったみたいだ。
そういえばさっきは余裕がなかったけど硝子の目元が赤かった気がする。泣いたんだろうか、なまえの死を悼んで。
ぼんやりとそんなことを考えているとなまえの頬が濡れていることに気付いた。ああ、自分も涙を流しているのか。認めたくないのに少しずつ実感してしまう。
濡れた頬を何度拭っても新しい滴が落ちる。まるでなまえが泣いてるみたいだ。
物言わぬ彼女の耳元でずっと言えなかった言葉を呟く。返事はない、分かってる。こんなことならもっと早くに言ってしまえば良かった。そう思うことすら自己満足だとは分かっていても。
なまえだけは絶対に失うことがないと頭のどこかで考えていた自分がいたんだ。それがどれだけ愚かしかったか己が身で知りながら、二度と目覚めないその人を縋るように掻き抱いた。
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